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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4282号 判決 1973年10月29日

原告 中村博重

右訴訟代理人弁護士 垰野兪

同 亀丸龍一

被告 株式会社篠原建築設計事務所

右代表者代表取締役 篠原英一

右訴訟代理人弁護士 小宮山昭一

被告 日本建設株式会社

右代表者代表取締役 三好万寿夫

右訴訟代理人弁護士 中村敏夫

同 山近道宜

同 溝淵照信

被告両名補助参加人 三信冷熱工業株式会社

右代表者代表取締役 八木英男

右訴訟代理人弁護士 高木新二郎

同 大塚一夫

右訴訟復代理人弁護士 赤木巍

主文

一  本件訴はいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金五五〇万円及びこれに対する昭和四七年六月六日から右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告らの本案前の申立

1  主文第一、二項同旨

三  被告らの本案についての答弁

1  原告の請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  補助参加人の答弁

被告らの本案についての答弁と同旨

第二当事者の本案前の主張

一  被告らの本案前の答弁

1  原告と被告ら間に本件病院建設に関し、昭和四二年一二月二〇日原告を注文者被告日本建設を請負人、被告篠原事務所を監理技師とする右病院建設請負契約並びに監理委任契約が成立した。右各契約は工事請負契約書(乙第一号証の一)によって締結されたものであるが、その契約において当事者は四会連合協定工事請負契約約款(乙第一号証の二)を契約内容として合意した。

2  前記約款第二九条には、「1この契約について紛争を生じたときは、当事者の双方または一方から相手方の承認する第三者を選んで、これに紛争の解決を依頼するか、又は建設業法による建設工事紛争審査会のあっせん又は調停に付する。2前項によって紛争の解決の見込がないときは、建設業法による建訪工事紛争審査会の仲裁に付する。」と規定されている。

3  右規定によれば工事請負契約について紛争が生じたときは、当事者は、相手方の承認のもとに選んだ第三者又は建設工事紛争審査会のあっせんもしくは調停によって紛争解決を図るべきであり、これによって紛争が解決しないときは、必ずその紛争を建設工事紛争審査会の仲裁に付さなければならないものである。

4  本件は、原告が担保責任を主張しようと、或いは不法行為責任を主張しようと、まさに同条にいわゆる「工事請負契約について生じた紛争」に該当するからこれにつき仲裁契約があるものというべく、原告の本件訴は、訴訟要件を欠く不適法なものである。

二  被告らの抗弁に対する認否

1  被告らの主張1のうち約款第二九条につき合意が成立したとの部分を除きその余の事実は認める。

右約款第二九条については当事者間で合意が成立していない。本件請負契約締結の際、前記約款を契約内容とする旨特別の注意もなく、約款についての読み合わせも行われていない。従って原告は右条項にいう建設工事紛争審査会がどういうものであるか、仲裁とは如何なるものであるかについて全く知らなかったものである。他の条項は、工事に伴って当然生ずる事態に対する処理として、いわば常識として考えられる事項についての定めであるが、第二九条は、通常人には全く考えられない条項である。ところで裁判を受ける権利は憲法上の権利であって何人もこれを奪うことはできないものである。当事者間で明確な合意によりこの権利を放棄し、調停又は仲裁により解決することは許されるとしても、明確な合意があったと考えられない本件において原告の裁判権が奪われることを容認することは許されない。

2  同2は認める。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

三  原告の再抗弁

被告篠原事務所は、昭和四七年六月二九日の本件第一回口頭弁論期日において答弁書を陳述し、本案の答弁をした。従って本件に関し仲裁契約が存在したとするも、その旨本案前の抗弁を提出せずに本案について弁論をした以上、右本案前の抗弁を提出する権利を放棄したものとみるべきであり、被告篠原事務所は爾後同抗弁を提出することは許されなくなったというべきである。

