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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)11130号 判決 1983年5月26日

原告 日本殖産株式会社

右代表者代表取締役 稲坂きん

右訴訟代理人弁護士 戸田謙

同 伊藤廣保

同 山口元彦

同 青木亮三郎

同 鍋谷博敏

右戸田謙訴訟復代理人弁護士 小原健

同 萬場友章

被告 納賀栄之

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 桝田光

同 大久保純一郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金一億六八二〇万円及びこれに対する昭和四八年二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外日興商事株式会社(以下「日興商事」という。)は金融及び不動産売買を業とする会社であり、被告納賀栄之(以下「被告納賀」という。)は、昭和四六年一一月ころまで被告日本ドリーム観光株式会社(以下「被告会社」という。)の代表取締役松尾國三の養子で、松尾栄之といい、被告会社の代表取締役であった。

2  日興商事は、被告納賀に対し次の各債権を有していた。

(一) 売買残代金 五九四万円

日興商事は被告納賀に対し、昭和四六年六月二六日、秋田県男鹿市北浦湯本字高田三四番、同所七三番及び同所七七番の各土地(以下、単に三四番、七三番、七七番の土地という。)原野一二万六一六六平方メートルを代金一億二五九四万円にて売り渡した(以下「本件売買契約」という。)が、そのうち、五九四万円が未払いである。

(二) 貸金債権 三三三三万円

日興商事は被告納賀に対し、左記のとおり被告納賀の指定する金融機関に送金する方法で、金員を貸し渡した。

(1) 昭和四六年七月二六日 二五〇万円

(2) 同月三〇日 五〇〇万円

(3) 同年八月四日 五〇〇万円

(4) 同月一六日 二〇〇万円

(5) 同日 二五〇万円

(6) 同月二五日 三〇万円

(7) 同月二七日 五〇万円

(8) 同日 四〇〇万円

(9) 同月三一日 三四〇万円

(10) 同年九月一日 一五〇万円

(11) 同月二一日 二七〇万円

(12) 同月二二日 一二〇万円

(13) 同年一〇月二〇日 九三万円

(14) 同月二七日 一八〇万円

(三) 貸金債権 一三三万円

日興商事は被告納賀に対し、昭和四六年一〇月一日、一三三万円を貸し渡した。

(四) 貸金債権 六〇万円

日興商事は被告納賀に対し、昭和四七年三月二五日、六〇万円を貸し渡した。

(五) 貸金債権 二〇〇万円

日興商事は被告納賀に対し、同年二月一九日、二〇〇万円を貸し渡した。

(六) 貸金債権 二〇〇〇万円

日興商事は被告納賀に対し、昭和四六年一二月一八日、二〇〇〇万円を貸し渡した。

(七) 貸金債権 三〇〇〇万円

日興商事は被告納賀に対し、左記のとおり(上段から、約束手形の金額、支払期日及び貸し渡した日である。)日興商事振出にかかる約束手形を貸し与える方法により、右約束手形の各支払期日を弁済期として貸し渡した。

右各約束手形はいずれも各支払期日に決済されたが、そうでないとしても、現金交付に代えて約束手形を交付したときは、その交付の時に、約束手形の額面金額をもって消費貸借が成立するものである。しかも、被告納賀は右約束手形を割引後、裏書人としての責任追及を受けておらず、割引によって入手した金員を最終的に取得しているのであるから、右額面金額をもって消費貸借が成立している。

(1) 二〇〇万円 昭和四七年三月二八日

昭和四六年一一月二九日

(2) 二〇〇万円 右同年五月三一日

昭和四七年四月一五日

(3) 三〇〇万円 右同年六月一〇日

右同年三月八日

(4) 二〇〇万円 右同月三〇日

右同日

(5) 三〇〇万円 右同年七月一〇日

右同日

(6) 二〇〇万円 右同月三一日

右同日

(7) 二〇〇万円 右同年五月二〇日

右同年四月一五日

(8) 二〇〇万円 右同月三一日

右同年三月二五日

(9) 二〇〇万円 右同年六月三〇日

右同年四月六日

(10) 二〇〇万円 右同年七月三一日

右同日

(11) 二〇〇万円 右同年八月三一日

右同日

(12) 二〇〇万円 右同年九月三〇日

右同日

(13) 二〇〇万円 右同年一〇月三〇日

右同日

(14) 二〇〇万円 右同年一一月三〇日

右同日

(八) 貸金債権 二五〇〇万円

日興商事は被告納賀に対し、左記のとおり金員を貸し渡した。

(1) 昭和四六年七月五日 五〇〇万円

(2) 同月九日 一〇〇〇万円

(3) 同月一九日 一〇〇〇万円

(九) 貸金債権 二五〇〇万円

日興商事は被告納賀に対し、左記のとおり弁済期数日後として貸し渡した。被告納賀は日興商事に対し、右貸借の際、右貸し渡した金額と同額の小切手を振出しているが、これらはいずれも不渡り又は依頼返却となっている。

