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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)8244号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

三原告らは、本件の近接照射を実施するに際し、被告山下は、適切な指示を与え照射距離を二センチメートルとするか、あるいは照射時間を各一八時間より短時間にするべき注意義務があつた旨主張するところ、被告らは、右注意義務の存在を否定し、本件の近接照射において照射距離一センチメートルで各一八時間の照射をすることも治療方法として相当であり、治療効果を高めるうえで皮膚障害の発生はやむを得ない副作用で医学上許容さるべきものである旨抗争するので、更にこの点について検討を加える。

1 前記認定の事実<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 腫瘍(皮膚線維肉腫は腫瘍の一種である)に対する放射線照射療法は、体内に存在する腫瘍細胞に向けて放射線を照射し、その破壊力によつて腫瘍細胞を死滅させる療法であり、外科手術による腫瘍摘除後の再発予防措置としてこれが実施されるのは、摘除手術によつて取り切れずなお体内に残存し、後に増殖して再発の原因となる腫瘍細胞に対する攻撃を目的とするものである。

しかして、一定線量(治癒線量)に達するまでは、放射線量が増えるほど腫瘍細胞に対する治療効果も高まるが、他方放射線はこれを受ける腫瘍細胞以外の健常組織に対し、必ず反応ないし障害を与え、照射線量の増大に伴つて難治性の慢性障害発生の可能性が増加することになる。そこで放射線照射療法を行なう医師は、対象となる腫瘍の生命に対する危険の度合い、その腫瘍の治癒線量(それ以上の線量を与えても、治癒率が殆んど増加しない最高限度の一定線量をいい、その値は腫瘍の種類によつて異なる)及び吸収線量による健常組織の障害発生率等を比較較量したうえ、妥当と思われる照射線量を定め、これに従つて照射距離、時間等を決定し、通常遠距離照射と近接照射(間隔照射)を併用して行なつている。

(二) ところで、皮膚線維肉腫は皮膚線維の存在する部分に発生する悪性腫瘍であつて、原告松沢の隆起性皮膚線維肉腫は、手術によつて摘出しても再発しやすい腫瘍であり、特に再発症例の場合、癌専門病院で拡大手術を行なつても、二九ないし七〇パーセントの割合でさらに再発を起すことがある。本症の経過期間は悪性腫瘍のうちでは長い方であるが、再発を繰返すと病巣が次第に深部に湿潤し、手術創が破れ、化膿菌の混合感染が起り、腫瘍は骨、内臓にまで浸潤し、遂には死の転帰に至ることになる。また再発を繰返すことにより腫瘍の生命に対する悪性度が大となり、進行が早くなる。

現在の医学水準では、皮膚線維肉腫の再発予防は、徹底した再手術、ことに皮下深部と腫瘍の周囲を大きく切取る拡大手術を行なうことを要するとされているが、拡大手術の普及が不充分であつた昭和四五年頃の水準では、術後に放射線照射を行なうべきものとされていた。皮膚線維肉腫は極めて放射線抵抗性の高い腫瘍であるので、その治療及び再発予防のためには六〇〇〇ラド以上八〇〇〇ラド以下の線量を照射することが必要と考えられた。

(三) 他方、放射線照射による皮膚反応は必らず生ずるものであり、その程度により、単なる紅斑のように臨床的な症状は現われるが病理的には無症状といえるものと、乾性あるいは湿性の放射線皮膚炎のように病理的症状として現われるものとがあり、その境界は臨床的閾値といわれる。放射線障害として問題となるのは、右閾値を越えた障害であるが、健康な皮膚組織であれば、一旦は閾値を越える反応を起しても、主に軟こう塗布による保存治療によつて、二、三週間ないし一か年程度の日時の経過により閾値以下の反応に復帰する経過をたどる(急性反応)。しかし、照射線量が非常に多量である場合、あるいは皮膚が感染や手術等による外傷のストレスを受けた場合もしくは放射線照射後に右のようなストレスを受けた場合には、日時の経過によつても皮膚反応が閾値以下に復帰せず、慢性障害すなわち難治性の潰瘍に移行し、一般的に不可逆的になり治療が困難となる。

そこで、放射線照射療法を行なう場合、対象となる腫瘍の放射線抵抗性が高く多量の治癒線量を必要とするときには、放射性皮膚炎等急性反応の発生の可能性を見込んで照射線量を決定し、急性反応は後の軟こう治療等によつて治すことを予定して、照射を行なうことがある。この場合においても照射線量が増大するほど慢性障害発生率が高くなり、逆に照射線量を減少させれば、腫瘍の治癒率は低下する。

放射線照射による反応が慢性障害に移行せず、軟こう療法等によつて治癒する程度の最高線量(組織耐容線量)は、部位やストレスを加えられたことの有無等の条件によつて一概には決まらない(本件において、原告松沢の照射部位に対し、被告山下及び大蔵医師も右のような点を総合考慮のうえ妥当な放射線量を決定したものである)。本件照射線量を一回等価線量(他との比較のため、一定期間に照射された線量が照射部位に対して与えた影響力を一回の照射で与えたと仮定した場合の線量)に換算すると、腫瘍への効果が三三三〇ラド、皮膚への効果が二四四〇ラドとなり、子宮頸癌の場合における健常組織(膀胱、直腸ともに耐容線量は皮膚と殆んど差がない)の慢性障害発生率と比較してみても、本件照射線量以上の線量を皮膚に照射した場合の慢性障害発生率は、約18.5パーセントであるとの推定が可能であり、本件照射線量は特に過剰な線量とはいえない。

(四) 本件の放射線照射によつて生じた原告松沢の皮膚障害は、前認定のとおり浅い潰瘍を伴つた放射性皮膚炎であるが、右皮膚障害は、前田医師による切除手術前には、皮膚炎部と周囲の健康皮膚部分との間のほぼ全域にわたり乳白色の新らしい表皮の増生が見られ、反応の周囲より自然の治癒機構が強く窺われる状態であつた。したがつて、その治療方法は、適切な局所安静と軟こう療法により、新らしい皮膚の成育を助長することが必要であり、かかる療法によつて二か月ないし三か月後には九〇パーセント程度の範囲が治癒しえたはずである。なお一部が治癒しない場合、右時期において植皮を伴なう切除手術を行なうべきであつて、このためになお二か月ないし三か月の入院加療を必要とすることになる。

原告松沢の皮膚障害が、現実には右の程度の療養期間内に治癒せず、長期の療養期間を必要とした原因は、放射線照射療法施行前の数回にわたる腫瘍摘出手術の影響、腰部という治療のため不利な部位であることのほか、前記のように軟こう療法を行なうべき時期に不完全な切除手術が行なわれたため、その刺戟がストレスとなつて潰瘍を形成し、慢性障害に移行したものと考えられる。

右のような事実を認めることができる。<証拠>

2 以上認定の各事実を総合して考えると、本件は、再三にわたり再発を繰返していた原告松沢の皮膚線維肉腫に対し、その摘出手術後の再発予防措置として、皮下深度0.5センチメートルにおける組織吸収線量が七六〇〇ラドとなる程度の放射線照射を行なつたものであるが、前認定にかかる皮膚線維肉腫再発の生命に対する危険性、その治癒線量、皮膚障害の推定療養期間及び慢性障害発生率などからみて、右放射線量は医学的に許容さるべきものと解するのが相当である。したがつて、本件小線源近接照射において照射距離を一センチメートルとし、照射時間を各一八時間とした措置も医学上不適切であつたとはいえない。

(土田勇 横山匡輝 石原直樹)

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