四  原告の再抗弁に対する認否

被告篠原事務所が原告主張の日に、本案前の抗弁を提出せずに答弁書を陳述し、本案につき弁論をした事実は認めるもその余の事実は否認する。

五  被告篠原事務所の再々抗弁

被告篠原事務所訴訟代理人弁護士訴外小宮山昭一は、右被告より本件の委任を受け、訴状を検討した結果同被告に対する請求は本件工事の監理上の責任であるから、原告と被告日本建設との間の工事請負契約は被告篠原事務所には関係がないと考え、特に右契約書について同被告から提出を求めなかった。そして前記の如く答弁書を陳述したのであるが、当日は原告及び被告日本建設は出頭しなかった。その後訴外小宮山は被告日本建設が答弁書を提出し、工事請負契約書とこれに添付された工事請負契約約款を乙第一号証の一及び二として提出しているのを知った。そして被告日本建設の訴訟代理人より答弁書及び前記乙号証の写を受領したところ、同工事請負契約書に監理技師として被告篠原事務所が署名捺印しているのを知った。そこで初めて同被告にも工事請負契約約款第二九条の仲裁契約の効力が及ぶことを知った次第である。そこで被告篠原事務所は昭和四八年三月二日付の準備書面をもって本件本案前の抗弁を提出したのである。右の如く被告篠原事務所が本案前の抗弁を提出しないで先に本案につき答弁をしたのは訴外小宮山の錯誤に基づくものであるから、本案前の抗弁を提出する権利を放棄したものとみるべきではない。

六  被告篠原事務所の再々抗弁に対する認否

右被告主張事実は争う。被告篠原事務所は契約書が作成され右被告も捺印していることを当初から知っていたはずである。訴訟代理人が知らなかったとしても錯誤ということにはならない。

第三当事者の本案についての主張

一  請求原因

1  原告は医師であり、表記住所において西武沼袋病院を経営し、同病院の院長をしている。なお右病院は、中野区内の救急病院に指定されており、鉄筋コンクリート五階建、診察室、手術室、レントゲン室、エレベーター等の設備を有し、総ベット数は三七床である。

2  原告は昭和四二年一一月頃被告株式会社篠原建築設計事務所(以下被告篠原事務所という)との間で前記病院建設に関し設計契約をし、この設計、見積りを基礎として、昭和四二年一二月二〇日被告日本建設株式会社(以下被告日本建設という)との間に、病院建設工事請負契約を締結し、昭和四三年九月一五日同病院は完成し、原告はその引渡を受けた。

この建設工事請負契約に関し、被告日本建設は、被告篠原事務所の指名に基づき、補助参加人三信冷熱株式会社に本件工事のうち配管工事を下請させた。そして被告篠原事務所は本件工事の管理監督者として原告に代って一切の工事を監督したものである。

3  本件病院建設工事において、別表一ないし一九の原告の主張部分記載の如き設計図面に反する不良工事ないしは手抜工事が行われた。その結果同部分記載の如き工作物についての瑕疵を生じた。

4  右不良工事ないしは手抜工事は請負人である被告日本建設が故意に行ったものであり、同工事に関し一切の監理監督を行っていた被告篠原事務所もこれを充分認識していた。かりに右の如き故意が認められないとしても両者はいずれも右の点について過失があったものである。

5  よって原告は、

(1) まず主位的に、被告らに対し不法行為責任を追及する。即ち被告らは故意又は過失に基づいて前記不良工事ないし手抜工事を行い、原告所有の目的物に瑕疵を生ぜしめたものであるから、被告らの各行為は共同不法行為を構成する。原告は右被告らの行為によって、後記6記載の如き合計金五五〇万円の損害を蒙った。

(2) 予備的に原告らに対し目的物の瑕疵の修補に代わる損害賠償を請求する。即ち被告日本建設は請負人として、被告篠原事務所は監理監督者として瑕疵のない目的物を原告に取得させる義務がある。よって原告は被告らに対しそれぞれ民法第六三四条第二項に基づき別表一四及び一五を除く各表記載の瑕疵について修補にかえ損害賠償を請求する。その損害額は後記6記載の如く合計金五五〇万円である。

