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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)5319号 判決 1974年12月24日

原告(反訴被告) 田中ふみ

右訴訟代理人弁護士 伊藤武

右訴訟復代理人弁護士 手塚義雄

被告(反訴原告) 川人晴司

主文

一  被告(反訴原告。以下同じ)は原告(反訴被告。以下同じ)に対し、金一四万円及びこれに対する昭和四七年五月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴請求中原告のその余の請求を棄却する。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じこれを五分し、その四を被告の、その一を原告の各負担とする。

五  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  本訴

(請求の趣旨)

1 被告は原告に対し金二六万円及びこれに対する昭和四七年五月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(請求の趣旨に対する被告の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  反訴

(請求の趣旨)

1 原告は被告に対し金三〇万円を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨に対する原告の答弁)

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二主張

一  本訴

(請求の原因)

1 原告は被告に対し別紙物件目録記載の建物につき大森簡易裁判所昭和四三年(ハ)第九五号家屋明渡請求事件の確定判決の執行力ある正本に基づき家屋明渡の強制執行をなすため、昭和四七年二月三日東京地方裁判所執行官にその執行を委任した。

執行官は昭和四七年二月一〇日、一九日の二度にわたり被告に対し建物の任意明渡しを催告した。しかしながら被告はこれに応じないので執行断行のやむなきに至り、原告は執行のための人夫を雇用するなどして準備を整え、同年二月二〇日明渡執行費用等の前払いをなした。

2 一方被告は同年二月一五日大森簡易裁判所に前記債務名義に対する請求異議の訴(同庁昭和四七年(ハ)第五五号)を提起し、同時に強制執行停止決定の申立(同庁昭和四七年(サ)第一一九号)をなし、同裁判所は同月二一日強制執行停止決定をなし右決定は同月二二日原告に送達された。

原告はかかる経緯を知らず前記の如く執行の準備を進め、右二月二二日には早朝から現場付近の池上線久が原駅に執行作業員、建物解体業者、解体材料運搬業者が全員集合していたものであるが、同日執行停止決定が送達されたため右強制執行は停止された。

3 しかして、右請求異議事件については昭和四七年三月二八日大森簡易裁判所において請求棄却、強制執行停止決定取消の判決が言渡され、右判決は控訴期間の経過により確定した。

4 原告は被告のなした右違法な強制執行停止により昭和四七年二月二二日の強制執行が実施できず、そのため左の費用合計金二六万円が無駄な支出となり右同額の損害を被った。

(一) 明渡執行専業作業員日当五名分      金五万円

但し早朝につきタクシー代、電車賃等の特別交通費及び食費等を含む。

(二) 明渡執行補助作業員日当一〇名分     金五万円

(三) 明渡執行後建物解体作業費        金七万円

但し建物現況坪数一三・四五坪を一四坪とし坪当たり一万円とした額の半額

(四) 建物解体材料搬出整理及び整地囲障設置費 金五万円

但しトラック、人夫代を含む金一〇万円の半額

(五) 弁護士費用               金四万円

但し強制執行停止決定(請求異議事件を含む。)に対する取消手続に関する分

5 よって原告は被告に対し、損害賠償として右の金二六万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四七年五月一六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の認否)

1 請求原因1の事実のうち、原告が執行準備をなし昭和四七年二月二〇日明渡執行費用等の前払いをなしたとの点は不知。その余の事実は認める。

2 同2の事実のうち、原告が執行停止の事実を知らず執行の準備を進め、昭和四七年二月二二日作業員等が集合したとの点は不知。その余の事実は認める。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は争う。

(一)及び(二)の日当は一日四名分合計金二万円が相当である。

(三)及び(四)の費用は建物の解体についてのものであるところ、本件強制執行の債務名義たる確定判決は建物の明渡しを命ずるものであるから、右は強制執行の範囲を超えるものであり被告が負担しなければならないものではない。

(五)の弁護士費用は、被告のなした請求異議の訴の提起及び執行停止の申立がそれ自体不法行為の要件を備えている場合にはじめてその請求が認められるものであるところ、被告の右提訴、申立それ自体は不法行為の要件を欠くものであるから右請求は失当である。

二  反訴

(請求の原因)

1 原告は被告に対し別紙物件目録記載の建物につき大森簡易裁判所昭和四三年(ハ)第九五号家屋明渡請求事件の確定判決の執行力ある正本に基づき家屋明渡の強制執行をなすため、昭和四七年二月三日東京地方裁判所執行官にその執行を委任した。

