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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4621号 判決 1974年12月23日

原告 株式会社漫画アイデアセンター

被告 株式会社漫画社

主文

被告は、株式会社漫画社の商号を使用してはならない。

被告は、株式会社漫画社の商号の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

「一 原告は、昭和四四年六月二〇日、(一)広告、宣伝、企画及びデザインに関する制作並びに販売、(二)右に付帯、関連する一切の事業を目的として設立登記された会社であり、具体的には漫画を基調とする広告、宣伝用出版を主とした事業を行つているものである。

二 これより先、昭和四二年一一月九日東京都千代田区神田錦町三丁目六番地に訴外株式会社漫画社(以下「旧漫画社」という。)が設立され、その代表取締役に、現在原告会社の代表取締役である訴外平本集三が、取締役に訴外菅生定祥、同近藤秀蔵、同古松美典、現在被告会社の代表取締役である訴外樋口信らがそれぞれなつて、雑誌「漫画」を出版するとともに、前記原告会社と同一の内容の事業を営んできたが、その後同社は経営不振に陥り、昭和四四年六月ごろには累積赤字約二、〇〇〇万円に達した。しかし、右二、〇〇〇万円の債務の債権者は、菅生定祥が代表取締役をしている訴外三協美術印刷株式会社及び平本集三であつたから、旧漫画社は累積赤字があつたからといつて、必ずしも不渡手形を出すまでにはいたらなかつたが、右三協美術印刷株式会社の債権を損害金として処理し、同社の経理の健全化を計るためもあつて、旧漫画社は、昭和四四年六月不渡手形を出して休業状態に入つた。一方、旧漫画社の事業は、前記のように、昭和四四年六月二〇日原告会社を設立してこれに引継がせた。原告会社の役員構成は、旧漫画社の取締役中菅生定祥を除くその余の取締役がそのまま取締役として就任し、更に新たに三名が取締役として加わり、平本集三が代表取締役となつた。

三 右のとおり、旧漫画社の事業、陣容は、役員も含め、ほとんどそのまま原告会社が引継ぎ、事業を継続した。また、原告会社の事務所のあるビルの名称も漫画社ビルであることからも、原告自身、自社の営業を取引先に対し漫画社と呼び、また、取引先も一般に、原告を漫画社又は株式会社漫画社と呼んでいる。

四 被告会社は、昭和四七年二月八日、(一)広告、宣伝、企画、デザイン又び出版に関する制作並びに販売、(二)右に付帯する一切の事業を目的として設立登記された会社であり、具体的には原告会社とまつたく同一の内容の事業を行つているものである。

五 原告会社は、その設立後、取締役中古松美典、訴外白井俊明、同浜通雄が退任し、平本集三、樋口信、近藤秀蔵が残り運営されてきたが、右樋口、近藤には、昭和四七年一月ごろから、原告会社の役員を退任し自ら会社を設立し原告と同一内容の事業を独立して行いたいとの希望があつたので、原告はこれを認め、同人らの前途を祝福した。しかるに、樋口らは、原告会社が一般に漫画社と呼称されていることに着眼し、原告会社の取締役であつた樋口信、近藤秀蔵、営業部長であつた古松美典(元取締役であつたが後これを退任し、営業部長となつた。)その他を取締役として、原告会社の商号である「株式会社漫画アイデアセンター」と類似した「株式会社漫画社」なる商号の被告会社を設立したものである。

六 右のように、被告会社は原告会社とはまつたく別の会社であるにかかわらず、その設立にあたり、挨拶状において、あたかも原告会社が新事務所を開設し、もしくは移転したかのように、標題を「事務所開設」とし、その内容において、「新らしい電話番号のお知らせ」とし、更に「……銀座の巷に<会社移転>をし……」と虚偽の事実を記載し、これを原告会社の取引先多数に配付し、また口頭で同趣旨の挨拶をした。

右は被告が、原告会社の社会的信用を自社の営業活動に利用するという不正の目的をもつて原告会社の商号と類似する前記商号を使用しているものである。

よつて、原告は、商法第二〇条第一項に基づき、被告会社の前記商号の使用の差止並びにその商号登記の抹消登記手続を求める。

七 前記のとおり、原告会社は、その商号を「株式会社漫画アイデアセンター」とし、自ら又は他人によりその営業を「漫画社」又は「株式会社漫画社」と称し又は称されているものであり、右表示は、原告会社が設立された昭和四四年六月ごろ既に、東京都及びその周辺地域における取引先、宣伝、広告を必要とする一切の事業体において、原告会社の営業を示すものとして広く認証されていた。

