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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9653号 判決 1978年1月31日

原告 小林繁夫

被告 株式会社城北タイル

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(主位的)

1 原告は被告に対し左記内容の委任契約上の地位があることを確認する。

(一) 受任内容

(1)  税務に関する申告書、申請書等の作成および右申告、申請に関する相談

(2)  会計業務に関する相談および会計諸資料の作成

(3)  経営に関する相談ならびに資金繰等に必要な書類の作成

(二) 報酬

(1)  金額 毎月三万五〇〇〇円

(2)  支払期日 毎月末日

2 被告は原告に対し昭和四七年九月一日以降昭和五二年一一月二九日まで毎月末日限り一か月金三万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 右2に限り仮執行宣言

(予備的)

1 被告は原告に対し金一六〇万八三三四円および右金員に対する昭和五〇年六月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の主張

(税理士顧問契約の存在)

1 原告は税理士資格を有するもので、昭和四六年一一月八日主としてセラミツクタイルの販売を業とする被告の設立と同時に同社との間に次の内容の税理士顧問(委任)契約(以下、「本件顧問契約」という。)を締結した。即ち、

(一) 受任内容

(1)  税務に関する申告書、申請書等の作成および右申告、申請に関する相談

(2)  会計業務に関する相談および会計諸資料の作成

(3)  経営に関する相談ならびに資金繰等に必要な書類の作成

(二) 報酬額

毎月金三万五〇〇〇円(但し、昭和四七年三月までは毎月金二万円)。

(本件顧問契約の解除)

2 被告は、昭和四七年八月二一日原告の立会のもとに行なわれた同社の税務調査が無事終了した際、原告に対し本件顧問契約を昭和四七年八月末日をもつて解除する旨の意思表示をし、同年九月以降本件顧問契約上の報酬を支払わない。

(右解除の無効)

3 被告の右解除は次の事由により無効である。

(一) 本件顧問契約を含む税理士顧問契約は、民法上の委任契約とは異なる無名契約であつて、民法上の委任に関する規定特に民法六五一条一項の右契約への準用はその性質に反し許されない。右契約は法律上その継続を期待しえない重大な事由のある場合以外その解除はできないと解すべきである。けだし、本来民法の委任の規定特に民法六五一条一項は委任契約が無償を前提とするという沿革に基づくものであり、現今の社会、経済上の変化、即ち知的、専門的労務の提供に対し有償を当然と考えることが一般化したことにより、同条項を制限的に解する考え方が有力化したこともさることながら、税理士顧問契約の場合は、まず顧問税理士の業務が税理士法により納税義務の適正実現と納税道徳の高揚を使命とし、その業務等に対し広範な規制特に脱税相談等の禁止を中心に信用失墜行為の禁止、守秘義務、報酬額の制限等が課され契約の自由が制限されていること、また、顧問税理士の委嘱される業務自体が租税に関する通常の事務以外にそれと相互不可分に関連するため、財務、金融、労務、経営分析等企業の全分野に及んでおり、その業務を善良な管理者として遂行するためには顧問会社の業務に継続的、包括的に携わつてその内容を把握しておく必要のあることの各特質があり、その税理士顧問契約の解除に民法六五一条一項を準用することは特に脱税相談等の禁止の実質的保障や税理士の地位の安定から考え到底許されない。

(二) 仮りに税理士顧問契約が民法上の委任契約に当るとしても、右契約は「受任者ノ利益」をも目的としているから、民法六五一条一項による解除はできないと解すべきである。けだし、右条項は無償委任の場合にはその合理性があるが、本件においては原告は受任に基づき被告に報酬請求権を有する関係にあるから、その報酬を受けるという利益を単に雇傭より人的信頼関係が強いというだけで委任者の恣意により剥奪することは受任者の経済生活を不安定にし不都合である。また、ひいては受任者は契約の解除を避けるため委任者に迎合し、脱税相談等にすら応じなければならなくなるといつた弊害をうむことにもなる。

仮りに一般論として報酬の存在そのものは受任者の利益に当らないとしても、本件の場合は、原告は設立間もない被告のために本来の業務に対する正当な報酬より低廉な顧問報酬に甘んじて将来の被告の発展に応じて報酬額の引き上げを求めその不足分を填補していくという特殊な利益をも有するから、本件顧問契約は受任者の利益をも目的とするものというべきである。