(1) 昭和四六年一〇月二〇日 一〇〇万円

(2) 同月二五日 五五〇万円

(3) 同日 四〇〇万円

(4) 同日 五〇〇万円

(5) 同月二七日 一五〇万円

(6) 同日 一〇〇万円

(7) 同月二八日 二〇〇万円

(8) 同年一一月一日 二〇〇万円

(9) 同月一二日 三〇〇万円

(一〇) 約束手形金債権 二五〇〇万円

被告納賀は日興商事に対し、左記約束手形三通(但し、(一)、(二)の約束手形は振出日白地、(三)の約束手形は振出日及び受取人白地)を振出し、原告は日興商事から右約束手形の交付を受け、左記のとおり右約束手形の白地を補充し、現在これを所持している。

(一) 金額 五〇〇万円

支払期日 昭和四七年二月五日

支払地 東京都品川区

振出日 昭和四六年一〇月二日

振出地 東京都港区

振出人 松尾栄之

受取人 日興商事株式会社

(二) 金額、支払期日、支払地、振出日、振出地、振出人、受取人いずれも(一)に同じ

(三) 金額 一五〇〇万円

支払期日 昭和四七年三月一〇日

支払地、振出日、振出地、振出人、受取人はいずれも(一)に同じ

3  被告納賀は、被告会社代表取締役として日興商事との間で、昭和四六年七月頃、日興商事が被告納賀に対して当時有していた本件売買契約の代金債権及び貸金債権並びに将来発生する債権について、被告会社が被告納賀と連帯して支払う旨の連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結した。

4  原告は、日興商事から、昭和四七年六月一三日、日興商事が被告らに対して有する前記2記載の各債権を譲り受け、日興商事は被告らに対し右債権譲渡の通知をなし、右通知は被告納賀に対しては同年八月二一日、被告会社に対しては同年七月二一日それぞれ到達した。

5  よって、原告は、被告納賀に対しては、前記2記載の各債権に基づき、被告会社に対しては、本件連帯保証契約に基づき、それぞれ一億六八二〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日以降の日である昭和四八年二月一八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  被告会社

(一) 請求の原因の事実は知らない。

(二)(1) 同2(一)及び(二)の事実は知らない。

(2) 同(三)ないし(五)の事実は否認する。

(3) 同(六)の事実は否認する。

被告納賀は、昭和四六年一二月一八日、日興商事から約束手形の割引を委託され、同社振出の約束手形七通金額合計二〇〇〇万円の交付を受けた。被告納賀は、日興商事に対し、右各約束手形の決済資金を交付し、日興商事はこれによって右各約束手形を決済した。従って、これにより、日興商事が被告納賀に対して貸金債権を取得することはない。

(4) 同(七)の事実のうち、被告納賀が日興商事から(1)ないし(14)の約束手形の交付を受けたことは認めるが、その余は否認する。すなわち、被告納賀が日興商事から右各約束手形の交付を受けたのは、割引を委託されたことによるものである。そして、被告納賀は、昭和四七年三月八日頃、そのうち(3)ないし(6)の約束手形の割引により、内金として九五万円を入手したが、同月二七日頃、これを訴外高山光一を通じ日興商事に交付した。その余の手形は、昭和四七年四月に日興商事が倒産したことにより無価値となり、割引不能となった。

(5) 同(八)ないし(一〇)の事実は知らない。

(三) 同3の事実は否認する。

(四) 同4の事実のうち、請求の原因2(八)及び(九)記載の債権以外の債権につき、原告への債権譲渡通知が昭和四七年七月二一日被告会社に到達したことは認めるが、同(八)及び(九)記載の債権を原告が譲り受けたこと及びその旨の債権譲渡通知が到達したことは否認し、その余は知らない。

2  被告納賀

(一) 請求の原因2(一)ないし(五)及び(八)ないし(一〇)の各事実はいずれも否認する。同(六)及び(七)の事実については、被告会社の認否と同一であるのでこれを引用する。

(二) 同5の事実のうち、原告への債権譲渡通知が昭和四七年八月二一日被告納賀に到達したことは認めるが、請求原因2(八)及び(九)記載の債権を原告が譲り受けたことは否認し、その余は知らない。

三  被告らの仮定抗弁

1  被告会社

(一) 債務免除

日興商事は被告納賀に対し、昭和四六年七月頃、被告納賀が日興商事に対して本件売買契約の代金支払いのため、被告会社振出名義の約束手形七通金額合計一億二〇〇〇万円を振出交付した際、右残代金五九四万円の支払いを免除する旨の意思表示をした。

(二) 同時履行その1

本件売買契約においては、日興商事は被告納賀に対し、その目的物件である三四番、七三番及び七七番の各土地について、抵当権の登記等の右土地の完全な所有権の行使を阻害する一切の負担を自らの責任において所有権移転登記手続の時までに抹消する旨約した。しかるに、日興商事は、右七三番及び七七番の各土地について、秋田地方法務局北浦出張所昭和四五年九月一六日受付第一二八三号をもってなされた原因昭和四五年九月五日手形取引契約の同日設定契約、元本極度額一五〇〇万円、債務者日興商事、根抵当権者株式会社加藤産業の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定登記を現在に至るまで抹消していない。本件売買契約は双務契約であるから、日興商事の右登記抹消義務と被告納賀の残代金支払義務は同時履行の関係にあり、被告会社は被告納賀の右同時履行の抗弁権を援用する。

