東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9988号 判決 1973年9月11日
原告 今井毅輔
右訴訟代理人弁護士 桑田勝利
被告 株式会社富士銀行
右訴訟代理人弁護士 山根篤
同 下飯坂常世
同 海老原元彦
同 広田寿徳
同 竹内洋
同 馬瀬隆之
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(原告の申立)
一、被告は原告に対し金六〇万円およびこれに対する昭和四七年一二月五日以降支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、仮執行の宣言
(被告の申立)
主文と同趣旨の判決
(請求原因)
一、原告は訴外千代田商事株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、別紙目録記載約束手形金債権を有するところ、同社は原告に対する右約束手形に基く支払を拒絶し、それによる不渡処分を免れるため、社団法人大阪銀行協会に提供する目的で、昭和四七年六月三〇日ごろ金六〇万円を被告銀行九条支店に預託した。
二、原告は前記約束手形金債権を被保全権利として、訴外会社の被告に対する右預託金返還請求権につき、浦和地方裁判所川越支部に仮差押命令の申請をして同裁判所の仮差押決定を得、その正本は昭和四七年七月一九日第三債務者たる被告に、また同月二一日債務者たる訴外会社に各送達された。
三、ついで、原告は訴外会社を被告として、前同裁判所に対し右約束手形金請求の訴を提起し、勝訴判決を得た。
そこで原告は右判決を債務名義として、大阪地方裁判所に対し前記仮差押にかかる訴外会社に対する預託金返還請求権につき、差押および転付命令の申請をしたところ、同裁判所は昭和四七年一一月一一日差押および転付命令の決定をし、その正本は同月一八日被告および訴外会社に送達された。
四、よって原告は右転付命令に基き被告に対し前記預託金六〇万円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四七年一二月五日以降支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
請求原因事実は、第二項の仮差押決定正本および第三項の差押、転付命令の決定正本が訴外会社に送達されたとの点を除き、すべて認める。右各送達の事実は知らない。
(抗弁)
一、被告は訴外会社に対し、昭和四六年九月二七日金五〇〇万円を次の約定の下に貸付けた。
利息 月七厘三毛
弁済方法 昭和四六年一〇月から同五一年九月まで六〇回の割賦により毎月二七日元利合計金一〇万三〇〇〇円宛支払うこと
遅延損害金 年一割四分
期限の利益喪失約款(契約書第四条)
1.訴外会社が次の各号の一に該当した場合には、被告からの通知、催告がなくてもこの契約から生ずる一切の債務について、当然期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する。
(1)仮差押、差押もしくは競売の申請または破産、和議開始、会社整理もしくは会社更正手続の申立があったとき
(2)租税公課を滞納して督促を受けたとき、または保全差押を受けたとき
(3)支払を停止したとき
(4)手形交換所の取引停止処分があったとき
(5)被告銀行に対する債務の一つでも期限に弁済しなかったとき
2.次の各場合には被告の請求によって、この契約によるいっさいの債務について期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する。
(1)訴外会社が被告とのいっさいの取引約定の一にでも違反したとき
(2)保証人が前項各号の一にでも該当したとき
(3)その他債権保全のため必要と認められるとき
相殺予約(契約書第五条)
期限の到来または期限の利益喪失約款1または2によって、この契約による債務を履行しなければならない場合には、その債務と訴外会社の預ケ金その他の債権とを期限のいかんにかかわらずいつでも被告は相殺することができる。
右によって相殺する場合、債権債務の利息、損害金等の計算については、その期間を計算実行の日までとし、利率は被告の定めによる。
二、訴外会社はその振出の約束手形が資金不足により昭和四七年六月一六日不渡返還されて翌一七日大阪手形交換所の不渡報告に掲載されるなど、資金繰が繁忙になり、信用度が著しく低下し、そのため被告は訴外会社に対する前記貸金債権を弁済期まで放置しておくことができなくなった。
そこで被告は訴外会社に対し、昭和四七年七月八日付内容証明郵便をもって、期限の利益喪失の通知をし、該通知は遅くとも同月一六日までに訴外会社に到達した。
三、かりに右主張が認められないとしても、原告の訴外会社に対する請求原因第二項の仮差押により、訴外会社は被告に対する前記借受金債務の期限の利益を喪失した。
四、被告は訴外会社との相殺予約の特約(契約書第五条)に基き、被告の訴外会社に対する貸金五〇〇万円中一部弁済額を控除した残金四四五万二四七三円の債権をもって、昭和四七年九月一二日訴外会社の被告に対する金六〇万円の預託金返還請求権と対当額において相殺した(但し、当時訴外会社は既に倒産して代表者が行方不明のため、同会社に対する相殺の意思表示はされていない。)。
五、仮に前項の相殺が認められないとしても、被告は昭和四八年三月二七日の本件口頭弁論期日において、預託金請求権の転付を受けた原告に対し、前記訴外会社に対する貸金債権をもって対当額において相殺する旨意思表示をした。
(抗弁に対する答弁)
一、抗弁第一項の、被告と訴外会社間の被告主張の消費貸借契約については知らない。
