東京地方裁判所 昭和47年(刑わ)5746号 判決 1975年1月23日
主文
被告人を懲役一七年に処する。
未決勾留日数中八〇〇日を右刑に算入する。
押収にかかる登山用ナイフ一丁(昭和四八年押第一六七号の二〇〇)を没収する。
押収にかかる一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四札、百円札三五枚、金種別表二枚および帯封一枚(同押号の一八八、一八九、一九〇、一九一、一九二、一九四)を被害者株式会社松江相互銀行米子支店支店長に還付する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 森恒夫および青砥幹夫と共謀のうえ、
(一) 昭和四六年六月一七日、東京都新宿区東大久保二丁目六一番地静風荘一号室鈴木有の居室において、治安を妨げる目的をもつて、右三名共同して、鉄パイプにダイナマイト、パチンコ玉、粘土などを充填し、これに起爆装置として雷管、導火線等を結合した手製爆弾二個を製造した
(二) 同日午後八時四六分頃、東京都渋谷区千駄ケ谷二丁目三二番地明治公園原宿口付近において、治安を妨げる目的をもつて、警備中の警察官を殺害するに至ることを容認しながら、折から学生らの集団示威運動に伴う違反行為の制止検挙等の任務に従事していた警視庁第二機動隊および同第五機動隊に所属する別紙一覧表記載の警察官らに対し、被告人において前記手製爆弾一個に点火のうえこれを投げつけて爆発させ、もつて治安を妨げる目的をもつて爆発物を使用し、同表の新井留雄ほか三五名の警察官に対し、同表の傷害の部位・程度欄記載の加療約四年一か月ないし約五日間を要する傷害を負わせたが、同表記載の警察官らを殺害するに至らなかつた
第二 近藤有司、松浦順一、福田宏と共謀のうえ、現金を強取しようと企て、昭和四六年七月二三日午後一時三〇分頃、米子市角盤町三丁目七番地所在株式会社松江相互銀行米子支店前に自動車(島根五む八九―三九、ニッサンスカイライン)で乗りつけ、松浦が車内で待機し、被告人、近藤、福田の三名が同支店内において、まず、近藤がいわゆる客溜りから所携の猟銃(昭和四八年押第一六七号の二〇二)を構えて執務中の右銀行員佐々木美重子(当時一九才)、井田久美子(当時二〇才)、松本宏一(当時二五才)、小林仁美(当時一八才)および宇田川亀司(当時五七才)らにこれを擬したうえ、「動くな、静かにしろ、動くと撃つぞ」などと怒号し、被告人および福田の両名がそれぞれ登山用ナイフを携行してカウンター内に乱入し、さらに福田が所携の右登山用ナイフ(同押号の二〇〇)を右佐々木に突きつけ、「静かにしろ、殺すぞ」と申し向けて右銀行員らを脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、出納係備付の現金ボックスから同支店支店長佐々木哲二管理にかかる現金六、〇五一、六〇〇円を強取した
ものである。
(証拠の標目)<略>
(弁護人の主張に対する判断)
第一弁護人の主張
(一) 爆発物取締罰則は違憲・無効の法規である。
まず、それは形式的に無効である。すなわち、本罰則は太政官布告第三二号として制定されたものであり、議会の審議を一度も経ていない。憲法三一条、三九条は罪刑法定主義を定め、憲法七三条六号但書は政令に罰則を定めることを禁じている。また現行憲法下において本罰則が議会の審議により追認された事実もない。してみると、少くとも現行憲法の施行によつて本罰則は無効となつたものである。
次に、本罰則は、実質的に無効である。すなわち、(1)本罰則は不必要に苛酷な刑を定めている。第一条は死刑、無期もしくは七年以上の懲役または禁錮の刑を定めているが、これは殺人罪、傷害罪、激発物破裂による現在建造物損壊の各刑に比して著しく高い。「爆弾」という手段を用いた場合のみがより重く罰せなければならないというのは合理的根拠を欠く。(2)本罰則の構成要件は漠然としており、処罰範囲が不明確である。「治安を妨げる目的」という概念は、この漠然とした構成要件の典型である。(3)本罰則を不可分の一体として構成している第二条以下の規定は、「注文」や「約束」までの処罰(三条、五条)、共犯の従属性の無視(四条)、目的の不存在という悪魔の証明の要求(六条)、告知義務による黙秘権の侵害および密告制度(七、八条)、予備、陰謀、犯人蔵匿、罪証隠滅に対する重刑(三、四、五、九条)等、近代刑法の原理と相容れないものである。以上により本罰則は憲法一九条、三一条、三六条に違反して無効である。