(三) 同時履行その2

本件売買契約に基づき、三四番、七三番及び七七番の各土地につき登記簿上の所有者であった村上正司から被告納賀に所有権移転登記がなされたが、右各土地の過去の登記簿上の所有者である広瀬林建工業株式会社、大場万及び村上正司は、それぞれ被告納賀及び現在の所有者である被告会社に対し、その所有権の帰属を争って、右所有権移転登記等の抹消登記手続請求訴訟を提起し、右各訴訟は現在当庁民事第一三部に係属中である。右各訴訟が係属していることは、日興商事が売買契約に基づく所有権移転義務を履行していないと同視されるべきものであるから、被告納賀は、右各訴訟による所有権行使の阻害の危険性が解消するまで同時履行の抗弁権若しくはその準用又は信義誠実の原則により残代金の支払いを拒むことができるものというべきである。よって、被告会社は被告納賀の右抗弁権を援用する。

(四) 弁済

被告納賀は日興商事に対し、請求の原因2(二)記載の各債権の弁済のために、昭和四六年八月頃、一〇〇〇万円を支払い、また、別紙手形小切手目録記載の約束手形及び小切手一〇通金額合計二二一〇万円を振出交付して決済した。

(五) 被告会社取締役会の承認の欠缺

本件連帯保証契約は、被告会社の代表取締役であった被告納賀が、自己の債務につき会社を代表して締結したものであるから、商法二六五条にいう取引にあたるところ、被告納賀は、本件連帯保証契約を締結するに際し、被告会社取締役会の承認を得ていない。そして、日興商事の代表取締役である水野繁彦(以下「水野」という。)は、右連帯保証契約を締結するに際し、被告会社が大阪証券取引所第一部に上場されている一流会社であることを知っていたものであり、このような会社が取締役個人の債務について金額、期間とも無制限に保証することを承認することはおよそあり得ないことであるから本件連帯保証契約の締結につき被告会社取締役会の承認がないことを知っていたものというべきである。

(六) 信託法一一条違反

請求の原因4記載の債権譲渡(以下「本件債権譲渡」という。)は、信託法にいう「信託」又は判例上の「信託的譲渡」であって、訴訟行為をすることを主な目的としてなされたものであり、同法一一条の適用又は類推適用により無効である。すなわち、

(1) 本件債権譲渡の立証として原告の提出した甲第四九号証の債権譲渡契約書には、日興商事は、原告に対し、被告納賀及び被告会社に対する総額一億八二九五万〇九三〇円の債権を代金九〇二六万円をもって昭和四七年六月一三日譲渡し、原告は、右代金の内八〇二六万円を右同日、残金一〇〇〇万円を同月一九日までに支払い、日興商事は、右残金支払と引換えに債権取立に必要な書類を原告に引渡す旨の記載がある。

しかし、原告は、訴外稲坂晋一(以下「稲坂」という。)と同佐々木琢磨(以下「佐々木」という。)が昭和四一年三月一五日設立し、不動産売買を業としていた会社であるが、昭和四四年ころに不渡を出して倒産し、以後は、事務所も業務も帳簿もない登記簿上だけの存在であった。したがって、右代金九〇二六万円を支払う能力も支払った事実もない。

(2) 日興商事の代表者水野は、昭和四六年一二月ころから被告会社に対し、被告納賀個人に対する日興商事の債権を被告会社が代って支払うよう数回にわたり交渉したが、被告会社にはこれに応ずる意思がないことを知り、交渉による解決は断念していた。

(3) 稲坂及び佐々木は、被告納賀とともに、昭和四六年一一月ころ、岐阜県の農業協同組合から一億円を引き出すことを計画し、その実行に着手し、昭和四七年三月ころまでに三五〇〇万円を借り受けたが、同年七月ころ、この件につき詐欺の容疑で逮捕され、その後起訴されるに至った。その間たまたま右計画を知った被告会社代表者松尾國三が右農業協同組合に通報警告したこと等から、被告納賀の個人債務につき、被告会社には支払に応ずる意思のないことを稲坂及び佐々木も知っていた。

(4) 水野と稲坂及び佐々木とは、昭和四七年三月に被告納賀の紹介で知り合った間柄であるが、同年四月には、日興商事は、不渡りを出して倒産した。

以上のような経緯から、水野は、稲坂及び佐々木と相謀り、日興商事が訴訟の当事者となることを回避し、登記簿上の存在に過ぎない原告をして訴訟を提起させ、不当な利益をあげてこれを分配する意図のもとに本件債権譲渡をなしたものである。前記契約書の代金額九〇二六万円の記載は、右目的を隠蔽するために記載されたものに過ぎない。

