東京地方裁判所 昭和47年(刑わ)4985号 判決 1974年4月30日
主文
被告人を懲役六月に処する。
この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、全逓信労働組合東京地方本部の執行委員として、同本部組織部に属し、弾圧対策等の業務に従事していたものであるが、昭和四六年五月二〇日頃、自己が担当する東京都板橋区板橋二丁目四二番地の一号所在板橋郵便局において、同郵便局集配課員池田憲吾(当時二四年)他数名の同課員が、全逓信労働組合板橋支部から脱退を表明したことから、その理由を調査し、出来得れば脱退することを思いとどまらせるべく、この事情聴取と説得のため、同人等と話合いの機会を持つべく考えていたところ、同月二二日午後○時五五分頃、同郵便局集配課事務室において、右池田に対し、右事情聴取と説得のため同集配課休憩室に入るよう要求したが、同人がこれを強く拒否する態度を示したので、同人を右休憩室へ連行するため、その旨強く申し向けると共に、同人の腕や肩をつかんで引っぱったり、その肩や首や背中をつかんで押したり、その左耳を平手で四・五回強く圧迫したり、その肩をつかんで体を突き飛ばして近くの鉄製書留保管箱に同人の左腕を打ちつけさせる等の暴行を加え、よって同人に、治療約二週間を要する左耳急性中耳炎(こまく炎)および運動制限約三日間を要する左上肢打撲症の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(被告人らの主張に対する判断)
被告人および弁護人は、被告人の本件所為は正当な組合活動であり、刑法三五条により違法性を阻却されると主張するので検討するに、全逓信労働組合規約三九条によれば、組合員の任意の脱退に同組合中央執行委員会の承認を必要とする旨定めているが、本件脱退は同組合にとって明らかに不利な時期になされたものと認めるに足る証拠はなく、また右規約には脱退についての形式の定めもないのであるから、右池田の本件脱退は、脱退申出の文書が組合役員に対し提出され、認識し得る状態になった時に、すなわち、本件犯行日前に既に成立しているものであり、従って、組合側の承認がなくともその時に組合員の資格を当然に喪失しているものである。しかして、脱退者に対する事情聴取と脱退をとどめる様にとの説得行為は、それが脱退直後に、かつ脱退者においてその相手方となることに応ずる限りにおいては団結権擁護のために許されるとしても、判示のとおり、右相手方となる意思のないことを言動により明確に表示している右池田に対し、わけても判示の如き暴力行為を伴ってなすことが正当な組合活動として許容され得ないことは多言を要しないから、右主張は到底採用の限りでない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二〇四条、改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法二五条一項によりこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させる。
よって主文のとおり判決する。