(二) 米子における強盗事件について差押えられた証拠物件はいずれも違法収集証拠であつて証拠能力を欠く、すなわち、
(1) 一万円札一枚(昭和四八年押第一六七号の一八八、以下枝番号のみを示す)、千円札三枚(一八九)、五百円札四枚(一九〇)、百円札三五枚(一九一)、金種別表二枚(一九二)、帯封一枚(一九四)、アタシュケース一個(一九五)、ボーリングバッグ一個(一九六)は、被告人および近藤有司の違法逮捕ないし違法な身柄拘束状態を利用し、承諾なしに所持品であるボーリングバッグおよびアタッシュケースを開披して押収したものである。被告人および近藤は警察官によりマツダオート総社営業所事務所内で身柄を拘束され総社署に強制連行されたものであつて、これは実質的には違法な逮捕である。仮りに逮捕とまでいえないとしても警察官職務執行法二条所定の職務質問・任意同行の要件を逸脱した違法な身柄拘束である。仮りに被告人および近藤の身柄拘束が合法であるとしても、同人らの承諾なしに所持品であるボーリングバッグおよびアタッシュケースを開披した行為は違法である。以上により右各証拠物は違法収集証拠である。
(2) ショッピングバッグ(大)一個(一九七)、ショッピングバッグ(小)一個(一九八)、登山用ナイフ一丁(二〇〇)、猟銃一丁(二〇二)は、福田宏の違法逮捕ないし違法な身柄拘束状態を利用し、所持品の違法な捜索によつて発見押収したものである。警察官が福田に対して新見署へ同行を求めた時点以降、福田は実質的な逮捕と目されるべき状態に置かれた。仮りに福田に対する身柄の拘束が違法逮捕といえないとしても、同人の承諾なしに所持品のカバンを開披した行為は違法である。以上により右各証拠物は違法収集証拠である。
(3) 自動車室内灯キャップ一個(一九三)、ケース付登山用ナイフ一丁(一九九)、登山ナイフ用ケース二個(二〇一)は、松浦順一の所持品の違法検査によつて発見され、それに引続いた違法な身柄拘束中に押収したものである。松浦は警察官に対し所持品の書類入れの開示を拒絶していたのに、警察官は書類入れの中を勝手に捜索して登山用ナイフ等を発見したものである。しかも松浦は右登山用ナイフの所持目的の確認ということで四時間にもわたつて身柄を拘束されたうえ、右登山用ナイフの不法所持で現行犯逮捕され、これを押収されたものである。以上により登山用ナイフは違法収集証拠である。また登山ナイフ用ケース二個および室内キャップも同じく違法な手段で発見され、違法逮捕を利用して収集されたものであるから、違法収集証拠である。
(三) 判示第一のいわゆる明治公園爆弾事件は機動隊に対する武力行使として行なわれたものであり、抵抗権の行使という側面から実質的に考察して超法規的に違法性が阻却される。
第二当裁判所の判断
(一) 弁護人の主張(一)について。
まず、形式的無効の主張について検討する。なるほど爆発物取締罰則は明治一七年太政官布告第三二号として制定されたものであつて、議会の関与により成立したものではない。しかし、右罰則は明治二二年に旧憲法が制定されたとき、その七六条一項により「憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令」として「遵由ノ効力ヲ有ス」るものとして認められ、明治四一年法律第二九号およびその後の大正七年法律第三四号により法律の形式をもつて改正手続が行なわれている。すなわち旧憲法の施行とともに旧憲法上の法律と同様の効力を有するものとされ、明治四一年に至つて形式上においても旧憲法上の法律と同一の効力を有することとなつているのである。しかして現行憲法施行後も右罰則が他の法令により廃止されもしくはその効力を否認するための立法措置が講ぜられてはいないのであるから、右罰則は現行憲法施行後の今日においても、なお法律としての効力を保有しているものといわなければならない(最高裁判所第二小法廷昭和三四年七月三日判決刑集一三巻七号一〇七五頁参照)。