(三) 仮りにそうではないとしても、原被告間には次のような事情から本件顧問契約を一方的に解除しない旨の明示または黙示の特約がある。即ち、被告は、訴外淡陶株式会社(以下、「淡陶」という。)の特約店を長年やつていた訴外株式会社磯十商店(以下、「磯十商店」という。)の所謂第二会社として設立されたものであるが、原告は昭和四六年一〇月一日訴外山磯タイル株式会社(以下、「山磯タイル」という。)を介して磯十商店の代表取締役訴外加藤幾晴(以下、「加藤」という。)に会い、同人から磯十商店が倒産に瀕しており淡陶から融資を受けたいので助力して欲しい旨の依頼を受けて淡陶と交渉したが、淡陶も業績不振等の事情のため融資は得られず、淡陶の主張した第二会社方式は磯十商店が難色を示す等なかなか交渉はまとまらなかつたが、結局磯十商店、淡陶が共同して同額を出資し、役員も磯十商店三名、淡陶四名と按分し、加藤は二、三年したら新会社の代表者にすることを骨子とした案がまとまつた。右交渉の過程で磯十商店側の希望として右基本構想の実現のためにも第三者として原告が顧問となつて業務に携わることを必須条件としていたし、淡陶側の実質上の交渉担当者訴外田中稔久(淡陶取締役、企画管理部長兼事業部長)も原告を信頼できる有能な税理士と認め、被告に永く留まつて欲しい旨の希望を述べていたのである。

また、税理士の業務は前記(一)のとおり包括的、継続的なものであり、一般に当事者間に契約関係を維持することを困難ならしめる特別の事由がない限り解除は行なわないという事実たる慣習がある。

(四) なお、税理士顧問契約の解除に当つてその理由を示さなくてもよいとすれば、脱税相談に応じない税理士を委任者が顧問税理士から辞めさせることすら可能になり、税理士制度自体の崩壊にもつながり、到底許されない。

(五) 以上(一)ないし(四)の事由により無理由解除は許されず、信頼関係を破壊するような重大な事由のある場合にのみ理由を示して解除できると解すべきところ、原告は本件顧問契約に基づき被告代表取締役米澤徹に協力し、被告の会計業務、税務業務、経営相談等にわたり誠実にその職務を遂行し、その関与日数は被告の営業日数のほぼ七割にも達するほどであつて、その業務につき感謝されこそすれ全く被告との信頼関係を破壊するような事情はなかつた訳であるから、被告が述べたような原告が山磯タイルの推薦の者だというような理由にならない理由では本件顧問契約の解除はできない。

(六) 仮りに民法六五一条一項による解除が可能としても、被告の解除権の行使は次の事情があるから、信義に反するもので権利の濫用に当り無効である。即ち、被告は磯十商店と淡陶とが共同して設立し、将来加藤に実権を持たせるという基本構想のもとに運営されていたのに、淡陶側はそれに反し磯十商店関係者を次第に排除し、原告まで排除しようとしたものであること、および、原告が被告の経理に関し被告代表取締役米澤徹に対して昭和四七年二月ころ被告の社員訴外加納春雄に対する給与の支払い等に関し税務処理を注意し、同年六月二〇日ころ被告が必要もないのに淡陶のために同社の滞貨製品を多量に仕入れ、その代金決済のための約束手形に対する利息を支払つたり、右製品を保管するために新たに倉庫を賃借する等して不必要な費用を支出することを注意したことから、原告がいては被告の経理、経営が意のままにならないと判断して原告を排除するようにしたこと等の各事情である。

(予備的請求原因)

4(一) 仮りに解除が有効であるとしても、被告は原告に対し本件顧問契約を一方的に解除しない旨の契約上および信義則上の義務を負つていたのであるから、右に違反して行われた解除により原告の被つた損害を賠償する義務がある。なお、右のように解することは、瑕疵ある法律行為の効果は二者択一のものではなく相対的なものであるから、解除はできるがそれに基づく損害は賠償しなければならないと考えうるから合理性がある。

(二) また、本件解除は、原告が被告の設立直後という事情を考え将来の事業の発展に応じて長期にわたつてその不足分を填補することを見込んで低廉な報酬に甘んじ、被告の委嘱に応じるため新たな事務員を雇用し、事務所のスペースを拡張したりして事務態勢の強化に努めると共に、他からの関与依頼を辞退までしたのに、その不足分回収の利益を喪失させ、原告の事務所の経営基盤を危殆に瀕させるものであつて、民法六五一条二項の「不利ナル時期」における解除に当る。