(七) 水野の取締役欠格

原告が請求の原因で主張する日興商事の各行為は、いずれも同社の代表取締役水野繁彦が同社のためにしたものであるところ、水野は、昭和四三年四月二七日山口地方裁判所において、公印不正使用、有印虚偽公文書作成、同行使、詐欺、同未遂、背任、同未遂、有価証券偽造、旅券法違反被告事件について、懲役三年、執行猶予五年の有罪判決を受け、右判決は同年五月一二日確定しているから、水野の右各行為はいずれも右刑の執行猶予期間中のものである。

ところで、刑法施行法(明治四一年法律第二九号)三七条、三八条及び刑法(明治一三年太政官布告第三六号、以下「旧刑法」という。)三一条、三三条によれば、懲役刑の判決を受けた者は、公権を停止されたものとみなされ、株式会社を管理することができなくなるので、取締役たる資格を喪失し、取締役を当然退任するものとされている(大正一四年四月二四日大審院決定民集四巻二三三号。)従って、水野は前記判決の確定した昭和四三年五月一二日、株式会社の取締役たる資格を喪失し、日興商事の取締役を当然に退任し、代表権をも喪失したものである。よって、水野の日興商事のためにした前記各行為はいずれも代表権のない者のした行為であって、日興商事のために効力を生ぜず、無効である。

2  被告納賀

被告納賀の仮定抗弁は、被告会社の仮定抗弁(一)ないし(四)及び(六)、(七)と同一である。

四  被告らの仮定抗弁に対する認否

1  被告らの仮定抗弁1(一)の事実は否認する。

2  同(二)の事実のうち、日興商事が本件根抵当権の設定登記を抹消していないことは認めるが、日興商事に本件根抵当権の設定登記抹消義務があることは争う。日興商事と被告納賀とは、本件売買契約締結に際し、本件根抵当権設定登記の抹消は被告納賀が行う旨合意したのであって、日興商事はその抹消義務を負わない。

3  同(三)の事実のうち、本件売買契約に基づき、三四番、七三番及び七七番の各土地につき登記簿上の所有者であった村上正司から被告納賀に所有権移転登記がなされたことは認める。

被告納賀らに対し所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟が提起されたとしても、これは、被告納賀の権利を何ら侵害するものでないから、残代金の支払いを拒むことはできない。

4  同(四)の事実のうち、現金、約束手形又は小切手の交付の点は知らない。これらが、請求の原因2(二)記載の各債権の弁済のために支払い又は交付されたものであることは否認する。また、被告納賀が日興商事に対し振出交付した約束手形、小切手があったとしても、これらはいずれも不渡りになっている。

5  同(五)の事実のうち、水野が本件連帯保証契約の締結について、被告会社取締役会の承認がないことを知っていたことは否認する。

6  同(六)の事実中、甲第四九号証の記載内容、稲坂及び佐々木が逮捕、起訴されたことは認めるが、その余は否認する。

7  同(七)の事実は不知ないし争う。

旧刑法三一条八号が会社の管理権を公権としたのは、当時の会社が特許的性格を有し、公法的色彩を有していたためであるから、かかる性格を有しない現在の株式会社は、同号の「会社」にあたると解すべきではない。また、株式会社の業務執行を決するのは、現行法では合議体である取締役会であって、個々の取締役ではないから、取締役であることから直ちに会社を管理していることにもならない。従って、株式会社の取締役に対して、懲役刑の有罪判決があっても、取締役の資格には何らの影響もない。

仮に、取締役の資格喪失の効力を生ずるとしても、現在の商取引は大多数が株式会社の行為としてなされ、その取引の相手方は取締役が有罪判決を受けているか否かを知ることは困難であるから、取引行為の効力には影響を及ぼさないと解すべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求の原因1の事実のうち、日興商事が金融及び不動産売買を業とする会社であることを認めることができる。

そして、《証拠省略》によれば、被告納賀は、昭和三三年三月二六日に、被告会社の前身である千土地興業株式会社等の代表取締役であった松尾國三の長女日出子と結婚するとともに、松尾國三夫妻と養子縁組をし(その結果、被告納賀は松尾栄之となった。)、昭和三八年七月、合併によって被告会社が設立されると、同年九月に同社の常務取締役に就任し、昭和四三年九月には代表取締役、昭和四六年三月からは代表取締役副社長に就任したこと、しかし、被告納賀は、その頃商品相場に手を出して失敗したことから個人債務の返済に追われるようになり、その支払いのため、ほしいままに被告会社振出名義の約束手形を振出す等の背任行為を行って被告会社に多額の損害を与えたことから、その責任をとって同年一〇月三一日、被告会社の代表取締役及び取締役を辞任し(同年一一月二日、被告会社は取締役会を開いてこれを承認し、同月一九日その旨の登記をした。)、また、同年一一月二五日、妻日出子と協議離婚、同月二九日、松尾國三夫妻とも協議離縁したこと、以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

二  次に被告納賀が日興商事に対し負担する債務につき順次検討する。

1  請求の原因2(一)の売買残代金について

原告と被告納賀との間では成立に争いがなく、《証拠省略》によれば、日興商事と被告納賀との間で、昭和四六年六月二六日、本件売買契約が締結されたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