6  原告は一生一代の仕事として立派な病院を建築し、病院経営を行っていくつもりであった。ところが病院の内部は一見して不良建物であるとわかる瑕疵部分があり、また外見上わからなくても不良配管等の工事による瑕疵が存在する。右は不良工事又は手抜工事のためであり、このことを知っている原告にとっては、精神的苦痛は大きく夜も眠れない程であり耐え難いものである。しかも建物の耐用年数は低下し、機能的にも不便である。また被告篠原事務所の指名で補助参加人に下請をやらせたものであるが、その信頼を裏切られたという感が強く残る。これらの損害は算定不能であり、結局精神的損害として慰藉されなければならない。そして原告のこれら精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇〇万円が相当である。

原告は右金員を被告らに請求したが応じないため、止むを得ず弁護士である本件原告訴訟代理人両名に対し本件訴訟提起を依頼し、右両名に対し合計金五〇万円の報酬の支払を約束した。

以上合計金五五〇万円が、原告が蒙った損害である。

7  よって原告は被告らに対し連帯して本件損害金五五〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四七年六月六日から右完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告篠原事務所の認否

1  請求原因第1項中、原告が西武沼袋病院を経営し、同病院の院長をしていること、及び右病院の建物の構造が原告主張のとおりであることは認めるも、その余の事実は不知。

2  同第2項中、原告と被告篠原事務所間の設計契約締結の日及び右被告が本件工事の監督をしたとの事実を除きその余の事実は認める。右契約締結の日は昭和四二年九月二九日であり、また右被告は本件工事の監理をしたものである。

3  同第3項は否認する。この点についての右被告の主張は別表該当部分記載のとおりである。

4  同第4ないし第6項の事実はすべて争う。

三  請求原因に対する被告日本建設の認否

1  請求原因第1項中、原告の病院が中野区内の救急病院であるかどうかは不知であり、その余の事実は認める。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項中、本件建物に一部瑕疵が存在しこれを原告主張の如く修補した事実は認めるもその余の事実は否認する。その詳細は別表該当部分記載のとおりである。

4  同第4ないし第6項の事実はすべて争う。

四  請求原因に対する補助参加人の認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項の事実は否認する。この点についての参加人の主張は別表該当部分記載のとおりである。

4  同第4ないし第6項の事実はすべて争う。

五  被告ら及び補助参加人の抗弁

本件建物を原告に引渡した後、昭和四三年冬頃から昭和四六年五月頃までの間に、瑕疵が順次発見され昭和四六年六月に至って原告よりこれらの瑕疵を指摘されたので、被告らは瑕疵担保責任の期間である二年間を経過していたが、誠意をもって同年七月中旬瑕疵修補工事を約束し、同年一一月一日修補工事を完了し、原告より修補が完了した旨の承認を得た。

これによって原告は本件建物につき生じた瑕疵に関しては爾後何らの主張をしないとの和解が原告と被告ら間に成立したものである。

原告が主張する瑕疵等は、すべて当時指摘され、被告らの修補によって解決済のものであり原告は本訴の如き請求をすることはできないものである。

六  抗弁に対する認否

抗弁事実中、被告らによって一部瑕疵の修補がなされた事実は認めるもその余の事実は否認する。

なお原告が本訴において主張している事項は、修補したが修補不能として残ったもの又は更に新たに発見された不良個所である。

第四証拠≪省略≫

理由

一  本案前の抗弁について

1  原告と被告ら間に、本件病院建設に関し、昭和四二年一二月二〇日原告を注文者、被告日本建設を請負人、被告篠原事務所を監理技師とする右病院建設請負契約並びに監理委任契約が成立した事実は当事者間に争いがない。

そして成立に争いのない乙第一号証の一及び二によると右各契約は工事請負契約書をもって締結されたものであるが、右各当事者は、四会連合協定工事請負契約約款を右各契約の契約内容として合意した事実が認められる。更に右約款第二九条には被告ら主張の文言が記載されていることは当事者間に争いがない。