2 昭和四七年四月一日東京地方裁判所執行官が被告方に臨場し、一一名の補助者を使用して

(イ) 本件建物内に存在した被告占有の動産を玄関先の路傍に搬出して空家となし、

(ロ) 継続して、本件建物を解体し材料を搬出し敷地を整地して囲障を設置し、

もって被告の退去強制の完全実現を断行した。

3 右の執行は明らかに建物の明渡しと建物の収去を兼ねたものというほかない。執行調書には右(ロ)に関する記載はないが、それが執行補助者らの行為であり終始執行官も現場にいたこと、及び右(イ)と(ロ)との間に時間的空間なく両者継続してなされたことからして、客観的に一連の執行行為の外観を呈したものであり、被告はもちろん事態をそのように受取ったし目撃した隣人等多数の第三者も同様に理解している。

4 右強制執行の債務名義たる確定判決は建物の明渡しを命ずるものであって建物の収去を命じたものではない。すなわち当該執行は、被告の占有を解き対象建物内に存在する被告占有の物件を外部に搬出し債務者を退出せしめて原告の事実支配下に置くことを内容とするものであり、かつその範囲に限らるべきものである。

原告は前項(ロ)の行為が本件強制執行の範囲を超える違法のものであることを知り得たにもかかわらず(イ)の強制執行に便乗してこれを実現したものであって、明渡執行の目的を達するに必要な程度を著しく逸脱し、もって被告に苦痛を与え、その名誉・信用に打撃を与えた。

右不法行為により原告は被告の受けた精神的苦痛を慰藉すべき義務があるところ、慰藉料は金三〇万円をもって相当とする。

5 よって被告は原告に対し、損害賠償として右の金三〇万円の支払を求める。

(請求原因に対する原告の認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は補助者の人数を否認しその余は認める。

3 同3の事実は否認する。建物の解体はしたが、それは被告に対する明渡執行終了後になしたものである。

4 同六の事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本訴請求について

1  原告が大森簡易裁判所昭和四三年(ハ)第九五号家屋明渡請求事件の確定判決の執行力ある正本に基づき昭和四七年二月三日東京地方裁判所執行官に被告に対する本件建物明渡しの強制執行を委任したこと、そして同執行官が同年二月一〇日及び同月一九日の二度にわたり被告に対して建物の任意明渡しを催告したこと、一方被告が同年二月一五日大森簡易裁判所に右債務名義に対する請求異議の訴(同庁昭和四七年(ハ)第五五号)を提起するとともに強制執行停止決定の申立(同庁昭和四七年(サ)第一一九号)をなし、同裁判所が同月二一日強制執行停止決定をなし右決定が同月二二日原告に送達されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によると、原告は訴外中石昭夫に対し被告に対する右建物明渡しの強制執行の準備を依頼し、同年二月二〇日あらかじめ専業立会作業員五名及び補助作業員一〇名の日当・交通費・雑費等の前払いとして右中石に金一〇万円を支払ったこと、右中石は右執行を二月二二日に実施する予定のもとに作業員等の手配を了したこと、しかして同月二一日夕刻右中石は執行官役場に来合わせたとき事務の者から本件について強制執行停止決定がなされた旨を伝え聞いたが、これを作業員に知らせる時間的余裕のないまま翌二月二二日を迎え、同日原告に対し執行停止決定が送達されたため結局強制執行は停止されることとなったこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

3  右請求異議の訴については大森簡易裁判所において昭和四七年三月二八日請求棄却の判決がなされ強制執行停止決定が取消されたこと、及び右判決が控訴期間の経過により確定したことは当事者間に争いがない。

してみると被告の申立によりなした前記強制執行の停止は違法なものといわなければならない。そして特段の事情の認められない以上被告が違法な執行停止申立をなしたことについては過失があったものと認めるべきである。

4  原告は右違法な執行停止により損害を被ったと主張するので判断する。

(一)  原告が昭和四七年二月二二日の強制執行のためあらかじめ作業人夫等に支払うべき金一〇万円を前払いしたことは前記認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば右の金員は原告において返戻を受け得なかったことが認められるから、右金員は執行停止によって無益に帰したものというべきであり、これを原告の損害と認めるのが相当である。

(二)  また≪証拠省略≫によると、原告は前記請求異議事件及び強制執行停止事件に応訴し勝訴判決を得、あるいは右執行停止決定の取消しを求めるため、弁護士に事件を委任し手数料四万円を支払ったことが認められる。右は違法な執行停止によって原告の被った損害と認めるのが相当である。