しかして、前記のように、被告会社は、不正の目的をもつて、原告の営業表示である「株式会社漫画アイデアセンター」、「漫画社」又は「株式会社漫画社」と同一又は類似の「株式会社漫画社」なる商号を使用して営業しているものであり、右の商号を使用して営業することは、これを原告の営業であると誤認させることになり、混同を生じさせることになる。そして、前に述べたような被告の挨拶状のため、原告会社は、取引先から会社を移転したのかなどの問合せにしばしば接し、そのつど事情を説明し、誤解を解いている。また現実に、原告会社の取引先である噂発行所は、昭和四七年二月一七日雑誌「噂」掲載原稿料を被告会社の取引銀行に送金した事実も発生し、原告会社の利益の侵害は具体的に発生している。

よつて、原告は、商法第二一条又は不正競争防止法第一条第一項第二号に基づき、被告に対しその商号の使用の差止並びにその商号登記の抹消登記手続を求める。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁及び主張として、次のとおり述べた。

「一(一) 請求原因一のうち、原告会社の設立登記の日及び登記された会社の目的は認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 同二のうち、旧漫画社が東京都千代田区神田錦町三丁目六番地を本店として、昭和四二年一一月九日に設立登記されたこと、平本集三、樋口信、近藤秀蔵、古松美典、菅生定祥が右会社の最初の取締役に就任したこと、旧漫画社が「漫画」と題する雑誌を出版したこと、旧漫画社の事業内容が、樋口、近藤、古松がいた頃の原告会社のそれと同一であること、旧漫画社の事業が設立当初の原告会社に引継がれたこと、原告会社の役員に旧漫画社の取締役中菅生定祥を除くその余の取締役がそのまま取締役として就任したことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は知らない。

(三) 請求原因三のうち、原告が取引先から漫画社と呼ばれていることは知らない。

(四) 同四のうち、被告会社の設立登記の日及び登記された会社の目的は認め、その余は争う。

(五) 同五のうち、樋口、近藤が自ら会社を設立したいので原告会社の取締役を辞任したい旨及び設立される会社の事業内容はその当時の原告会社のそれと同一である旨を昭和四七年一月ごろから原告会社の代表者に申し出て、そのころその承諾を得たことは認める、樋口らが、原告会社が一般に「漫画社」と呼称されていることに着眼して被告会社の商号に「株式会社漫画社」を選定したこと、「株式会社漫画アイデアセンター」と「株式会社漫画社」とか類似の商号であることはいずれも否認する。

(六) 請求原因六のうち、被告が「事務所開設」と題する挨拶状を第三者に配付したことは認めるが、その余の事実は否認する。右挨拶状に記載された内容は、要約すれば、近藤日出造(近藤秀蔵のペンネーム)、訴外横山隆一、同杉浦幸雄が「あしベビル五階」に事務所を開設し、同所に新らしい電話が架設されたこと、樋口信、古松美典、訴外小松喜之も近藤らに追随して勤務先を同所に変えたことをそれぞれの知人らに知らせる趣旨につきる。

(七) 請求原因七のうち、噂発行所から被告会社の預金口座に対し、雑誌「噂」掲載の原稿料が振込まれたことは認める。「漫画社」又は「株式会社漫画社」なる呼称が、原告会社の略称として広く認識されていること、被告会社が不正の目的をもつて「株式会社漫画社」なる商号を使用して営業していること、右商号を使用して営業することは、これを原告の営業であると認識させ、これとの間に混同を生じさせることになることはいずれも否認し、その余の事実は知らない。

二 原告の商号「株式会社漫画アイデアセンター」と被告の商号「株式会社漫画社」とは類似しない。「漫画」は普通名詞であり、その名称自体に営業主体もしくは商品の信用、名声が化体されているわけではないから、それだけでは自他を識別させることができず、両商号はその付加文字によつて明瞭に区別でき、混同されるおそれはない。