そこで、これに対する被告らの仮定抗弁につき判断するに、被告らの仮定抗弁1(一)(債務免除)については、被告納賀は右主張に副う供述をするが、にわかに借信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、被告らの仮定抗弁1(二)の事実のうち、日興商事が本件根抵当権の設定登記を抹消していないことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、本件売買契約の契約書第四条は、本件土地(三四番、七三番及び七七番の各土地)に抵当権、質権、先取特権又は賃借権の登記等本件土地の完全なる所有権の行使を阻害する一切の負担は売主の負担において所有権移転登記手続の時までに完全に抹消しなければならない旨規定しており、本件根抵当権を除外する趣旨の規定は存在しないのであるから、日興商事は被告納賀に対し、本件根抵当権の抹消を約したものというべきである。原告は、本件根抵当権は、買主である被告納賀の負担において抹消することが合意されていたと主張し、証人水野繁彦はこれに副う証言をするが、右の契約書の条項及び反対趣旨の被告納賀栄之本人尋問の結果に照らしにわかに措信できず、他に前記認定事実を覆すに足りる証拠はない。

また、《証拠省略》によれば、被告らの仮定抗弁1(三)記載の各訴訟が係属中であることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定したところによれば、被告納賀は日興商事に対して、民法五七六条、五七七条により、本件売買契約の代金支払いを拒絶することができるものであるところ、被告らの主張はこの抗弁権を行使する趣旨のものと解することができる。従って、被告らの仮定抗弁は結局理由がある。

2  請求の原因2(二)の貸金債権について

《証拠省略》によれば、日興商事から被告納賀に対し、請求の原因2(二)記載のとおり送金がなされたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

右の送金については、《証拠省略》によれば、本件売買契約締結後、日興商事は被告納賀の求めに応じて数回の貸付けを行ったが、被告納賀が、さらに融資の追加を求めてきたため、資金的にこれに応じ切れなくなり、本件売買契約の代金支払いのためには、日本国土企業株式会社(以下「日本国土企業」という。)及び被告納賀の共同振出にかかる約束手形(以下「売買代金支払手形」という。)が振出されているが、その支払いの保証という名目で被告会社振出名義の約束手形を振出してくれれば、これを割引いて互いに割引金を使うことができると被告納賀にもちかけたところ、被告納賀もこれを承諾して、被告会社振出名義の約束手形七通金額合計一億二〇〇〇万円を振出し、日興商事はこれを第三者に割引かせて割引金を得、右の送金は、この割引金を源資としてなされたものであることを認めることができ、証人水野繁彦は、一部これに反する証言をするがにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実に基づいて、右の送金の趣旨について考えると、被告会社振出名義の右約束手形の振出は、必ずしも売買代金の支払いの保証が主目的であったのではなく、むしろ、これを第三者に割引かせて割引金を取得することが実質的な目的であったものということができるけれども、実質的な目的が割引金の取得にあったとしても、実際に、前記売買代金支払手形が不渡りとなった場合には、やはり、日興商事は、被告会社振出名義の右約束手形を保証手形として、代金の支払いにあてるべきものであるから、そのときには、右の送金は、日興商事の被告納賀に対する消費貸借とする趣旨のものであったと解するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。

そして、《証拠省略》によれば、前記売買代金支払手形は不渡りとなり、日興商事は、被告会社振出名義の前記約束手形をもって代金の支払いにあてたことが認められるのであるから、右の送金は被告納賀に対する貸金として成立したものというべきである。

そこで、これに対する被告らの仮定抗弁1(四)(弁済)について判断するに、一〇〇〇万円の弁済の事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。また、《証拠省略》によれば、被告納賀が別紙手形小切手目録記載の約束手形及び小切手一〇通金額合計二二一〇万円を振出交付したことを認めることができ、うち、同目録2ないし4記載の各小切手については、日興商事の裏書も存在するが、これらの小切手が請求の原因2(二)の貸金債権の弁済のために振出交付されたものであることを認めるに足りる証拠はなく、右以外の約束手形及び小切手については、日興商事に対して振出交付されたこと自体認めるに足りる証拠もない。

よって、被告らの弁済の抗弁は理由がない。

3  請求の原因2(三)の貸金債権について

《証拠省略》によれば、日本国土企業が約束手形及び小切手四通金額合計一三三万円を振出したことを認めることができるところ、証人水野繁彦は、日本国土企業は被告納賀が実質的に経営している会社であって、右約束手形及び小切手と引き換えに、被告納賀の代理人である日本国土企業の代表者石津光正に一三三万円を貸し付けた旨証言する。しかしながら、右約束手形等はいずれも日本国土企業振出にかかるものである以上、たとえ金員貸付けがなされたとしても、それは被告納賀個人に対してではなく、日本国土企業に対してなされたものとみるべきである。さらに、金員貸付けの事実自体についても、《証拠省略》によれば、昭和四八年頃水野が被告納賀宛に送付した請求債権明細書には、右の一三三万円は、「日本国土企業約手及小切手利息分」と記載されていることが認められ、この事実に照らすと、証人水野繁彦の右証言はにわかに措信できず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

