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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10411号 判決 1974年8月20日

原告 川治幸男

被告 北川正二郎

主文

一  被告は、原告が東京都に対し、別紙目録記載の土地につき水道事業による給水工事の申請をなすことを承諾せよ。

二  被告は、原告が別紙目録記載の土地に別紙記載の工事方法により水道管敷設工事をすることを妨害してはならない。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四五年二月二五日以来、東京都練馬区桜台四丁目六〇七八番六宅地一六五・六一平方メートル(以下原告土地と称する)を所有し(その位置は別紙図面(二)参照)、同年九月、同地上に延約二五坪の二階建居宅(自宅)と延約四五坪の二階建アパートを建築し、自宅には原告及び原告の家族が、アパートには四世帯がそれぞれ居住している。

2  原告土地には水道が引かれていないため原告は同年夏ごろ、西側公道地下に存する水道本管から被告所有の別紙目録記載の土地(以下本件私道と称する)の地下を通つて、原告土地まで約一三メートルにわたる水道支管設置工事(以下本件水道工事と称する)を計画した。

3  ところで、東京都給水条例四条には、給水装置を新設しようとする者はあらかじめ東京都水道事業管理者に申し込みその承認を受けなければならず、かつ給水装置の新設について利害関係人がある場合は、申込者はその者の承諾を得なければならない旨定められており、本件水道工事については、被告がその利害関係人に当るので、同人の承諾が必要である。そこで原告は前記計画立案と同時に被告に対し、本件私道を本件水道工事のため使用させて欲しい旨再三にわたり承諾を求めたが、被告は頑なにこれを拒絶し続けている。

4  しかしながら、左記(一)ないし(四)の事由の存する本件においては、民法の相隣関係規定就中袋地通行権に関する同法二一〇条、余水排泄権に関する同法二二〇条および他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し、又は他人の設置した排水設備を使用することができる旨定めた下水道法一一条の類推適用により、原告は東京都に対し、本件私道下に水道事業による給水工事の申請をなすについて、被告にその承諾を求める権利を有し、被告は原告が本件私道に本件水道工事をなすのを受忍すべき義務がありこれを妨害することは許されないというべきである。

(一) 原告土地付近の居住者、公道、私道の位置、水道本管、同支管の配置および各居住者の井戸水、水道水利用の状況は別紙図面(二)記載のとおりであり、右図面に表示された私道は、両側の居住者がそれぞれ片側二分の一宛提供して作られたものである。

(二) 原告の水道設備の必要性

原告および原告土地上のアパートの居住者(四世帯)は、現在水道の設備がないためやむなく原告土地上に存する井戸を使用しているが、右井戸水は、アンモニア性窒素等を含有し、飲料に適さないものであるうえ、いつ枯渇するかわからないという不安が常につきまとうため、原告家族およびアパートの居住者が恙なく日常生活を遂行するためには、是非とも水道を設置する必要がある。

(三) 本件私道に水道管を敷設する必要性

(1)  原告土地に水道を引く方法の一は別紙図面(二)記載のD点から西方に引かれている水道支管から分岐することであるが、原告は本件水道工事の計画に先立ち右支管の利用者である永田、佐藤、富田にその承諾をもとめたところ、原告宅は四世帯の居住するアパートをかかえ多量の水を使用するため水圧が著しく低下する虞があるとして、全員に拒絶されたため、右の方法によることは不可能である。

(2)  残る方法は前記水道本管の配置状況に鑑み、別紙図面(二)記載のB、C、Dの各点(以下単にB、C、D点と称する)のいずれかから引く方法であるが、B点から富田家前を経由して引く場合は、前記条例によつて承諾を要する利害関係人は、高橋、富田、高木の三名であり、D点から北側経由で引く場合は永田、佐藤(北側)、村田、加藤の四名で、南側経由で引く場合は佐藤(南側)、大久保、大西、佐々木の四名であるところ、いずれもその全員の承諾を得られない。これに対して、C点から引く場合は、被告(北側経由の場合)又は河合(南側経由の場合)の各一名のみである。

