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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1856号 判決 1975年8月18日

原告 全逓信労働組合

右代表者中央執行委員長 石井平治

右訴訟代理人弁護士 金子光邦

同 渡辺泰彦

同 松崎勝一

同 竹田勲

同 中島通子

同 田中英雄

同 秋田瑞枝

被告 今永公男

右訴訟代理人弁護士 加藤康夫

主文

被告は、原告に対し、金九九万六九九七円及びこれに対する昭和四五年二月一二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

主文第一、二項同旨並びに仮執行宣言

二、被告

1.原告の請求を棄却する。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.原告は、郵政関係労働者の労働条件の維持、改善及び相互扶助等を目的として組織された労働組合である。

2.原告は、昭和四四年一一月一二日、当時原告の組合員であった被告に対し、一〇〇万円を、弁済期同四五年二月末日、利息年六分の約定で貸し渡した。

3.しかるに、被告は、原告に対し、右貸金の元金中三〇〇三円と昭和四五年二月一一日までの利息を支払ったのみである。

4.よって、原告は、被告に対し、右貸金残元金九九万六九九七円並びにこれに対する昭和四五年二月一二日から同月二八日までは約定による年六分の割合による利息及び同年三月一日から支払済みに至るまでは右と同率の遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

請求の原因1ないし3の事実は認める。

三、抗弁

1.原告は、その機関決定に基づいてした組合活動により組合員が郵政省から免職処分を受けるなど、原告として救済しなければならない事由が生じた場合について、その組合規約五八条に基づき「全逓信労働組合犠牲者救済規定(以下「犠救規定」という。)を定め、犠牲者の救済をはかっている。

2.被告は、郵政職員として福岡中央郵便局に勤務していたが、原告の機関決定に基づく昭和四三年春闘の際の組合活動により、同年七月一〇日郵政省から国家公務員法二八条に基づく免職処分を受けた。原告は、被告の受けた右免職処分が犠救規定一九条、二一条の給与補償救済の対象にあたると認め、昭和四三年七月一一日から同四五年二月末日までの間、被告に対し右給与補償をした。

3.また、犠救規定一九条、二二条には、1記載の救済の一つとして、免職処分を受けた組合員に対して国家公務員等退職手当法五条により算出した退職手当相当額を支給する旨定められており、被告の2記載の事由は右救済の対象にもあたる。従って、被告は、原告に対してその組合規約と本件犠救規定に基づき同規定に定める退職手当相当金の給付を受ける権利を取得した。

4.しかして、犠救規定二七条一号には、右退職手当相当金の支給時期について、「解雇または失職後他に就職(死亡したときを含む。)したとき」とする旨の定めがあるが、その趣旨は、まず、免職等の処分を受けた原告の組合員が他に就職する時をもって退職手当相当額算定の基準時とすることにより、右組合員がその時まで郵政省に勤務し退職した場合と同額の退職手当相当金を補償し、もって組合員である間の実損を補償しようとするにある。つぎに、「他に就職したとき(死亡したときを含む。)」との定めは組合員の資格喪失事由を特に就職又は死亡に限定したものと解釈すべきではない。けだし、原告の組合員が他に就職してしまえばその者はもはや原告の組合員としてこれに加入している必要がなくなり、特段の事情がない限り原告の組合員たる資格を失うことからみても、右条項は他に就職することに意味があるのでなく、原告の組合員たる資格を失う点に意味があるというべきである。免職処分を受けた組合員がその後、組合員資格を失ったときは、すべて右条項に該当するものと解すべきであり、同条一号は、これらの者に対しては、右時点で退職手当相当金の支給時期が到来することを定めたものと解すべきである。また、免職処分を受けた原告組合員の意思によって右支給時期を遡らせることもできると解すべきである。

5.(一)ところで、被告は、原告福岡中央支部の支部長の地位にあった者であるが、昭和四三年頃から右支部内のごく一部の組合員が「職場を明るくする会」を組織し、支部執行部と対立するに至ったので、同支部執行部が昭和四四年一一月一三日付のビラにより右一部の組合員を批判しようとしたところ、同支部の上部機関である原告福岡県地区本部から右ビラ配布中止の指示を受け、さらに同年一二月一日には、原告中央本部から同支部の運動及び組織対策は、当分の間、右地区本部の指示と指導によることとする等を内容とする「中央本部指導九項目」が発表されるに至った。

