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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)160号 判決 1975年3月26日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 宮本正美

同 荒木孝壬

被告 乙山次郎

右訴訟代理人弁護士 落合修二

右訴訟復代理人弁護士 坂田十四八

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告の請求の趣旨

(一)  第一次的請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和四四年六月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求める。

(二)  第二、三次的請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和四四年三月三一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告の請求原因

(一)  原告の代理人甲野花子(原告の妻)は、被告との間で、昭和四四年一月一八日頃、次のとおりの内容の約定をして、被告に対し五〇〇万円を交付した(同時に、教授に支払う謝礼金として一〇万円を交付した。)。

(約定内容)(1) 原告の長男甲野一郎が○○大学医学部の昭和四四年度の入学試験を受験するが、合格した場合に同学部に納付する寄付金として、原告は被告に対し五〇〇万円を交付し、被告はその五〇〇万円をあらかじめ同学部の教授に交付しておくものとし、(2) もし、不合格となった場合には、被告は、交付しておいた教授から返還を受けると否とにかかわりなく、合格者発表の日から一週間以内に、自ら、原告に対し、五〇〇万円を支払うものとする。

(二)  仮に、(一)の(2)の約定をした事実が認められないとしても、

被告は、原告代理人甲野花子との間で、右同日、(一)の(1)の約定と合せて、一郎がもし不合格となった場合には、被告は、交付しておいた者から五〇〇万円の金員を取戻して、合格者発表の日から一週間以内に、その金員を原告方に持参して原告に対し交付する旨を約定した。

(三)  甲野一郎は、右入学試験を受験し、その合格者発表が昭和四四年三月二三日に行なわれたが、同人は不合格となった。

(四)  被告は、約定に反して、原告代理人から交付を受けた五〇〇万円を、○○大学医学部教授に交付せず、人を介して単に○○大学同窓会副会長に過ぎない工藤正城に交付したが、同人は、受領した五〇〇万円を自己の用途に費消してしまった。

そして、工藤正城は、現在、新潟刑務所で服役中であり、支払能力が絶無である。したがって、被告が、交付しておいた者から五〇〇万円を取戻してきて原告方に持参して原告に対し交付することは、不可能となった。

(五)  そこで、被告は、原告との間で、昭和四四年五月二〇日頃、(一)の契約に基づく五〇〇万円の支払債務(仮にそうでなければ(二)の契約の履行不能による五〇〇万円の損害賠償債務)を消費貸借の目的とし、返還期限を昭和四四年六月一六日とする利息の定めのない準消費貸借契約を締結した。

(六)  よって、原告は、被告に対し、

(1) 第一次的に、(五)の準消費貸借契約に基づき、金五〇〇万円及びこれに対する約定の返還期限の翌日である昭和四四年六月一七日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、

(2) 仮に、(五)の事実が認められない場合には、第二次的に、(一)の契約に基づき、金五〇〇万円及びこれに対する約定の履行期の翌日すなわち不合格の日から一週間を経過した日である昭和四四年三月三一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、

(3) 仮に、(一)の(2)の事実が認められない場合には、第三次的に、(二)の契約の履行不能による損害賠償請求権に基づき、金五〇〇万円及びこれに対する履行期の翌日である昭和四四年三月三一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

(一)のうち、被告が原告の妻甲野花子から昭和四四年一月半ば頃、五一〇万円の交付を受けた事実は認め、その余の事実は否認する。

被告は、原告から裏口入学の仲介の依頼を受け、その資金として関係者に渡すために右金員を預ったものであり(後述抗弁参照)、不合格の場合に、被告が原告に対し返還する義務を負担するという趣旨の約定をした事実は全くない。

(二)は否認する。

(三)のうち、甲野一郎が○○大学医学部の昭和四四年度の入学試験を受験したが不合格になった事実は認める。

(四)のうち、被告が、原告の妻から交付を受けた五〇〇万円を人を介して○○大学同窓会副会長の工藤正城に交付した事実及び同人が現在新潟刑務所で服役中である事実は認め、その余の事実は否認する。

(五)は否認する。

三  被告の抗弁

(請求原因(一)、(二)、(五)に対して)

(一)  被告は、○○大学出身の内科の開業医であり、原告はその患者という関係にあったが、かねて原告から、長男甲野一郎を医大に入学させたいが手蔓はないかと話を持ちかけられていたが、昭和四四年一月頃、原告を代理する妻甲野花子から、一郎に、○○大学医学部の昭和四四年度の入学試験を受けさせるが、入学試験に正規に合格できなくても、便宜を計らってもらって入学できるように運動してくれと依頼され、そのための納付金ないし運動資金として五一〇万円の交付を受けたものである。

したがって、仮に、請求原因(一)、(二)、(五)の約定をした事実が認められたとしても、それらは、いずれもいわゆる裏口入学を目的とする行為であるから、公序良俗に反する行為であり無効である。そして、無効な契約の不履行により損害賠償請求権が発生することはない。

仮に、請求原因(五)の準消費貸借契約締結行為が公序良俗に違反しないとしても、その基礎となった旧債務が公序良俗違反のため発生していないので、準消費貸借の効力も発生していない。

