大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1546号 判決 1973年8月31日

原告 株式会社磯むらさき本舗

右代表者代表取締役 富沢勘四郎

右訴訟代理人弁護士 清水利男

被告 押川京子

右訴訟代理人弁護士 野島豊志

被告 藤三郎こと 阿部博

主文

一  被告押川京子は原告に対し別紙目録記載の建物部分を明渡し、かつ昭和四七年三月一日以降右明渡しに至るまで一ヶ月金六万二、五〇〇円の割合による金員を支払え。

二  被告阿部博は原告に対し別紙目録記載の建物部分を明渡せ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は原告において被告押川に対し金二〇万円の担保を供するとき、被告阿部に対し無担保で仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文第一ないし第三項同旨の判決および仮執行の宣言

二  被告押川京子

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告押川に対し、昭和四二年六月八日別紙目録記載の建物部分(以下「本件店舗」という。)を左記約定で賃貸し、これを引渡した。

(1)賃貸借期間 昭和四七年六月八日までの五年間

(2)賃料    月額金六二、五〇〇円

(3)賃料支払期 毎月末翌月分払い

(4)特約    賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡転貸をしないこと。

2  被告押川は、昭和四六年一一月初め頃、原告の承諾なく、被告阿部に本件店舗を賃貸し、賃料一六万二、〇〇〇円を毎月徴している。そこで、原告は、昭和四六年一二月一四日、内容証明郵便をもって、被告押川に対し、右無断転貸を理由に本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、同書面は同月一六日、同被告に到達した。

3  仮に被告阿部に対する転貸が被告押川の使用人である三宅正則によりなされ、被告押川がこの事実を知らなかったとしても、三宅は同被告の使用人であり、同被告の賃借人としての義務の履行を補助する関係にある者であるから、被告押川は、三宅の無断転貸行為について自らその責任を負うべきである。

4  被告阿部は原告に対抗しうべき何らの権原もないのに本件店舗を占有している。

5  よって、原告は、被告押川に対し、本件店舗の明渡しおよび昭和四七年三月以後右明渡済にいたるまで一ヶ月金六二、五〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の支払いを求め、被告阿部に対し、本件店舗の明渡しを求める。

二  被告押川京子の請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、賃貸借期間の始期の点を否認し、その余の事実は認める。本件賃貸借契約の始期は、本件店舗が都市計画法による道路拡張工事のため一時使用不能により、昭和四二年八月一日より向こう五年間にする旨の当事者の合意があった。

同2の事実のうち、原告主張の内容証明郵便が到達した事実は認め、その余の事実は否認する。同3の事実は否認する。

2  被告押川は、本件店舗でスナックバーを経営し、昭和四六年春頃より、三宅正則を支配人として営業してきたものであるが、昭和四六年一一月初め頃三宅は知人の被告阿部博を被告押川に無断で本件店舗で働かせ、その経営を任せていたものである。そして、被告阿部は、売上を多くするため同被告の妹で歌手の藤圭子の名前を利用して週刊平凡昭和四六年一一月二五日号に「藤圭子の兄藤三郎(被告阿部博)がスナックを買い取って営業を始めた。」という見出しで記事を掲載したが、被告押川は右記事を見てはじめて被告阿部が本件店舗を経営していることを知ったのである。

四  被告阿部は適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しなかった。

第三証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によれば、被告は、請求原因1記載の約定で原告から本件店舗を賃借してその引渡しを受け(始期の点を除き以上の事実は当事者間に争いがない)、自己名義で飲食店営業許可を受け、当初は自ら本件店舗においてレストラン兼クラブを経営していたが、昭和四六年春頃から三宅正則を自己の使用人として同人に経営に関する権限を与え、三宅は、以来、殆ど連日本件店舗に来てその経営に当り、原告側もこの点を了承していたこと、ところが、三宅は、知人の被告阿部がかねて飲食店を独立して経営したいとの意向をもらしていたので、同年一一月初め頃、原告及び被告に無断で、その権限がないにもかかわらず、同被告から一ヶ月金一六万五、〇〇〇円の割合による使用料を徴して、同被告に本件店舗の経営一切を委ね、自らは、右使用料から本件店舗の光熱費、賃料を差引いた残額を所得とすることとして、本件店舗の経営一切から身を引き、以後時折、客として本件店舗を訪れる程度に過ぎなかったこと、一方、被告阿部は、経営の実績を上げるため、自己が歌手藤圭子の兄であることを利用して、昭和四六年一一月二五日号の週刊平凡に「意外!藤圭子の兄藤三郎が深夜のスナック経営者に」との見出しの下に、本件店舗でスナックを開業した旨の記事を二ページにわたり掲載させたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の事実によれば、被告阿部は、被告押川の使用人でないことはもとより同被告との間で経営委託関係すらなく、本件店舗を使用して独立してスナックを経営しその対価として使用料を支払っているものということができるから、その使用関係の実質は転借関係と認めて差支えない。

二  ところで、前記認定のとおり三宅は本件店舗を他に転貸する権限までは与えられておらず、また、被告押川も被告阿部が本件店舗を使用している事実を知らなかったのであるから、被告押川が被告阿部に本件店舗を無断転貸したといい得るかどうかは疑問である。しかし、賃貸借は、賃貸人と賃借人の信頼関係を基調として成立し、それなればこそ、賃借人は賃貸人に無断で賃借権の譲渡、賃借物の転貸をすることができず、また、賃貸借終了にいたるまで善良な管理者の注意をもってこれを保管する義務を負うものというべきところ、被告押川が、履行補助者である三宅が前記のような無断転貸と認められるような行為に出て同被告の支配の及ばない第三者(被告阿部)に本件店舗を使用させるにまかせたことは、前記のような諸義務を負う賃借人として、賃貸人に対する背信行為であるといわざるを得ない。

三  原告が、昭和四六年一二月一六日到達の内容証明郵便で、被告押川に対し、被告阿部に対する無断転貸を理由に、本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。ところで、被告阿部の本件建物の使用関係が法律上被告押川がなした無断転貸であるとは認められないのであるから、右の意思表示に示された解除原因と真の解除原因とは法律上異なることになるが、契約解除の場合にその理由を示すことが常に解除の有効要件であるとは解しがたいだけでなく、前記二に述べたとおり、被告押川の履行補助者である三宅がなした被告阿部に対する転貸行為が被告押川の賃借人としての背信行為を構成し、これが解除原因となると解せられるのであるから、これと右意思表示に示された解除原因とは法律上の見解の相違にとどまり、解除の実質上の理由は右意思表示に明示されているということができる。いずれにせよ、右意思表示により本件店舗の賃貸借契約は昭和四六年一二月一二日の経過と共に解除されたものということができる。

四  被告阿部は同被告に対する請求原因を自白したものとみなす。

五  よって、被告押川に対し本件建物の明渡し及び解除後である昭和四七年三月一日以降明渡しに至るまで一ヶ月金六万二、五〇〇円(解除当時の本件店舗の賃料がこの金額であることは当事者間に争いがない。)の割合による賃料相当の損害金並びに被告阿部に対する本件店舗の明渡しを求める原告の本訴請求は正当であるから、全部これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、担保を条件とする仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例