このような経緯から被告は、右のような支部の組織に問題を惹起したことの責任をとって、同月四日支部役員の大部分とともに、役員を辞任したため、同日、原告中央本部は、指令二二号を発し、福岡県地区本部に対し、支部執行権の代行と支部組織の再建を命じた。右指令によって支部執行権の代行を命ぜられた原告の福岡県地区本部執行委員会は、辞任した旧支部執行委員もしくはその影響下にある組合員が新支部執行委員に当選することをおそれて、ことさら支部大会を開かず、遂に、翌昭和四五年二月一七日には、原告中央本部から(1)同支部組合員全員の組合員資格を一時停止すること、(2)支部組合員に対し同月二二日までに組合の綱領及び運動方針等を遵守する旨の確認を求めたうえで原告の組合員として再登録の申請をさせること、(3)同日までに再登録申請をし、組合員としての適格を審査し再登録を承認された組合員以外の者は、原告の組合員たる資格を喪失することなどの事項を内容とする原告中央本部指令二七号が発せられた。

(二)指令二七号は、原告の組合規約などで定められた思想、信条等によって組合員たる資格が失われないとの保障に反し、自己の好まない旧支部執行委員らの排除を目的とするものであるから、公序良俗に反し無効であり、また組合による思想統制ともいうべきものであってこの点においても公序良俗に違反し無効であり、被告は右指定期日までに再登録の申請をしなかった。しかしながら、原告は、被告が右再登録の申請に応じなかったとして、昭和四五年二月二二日に被告が組合員資格を失ったものとして取扱い、給与補償の支給をも打切ったのであるから(なお、原告は本訴においては右二月二二日の時点で被告が組合員資格を失った旨の主張をしないが、別訴においては指令二七号の有効性を主張している。)、指令二七号の有効無効を問わず、信義則上、原告は自ら右同日をもって本件退職手当金の支給時期を到来せしめたものというべきである。

(三)被告を含む原告福岡中央支部組合員は、指令二七号が発せられた翌日である二月一八日、原告とは別個の全福岡中央郵便局労働組合を結成するとともに、同月二四日右指令に抗議するため原告に対し脱退届を提出した。もっとも、右脱退届は、通常の脱退の意思表示と異なり、指令二七号の無効が確認され原告において被告を組合員として取り扱うまでは、被告が原告の組合活動に参加しない旨の抗議的意味の意思表示をしたものにすぎなかったから右脱退届によっては確定的に脱退の効力を生じたものではなく、犠救規定の適用上は被告に組合員資格があるものとして取り扱われるべきものであるが、少なくとも本件退職手当相当の支給時期を到来せしめる効果を生じさせるものであるから、右同日をもって本件退職手当相当金の支給時期が到来したものというべきである。

しかしながら、仮に、被告が前記脱退届の提出により右同日脱退の効力を生じ、原告の組合員たる資格を失ったというのであるとしても、さきに明らかにしたように、犠救規定二七条一号の「他に就職(死亡したときを含む。)したとき」とあるのは、組合員資格を失った時の意に解すべきであるから、いずれにしても同日をもって本件退職手当相当金の支給時期が到来したものというべきである。

(四)よって、まず、支給時期の到来について、(二)、(三)の時点を択一的に主張する。

6.次に、右5(二)又は(三)による本件退職手当相当金の支給時期到来の主張が認められないとしても、犠救規定二七条の支給時期の定めは、退職手当相当金について不確定期限を定めたものと解されるところ、その趣旨からして救済を受ける組合員の利益のために設けられているものというべきであるから、さきに述べたように、原告の組合員たる被告の意思によって到来せしめることができるものと解すべきところ、被告は本訴の答弁書を陳述した昭和四七年五月三一日に右支給時期を到来せしめる旨の意思表示をしたから、右同日をもって本件退職手当相当金の支給時期が到来した。