(請求原因(一)、(二)、(五)に対して)

(二)  仮に、右主張が理由がないとしても、

(一)のとおりの事実があったので、不法原因給付であるので、原告は、被告に対し返還請求権を有しない。

(請求原因(四)に対して)

(三)  仮に、履行が不能であったとしても、

被告は、原告の妻から交付を受けた五一〇万円を平井元に交付し、平井はそのうちの五〇〇万円を工藤正城に交付したが、工藤は、○○大学同窓会副会長という有力者であり、交付を受けた金員を自己のために費消し、刑務所に入れられて、返還不能になるなどということは予測できなかった。

したがって、被告の責に帰すべき事由に基づくものではない。

四  抗弁に対する原告の答弁

(一)のうち、被告が内科の開業医であり、原告はその患者という関係にあった事実及び昭和四四年一月頃、原告を代理する妻花子が被告に対し五一〇万円を交付した事実は認め、その余の事実は否認し、法律上の主張はすべて争う。

私立大学の経営は、今日著しく逼迫しており、その経営維持のため入学時に入学金とは別に多額の寄附金を徴収していることは公知の事実である。しかも、その寄附金の額は、第一次入学者より、第二次入学者(補欠入学者)、さらには第三次入学者(再補欠入学者)という順に増加することも公知の事実である。原告の妻が被告に交付した五一〇万円のうちの五〇〇万円は、正に右の寄附金であり、入学許可の際、○○大学医学部教授から同学部に納付されるものであった。

(二)の主張は争う。

仮に、被告に対する五〇〇万円の給付が不法原因給付であったとしても、請求原因(五)の準消費貸借契約は、改めて、被告が原告に対しその返還を特約した行為であり、請求原因(二)の約定は、不合格により、交付を受けていた教授に五〇〇万円を留保させる正当の原因がなくなった後に、それを取戻すことを目的とするものであるので、いずれも原告に請求権がある。

(三)の主張は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

(請求原因(一)ないし(四))

一  ≪証拠省略≫並びに後述(1)、(2)の各認定事実とを総合すると、次のとおりの事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫すなわち、

原告は、海産物の卸仲介業者で、妻花子、長男一郎ほかの家族を抱えている者であり、被告は、○○大学医学部を卒業した医師で、内科・小児科の医院を開業している者であるが、原告一家は、昭和二十年代から病気の都度被告の診療を受けてきたため、被告と次第に懇意になり、昭和四三年当時には、単なる患者と医師という間柄を超えて友人に近い間柄になっていた。

原告の長男一郎は、高等学校を卒業し、昭和四三年八月当時、いわゆる一年浪人であったが、医学部を志望していたので、原告の妻花子は、その頃、被告を訪ね、どこかの医学部に入学させたいが手蔓はないかと打診したが、具体的に話しを進めることなく年を越した。

翌昭和四四年の一月一〇日過ぎ頃、花子は、被告を訪ね、一郎の医学部入学について運動してくれるように依頼し、以後、約一週間にわたり数回の折衝を重ねた未、原告から代理権を与えられ、原告を代理する旨を表示した花子は、被告方において、被告との間で、被告は、昭和四四年度に○○大学医学部を受験する一郎が、入学試験において正規に合格できるだけの成績を収めなかった場合でも入学できるように運動するものとし、原告は、被告に対し、そのために○○大学医学部に納付する金員として五〇〇万円、仲介者(被告ではない。)の謝礼金として一〇万円、被告への謝礼として鱈子一樽を交付し、被告は、右五〇〇万円を○○大学に関係のある然るべき有力者に交付して右運動の推進方を依頼し、もし、金員に不足があるときは、さらに一〇〇万円ないし二〇〇万円の追加交付を原告から受けるものとするが、もし、不合格となった場合には、被告は、交付しておいた者から五〇〇万円を取戻して、合格者発表の日から一週間以内に、原告に交付するものとする旨の約定をなし、同時に、花子は、被告に対し、右五一〇万円の現金と鱈子一樽を交付した。

被告は、交付を受けた五一〇万円を友人の平井元に交付して右の趣旨の依頼をし、平井は、別府、市川、平の仲介を受けて、○○大学校友会副会長工藤正城に面会し、同人に対し、依頼の趣旨を伝えて右金員のうち五〇〇万円を交付し、もし不合格になった場合には、右五〇〇万円の返還を受ける旨を約定した。

一郎は、○○大学医学部の昭和四四年度の入学試験を受験し、その合格者発表が同年三月二三日に行なわれたが、不合格となった。

被告は、直ちに補欠で入学できるよう運動したが、同年五月頃にはそれも不可能であることが確定したので、工藤に対し五〇〇万円を返還するように催促したところ、工藤は、言を左右にして返還を引延し、やがて、金額五〇〇万円の小切手を交付したが不渡りとなり、額面五〇〇万円のゴルフ場会員券を交付したが無価値のものであったりして、遂に現在に至るまでに、約三〇万円を利息分として原告に交付したのみで、残金は未返済のままである。