二、同第二項中、被告から訴外会社に対する期限の利益喪失の通知が、同会社に到達したことは否認するが、その余の事実は知らない。
三、同第三項の主張を争う。
被告主張消費貸借契約の期限利益喪失約款1.「被告から通知、催告等がなくても、この契約によるいっさいの債務について当然期限の利益を失い」とあるのは、例文として無効である。
四、同第四、五項の主張も争う。
訴外会社の被告に対する預託金は、手形の不渡届に対する異議申立を依頼するためのものであって、一定目的を有するものであるから、被告主張の訴外会社との相殺予約にいう訴外会社の預ケ金その他の債権に当らず、これを被告の反対債権をもって相殺することはできない。
(証拠関係)<省略>
理由
一、請求原因事実は、原告主張の仮差押決定正本および差押、転付命令の決定正本が訴外会社に送達されたとの点を除くほか、その余はすべて当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第一、二号証によれば、右各決定正本は原告主張のとおりいずれも訴外会社に送達されたことを認めることができる。
そこで以下に被告の抗弁につき判断する。
二、成立に争いのない乙第一号証と弁論の全趣旨とによれば、被告と訴外会社との間に抗弁第一項の被告主張のとおり消費貸借契約が成立したことを認めることができる。
三、前項認定から明らかなように、被告と訴外会社間の消費貸借契約の期限利益喪失約款(契約書第四条)1の(1)は訴外会社が仮差押の申請をされた場合には、被告からの通知、催告等がなくても、右消費貸借契約から生ずる一切の債務について期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する旨を約している。そうして、原告が浦和地方裁判所川越支部に対し、訴外会社を相手方として仮差押の申請をし、その決定を得たことは前記のとおりである。
したがって、訴外会社は被告に対する前記消費貸借上の債務について期限の利益を失い、直ちに全部について履行すべきことになったと言わねばならない。
原告は、被告と訴外会社間の期限利益喪失約款たる契約書第四条1は、例文として無効であると主張するが、そう解しなければならない理由はない。
四、被告は訴外会社との消費貸借契約中の相殺予約(契約書第五条)により、前項の貸金債権をもって同会社の預託金返還請求権と相殺し得るが、右相殺予約条項は被告の意思表示を要せずして相殺の効果が生ずることを定めたものとは到底解されないから、訴外会社に対する意思表示をしなかったことを自ら明らかにしながら相殺の効果を主張する被告の抗弁第四項は、それ自体理由がない。しかし訴外会社の預託金返還請求権について転付を受けた原告に対し、被告が昭和四八年三月二七日の本件口頭弁論期日においてした相殺の意思表示は、有効にその効力を生じたものと云わねばならない。
右相殺において自働債権に供された被告の金五〇〇万円の元利金債権は、相殺の意思表示当時既に一部弁済された残債権額は金四四五万二四七三円であったこと被告において自ら陳述するところであるから、右相殺の結果原告が転付を受けた預託金六〇万円の返還請求権は全額消滅し、また訴外会社の被告に対する借受金四四五万二四七三円の債務も、右と対当額において消滅して、残額は金三八五万二四七三円となったものということができる。
なお、原告は、被告の預託金返還債務はその訴外会社に対する貸金債権をもって相殺することはできないと主張する。すなわち、右預託金は訴外会社が被告に対して、手形の不渡届に対する異議申立手続を委託するためのものであって、一定の目的を有するから訴外会社の被告に対する預ケ金等一般債権と異なり相殺することはできないというのである。
成立に争いのない甲第五ないし八号証および弁論の全趣旨によると、手形債務者の依頼によって支払銀行が不渡届に対する異議申立をするには、当該手形金と同額の異議申立提供金を必要とすることが、手形交換規則上認められているため、手形債務者は支払銀行に異議申立手続を依頼するに際して、支払拒絶がその信用に関するものでないことを明らかにすると共に、異議申立提供金の見返り資金に充てる目的で、手形金と同額の預託金の交付を支払銀行から要求され、これに応じて右金額を預託するものであること、前記異議申立提供金も手形の支払拒絶が手形債務者の信用に関するものでないことを明らかにするためのものであって、これは後日一定事由の発生または一定期間の経過により必ず支払銀行に返還されるものであること、したがって手形債務者が支払銀行にした預託金も、当事者間に特約があれば格別、そうでない限り預託者に必ず返還されるものであること、が認められる。
右事実によれば、支払銀行の異議申立提供金は手形交換規則に基くものであり、手形債務者の支払銀行に対して交付する預託金は、両者間の不渡届に対する異議申立手続の委託契約に基くものであって、両者は別個の法律関係である。ただ手形債務者の預託金は、前述の目的、特に申立提供金の見返り資金の性質を帯びることから、その返還すべき時期は、支払銀行が提供金の返還を受けたときと解すべきであろうが、これも一般契約における期限の定めと異なるものではなく、その利益を受けるものにおいて放棄することのできるものと解される。したがって、右の返還請求権について、当事者間で相殺の予約をすることができるのは当然と云わねばならず、原告の主張は失当である。
五、以上の次第により、結局原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。
よって訴訟費用の負担について、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 真栄田哲)
<以下省略>