4  請求の原因2(四)の貸金債権について

《証拠省略》には、被告納賀が日興商事に対し、昭和四七年三月二五日付けで、二七日付支払小切手六〇万円を自分の責任で決済することを確約する旨の記載があるが、この記載から直ちに消費貸借が成立したものとみることは困難であるばかりでなく、証人水野繁彦の証言によれば、右の記載は水野が後になって加入したものであって、貸付けの証拠とすることはできない。また、証人水野繁彦は、おおむね原告の主張に副う証言をするが、これのみでは未だ原告の主張事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

5  請求の原因2(五)の貸金債権について

《証拠省略》によれば、株式会社新明商事が金額二〇〇万円の小切手を振出し、被告納賀がこれに裏書をしたことを認めることができ、証人水野繁彦は、右小切手と引換えに被告納賀に対して二〇〇万円を貸し渡した旨証言する。しかしながら、《証拠省略》によると、前記の昭和四八年頃に水野から被告納賀宛に送付された請求債権明細書には、右二〇〇万円の貸金は記載されていないことが認められ、この事実に照らすと、前掲各証拠のみによって、右貸付けの事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

6  請求の原因2(六)及び(七)記載の各貸金債権について

《証拠省略》によれば、日興商事は被告納賀に対し、昭和四六年一二月一八日頃に、日興商事振出の約束手形七通(満期昭和四七年三月二〇日から同月三一日まで)金額合計二〇〇〇万円を被告納賀に対する貸付けの趣旨で交付したこと、被告納賀は、右約束手形を稲坂を介して三島昭に割引かせ、割引金を取得したことを認めることができる。被告らは、右約束手形の交付の趣旨は、割引の委託であった旨主張し、被告納賀は一部これに副う趣旨の供述をし、また、この点に関する証人水野繁彦の証言はあいまいではあるが、前記各証拠によれば、右約束手形の割引金は被告納賀の伊豆長岡の土地購入資金等にあてられたことが認められることからしても、被告納賀の右供述は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、前記各証拠によれば、右各約束手形の決済については、被告納賀、稲坂及び佐々木の三名が、前記被告納賀が購入した伊豆長岡の土地を担保にして、被告納賀名義で日本ライン農協から、昭和四七年三月一一日頃借入れた三五〇〇万円(但し、一部が差し引かれ、被告納賀ら三名に現実に交付されたのは二四〇〇万円余りであった。)のうちから二〇〇〇万円を同月一八日日興商事に提供し、これによってなされたものと認められる。

また、請求の原因2(七)の事実のうち、被告納賀が日興商事から、(1)ないし(14)の約束手形の交付を受けたことは当事者間に争いがないが、右各約束手形の交付の趣旨については、《証拠省略》によれば、被告納賀に対する貸付けの趣旨ではなく、当時、日興商事の資金繰りが苦しくなっていたため、これを助けるため、被告納賀が割引の斡旋をするという趣旨であったことが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、原告は、日興商事が被告納賀に対し、以上のように約束手形を交付したことにより、直ちに額面金額についての金銭消費貸借が成立すると主張する。しかし、金融のため、融通手形が授受される場合は、通常割引金による金融を得ることが目的であるから、それが交付者の金融のためであれば、交付を受けた者は、割引を得たときは割引金を引き渡し、割引不能のときは、手形を返還すべきであり、交付を受けた者の金融のためであれば、手形の借主は、手形を返還し得ないときは、満期に決済資金を提供するなどの方法により、自らの責任でその決済をすべき義務を負うものというべきであるが、手形の交付だけで、直ちに額面金額相当の金員の返還請求権が発生するものとは解し得ない。すなわち、手形の交付者が交付を受けた者に対し、手形の返還に代えて、額面相当額の金員の返還を求めるためには、自らの出捐により手形金を支払ったか、又は所持人に対しその支払義務を負担したか、いずれかの場合であることを要すると解すべきである。

前記認定事実によれば、請求の原因2の(六)については、被告納賀は、借り受けた手形の決済資金を日興商事に提供したものであるから、さらに額面金額の支払義務を負うことはないというべきであり、同(七)については、日興商事は割引依頼のため手形を被告納賀に交付したことは認められるが、これを自らの出捐により決済し、又は所持人に対し支払義務を負ったことについて、何らの主張立証もない以上、被告納賀に対し、額面金額の金員の返還を求め得ないというべきである。

7  請求の原因2(八)の貸金債権について

《証拠省略》によれば、請求の原因2(八)の事実を認めることができ、他にこれに反する証拠はない。

8  請求の原因2(九)の貸金債権について

《証拠省略》によれば、被告納賀が請求の原因2(九)の(1)ないし(9)記載の日時及び金額をそれぞれ振出日及び金額とする小切手九通を振出したことを認めることができるところ、証人水野繁彦は、右各小切手と引換えに、被告納賀に対し、その金額と同額の貸付けをした旨証言する。