7.犠救規定二七条一号には、前記のとおり本件退職手当相当金は、免職処分をうけた後他に就職した時点における俸給額及びそれまでの勤続期間を基礎として算出する旨規定されているところ、被告が郵政省から前記免職処分を受けることがなかった場合に受けえられる俸給月額は昭和四五年二月二二日現在で四万七一〇〇円であり、その時までの勤続年数は一五年一一か月であるから、右同日を支給時期とした場合における本件退職手当相当額は、本件犠救規定二二条、国家公務員等退職手当法五条所定の算式に従えば、別紙(1)のとおり、一〇九万五〇七五円である。また、同月二四日を基準日とした場合における本件退職手当相当額も同一の算定方法により同額である。

8.次に、被告が前記免職処分を受けることがなかった場合に郵政省から受けえられる俸給月額は昭和四七年五月三一日現在では六万八五〇〇円であり、その時点までの勤続年数は一八年二か月であるから、右同日を支給時期とした場合における本件退職手当相当額は、右と同様の算式に従えば別紙(2)のとおり、一九三万一七〇〇円である。

9.以上の次第で、被告は、本訴において、原告に対して有する本件退職手当相当金債権をもって、原告主張の貸金債権と対当額において相殺する。

四、抗弁に対する原告の認否

1.抗弁事実1ないし3の前段までは認める。3の後段は否認する。

2.同4のうち、犠救規定に被告主張の定めがあることは認めるが、規定の解釈は争う。

3.(一)同5(一)のうち、「職場を明るくする会」が原告福岡中央支部のごく一部の組合員で組織されたこと、被告らが支部役員を辞任した理由、指令二七号が発せられた経緯を否認し、その余は認める。

右の「職場を明るくする会」は、被告を中心とする同支部執行部が、昭和四二年頃から、総対話、団体交渉重視などを中心とする原告の組合闘争に関する基本方針に反して独善的な組織及び闘争の指導を行ったため、右執行部の指導に不満をもつ右支部の組合員らによって組織されたのである。また、被告らは、「中央本部指導九項目」を不満として支部役員を辞任したのであり、また、上部機関の指導を非難するビラを配布し、原告中央本部の活動を妨害するなど本部の続制を逸脱した行動に出て、福岡中央支部組織が完全に崩壊するおそれが生じたため、同支部の再建のため、規約二三条に基づき、緊急非常の処置として指令二七号が発せられたのである。

(二)同5(二)のうち、被告が再登録の申請をしなかったことは認めるが、その余は争う。

(三)同5(三)、(四)のうち、被告らが、その主張の日に、原告とは別個の全福岡中央郵便局労働組合を結成したこと、被告からその主張の日に脱退届が提出されたことは認めるが、その余は否認する。被告は、右のように別個の労働組合を結成し、その執行委員長に就任したので、原告に対する脱退届を提出したものであり、右脱退届にはその主張のような条件は付せられていなかったので、原告は右提出の時から被告が脱退したものとして取扱っているのである。

4.同6のうち、被告主張の意思表示があったことは認めるが、その余は否認する。

5.同7は認める。

6.同8は認める。

7.原告の犠牲者救済制度は、直接的には原告組合員の行う組合活動に対し組合員をして後顧の憂いをなからしめ、ひいて組合員による組合活動を活発ならしめ、究極的には原告組合の団結を維持、強化しようとするところにその目的があるのであって、その資金は全組合員が拠出する基金(犠救規定五八条)に依拠する相互扶助の制度である。従って、また救済の対象となる者は、原告の組合員に限られるのである。

しかして、原告の組合員が郵政省から免職処分を受けた場合には、原告は、まずかかる組合員に対して給与補償をすることによって右組合員を救済し、組合員をして免職処分がなされなかったと同様の経済状態におくのであって、退職手当相当金については、その時点では、当該組合員が将来他に就職したときにその相当額の支給を受けうるという期待権が発生するにとどまり、免職処分の時点で直ちに右組合員が原告に対する退職手当相当金請求権を取得するものではない。しかるに、被告の場合は、かりに組合員資格を有するとしても、他に就職したという犠救規定二七条一号所定の条件が充たされていないばかりでなく、被告は脱退によって組合員たる資格を失ったのであるから、いずれにしても被告は退職手当相当金請求権を取得していないのである。そもそも、組合員がその資格を失った場合には、労働組合における犠牲者救済制度の本質からいって、当然に退職手当相当金の支給は打切りとなる筋合なのであるが、組合員の資格喪失事由が反組合的な脱退や除名を原因とする場合と異なり、他への就職や死亡を原因とする場合には、組合員の団結の維持、強化という労働組合の存立の趣旨に反せず、いわば円滑な組合員資格の喪失事由であるところから、犠救規定二七条一号はこの場合に限って退職手当と同額の金員を支給する旨の定めをおいたのである。以上の点からすれば、被告が原告に対し脱退届を提出して脱退した以上、被告は退職手当相当金の請求権を取得しなかったことが明らかであるから、これを取得したことを前提とする被告の相殺の抗弁は理由がない。