商業登記法第二七条は、「商号の登記は、同市町村内においては、同一の営業のため他人が登記したものと判然区別することができないときは、することができない。」と定めている。ところで、原告の主張によれば、昭和四二年一一月九日に東京都千代田区神田錦町三丁目六番地を本店所在地とする株式会社漫画社(旧漫画社)が設立され、その後昭和四四年六月二〇日に同町三丁目一四番地を本店所在地とする原告会社の設立登記がされ、設立当時の原告会社の営業が旧漫画社のそれと同一内容であつたのであるから、登記官は、旧漫画社と原告会社の商号は判然区別することができると判断したことになる。もとより、右両商号が判然区別できるか否かは、登記官がどう判断したかによつて確定されるものではないが、その事情は本件商号の異同を判定する際に斟酌されるのが相当である。

三 原告の請求の根底には、原告が今日までの企業活動を通じて、東京都及びその周辺地域の宣伝、広告を必要とする一切の事業体の間でゆるぎない信用を獲得し、その信用が原告の商号に化体しているとの主張がある。信用を獲得するとは、例えば原告の広告の手法がユニークであるとか、その技術が卓抜であるとか、納品が迅速であるとか等の評判が定着した状態を指す、といい換えてもよい。しかし、原告は、右の意味での信用を獲得していない。原告は、個々の社員の交遊関係その他の縁故を頼みにするとか、広告に使う漫画の執筆者のネームバリユーを借用するとかによつて始めてその顧客を獲得する零細企業の域を出ておらず、「漫画社」の社名自体を信用して原告に発注するほどの事業体は存しない。従つて、被告が原告会社の社会的信用を自己の営業活動に利用することなどあり得ない。

被告会社の取締役である近藤秀蔵(ペンネームは日出造)、横山隆一、杉浦幸雄は、俗に漫画界の御三家とか称せられるほど著名で、かつ優れた漫画家である。従つて、被告にしてみれば、例えば「近藤日出造の会社」と称した方が「平本集三の主宰する会社」とか、「平本集三のやつている漫画社」などと唱えるよりもはるかに世間で受けがよいのである。もつて、被告が原告のいう不正の目的を有していないことは当然である。」

立証<省略>

理由

昭和四二年一一月九日東京都千代田区神田錦町三丁目六番地に株式会社漫画社(旧漫画社)が設立されたこと、平本集三、樋口信、近藤秀蔵、古松美典、菅生定祥が右会社の最初の取締役に就任したこと、右会社が「漫画」と題する雑誌を出版したことについては、当事者間に争いがない。原告会社代表者平本集三、被告会社代表者樋口信各尋問の結果を総合すると、右雑誌「漫画」の出版は昭和四三年の一月号から同年の一二年号まで続けられ、その出版部数は多いときで五〇、〇〇〇部、少いときで一五、〇〇〇部くらいであつたが、いずれもその八割五分ないし九割ぐらいは返本されて返つてきたため、右出版事業は赤字を重ね、その累積赤字は二、〇〇〇万円を越えるに至つたこと、旧漫画社の大口債権者は、菅生定祥がその代表取締役であつた三協美術印刷株式会社と平本集三の二名であつたが、そのうち三協美術印刷株式会社の債権額は、一、二〇〇万円ないし一、三〇〇万円であつたこと、三協美術印刷株式会社は、同社の旧漫画社に対する債権を、税務対策上自社の損金としておとすためには、旧漫画社が手形不渡をだして倒産し、回収不能となつたようにして処理する必要があつたため、旧漫画社が三協美術印刷株式会社に対して負つているのと同額の手形を同社のために振出し、これを不渡とすることによつて、三協美術印刷株式会社は旧漫画社に対する債権を欠損金として経理上処理したこと、旧漫画社は現在解散はしていないが、事業を行つてはおらず休眠状態であることをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。しかして、原告が昭和四四年六月二〇日に(一)広告、宣伝、企画及びデザインに関する制作並びに販売(二)右に付帯関連する一切の事業を目的として設立登記された株式会社であることについては、当事者間に争いがなく、その成立について争いのない甲第一八、第一九号証、原告会社代表者平本集三、被告会社代表者樋口信各尋問の結果を総合すると、原告会社は具体的には、旧漫画社の事業のうち雑誌「漫画」の発行を除いて、同社と同様、漫画を基調とする広告、宣伝用出版の事業を行つているものであることを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