しかしながら、仮に、右各小切手が被告納賀から日興商事に交付されたものだとしても、前記認定のとおり、被告納賀と日興商事との間では、多数の現金や約束手形、小切手のやりとりがなされており、しかも、そのうち借用証等交付の趣旨を明確に示す書類が揃っているものはまれであるため、右各小切手の交付が、これらとは別の新規貸付けを伴うものであるか必ずしも判然としないこと、また、右各小切手の交付が、証人水野繁彦の証言どおり、新規別個の貸付けを伴うものであったとすると、請求の原因2(二)の貸付けの末期に合計二五〇〇万円もの貸付けが集中してなされたこととなり、前記認定の請求の原因2(二)の貸付けがなされるに至った経緯からみて不自然であること、さらに、《証拠省略》によれば、水野自身、右各小切手のうち(1)及び(3)ないし(5)に対応する小切手は書換返却分として被告納賀に返却すべきものと認めていたともみられること等を考えてみると、右の証拠のみから、原告主張の貸付けを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

9  請求の原因2の(一〇)の約束手形金債権について

《証拠省略》によれば、請求の原因2の(一〇)の事実を認めることができる。

10  以上1ないし9によれば、日興商事の被告納賀に対する債権として原告の主張する請求原因2の各債権のうち、(二)の貸金三三三三万円、(八)の貸金二五〇〇万円、(一〇)の手形金債権二五〇〇万円の合計八三三三万円について、その存在を認めることができ、その余はこれを認めることができない。

三  次に、本件連帯保証契約の成否について判断する。

被告納賀が日興商事に対し、本件売買契約の代金支払いを保証するために、被告会社振出名義の約束手形を振出したことは前記認定のとおりであり、原告提出の甲第四八号証には、被告会社代表取締役松尾栄之名義で、日興商事が被告納賀に対して有していた本件売買契約の代金債権及び貸金債権並びに将来発生する債権について、被告会社が連帯保証する旨の記載があり、証人水野繁彦は、本件連帯保証契約が締結された旨の証言をする。

しかしながら、被告会社振出名義の約束手形が振出されたのは、その割引金を取得することが実質的な目的であったことは前記認定のとおりである。また、甲第四八号証については、そのうち被告納賀の署名押印部分の成立は争いがないが、被告らは、内容が白地のものに被告納賀が署名押印した旨主張し、被告納賀はこれに副う供述をするものであるところ、右甲第四八号証は、不動産登記手続の申請や公正証書作成等の委任に用いられる委任状用紙であって、このような委任状用紙は、白紙委任状として署名押印されることも珍しいことではなく、実際にも《証拠省略》によれば、被告納賀が他の債権者に対してではあるが、白紙委任状数通を渡していたことが認められる。さらに、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、前記認定のとおり、被告納賀は、個人債務の支払いのために被告会社振出名義の約束手形を振出す等の背任行為の責任をとって、被告会社の代表取締役及び取締役を辞任したが、被告会社は、その直後から、被告会社常務取締役阪上勉及び弁護士大久保純一郎が担当となってその処理を開始し、被告納賀と貸借取引のあった各債権者と交渉に入り、日興商事の代表取締役水野とも、昭和四六年一一月一五日頃から交渉に入った。被告会社は、被告納賀の債務を支払う条件として、被告会社振出名義の約束手形又は被告会社の不動産、株券を担保として有する場合に限り、各債権者に対し、これらの書類の提出を求めたところ、水野は、これらの書類を所持しておらず、前記の被告納賀が被告会社名義で振出した額面合計一億二〇〇〇万円の約束手形七通もすべて割引かれており、既に所持していないことが明らかとなったため、被告会社は、日興商事に対しては債務の支払いをしないこととし、日興商事との交渉も同年末には打切った。その間、水野からは、本件連帯保証契約を証する唯一の証拠であるはずの甲第四八号証の存在、内容等について何らの説明もなかった。以上のとおり認められ、証人水野繁彦は一部これに反する証言をするがにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、甲第四八号証が、真実被告納賀の意思に基づいて作成されたとするには多大の疑問があって、これを、本件連帯保証契約締結を認める証拠として採用することはできず、本件連帯保証契約が締結されたとする証人水野繁彦の前記証言もまた信用できない。他に原告の主張を認めるに足りる証拠もない。

よって、原告の被告会社に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  《証拠省略》によれば、日興商事と原告との間で本件債権譲渡契約が締結されたことを認めることができ、その旨の通知が同年八月二一日に被告納賀に到達したことは、原告と被告納賀との間で争いがない。