五、原告の主張に対する被告の反論

犠救規定四条によれば、本件退職手当相当金の支給などの救済は、原告の組合員が組合の機関決定に基づいてした組合活動により救済しなければならない事由を生じた場合に行うものとされているから、右退職手当相当金請求権は、救済の事由が生じた時点において直ちに具体的請求権として発生するものであって、単なる期待権ではなく、ただ組合員が組合員資格を失う時期が支給時期として定められている点において、さきに述べたような不確定期限付の請求権であると解すべきものである。従って、昇給延伸に対する救済の場合のように特段の規定(犠救規定五一条)が設けられないかぎり、救済事由が生じた後に当該組合員が組合員の資格を失ったからといって右組合員が原告に対する請求権を失うものではない。

第三、証拠<省略>。

理由

一、原告が郵政関係労働者の労働条件の維持、改善及び相互扶助等を目的として組織された労働組合であること、原告が、昭和四四年一一月一二日、原告の組合員たる被告に対し、一〇〇万円を、弁済期同四五年二月末日、利息年六分の約定で貸し渡したこと、被告が原告に対し、右貸金の元金中三〇〇三円と昭和四五年二月一一日までの利息を支払ったことはいずれも当事者間に争いがない。

二、よって、被告の相殺の抗弁について判断する。

1.原告の定める全逓信労働組合規約の五八条に基づき、原告の機関決定に基づいてなされた組合活動により、その組合員が免職処分を受けるなどして経済的な損失を被り救済の必要を生じた場合について、全逓信労働組合犠牲者救済規定を定めて救済をはかっていること、郵政職員として福岡中央郵便局に勤務していた被告が、原告の機関決定に基づいて実施された昭和四三年春闘の際の組合活動により、同年七月一〇日、郵政省から国家公務員法八二条に基づく免職処分を受けたこと、原告が被告の受けた右処分をもって犠救規定一九条、二一条所定の給与補償救済の対象にあたるものと認め、昭和四三年七月一一日から同四五年二月末日まで被告に対し給与補償をしたこと、犠救規定一九条、二二条には、前記救済の一つとして、免職等の処分を受けた組合員に対して国家公務員等退職手当法五条により算出した退職手当の額に相当する金額を支給する旨の定めがおかれていること、被告の受けた免職処分が右本件退職手当相当金の支給による救済の対象にあたる場合であったことは、いずれも当事者間に争いがない。

2.また、被告は前記免職処分を受けた後も原告の組合員として原告福岡中央支部の支部長の地位にあったものであるが、昭和四三年頃から右支部内の一部組合員が「職場を明るくする会」を組織し、同支部執行部と対立するに至ったこと、昭和四四年一二月一日に、原告中央本部により、同支部の運動及び組織対策は当分の間右地区本部の指示と指導によること等を内容とする「中央本部指導九項目」が発表されたこと、このような事態の中で、被告が、同月四日に支部役員の大部分とともに、役員を辞任したこと、同日、原告中央本部が指令二二号を発し、原告福岡県地区本部執行委員会に支部執行権の代行と支部組織の再建を命じたこと、翌昭和四五年二月一七日、(1)同支部組合員全員の組合員資格を一時停止し、(2)同支部組合員に対し、同月二二日までに組合の綱領及び運動方針等を遵守することの確認を求めたうえで原告の組合員として再登録の申請をさせ、(3)同日までに再登録の申請をし組合員としての適格を承認された組合員以外の者は原告の組合員たる資格を喪失するなどの事項を内容とする原告中央本部指令二七号が発せられたこと、被告を含む支部組合員により、同月一八日、原告とは別個の全福岡中央郵便局労働組合が結成されたこと、被告が、指令二七号に基づく再登録申請をしなかったこと、被告が、同月二四日、原告に対し脱退届を提出したこともいずれも当事者間に争いない。そして、原本の存在につき争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証によれば、被告は右新組合の執行委員長に就任したことを認めることができる。