また距離的にもD点からは五六メートル余、B点からは五八メートル余他人所有の私道下に水道管を敷設しなければならないのに対し、C点からは、約一三メートルの間本件私道下に水道管を敷設すれば足り、他人所有の私道を通過する距離は最も短かく、近隣私道所有者に与える損害は最も少ない。

(四) 被告に与える損害の僅少性

(1)  本件私道は、現在一般公衆の通行の用に供されており、その状況からして本件水道工事によつて、被告に与える損害は極めて軽微である。

(2)  また原告の計画している工事方法は、別紙記載のとおりであり、この工法は掘削せずに配管工事ができ、工事時間も著しく短縮され、車両の交通を妨げないという特色をもつもので、被告に与える損害も僅少な工法である。

よつて原告は被告に対して請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4冒頭の主張は争い、同4(一)は認め、同4(二)のうち原告およびアパートの居住者(四世帯)が井戸水を使用している点は認めるが、その余は否認する。

3  同4(三)(1) は認める。

同4(三)(2) のうち、B点又はD点から水道を引くにあたつて、利害関係人全員の承諾を得られない点は否認し、B、C、Dの各点から原告土地までの距離が原告主張のとおりである点は認める。

4  同4(四)(1) のうち本件私道が現在一般公衆の通行の用に供されている点は認める。

同4(四)(2) は知らない。

三  被告の主張

被告が原告の計画する本件水道工事につき承諾を与えないことは左記の理由により正当である。

1  原告の主張する民法相隣関係規定の類推適用は拡大解釈に失し、妥当でない。

2  原告土地に水道を引く必要はない。

原告土地一帯の井戸水は、練馬保健所の定期検査で毎回飲料適の判定を受けているほど水質良好で、また水量も豊富であり、現に原告土地周辺に居住する被告、堀内、宮瀬、高木らは井戸水のみを使用し、水道を引いておらず、原告はその所有にかかる井戸の水を利用することで足りる筈である。

3  原告は、昭和四五年八月ごろ本件私道下に被告の承諾を得ずかつ被告の妻の制止をふりきつて原告土地に引くための下水管埋設工事を強行し、これにより被告の妻はシヨツクをうけ精神に異常をきたし、昭和四七年五月まで精神病院に入院するのやむなきに至つた。同女は現在自宅静養中であるが、原告が本件私道下に本件水道工事を施行すれば、再び同女の精神状態に悪影響を与える虞が大きい。

4  被告は原告が請求原因1記載の建物を建築する以前に、同人に対し本件私道下に水道工事をなすことを拒絶する旨通告した。

5  原告がD点から水道を引こうとする場合、その利害関係人に対しては従前何らの損害も与えていないから、その承諾を得ることは、極めて容易であり、したがつて右計画を実現することは十分可能な筈である。

6  たとえ原告が水道管をC点から引く必要があるとしても、本件私道南側の訴外河合所有の土地部分を利用すべきである。

7  本件水道工事がなされると、被告は物心両面にわたり多大の損害を蒙り、その損害を償う方法がない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2  同2のうち、被告、堀内、宮瀬、高木らが井戸水のみを使用し、水道を使つていない点は認めるが、その余は否認する。

3  同3のうち原告が被告主張のころ下水管埋設工事をした点は認めるが、これは、被告の同意を得て為したものである。

4  同5のうち、原告が利害関係人の承諾を得ることが容易である点は否認する。

第三証拠<省略>

理由

第一原告が昭和四五年二月二五日以来原告土地を所有し、同年九月同地上に請求原因1記載の居宅とアパートを建築し、居宅には原告及び原告家族が、アパートには四世帯がそれぞれ居住していること、原告土地には水道が引かれていないため、原告が同年夏ごろ請求原因2記載のとおりの本件私道下を通過する本件水道工事を計画したことおよび原告が右計画立案と同時に、東京都給水条例四条所定の利害関係人である被告に対し本件水道工事をなすことの承諾を求めたところ被告にこれを拒絶されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

第二そこで次に原告が被告に対し、右承諾を求める権利を有するか、被告は原告が本件私道下に本件水道工事をなすのを受忍すべき義務を負うかについて逐次検討する。

一  原告土地付近の居住者および公道、私道の位置、水道本管、同支管の配置および居住者の井戸水、水道水利用の状況が別紙図面(二)記載のとおりであり、右図面に表示された私道が両側居住者によりそれぞれ片側二分の一宛提供されて作られたものであることは当事者間に争いがない。

