東京地方裁判所 昭和47年(刑わ)3527号 判決 1974年1月28日
被告人 甘粕祐三
大一二・三・七生 国鉄職員
主文
被告人を罰金一万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、日本国有鉄道東京南鉄道管理局田町電車区運転科長であるが、昭和四五年九月二五日午前八時五〇分ころ、東京都港区港南二丁目一番一九八号所在の田町電車区検修点呼場において、点呼終了直後、国鉄労働組合新橋支部業務部長篠原正雄(昭和五年六月二四日生)が前記電車区管理者の許可もないのに高さ約三一センチメートルの点呼台に上つて勤務中の国鉄職員たる多数の国鉄労働組合員らにスト妥結報告をしようとした際、同電車区区長丸山広弥において右篠原の行為を中止させようとして同人の前方よりこれを制止し同人を台より降ろそうとしたが同人がこれに応じなかつたところ、被告人において篠原の後方からいきなり両手で同人の腰背部付近を強く突いて同人を点呼台からその前方に転落させる暴行を加え、よつて、同人に約二〇日間の入院加療を要する第六頸椎棘突起骨折の傷害を負わせるに至つたものである。
(証拠の標目)(略)
(適条)
判示所為につき、刑法第二〇四条・罰金等臨時措置法第三条第一項第一号(刑法第六条・第一〇条により、昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)(罰金刑選択)
労役場留置につき、刑法第一八条
刑執行猶予につき、刑法第二五条第一項・罰金等臨時措置法第六条(改正後のもの)
訴訟費用負担につき、刑事訴訟法第一八一条第一項本文
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、(1)篠原が職員の勤務時間中に管理者の制止を無視し点呼台を占拠して組合集会を強行しようとしたのに対し丸山区長において前方から篠原の手を引いて同人の行為を中止させようとした際、被告人はこれに呼応して篠原の背後から手で押して同人を高さ約三〇センチメートルの点呼台からおろし、国鉄事業所の管理者として職場秩序が乱れるのを阻止しようとしたものであるから、その所為は可罰的違法行為の類型としての暴行の構成要件に該当しない、次に、(2)篠原が田町電車区長の許可なく田町電車区検修点呼場に立ち入り点呼台を占拠しストライキ集約の演説をしようとしたことは鉄道営業法第三七条および第三五条に違反したものであり、従つて、これを阻止すべく丸山区長に協力して篠原を台からおろすため有形力の行使をした被告人の所為は、同法第四二条に基づく職務行為であるから刑法第三五条により犯罪とならない、さらに、(3)篠原が勤務時間中の田町電車区職員を点呼場に残留させて勤務を欠かせたうえ点呼場と点呼台を多衆をもつて占拠し約一〇分間にわたり組合集会を強行しようとしたことは多衆の威力を利用して事業場および事業用点呼台を占拠して国鉄の業務を妨害しようとしたものであつて、明らかに刑法第二三四条の威力業務妨害罪に該当するから、かかる違法な篠原の業務妨害行為が正に実行されているのに対し、電車区区長に次ぐ管理者の地位たる運転科長の職にある被告人が、業務運営の責任を負う管理者として職場秩序を維持し、業務の正常な運営を確保するため、已むをえず、丸山区長に協力して篠原を点呼台からおろし同人の行為を阻止しようとしたことは正当防衛行為である、と主張する。
そこで前掲各証拠を総合して判断する。
まず、被告人の所為が可罰的違法類型としての暴行の構成要件に該当しないといえるかどうかについて考えるに、判示のように、被告人は点呼台上にいた篠原に対し声もかけずにいきなり後方から強く突いて同人を点呼台からその前方に転落させて同人に傷害を負わせたものであるから、主観的には職場秩序の乱れるのを阻止しようとするものであつたとしても、被告人の行為は明らかに傷害の構成要件に該当するので、この点に関する弁護人の主張は全く理由がない。