(三) 更に、民法の請負には民法六四一条に注文者の解除による損害賠償の規定があるところ、右は注文者の都合による一方的解除とそれに対する請負人の工事完成を目指し現実に出資した損害との公平な調和を図るために設けられているもので、この理念は同じような当事者の利害の対立状況が生じた場合にも当然準用されべきである。本件顧問契約の場合の被告の一方的解除と原告の契約関係が継続することを予定して現実に無償労働をしたことによる損害との間にも、前同様の利害対立が考えられるから、右規定を準用して被告に原告の損害を賠償する責任を負わせるべきである。

(四) 仮りに以上の契約上の責任が認められないとしても、被告の本件解除は前記3(六)で述べた事情のもとに故意に原告を排除しようとして行なわれたものであり、それにより原告は前記3(二)で述べたように顧問を継続することにより契約当初の不足分を回復する利益を失つたのであるから、被告には不法行為上の責任がある。

(五) 以上(一)ないし(四)の理由により被告が賠償すべき原告の損害は次のとおりである。(なお、原告が実際に被告のために行なつた業務を金銭に換算して算出した報酬等、即ち出張日当、税務会計顧問料、経営顧問料、相談料、経費の合計額は既払分を控除しても金二四一万五八六九円になるが、本件での損害額は日本税理士会連合会の報酬規定に基づいて算出した。)

(イ) 顧問報酬 金五〇万円

内訳 税務顧問報酬 月額金二万円

会計顧問報酬 月額金一万円

記帳代行報酬 月額金二万円

期間 昭和四六年一一月から昭和四七年八月までの一〇箇月間

(ロ) 決算料報酬 金八万円

内訳 月額金二万円

期間 四箇月

(ハ) 日当 金一二七万円

内訳 日額金一万円

日数 一二七日

以上(イ)ないし(ハ)が通常当然に受けることのできた報酬額であり、その合計額金一八五万円から被告の既払分金四四万一六六六円を控除すると、金一四〇万八三三四円となり、これが原告の被つた損害となる。

また、(一)、(四)の理由に基づく請求については、被告の一方的解除により原告は自己の能力や行為に関する社会的評価を失墜し、ないしその危険を被つたため精神的に多大の苦痛を受けたので、その慰藉料として金二〇万円を併せ請求する。

(結論)

5 よつて原告は被告に対し主位的に委任契約上の地位の確認と報酬の支払いを、予備的に債務不履行、解除による損害賠償、不法行為に基づき金一六〇万八三三四円(但し、4(二)、(三)の場合は金一四〇万八三三四円)および右金員に対する右予備的請求の申立の翌日であつて右不法行為の日の以後の日である昭和五〇年六月一七日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の主張

1  原告の主張1、2の事実(但し、本件顧問契約の法的性質については後記2のとおり)は認める。

(本件解除の正当性)

2(一)  本件顧問契約は原告の高度の専門的知識による税務および会計に関する事務処理そのものを目的とした典型的な委任契約であり、その解除は民法六五一条一項により何時でも理由を述べずに解除できる訳で、原告の請求は失当である。

(二)  原告の主張3(一)は争う。税理士顧問契約が企業の税務会計事務全般を包括的にその対象とし、経営への助言をすら求められるとすれば、それは最高度の人的信頼関係が必要なはずであり、何らかの理由で企業がそれが失われたと判断すれば何時でも解除できて当然である。自己の欲しない者に企業の内情を知られたり経営への助言を求め続けなければならない必然性は毫もない。

(三)  原告の主張3(二)の主張は争う。受任者の利益とは委任事務と直接関係のある利益をいい、単に報酬の定めがあるだけでは受任者の利益をも目的としているとはいえない。被告が原告に支払つていた報酬は、原告の他の顧問会社の報酬に比しても決して安価ではなく、本件解除は被告の事業年度の法人税申告を終りその報酬として金一六万六六六六円を支払つた後である。また、原告は当時他に一一社も顧問会社を持つており経営基盤が危くなる訳がない。仮りに脱税相談を拒否したため解任される場合があつても、他の全ての税理士もそれを拒めば解任した方の意図は達せられず何ら不都合は生じない訳であるから、それは税理士の倫理の問題である。