二  水道の必要性

原告および原告土地上のアパートの居住者(四世帯)が現在井戸水を使用している点は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二、第三号証および原告本人尋問の結果によれば原告土地に存する井戸の水は、硝酸性窒素、亜硝酸性窒素、アンモニア性窒素等を含有し、飲料に適さないもので、原告一家およびアパート入居者は平素なるべく生水を飲まないように心がけ、節水に努力している現状にあるため今後の日常生活遂行上是非とも水道を引く必要のあることが認められる。右認定に反する証人河合美郎の証言、被告本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  本件私道下に水道管を敷設する必要性

1  一に認定の原告土地付近における居住者および道路の位置、水道本管、同支管の配置状況によれば、原告が原告土地に水道を引く方法としては、(a)別紙図面(二)記載のD点から西方に引かれている水道支管より分岐する方法(b)同図面(二)記載のB、C、Dの各点のいずれかから他人所有の私道を通過して引く方法の二つの途しか存しないことが認められる。

2  ところで原告は本件水道工事の計画に先立ち右(a)の方法によるべく、前記水道支管の利用者である永田、佐藤(南側)、富田にその承諾を求めたところ、原告方は四世帯の居住するアパートをかかえているため用量が多く、水圧を著しく低下させる虞があるとして右全員に拒絶されたことは当事者間に争いがなく、右拒絶理由は相当として首肯できるところであるから、原告が他に方途の存するかぎり、右(a)の方法によることを断念するのもやむを得ないことというべきである。

3  そこで残る右(b)の方法によるとした場合、先に認定の原告土地付近における居住者および道路の位置、水道本管、同支管の配置状況からすれば、B点からは、高橋、富田、高木の所有に属する私道ないし高橋、富田、佐藤(南側)の所有に属する私道下に、D点からは、加藤、村田、佐藤(北側)、永田の所有に属する各私道ないし佐々木、大西、大久保、佐藤(南側)の所有に属する私道下に水道管を敷設しなければならないのに、C点からは本件私道ないし河合所有の私道下に水道管を敷設すれば足りることが認められ、しかも他人所有の私道下に水道管の敷設を要する距離は、B点からの場合は五八メートル余、D点からの場合は五六メートル余、C点からの場合は約一三メートルであることは当事者間に争いがないから、右(b) の方法による場合は、そのうちC点から引く方法が、最も距離が短く、かつ水道管敷設に関係する私道の所有者である利害関係人の数も最も少ないものというべく、加えて証人藤田哲郎の証言および原告本人尋問の結果によれば、昭和四五年七月ごろ東京都水道局が原告の依頼により既にC点に水道取出口を設け、同所から本件私道に向け、同私道に接するまでの公道部分下に配管工事を了していることが認められるから、これらの事実に即して勘考すると、現時点においてはC点から被告所有の本件私道を通過して原告土地に水道を引く方法が最も合理的かつ合目的的であり、かつ関係者に与える被害も最も少ないものと断ずるのが相当である。

この点に関し、被告は原告がD点から水道を引くこととすれば、利害関係人の承諾を得ることは極めて容易である旨主張するが、原告が昭和四五年夏ごろ右利害関係人のうち前記佐藤(南側)、大久保、永田の承諾を求めることを拒絶されたことは原告本人尋問の結果によつて明らかであり、これによれば原告が前認定のD点関係の利害関係人全員の承諾を得ることは至難というほかない。

四  被告に与える損害の僅少性

本件私道が現在一般公衆の通行の用に供されている事実は当事者間に争いがなく、また証人藤田哲郎の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証および同証人の証言によれば、原告の計画している本件水道工事の工事方法は別紙記載のとおりであり、その工事方法は従来の道路面を掘削して配管する工事方法に比較し、掘削せずに配管工事ができ、工事時間も著しく短縮され、道路面を破損せずまた車両の交通を妨げることなく、騒音を伴わずに工事ができるという利点があり、本件私道に本件水道工事を施すとした場合、午前九時に工事を開始し、即日午後五時までにこれを終了し得ることが認められ、これらの事実によれば、本件水道工事によつて被告に与える損害は極めて軽微にすぎないというべきである。