3.しかるところ、被告が自働債権として主張する退職手当相当金請求権に関しては、その発生時期、すなわち組合員が免職処分を受けた時点において直ちに原告に対する具体的請求権が発生するか否か及び支給対象者に限定があるかについて原、被告間に争いがあるので、まずこの点につき検討する。

(一)大組織を有する労働組合において、組合活動をしたことにより組合員が被るべき経済的損失をできるかぎり填補し、もって組合員をして安んじて組合活動に従事できるようにして団結の維持、強化をはかるという趣旨のもとに、犠牲者救済の制度が設けられていることは、一般に知られているところである。しかしながら、労働組合は、組合活動によって組合員が被った経済的損失について当然にこれを救済しなければならないものではなく、労働組合員が組合活動をしたことによって被った経済的損失について所属の労働組合から補償を受けることができるのは、右労働組合が組合規約等により前記のような救済制度を設けた場合に限られるのであって、救済の内容、範囲も右規約等の定めに従うものであると解するのが相当である。従って、犠救規定中の本件退職手当相当額の支給がいかなる場合になされるものとされているかの判断にあたっても、基本的には、以上のことを念頭におかなければならず、その支給による救済の範囲は原告組合内部の自治により定められた本件犠救規定の解釈によって定まるものといわなければならない。

(二)そこでまず、本件退職手当相当金請求権の発生時期について考えるに、犠救規定二七条一号に、本件退職手当相当金の支給時期として、組合員が解雇又は失職した後他に就職しまたは死亡したときとする旨の定めがあること、右退職手当相当額は、右支給時期における俸給額とその時までの勤続期間を基礎として算出されるものとされていることは、当事者間に争いがない。そして、犠救規定二一条(本件犠救規定の条項の内容は成立に争いのない甲第三号証〔乙第一号証も同じ。〕によって認められる。以下同じ。)には、同規定一九条によって免職等の処分を受けた組合員が受けるものとされている給与補償は、右組合員が組合員である間満六〇歳に達するまで支給すべきものと定められている(証人島陰虎男の証言によれば、右の年令は郵政職員が勧奨退職を受ける年令を基準としたものであることが認められる)から、このことからすれば、原告としては、免職等の処分を受けた組合員について、犠救規定による救済の対象となると認められる者である限り、あたかも郵政省を退職しないでそのまま同省に勤務している場合と同様に取り扱い、同一の経済的地位を保つことができるような経済的保障をなすべきものとしていることが明らかである。また、前記甲第三号証中の原告の組合規約及び弁論の全趣旨によれば、原告の組合においては、その組合員が組合活動の故をもって郵政省から免職等の処分を受けても、特段の事情のないかぎり、組合員資格を失わないが、その後他に就職しまたは死亡したときは組合員資格を失う定めになっていることが認められる。以上によれば、原告は、組合員に対する完全補償の見地から、その組合員が組合員の資格を有する間は、郵政省から免職等の処分を受けなかったと同様に、処分を受けることがなければ郵政省から受けるべき給与相当額をまず支給し、組合員の資格を失って給与補償が打切られることになったときに、改めて、その時点における俸給額とその時までの勤続期間を基礎として本件退職手当相当額を算出して支給することとしているのであって、右のような原告組合における犠牲者救済の制度を通観すれば、原告組合では、郵政省から免職等の処分を受けた組合員については、いわばその組合員の郵政職員としての身分を組合員としての資格、地位に移しかえることによって、組合員に対し免職処分が全くなかったと同様の処遇を与えてその経済的損失を保障するとともに、組合員が犠救規定所定の事由によって組合員の地位を失う時点においては、あたかもその時期に組合員が郵政省を退職するのと同様に擬制して、これに退職手当相当額を支給することとしたものと解することができるのである(犠救規定二三条所定の退職一時金又は退職年金相当額の支給についても同様である。)。

以上の点にかんがみるときは、退職手当相当金の支給請求権は、犠救規定四条、一九条、二二条の定めがあるからといって、免職処分がなされたことによって、その時点で当然に発生するというものではなく、組合員の地位を失う時点において具体的に発生するものであり、従って、同規定二七条一号の定めは、単に本件退職手当相当額の支給時期を定めるにとどまらず、右支給時期において組合員の原告に対する具体的な退職手当相当金請求権が発生することをも定めた趣旨であると解するのが相当である。