(四)  原告の主張3(三)の特約の存在は否認し、同3(四)の主張は争う。

(五)  原告の主張3(五)は否認する。被告は民法六五一条により無理由で解除できると解するが、一応解除の理由を事情として明らかにすると次のとおりである。即ち、原告は被告の顧問になる前から山磯タイルの顧問をしていたところ、被告を退社した加藤が同社に入社し、それと同時に同社は加藤に旧磯十商店の建物でタイル販売を担当させたのであつて、右旧磯十商店の建物と被告とは徒歩数分の至近距離にあり、もともと被告は磯十商店の得意先を基盤に営業していたのでそれと競合しかねない状況になつた。そこで被告は原告から得意先その他の企業秘密が万一漏れては困るので、原告に山磯タイルの顧問を辞めてもらうべくその報酬分の報酬の上積みをも提示したのに、原告がそれに応じなかつたことによるものであつた。また、仮りに右の点を除いても、原被告間の信頼関係は次の事情のため破壊されていたものである。即ち、原告は安価とは考えられない報酬額を低廉なものと考えていたこと、原告は被告との関係を委任では律しきれない程被告に深く関与していたと思つていたこと、原告は被告の事務処理に当り少くも設立から昭和四七年八月まで大半を被告のために費したと過信していたこと、原告は加藤らの被告からの退社を不正と考えていたこと等の各事情である。

(六)  原告の主張3(六)は争う。被告の役員の構成が当初の構想と異なつてもそれを目して不正不当とはいえない。むしろ、そのように感じている原告に被告の税務会計や経済の指針造りを委せねばならない理由はどこにもない。

3  原告の主張4は否認し、同5は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  原告の主張1、2の事実は当事者間に争いがない(但し、本件顧問契約の法的性質は除く。)。

二  そこで原告の主張3(一)、(二)、(四)(被告の主張2(一)、(二)、(三))について判断するに、前記当事者間に争いのない事実、ならびに成立につき当事者間に争いのない甲第四、第六、第八、第一四(但し、日付部分は原告本人尋問の結果により成立を認める)、第二四(但し、原本の存在とも)、第二八号証、第二九号証の一、二、第三一、第三二号証、第三七号証の一ないし三、乙第一号証、第三号証の一、二、第四号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一〇号証の一、二、同号証の三の一ないし四、同号証の四、第一一、第一二号証、第一三号証の一ないし五、第二二号証、第二三号証の一の一ないし六(但し、第二三号証の一の五のうち官公署作成部分の成立は当事者間に争いがない。)、第二七号証、第三三号証の一、二、被告代表者米澤徹本人尋問の結果により成立の認められる甲第二三号証の二ないし四、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三五、第三六号証、原告、被告代表者米澤徹本人尋問の各結果によれば、原告は昭和四四年三月に税理士資格を取得し、昭和四六年一一月から被告(但し、当時の商号は磯谷タイル株式会社、昭和四七年一〇月一日商号変更により現商号となる。)の顧問税理士をしていたもので、被告は昭和四六年一〇月二五日銀行取引停止処分を受けて倒産した磯十商店の所謂第二会社として同年一一月八日に設立された資本金三〇〇万円、専従社員八名のセラミツクタイルの販売を目的とする会社であること、原告が被告と本件顧問契約を締結するに至つた経緯は、原告の顧問会社であつた山磯タイルを通じタイルの製造、販売会社である淡陶の特約店であつた磯十商店の代表取締役加藤を紹介され、同人から資金繰りに行き詰つた磯十商店のため淡陶から融資をしてもらうべく交渉するのに助力してくれるよう依頼されて、同人と共に淡陶東京支店に交渉に行つたことが契機となり、交渉の結果、昭和四六年一〇月一九日頃融資でなく磯十商店、淡陶の共同出資による第二会社として被告が事実上磯十商店を承継することになり、原告は一方では昭和四六年一〇月一八日から同年一二月にかけて倒産した磯十商店の清算委員会の依頼を受けて磯十商店の現金、手形小切手の管理、代表印の保管等の清算事務に携わると共に(この関係の報酬は右委員会から別途支払われている。)、被告の設立のための諸手続をなし(設立手続の報酬としては金八万八八〇円が支払われている。)、被告の顧問税理士となつたこと、原被告間の本件顧問契約の内容は当事者間で明確な話し合いはなかつたものの、原告が実際に行つていた業務は法定の税理士の業務(税理士法二条)のほか、被告の経営に関する相談やそのための参考資料の作成等に及び、また、原告は自ら被告代表者らと会合を持つと共に被告の取締役会にもほとんど出席し経理等に関し説明や発言を行つていたこと、右仕事の内容を分類すると法定の税理士の業務以外の事務がはるかに多かつたこと、原告は被告に専従していたものでなく他に一〇数社の顧問会社を持つていたこと、原被告間で特に話し合つて本件顧問契約の期間を定めたことはなく、その報酬は税務代理、税務書類を作成した分は独立に報酬を支払い、それ以外の被告の日常業務の過程での相談等の顧問報酬としては昭和四六年一二月頃に話し合いのうえ月額金二万円(但し、昭和四七年四月からは被告の申出により金三万五〇〇〇円となる。)が支払われていたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件顧問契約は、法定の税理士の業務の外に、いわゆる経営コンサルタント的な仕事を非専従の形で委託していたものであり、仕事の内容からいうと後者の仕事の委託の方がはるかに大きなウエイトを占めていたことが認められる。そうすると、原被告間の法律関係は、委任であるが、それはただ法定の税理士の業務の委託にとどまるものではなく、経営相談にわたりこのウエイトが大きかつたのであるから、当事者間の強度の人的信頼関係を基礎としている委任といえるものである。