五  被告納賀は、本件債権譲渡は、訴訟行為をさせることを主な目的としてなされたものであるから、信託法一一条により無効であると主張するので、この点につき判断する。

1  《証拠省略》によると、日興商事の代表者水野は、昭和二八年二月二三日東京高等裁判所において詐欺、銃砲等所持禁止令違反の罪により懲役二年六月に処せられ、昭和三二年二月七日右刑の執行を受け終ったが、昭和三二年六月ころから、昭和三三年にかけて犯した公印不正使用、有印虚偽公文書作成、同行使、詐欺、同未遂、背任、同未遂、有価証券偽造、旅券法違反被告事件について昭和四三年四月二七日山口地方裁判所において懲役三年、執行猶予五年の有罪判決を受け、右判決は同年五月一二日確定したこと、その公判係属中であった昭和四一年頃、一般の投資家に不良手形、偽造手形を売りつけて二億円余をだまし取ったという、いわゆる「東京大証事件」を起こしたとして新聞等に報道され、右事件については、有価証券偽造、同行使、詐欺罪に問われ、昭和四二年の初公判から一二年以上の審理を経て、昭和五五年五月二六日東京地方裁判所で懲役七年の判決が云渡されたこと、以上の事実を認めることができる。

2  昭和四六年六月から昭和四七年四月頃までの間に、日興商事と被告納賀との間に各種の取引が行われ、原告が日興商事から譲受けたとする本訴請求債権のうち、その一部について、被告納賀との関係では、その存在を認め得ること、他方被告納賀は、個人債務支払いのため被告会社振出名義の約束手形を振出す等の背任行為のため昭和四六年一〇月三一日被告会社の代表取締役、取締役を辞任し、同年一一月妻と協議離婚し、松尾國三夫妻との養子縁組も協議離縁により解消したこと、その直後から被告会社の常務取締役阪上勉及び弁護士大久保純一郎が、被告納賀の振出した被告会社振出名義の約束手形等の処理にあたったが、日興商事との関係では、手形は割引きに廻されており、日興商事はこれを所持しておらず、甲第四八号証の存在についても言及されなかったので、被告会社は支払いをしないこととして水野との交渉を打ち切ったことは前記認定のとおりである。

3  《証拠省略》によると、水野は、被告会社から交渉を打ち切られた後、昭和四七年に入ってから、被告納賀に対する債権を被告会社が支払ってくれるよう交渉の再開を求め、同年七月四日には返信用封筒を同封し面談日時の指定を求める書面を被告会社の阪上常務に送り、その頃再三電話もしたが、被告会社からは、何らの応答も得られなかったことを認めることができる。

4  本件債権譲渡契約の成立を証する前記甲第四九号証によれば、その作成日付は、昭和四七年六月一三日と記載されているところ、右3の事実からみても、現実にこれがいつ作成されたかは、必ずしも明らかではないものの、右契約書に公証人の昭和四七年七月二〇日の確定日付印が押捺されていることからすれば、すくなくともそれ以前に作成されたことが明らかである。そして、右契約書には、日興商事は、原告に対し、被告納賀及び被告会社に対する総額一億八二九五万〇九三〇円の債権を、代金九〇二六万円をもって昭和四七年六月一三日譲渡し、原告は日興商事に対し右代金の内八〇二六万円を右同日、残金一〇〇〇万円を同月一九日までに支払い、日興商事は、右残金支払いと引換えに債権取立に必要な書類を原告に引渡す旨記載されていることは、当事者間に争いがない。

5  《証拠省略》によれば、原告は、稲坂と佐々木が昭和四一年三月に設立した会社であるが、昭和四四年ころに不渡りを出して倒産し、以後は業務を停止し、登記簿上存在するに過ぎないこと、稲坂と佐々木は、昭和四六年一一月頃被告納賀と知り合い、被告納賀が金策に追われていたことから、三名共同して他人の土地を、支払われる見込の少ない手形で買い受け、これを担保として岐阜県の農業協同組合から一億円の融資を受ける計画をたて、昭和四七年三月頃二四〇〇万円余りの金員を借り出すことに成功したものの、同年七月から八月にかけて右の件で三名とも逮捕され、その後詐欺罪で起訴されたこと、右の土地買受けのための手付金支払いについて、稲坂も佐々木も手持資金はなく、他から借り受けたことが認められる。これらの事実から考えると、本件債権譲渡の代金については、原告は、当時その支払をする能力も、また支払った事実もないと認められる。《証拠判断省略》

6  《証拠省略》によれば、日興商事は昭和四七年四月に不振り手形を出して倒産したことを認めることができる。

7  《証拠省略》によれば、稲坂及び佐々木も、水野同様、本件債権譲渡にあたり、被告納賀は無資力のため、被告会社は支払う意思がないため、本件の譲受債権の支払いを受けるためには、訴訟による以外の方法はないことを知っていたことが認められる。

8  以上の1ないし7の各事実を総合して考えると、本件債権譲渡は、水野が日興商事の被告納賀個人に対する債権を支払能力のある被告会社から回収するには、訴訟を提起する以外に方法はないものの、日興商事は不渡り手形を出して倒産した直後であり、代表者である水野個人も詐欺事件の多くの被害者から追及を受ける立場にあったため、訴訟当事者となることを回避し、登記簿上の存在に過ぎない原告をして訴訟をさせることを主たる目的として、締結されたものと認められる。

右事実によれば、本件債権譲渡は、信託法一一条により、無効というべきである。

六  以上によれば、被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 窪田正彦 山本恵三)

<以下省略>

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