(三)次に、本件犠救規定二七条は、支給時期を定める形式で、退職手当相当額は、組合員が解雇または失職した後「他に就職(死亡したときを含む。)したとき」に支給する旨を定めているから、右の定めが、退職手当相当金の請求権者を限定したものであるか、或いは、例示的な列挙にとどまり、右以外の事由で組合員の資格を失った者、殊に原告との間で組合の運営方針についての意見を異にして原告組合を脱退した者も原告に対して本件退職手当相当金請求権を有するかについて検討する。

(1)本件犠救規定二七条所定の事由のうち、郵政職員としての身分を失った組合員が後に他に就職することは、労働者の団体である原告にとっては、望むところであり、同規定一九条には免職処分を受けた組合員に対する就職斡旋もまた救済事項の一つとして定められているのであるから、犠牲者救済制度の本来の趣旨とするところであるといわなければならない。そして、この場合には組合員が原告に対し敵対関係を生ずることなく、換言すれば、原告の組合としての団結の秩序を乱すことなく、円滑に組合員に対する救済制度を設けた趣旨に従って原告組合から脱退する場合であるということができる。また、救済の対象となった組合員が死亡した場合は自己の意思によらずして脱退の効果を生ずるのであり、労働組合の救済制度の上で右と同様の取扱いをなすべきことはその制度の趣旨からして当然のことといわなければならない。従って、犠救規定二七条が定める二つの場合は、いずれも前記犠牲者救済制度が設けられた趣旨、すなわち、労働組合の団結の維持、強化をはかるという目的に矛盾しない事由によって原告組合から脱退する場合をとくに取り上げて規定したものと解することができる。もっとも、脱退した組合員が他に就職することがなくとも、例えば、結婚して家事に専念するような場合などは、右制度の趣旨に反して原告組合から脱退するものではないから、同条所定の事由に含まれるものと解することができよう。

(2)ところで、労働組合の設ける犠牲者救済制度は、もともと組合員による相互扶助の制度であって、前判示のように、組合活動をしたことにより組合員が被った経済的損失をできるかぎり填補してその動揺を防止し、もって組合の団結の維持強化をはかることを目的とするものであり、原告の場合にもその収支は特別会計とし、その資金は、本件犠救規定五八条、五九条所定の組合員からの徴収金によって賄われる(本件犠救規定五七条)のであるから、原告としては、いったんは将来退職手当相当金の支給を受ける資格を取得した者であっても、その後、その者が自己の運動方針に反し別個の労働組合を結成して敵対関係に立つに至ったような場合にも、これに対して現実の救済を与えなければならない義務は当然にはないものと解すべく、このように原告の運動方針に反して右のような立場に立った者については、これらの者に対しても、所定の救済を与える旨の積極的な定めがないかぎり、救済の義務を負うことがなく、従って、右の事情の下に原告に対して脱退届を出すなどしてその組合員資格を失った者は、原告に対して救済を求める権利を有しないものと解するのが相当である。

(3)以上に説示した点と(二)に説示したように、原告の組合における犠牲者救済制度が、免職等の処分を受けた郵政職員としての身分を組合員としての地位に移しかえ、組合員が組合員としての地位を失う時点においてこれを退職と同様に擬制して退職手当に相当する額を支給しようとするものであると解されることにかんがみるときは、本件犠救規定二七条一号は、免職等の処分を受けたため救済の対象にあたると認められた組合員につき、さらに具体的な退職手当相当金の請求権が発生する事由となるべき場合を積極的に限定した規定と解するのが相当であって、例示的な規定ではなく、かつ、このように限定的に定めることは労働組合における犠牲者救済の制度として合理的な根拠を有するものというべきである。なお、本件犠救規定五一条には、退職、死亡を除く脱退及び除名の場合には昇給延伸の場合の救済に関する条項の適用を停止する旨の明文が設けられているのに対し、本件退職金相当額の救済についてはその旨の明文の規定がないのであるが、右五一条の規定は昇給延伸の場合の救済についてその性質上当然のことについて疑義を解消するために確認的に設けられたにすぎないと解することができる反面、二七条一号の規定は前述のように退職手当相当金について給付を受ける資格のある者を積極的に定めた規定であると解することができるから、昇給延伸の救済の場合とは規定の仕方に相違があるにすぎず、本件退職金相当金の支給に関する前記解釈を左右するものではない。