それで、つぎに、契約解除の効力について検討するに、民法のうえで委任は各当事者が何時でも解除することができると定めているが(民法六五一条一項)、委任にはそれが専ら委任者のための契約である場合や、受任者の利益にもなる場合があり、報酬の定めの有無、任期の有無等種々の形態のものがあるので、一律に右委任の解除の規定を適用するのは相当でないが、有償委任の場合や委任が受任者の利益をも目的とする場合であつても、当事者間の強度の信頼関係を基礎としているときには、信頼関係を失なつたとする当事者間に契約を継続させるというのは無理なことであるので、特に任期の定めがないかぎり右民法六五一条の適用があり、何時でも、已むを得ない事由の存することを要せず、またその理由を明示するを必要としないで、解除(告知)できると解するのが相当である。(もつとも、受任者が専従である場合には、雇傭契約的な色彩が加わり、受任者の利益を保護するという要請から、解除について一定の制約があると解する余地がある。)ところで、本件の場合、前認定のとおり、顧問契約の内容は、法定の税理士業務の委託というより、経営相談の委託のウエイトが大きいものであり、当事者間の強度の信頼関係を基礎としている委任であり、被告に専従して委任を受けたものではなく、また任期の定めもないから、民法六五一条により、委任者である被告は何時でもその理由を明示することを要せず解除できるというべく、本件解除は有効である。原告が被告の設立当初からの経営に継続的に関与してきているという事実も、右解釈の妨げとなるものではない。

なお、原告の主張3(一)のうち、税理士法による税理士業務の規制は直接委任者との関係を定めたものではなく、右規制が委任者との委任契約の性質まで変更するとは考えられないこと、税理士業務の特殊性は確かに長期にわたり委任関係が継続した方が税理士の利益にはなろうが、そうだからといつて契約の継続を欲しない委任者が無理にでも税理士への委任契約を継続しなければならないとは考えられないことから到底採用できず、原告の主張3(四)も税理士の業務に対する正しい説明と認識があれば生じない問題と考えられ、税理士への委任の場合に一率に民法六五一条の適用を排除しなければならない理由とはならない。