次に、被告人の所為が鉄道営業法第四二条による強制力の行使であつて職務行為であるといえるかどうかについて考えるに、なるほど本件篠原の行為は丸山区長の許可もなく点呼場の点呼台に上り、かつ同区長の制止に反して勤務中の職員たる組合員に対しスト妥結報告を行なおうとしたものであるが、篠原が上つた点呼台の存在した本件の点呼場は鉄道線路その他の輸送に直接必要な鉄道施設ではないこと、すでに点呼自体は終了していたこと、篠原の判示のような組合支部役員としての地位、同人が本件場所に立ち入つていた目的、同人が組合員らに報告しようとした内容はスト妥結報告であつたこと、なお同人が本件点呼場に立ち入つていたこと自体は管理者によつて禁じられていた形跡のないこと、篠原が報告をしようとしたその対象者は勤務時間中の職員とはいえその大部分は国鉄労働組合の組合員でありかつ自らの意思で本件点呼場に留まつていたと見る余地もあること等本件の具体的事情のもとでは、被告人の篠原に対する判示のような有形力の行使は鉄道営業法第四二条による強制力の行使とは認められず、従つて、被告人の所為が刑法第三五条により罪とならないとの弁護人の主張は理由がない。
さらに、被告人の所為が正当防衛であるか否かについて考えるに、本件における篠原の行為は、丸山区長の制止に反して点呼台に上りスト妥結報告名下に勤務時間中の国鉄職員たる組合員らに勤務を欠かせようとしたものと見れば観念的には職場の秩序ないし業務運営に対する不正な侵害行為が現在したということができるとしても、前示のとおり、勤務時間中とはいえすでに点呼自体は終了していたこと、篠原の組合支部役員としての地位、同人が本件点呼場に立ち入つていた目的および組合員らに報告しようとした内容、篠原が報告をしようとしたその対象者は勤務時間中の職員とはいえその大部分は国鉄労働組合の組合員であり、かつ自らの意思で点呼場に留まつていたと見る余地もあること等から篠原の行為が威力業務妨害罪に該当するほどのものとも認め難いこと、篠原や組合員らのいた本件場所は鉄道線路その他輸送に直接必要な鉄道施設ではないこと、本件における篠原らと管理者らとの対立は要するに労使間の衝突であるところ、勤務時間中に組合活動をさせあるいはしたことに対しては使用者管理者側としても種々の法的対抗措置を講じあるいは法的救済を求めることができること等を考えると、本件の場合篠原の行為に対し直接判示のような有形力を用いてこれを排除しなければならぬほどの急迫性・緊迫性があつたとは認められないから、被告人の所為を防衛行為とする弁護人の主張は理由がない。
以上のとおり、弁護人の主張はいずれも採用できない。
(量刑の理由)
本件被害者の蒙つた傷害の程度は結果的には決して軽いとはいえず、被告人の所為が法令による行為ないし防衛行為とは認められないことは前記のとおりであるが、他面、被害者篠原は国鉄田町電車区の点呼終了直後に管理者の制止に反して点呼台上にのぼり勤務中の職員たる組合員に対し妥結報告を行なおうとしたものであつて、国鉄の業務にその限度での支障を生じさせようとしたこと、しかも篠原の右行為の直前たる点呼中に管理者より勤務時間中の組合活動の許されないことが告知されていたことからすれば篠原の行為は職場秩序を保持しようとする管理者側に対し点呼のため集つていた職員多数の面前で真正面から挑戦したものであること、なお、点呼中にも若干の職員は管理者に対し罵言を発するなど妨害行為も発生していたこと、被告人は、丸山区長が篠原の行為を制止しようとしたのを認め自己も篠原の行為を中止させようとする主観的意図ではあつたこと、もともと管理者にはその方法を誤つてはならないが職場の秩序を維持すべき責任を負わされていること、被告人が台の上に立つている篠原を後方から声もかけずに強く突いたことは全くその手段を誤つているが、篠原の立つていたその台の高さはさほど高いものではなく、篠原の蒙つた傷害も軽くはなかつたがやや思いがけない結果に立至つた面もあること、本件直後被告人も篠原らに暴行を受けて負傷した形跡があるが同人らは訴追されていないこと、被告人は本件起訴によつて休職となつており物心両面にわたる苦痛を受けていること、その他諸般の事情を酌み、主文のとおり刑を量定した。
よつて、主文のとおり判決する。