(三)  しかしながら、原告が建物解体に関して支出したと主張する請求原因四の(三)、(四)の各金員についてはこれを原告の損害と認めることはできない。

すなわち、≪証拠省略≫によると、原告は前記二月二二日に被告に対する建物明渡しの強制執行が完了すると同時に引続き本件建物を解体することを予定し、その作業等に従事する人夫等をあらかじめ手配していたところ、前記執行停止のため右作業を実施し得なくなったため請負業者から中止による損害金の請求を受け、解体作業の中止によるものとして金七万円、材料搬出整理・整地囲障設置作業の中止によるものとして金五万円を支払ったことが認められるのであるが、≪証拠省略≫によれば本件強制執行の債務名義たる前記確定判決は被告に対し建物の明渡しのみを命じたものであって建物の収去を命じたものではないことが明らかであるから、建物の解体は本件強制執行の範囲に含まれないものである。そしてまた通常、建物明渡しの強制執行に建物解体の作業が引続いて行なわれるというものでもない。したがって、原告において右の金員の支出のやむなきに至った原因が被告の申立にかかる強制執行停止にあったとしても、右支出は右執行停止による通常の損害ということはできず、一方被告においてかかる損害の生ずることを予見していたとみるべき特段の事実関係も認められない。よって右の各金員の請求は失当である。

5  以上によれば、原告の本訴損害賠償請求については前段(一)の一〇万円及び(二)の四万円の合計一四万円の限度で理由があるが、その余は失当である。

二  反訴請求について

1  原告が大森簡易裁判所昭和四三年(ハ)第九五号家屋明渡請求事件の確定判決の執行力ある正本に基づき東京地方裁判所執行官に委任して、昭和四七年四月一日被告に対し、(イ)建物明渡しの強制執行として本件建物内に存在した被告占有の動産を玄関先の路傍に搬出して空家となし、(ロ)継続して本件建物を解体し材料を搬出し敷地を整地して囲障を設置したことは当事者間に争いがない。

2  被告は、右(ロ)の解体作業等は前記債務名義による強制執行の範囲に含まれないにもかかわらず、原告は右(イ)と(ロ)とを一個の強制執行としてなし違法に強制執行の範囲を超え、よって被告に精神的損害を被らしめたと主張する。

しかしながら、≪証拠省略≫によれば、東京地方裁判所執行官は前記四月一日午前八時前に被告方に臨み、明渡しの事情を説明したうえ明渡しを執行する旨を宣言し、あらかじめ原告側で用意した作業員に命じて午前八時に作業を開始し午前九時一〇分これを終了して遺留品のないことを確認し、全員を建物の外に出して完全な空家となして執行を完了し、なお原告の代理人として立会った中石昭夫が建物の即時引渡しを求めたので債務者の占有を解いて引渡しを了したことが認められ、また≪証拠省略≫によれば、右執行の完了と同時に直ちに、すなわちほとんど継続して建物の解体・収去の作業が行なわれたことが認められる。

しかして、建物明渡しを命じた債務名義に基づく強制執行はあくまでも建物明渡しの点に限られるのであって建物の収去を含むものでないことは当然であるが、また建物明渡しの強制執行に際し、その執行を終了して建物の占有の移転を受けた後引続き直ちに当該建物を解体して収去することは所有者の全く任意になしうるところであり、これを右強制執行の一環として同一の手続内でなすものでない限りこれを違法ということができないことはこれまた当然である。

前記認定の事実によれば、本件強制執行は明らかに建物明渡しの点に限って実施され明渡しの終了とともに執行は終了したものであり、原告は右執行が終了したのちに建物の解体・収去の作業をなしているのであるから、これをもって違法ということはできない。

被告本人尋問の結果によれば、被告は本件強制執行により長年住み慣れた家屋から退居させられるや直ちにその解体・収去されるのを目の当たりに見て動揺を受けた経緯を認めることができるのであるが、しかし原告の任意になした右解体・収去の作業を違法なものと認め得ない以上、これを不法行為として原告に損害賠償を求める被告の請求は理由がないものといわなければならない。

3  よって被告の反訴請求は失当として棄却を免れない。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求については、被告に対し金一四万円及びこれに対する昭和四七年五月一六日(本訴の訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかである。)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容しその余は棄却することとし、被告の反訴請求についてはこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村正人)

<以下省略>

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