三  次いで、原告の主張3(三)、(五)、(六)(被告の主張2(四)、(五)、(六))について判断するに、前記各認定事実、ならびに前顕甲第四、第六、第二二、第二四号証、成立につき当事者間に争いがない甲第一ないし第三号証、第五号証の一、二、第二八号証、第三〇号証の一、二、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第九号証、被告代表者米澤徹本人尋問の結果により原本の存在と成立の認められる乙第二号証、証人田中稔久の証言、および原告、被告代表者米澤徹本人尋問の各結果によれば、原告は山磯タイルの顧問税理士をしていたところ、昭和四六年九月頃、同社代表取締役加藤渉から同人の兄の経営する淡陶の特約店である磯十商店(なお、山磯タイルは磯十商店の工事部門が独立したものである。)が資金繰りがうまく行かず倒産しそうだからみてくれと兄加藤(幾晴)を紹介され、同人から淡陶の融資を取りつけるのに、助力して欲しい旨の依頼を受けて同社の経理等を調査したうえ加藤と共に淡陶東京支店に交渉に行つたこと、交渉は主に原告と淡陶取締役企画管理部長田中稔久との間で行われ、磯十商店の求めた金三〇〇〇万円の融資は淡陶に同社の信用状況がその程度の融資では再建不可能な程悪いし、淡陶も業績が思わしくないと拒否され、淡陶の出した第二会社方式を検討することになつたが、出資割合をめぐつて意見が対立したりしたものの結局昭和四六年一〇月一九日、出資額磯十商店側金一五〇万円、淡陶金一五〇万円、役員数磯十商店三名(うち監査役一名)淡陶四名(うち一名監査役)、代表取締役は当初淡陶から出向する米澤と加藤の縁者前田義一とするが二、三年後には加藤を新会社の代表取締役にすることで双方の合意ができ、原告も右交渉に関与した経緯から新会社の顧問税理士になるようになつたこと、原告は昭和四六年一〇月一八日、磯十商店が手形不渡を出した当日清算委員会の委任を受けて同社の清算事務に関与すると共に(同社は同月二五日銀行取引停止処分により倒産)、淡陶、加藤の委任を受けて磯十商店から第二会社への営業、業務の引継ぎの事務や第二会社の設立準備に当り、昭和四六年一一月八日被告の設立と同時にその顧問税理士となつたこと、原告は被告の顧問税理士として設立当初の混乱した事務の処理を経て、徐々に被告の運営が軌道に乗つて来てからは税務、会計、経営相談等の業務を処理したが、その間顧問税理士の立場から昭和四七年二月に淡陶の出向社員の給与に関する税務上の問題につき、同年六月に被告が淡陶から依頼されて多量のタイルを仕入れた件につき被告代表取締役米澤徹に注意したことがあるが、特に原被告間に意見の対立はなかつたこと、なお、昭和四七年三月二六日加藤が、同年四月七日前田義一と監査役坂口祐子が各退社、辞任して磯十商店関係者が被告を辞め、加藤はその後被告の近くで「山磯タイル販売部」と称してタイルの販売を始めたが、直接被告の業績に影響はなかつたこと、被告は原告が山磯タイルの顧問を兼ねているので加藤の件で事業が山磯タイルと競合しかねなくなつたことから、原告から万一にも被告の企業秘密が山磯タイルに漏れては困るとの理由で原告を解任したこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する原告、被告代表者米澤徹の供述部分はにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、当初の交渉経過は原告の主張3(三)に副うものがあるが、加藤が原告の関与を必須条件としたり、田中稔久が原告への委任を解除しない旨言明したとの主張に副う事実は存しないというべきであり、他に黙示の特約を認むべき事情もなく、そうであれば原告の右主張は理由がない。なお、税理士顧問契約は長期にわたり解除できないとする事実たる慣習を認むべき証拠もない(証人井澤雄蔵の証言、原告本人の供述部分中に税理士顧問契約が通常長期にわたる旨の部分があるが、そのことと解除できないこととは別問題である。)。原告の主張3(五)は前提を欠くので判断するまでもない。

原告の主張3(六)については、確かに、被告の役員の構成が当初の基本構想と異なつたこと、原告が被告代表者米澤徹に対し出向社員の給与の税務上の問題や淡陶からの大量仕入れの件について意見を述べたことは認められるが、前者は基本構想に反することが直ちに不正とはいえず、後者も淡陶と被告との関係から考えて被告の代表取締役の処置が不当であるといえるものとは考えられず、他に信義に反すると認められる事実もない。そうであれば右主張も理由がなく、結局原告の主位的請求は理由がないことになる。

四  原告の主張4(一)、前記のとおり被告は原告に対し契約を一方的に解除しない契約上および信義則上の義務を負つていたとは解されないので、前提を欠き失当である。

原告の主張4(二)について判断するに、確かに原告本人尋問の結果によれば、昭和四七年二月頃事務員一名を雇用したこと、他から関与依頼のあつた一社を辞退したことは認められるが、委任事務処理自体に直接関連するものとは認められず、それに前記認定事実によれば、昭和四七年二月頃は原告は磯十商店の清算や引継ぎの事務もまた被告設立当初の輻輳した事務の処理も終了した時期であつて、被告の事務処理だけのために事務員を雇用する必要はなかつたと認められ、その他受任者のために不利な時期に解除したことを認めるに足りる証拠はない。

原告の主張4(三)について判断するに、本件顧問契約は、前記認定のとおり委任契約の性質を有するもので、特に請負契約に関する規定を類推すべき根拠はないから、右主張は理由がない。

原告の主張4(四)につき判断するに、前記認定事実によれば、原告の主張に副う事実は認められず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。そうであれば原告の予備的請求も理由がない。

五  以上のとおり原告の請求は全て理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田二郎 矢崎秀一 有吉一郎)

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