後に判明したところによれば、工藤は、平井から交付を受けた五〇〇万円をほしいままに自己の用途に費消して横領しその罪を含む多数の罪により懲役五年六月の刑を受け、現在、新潟刑務所に服役中であり、五〇〇万円の返還は事実上不可能である(以上)。

(1)  ≪証拠省略≫によれば、被告は、五一〇万円の交付を受ける際、それを交付して運動を依頼する者を明らかにせず、ただ自己に委せてもらいたいというのみであり、その後不合格となって問題が生ずるまでその者を明らかにしなかった事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、被告は、原告と有力者との間の単なる仲介をしたに過ぎないと認めることは困難である。

(2)  ≪証拠省略≫によれば、本件入学運動は、原告の方から依頼したものであること、被告が収受した謝礼は鱈子一樽という微小なものであること、不合格後に、原告が、被告に対し、五〇〇万円の取戻しに尽力してもらう謝礼として改めて一万円を交付したことが認められる。

右各事実から推すと、被告は、原告に対し、不合格の場合に、自ら五〇〇万円を支払うという重い債務を約定したものではなく、交付しておいた有力者から取戻してきて原告に交付するという債務(金銭債務ではないので、履行不能の問題となりうる。)を約定したに過ぎないと認められる。

(請求原因(五))

二  前項(2)で認定した事実及び原告に対する五〇〇万円の返還は、交付しておいた有力者の返還不能が確定的となった場合に、はじめて被告がその責を負うだけで十分であることを合せて考えると、仮に、不合格となった後に、被告が「責任をもって返す。」というような言辞を用いたとしても、被告が原告に対し、五〇〇万円を借りたことにして支払いの債務を負担する旨を約定したとにわかに認定することはできず、結局、本件全証拠に照しても、請求原因(五)の準消費貸借契約締結の事実を認めるに足りない。

(抗弁(一))

三  以上により、原告の第一次的請求及び第二次的請求は、いずれも失当であるが、第三次的請求の原因事実が認められるので、以下これに対する抗弁(一)について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、本件入学運動契約の内容は、○○大学医学部を受験する一郎が、入学試験において正規に合格できるだけの成績を収めなかった場合でも入学できるようにするために、あらかじめ同大学関係の有力者にその旨を依頼して五〇〇万円を交付しておき、右有力者をして同大学医学部にその旨を知らせて働きかけ、成績が不足した場合には、入学後の寄附金という名目で右金員を同学部に納付することによってその不足を補うことにより入学許可を獲得し、もし、成績がさらに悪く、一定の基準を下廻った場合には不合格となっても構わないが、その場合には、右五〇〇万円の返還を受けるというものである。

思うに、現在、一般的にいって私立大学の財政が逼迫している事実は、公知の事実であり、このために、高額の入学金寄附金を徴収することもやむをえないといいうるであろう。したがって、成績の低位の者でも、より多額の寄附金を納付すれば入学を許可することは、一見合理的なように見えるかもしれないが、入学許可人員に限度がある以上、このようなことをすれば、上位の成績を収めながら財力に不足する受験生を不合格として排除する結果を当然にもたらすことになる。

右の点はまだしも、第一項で認定したとおり、本件において、○○大学医学部卒業の医師である被告が、自己の母校に友人の子を入学させる場合でさえ、右のような方法で入学させるためには、平井、別府、市川、平、工藤という複雑な手蔓をたどるしかなかった事実に照すと、○○大学医学部が受付窓口において右のような方法での入学を受付けている事実はなく、いずれも右に類するようないわゆる手蔓をたどらなければ、右の方法での入学はできないものと認められる。

したがって、右のような方法で入学することを潔しとしない受験生は、正規に寄附を求められればそれに応ずる意思と財力があり、かつ、上位の成績を収めたとしても、不合格となり、右のような手蔓のない受験生は、成績の不足を補うための寄附をする意思と財力があっても、不合格となることになる。このことは、いかにも法の理想に反することである。

もっとも、請求原因(二)の約定内容は、右のようないわゆる裏口入学の実行そのものではなく、不合格となった場合のいわゆる裏口入学金の返還であるが、裏口入学を事前に中止、断念した場合における返還の約定ならばともかく、右約定は、成績が寄附金をもってしても補うことができない程に低位のために不合格となった場合に裏口入学金を取戻すことをあらかじめ取り決めておくものであり、いわば安全弁の機能を果して、裏口入学を助長するものというべきである。

また、≪証拠省略≫によると、○○大学の内部においては、右のような方法による入学許可が行なわれている事実が認められ、本件訴訟においては、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、大学がするからといって、右のようなことが正当化されるものではないし、正当化できないことを敢て利用しようとする行為も正当化されるものではない。

以上の次第で、請求原因(一)(1)及び(二)の契約は、公序良俗に反する内容の法律行為であり、契約当事者が欲する法律効果を実現するために裁判所が援助を与えることができない行為であるので、無効であると解すべきである。そして、無効の契約の不履行により損害賠償請求権が発生することはない。

したがって、履行の不能が被告の責に帰すべき事由に基づくか否かについて判断するまでもなく、原告の第三次的請求は失当である。

(結論)

三  よって、原告の本訴各請求は、いずれも失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口久夫)

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