原告は、右約款ことに第二九条に関しては当事者間で合意が成立していない、少くとも明確な合意は成立していない旨主張するが、前記乙号証によると、工事請負契約中前文の部分に、「本件病院新築工事の施工についてつぎの条項と添付の工事請負契約約款、設計図、仕様書とにもとづいて工事請負契約を結ぶ。」と明確に記載され、これに前記約款が添付されていたこと、そして原告は右契約書末尾注文者名下及び訂正個所二ヶ所の部分に捺印していることが認められ、また≪証拠省略≫によると、原告は右契約書記載の文言を承認して契約を締結する趣旨で右各捺印をしたこと、そしてこのようにして作成された契約書、約款、設計図、仕様書等を一括した一通の交付を受けて持帰ったこと、原告は医師(外科)であり、多年その実務に従事し社会的経験を重ねてきた者であることが認められる。以上認定事実によると、原告は本件約款第二九条を、約款の他の条項とともに本件請負契約の内容として合意したものとみるのが相当であり、更にまた右原告の知識、教養の程度に照らせば、原告は右第二九条の文言の意味を一応理解していたものと推認するのが相当である。原告本人尋問の結果中、右契約締結の際、前記約款は添付されていなかった、又は約款を契約内容とするというような話はなく、又読んだこともない或いは右第二九条の文言を読んでもその意味は理解できたかどうか判らない旨の部分があるが、これらはいずれも採用できない。

以上によると、原告と被告日本建設の本件請負契約並びに原告と被告篠原設計事務所間の本件監理委任契約について、紛争が生じたときは当事者の双方または一方から相手方の承認する第三者を選んでこれに紛争の解決を依頼するか、または建設業法による建設工事紛争審査会のあっせんまたは調停に付すること、そしてこれによって紛争解決の見込がないときは、同法による建設工事紛争審査会の仲裁に付する旨が右各当事者間で約束されたものというべきである。

2  原告と被告らの間の右紛争解決に関する後段の契約は、民事訴訟法第七八六条に規定する仲裁契約に当るものと解される。ところで原告は、本件原告と被告日本建設間の請負契約に関し、被告日本建設は設計図等に反する不良ないし手抜工事を行い目的物に瑕疵を生ぜしめ、被告篠原事務所は監理技師であるのにこれを許したことを理由として、本訴において、不法行為、予備的に瑕疵の修補に代る損害賠償を請求しているが、いずれも原告と被告ら間の前記各契約の履行に関する紛争に該当することが明らかである。すると原告は特段の事情がない限り本件仲裁契約に従って、仲裁手続を進めるべきであり、裁判所に対し右紛争に関する訴を提起することは許されないものといわねばならない。この結果は、原告が契約によって権利保護の利益を放棄したためであって、裁判を受ける権利の侵害とならないことは当然である。そのほか本件においても右特段の事情についての主張立証はない。

3  原告はつぎに、被告篠原事務所は、本件口頭弁論期日において右の如き本案前の抗弁を主張しないで本案について答弁をしたから、その後は右抗弁を提出する権利を失ったと主張するが、訴権の有無に関し民事訴訟法第二六条の応訴管轄に関するような規定がない以上、たとえ本案について答弁をした後でも、それが時機に後れ、訴訟の完結を遅延させるもの或いは信義則に照して許されないと考えられるものでない限り口頭弁論終結に至るまで本案前の抗弁を提出することができるものと解するのが相当である。管轄については訴訟の初期の段階において確定させるのが相当であるが、その他の訴訟要件は原則として口頭弁論終結時に具備していることが必要であり、従って本案について弁論をした後であっても、口頭弁論時までにこれを欠くに至るときは、本案判決ができないものであって、従ってその段階でその旨の抗弁の提出を許すことはむしろ当然であり、このような関係にあることに照らすと、当初より訴訟要件を欠いていた場合についても、本案弁論後の抗弁提出を禁止する理由は見出し難いからである。そして本件被告篠原事務所がなした本案前の抗弁の提出の態様が前述の時機に後れたもの、或いは信義則に反するものと認めるに足る証拠はない。また訴訟の或段階における抗弁の不提出をもって抗弁提出権の確定的放棄と推定することができないことは勿論である。すると右被告の錯誤の主張につき判断するまでもなく、同被告の右本案前の抗弁の提出は許されると解するのが相当である。

二  結論

以上によると、被告らに対する原告の本件訴は、訴訟要件を欠く不適法のものであるからいずれもこれを却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上孝一)

<以下省略>

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