4.そこで、被告の場合についてこれをみるに、

(一)被告が昭和四五年二月二四日原告に対し原告の組合から脱退する旨の届を提出したことは、前判示のとおりであるところ、被告は、右脱退届を提出した趣旨につき、前記指令二七号の無効であることが確認され、原告が被告を原告の組合員として取り扱うに至るまで被告において原告の組合活動に参加しない旨の抗議的意味の意思表示をしたにすぎないもので確定的に脱退の効力を生じていない旨主張する。しかしながら、被告が脱退届を提出した際、原告に対してその主張のような趣旨を明らかにしたことを認めるに足りる証拠はないから、被告は何らの条件をも付しないで単純な脱退の意思表示をしたものと認めざるをえず、右脱退届の提出によって被告が原告から脱退したものであることは原告の認めて争わないところであるから、被告は、右同日をもって原告の組合から脱退する効力を生じたものというべきである。しかして、被告は、さきに、二2で判示したような経緯により右脱退の直前である昭和四五年二月一八日には原告と別個の労働組合を結成し、その執行委員長に就任していたのであり、右の行動を含む前示脱退までの一連の行為は原告組合の団結の秩序を乱す行為であることはいうまでもないから、前説示のような本件犠救規定の解釈からすれば、被告についてその主張のように本件退職手当相当金の支給時期が到来したと解しえないばかりでなく、被告は、むしろ組合を脱退したことにより、将来右の具体的請求権を取得しうべき地位を放棄し、右請求権を取得しえないことに確定したものというべきである。従って、被告のこの点に関する主張は理由がない。

もっとも、被告は、右脱退の意思表示前、原告が指令二七号により昭和四五年二月二二日をもって被告の組合員たる資格は失われたものとして取り扱うことによって、原告は自ら被告に対する本件退職手当相当金の支給時期を到来せしめた旨をも主張する。しかしながら、指令二七号が被告主張のような無効のものでないとすれば、原告のとった被告に対する組合員資格の剥奪は、前判示のとおり、被告が原告組合の運動方針等を遵守することなどを確認しなかったことによるものとして効力を生じ、被告は組合員たる資格を失ったこととなるが、被告が右確認をしなかったことは前判示の事情のもとでは本件犠救制度の趣旨とする組合の団結の維持、強化の目的に反するものというべきであるから、前説示のような本件犠救規定の解釈からするならば、原告による被告に対する組合員資格の剥奪によって、被告につきその主張のように本件退職手当相当金請求権が発生したとは到底いうことができないばかりでなく、右時点において、被告において退職手当相当金請求権を取得しえないことが確定したものというべきである。つぎに、指令二七号が被告主張のように無効であるとするならば、被告は右指令の定めによっては原告の組合員たる資格を失わなかったこととなるが、本件犠救規定によれば、組合員に退職手当相当金請求権が発生するのは、同規定二七条一号所定の事由が生じた時と解すべきことは前説示のとおりであるばかりでなく、前判示のように被告はすでにその直前同年二月一八日に原告と別個の労働組合を結成して自ら原告の組合としての団結の維持、強化の目的に反する行動をとっていたのであるから、被告から原告に対し信義則を援用して右請求権の発生と支給時期の到来を主張することは到底許されないものといわなければならない。従って、昭和四五年二月二二日をもって本件退職手当相当額の支給時期が到来した旨の被告の主張も理由がない。

(二)なお、被告は、予備的に、被告が退職手当相当金請求権を取得していることを前提とし、右請求権は本訴における答弁書の陳述時である昭和四七年五月三一日にその支給時期が到来したと主張するが、被告がこれに先立つ同四五年二月二四日に原告組合から脱退したことにより右の請求権を取得しえないことに確定したことは、さきに説示したとおりであるから、被告の右主張はその前提を欠き、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

三、してみれば、被告の抗弁は、その主張する自働債権の成立が認められない点において理由がないから、原告の請求を正当として認容すべきである。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言の申立は相当でないのでこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 福富昌昭 裁判官塩月秀平は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 吉井直昭)

<以下省略>

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