第三以上に認定した(1) 原告土地で日常生活を営むには是非水道水が必要であり、(2) 水道を引こうとする場合他人所有の私道下に水道管を敷設するしか途がなく、(3) その場合C点から被告所有の本件私道を通つて水道工事をするのが最も合理的かつ合目的的で、かつ(4) 本件水道工事に用いられる工事方法等からして被告に与える損害が僅少であることからすれば、この様な場合互いに隣接土地相互間の利用の調整を目的とする民法の相隣関係規定特に隣地の使用・立入権に関する同法二〇九条、袋地所有者の囲繞地通行権に関する同法二一〇条、余水排泄権に関する同法二二〇条等、日常生活を営むに当つて、一定の事由が存する場合、隣地等他人所有の土地を使用できる旨定めた諸規定および必要に応じ、他人の土地に排水設備を設置できる旨定めた下水道法一一条の規定の趣旨を類推し、原告は被告に対し、被告所有の本件私道を別紙記載の工事方法による本件水道工事のため原告が使用するのを受忍すべきことを請求する権利があり、その前提として、原告は東京都に対し本件私道下に水道事業による給水工事の申請をなすについて、被告に承諾を求める権利があり、被告は本件私道下に原告が別紙記載の工事方法により本件水道工事をなすことを妨害することは許されないと解するのが相当である。

被告が原告の建物建築前に、本件私道下に原告が本件水道工事をなすことを拒絶したことは冒頭説示のとおりであるが、右に認定の(1) ないし(4) の事由の存する本件にあつては右事前拒絶の事実をもつて原告の請求を失当ならしめる根拠となし得ないものというべく、また被告は、本件私道下に本件水道工事がなされると物心両面にわたり多大の損害を蒙むり、その損害を償う方法がない旨主張するものの、その蒙るとする損害の具体的内容が明確でないのみならず、仮りに本件水道工事により被告が損害を蒙る場合は、別に原告に対しその賠償を請求する途の存することは当然であるから、右損害の発生は本訴請求の当否に消長を及ぼすものではないというべきである。

第四なお原告が昭和四五年八月ごろ本件私道下に原告土地に引くための下水管埋設工事をした事実は当事者間に争いがなく、証人河合美郎の証言および被告本人尋問の結果によれば右工事は被告の承諾を得ることなく、また被告の妻の強硬な抗議を無視してなされたものであることが認められ、また弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第一、第二号証、証人河合美郎の証言および原告本人尋問の結果によれば、被告の妻は右下水道工事の後精神病に罹患し昭和四七年一月一二日より同年五月一四日まで精神病院に入院し、退院後の現在も通院加療中の事実が認められる(尤も被告の妻の右罹患が前認定の原告のなした下水道工事に基因する旨の右河合及び被告本人の各供述部分は措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない)。

かかる原告の所為は既成の静穏な住宅環境下に新たに加入した者として当然に心を用いるべき相隣者間の情誼を無視するものであつて、まことに遺憾に堪えないところといわざるを得ず、このことが本件紛争の因をなしていること弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、当裁判所は本訴請求の当否に直接これが影響を及ぼさないとはするものの、原告に対し、深くこの点に思いを致し、三省するよう強く望むものであることを特に本件においては付言しておく。

第五よつて、原告の本訴請求はすべて理由があるものとしてこれを全部認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 荒川昂 東畑良雄)

(別紙)目録

東京都練馬区桜台四丁目六〇七八番一

宅地 二七〇・〇八平方メートル

のうち、別紙図面(一)のイロハニイの各点を順次直線で結んだ範囲二六平方メートル(斜線部分)

(別紙)工事方法

別紙図面(一)記載のC点(水道本管取出口のあるところ)およびC点から東南方八メートル離れた同図面表示のE点に縦一二〇センチメートル横六〇センチメートル深さ一〇〇センチメートルの穴を掘り、この二ケ所の穴に順次地中貫孔配管機を設置して同機械によつてそれぞれ八メートルずつ地中に水平に穴をうがち、その穴に水道管を差し込む工事方法。

(別紙)図面(一)<省略>

(別紙)図面(二)<省略>

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