被告が、昭和四七年二月八日に、(一)広告、宣伝、企画、デザイン及び出版に関する制作並びに販売(二)右に付帯する一切の事業を目的として設立登記された株式会社であることについては当事者間に争いがない。

ところで、官署作成部分については真正に成立したものであることについて当事者間に争いがなく、その余の部分については原告会社代表者平本集三尋問の結果によつて真正に成立したものであることが認められる甲第四号証、第八号証、原告会社の事務所のある建物の写真であることについて争いのない甲第一五号証、証人宮川良平の証言、原告会社代表者平本集三尋問の結果、被告会社代表者樋口信尋問の結果(一部)を総合すると、原告会社は、「株式会社漫画アイデアセンター」として設立された後も、旧漫画社の役員のうち菅生定祥を除く他の者がそのまま原告会社の役員となつたこと、原告会社と旧漫画社との事業の内容がほとんど変らないものであつたこと、事務所が同一の場所にあつたことなどの関係もあつて、自ら又は他人により「漫画社」又は「株式会社漫画社」と称し又は称されていたことを認めることができ、被告会社代表者樋口信尋問の結果中右認定に反するかのような部分はこれを措信できず、他に右認定に反する証拠はない。しかして、被告会社の商号「株式会社漫画社」は、右「漫画社」及び「株式会社漫画社」と同一又は類似であるから、原告会社代表者平本集三、被告会社代表者樋口信各尋問の結果により認められる、原、被告会社の事業内容が同一であること、その事務所がいずれも東京都区内にある本件においては、被告が右商号を使用することは、他人をしてこれを原告の営業であると誤認させることになるものと認められる。そしてまた、被告の右商号の使用は不正の目的に出たものというべきである。けだし、被告会社は、原告会社の取締役であつた近藤秀蔵、樋口信らが原告会社の代表取締役である平本集三にその設立の了承を得て、原告と同一事業をすることを目的とする会社として設立されたものであり(以上の点は当事者間に争いがない。)従つて、被告会社が原告会社と競業関係に立つことになることは原告会社としてはこれを了承していたものといいながらも、前認定の事業関係からすれば、右近藤、樋口らも原告会社が自ら又は他人により「漫画社」又は「株式会社漫画社」と称し又は称されていたことを知りながら敢えて被告会社の商号に「株式会社漫画社」を選定し、しかも(成立について争いのない甲第一六号証及び被告会社代表者樋口信尋問の結果によれば)その設立に際し、原告会社の取引先その他原告会社の関係人に対し、被告会社が設立された旨ではなく、あたかも株式会社漫画社が東京都中央区銀座に事務所を開設して会社を移転したことの通知をする旨の挨拶状を発送したことが認められ、これらの事実を総合すると、被告会社はその商号の使用につき原告の営業上の実績、信用等を利用する意図を有していたものということができるからである。

被告は、原告は、その広告の手法がユニークであるとか、その技術が卓抜であるとか、納品が迅速であるとか等の評判が定着しているとの意味での信用を獲得しておらず、個々の社員の交遊関係その他の縁故を頼みにするとか、広告に使う漫画の執筆者のネームバリユーを借用するとかによつて始めて顧客を獲得する雰細企業の域を出ないから、被告が原告会社の社会的信用を自己の営業活動に利用することなどありえないと主張する。しかしながら、不正の目的があるというためには、利用されるべき信用が、被告主張のようにゆるぎないものでなければならないということはない。被告は、更に、平本集三の主宰する会社などというよりも、近藤日出造の会社とした方が世間で受けがよいから、被告には不正の目的などないという趣旨の主張もする。しかし、仮に被告主張のような呼称の方が世間に受けがよいなら、商号にそのような呼称のものを使用すればよいのであつて、ことさら株式会社漫画社という商号を使用する必要はないはずである。前掲甲第一六号証の存在は被告の右主張と矛盾し、結局被告の、不正の目的は存しないとの主張は理由がないことになる。

被告がその商号を使用することによつて被告の営業が原告の営業であると誤認されるおそれのあること前認定のとおりであるから、原告はこれによつて利益を害せられるおそれのあることは明瞭であるといわなければならない。

よつて商法第二一条に基づき、被告に対しその商号の使用の禁止並びにその商号登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は、その他の点の判断をするまでもなく、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 高林克巳 清水利亮)

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