次に、実質的無効の主張について検討する。(1)爆発物取締罰則一条は「爆発物」の使用に対して死刑、無期もしくは七年以上の懲役または禁錮の刑を定めているが、本件はダイナマイトを用いた爆弾の使用であつて、その具体的事案に即して考察すれば、その強力な破壊力・殺傷力ならびに公共の危険に及ぼす影響力の大きさに照らし、右法定刑が不必要に苛酷な刑を定めたものとはいえない。(2)本件はダイナマイトを用いた爆弾の製造および使用であつて、「爆発物」としては典型的な事例であり、本件具体的事案に即していえば、構成要件が漠然としていて処罰範囲が不明確であるとはいえない。また、「治安を妨げる」とは公共の秩序を乱すという意味であつて、その文言自体が不明確といえないばかりでなく、目的犯としての絞りをかけているものであつて、構成要件を不明確ならしめるという主張はあたらない。(3)弁護人は、「注文」や「約束」までの処罰(三条、五条)、共犯の従属性の無視(四条)、告知義務による黙秘権の侵害および密告制度(七、八条)、予備、陰謀、犯人蔵匿、罪証隠滅に対する重刑(三、四、五、九条)の違憲を主張するが、本件は爆発物使用(一条)および爆発物製造(三条)の事案であつて、仮りに弁護人主張の右各規定に不備があるとしても本件具体的事案に法令を適用するかぎりにおいては全く影響のないものである。また、本罰則六条は挙証責任について規定したものであるが、本件は右規定に基いて被告人を処罰する事案ではないので、右規定の当否についても、判断を示すまでもないと考える。
(二) 弁護人の主張(二)について。
(1) まず、弁護人が被告人および近藤有司から違法に押収されたと主張する証拠物、すなわち、一万円札一枚(一八八)、千円札三枚(一八九)、五百円札四枚(一九〇)、百円札三五枚(一九一)、金種別表二枚(一九二)、アタッシュケース一個(一九五)、ボーリングバッグ一個(一九六)の証拠能力について検討する。
<証拠>を綜合すると、以下の事実を認めることができる。
総社警察署巡査部長大石益雄は、昭和四六年七月二三日午後二時過、本部指令室からの無線により、米子市において猟銃とナイフを所持した四人組が銀行から六〇〇万円余を強奪して逃走中であることを知つた。その際の人相についての手配は、A犯人が年令二三、四才位、身長一七〇センチメートル位、右手に白い包帯をして猟銃をもつている。B犯人が年令二一、二才位、身長一六〇センチメートル位、サングラスをかけている、C犯人が年令二一、二才位、身長一六〇センチメートル位、サングラスをかけ緑色のシャツを着ている、D犯人が年令二四、五才位というものであつた。同日午後一〇時三〇分頃総社警察署清音駐在所から、二人の学生風の男が吉備郡昭和町日羽付近をうろついていたという情報が民間人によつてもたらされた旨総社警察署に連絡があり、これを受けて大石巡査部長は同日午後一一時頃から総社市門田のマツダオート総社営業所前の国道の三叉路(米子方面から県道を抜けてくるとこの三叉路を通ることになる)において緊急配備につき、総社警察署員赤沢勇ら四名を指揮して自動車検問を行つた。翌二四日午前零時頃、備北タクシーの運転手から、伯備線広瀬駅付近で若い二人連れの男から乗せてくれといわれたが乗せなかつた、後続の白い車があつたので、その二人連れはその白い車に乗つたかもしれない、という通報があつた。間もなく同日午前零時一〇分頃、その方向から白い乗用車が来たので、検問にはいり停車を命じると、運転手のほかに手配人相のA、Cに似ている二人の男が乗つているので、職務質問にはいつた。その乗用車の後部座席にはアタッシュケースとボーリングバッグがあつた。
一方、マツダオート水島営業所勤務の会社員黒川康徳は同年七月二三日午後一一時頃、伯備線広瀬駅付近を新見から倉敷に向つて乗用車(マツダファミリア、白色)を運転して通りかかつた際、見知らぬ二人連れの被告人および近藤有司から手をあげて合図され、これに応じて停まると、両名から倉敷まで乗せてくれと頼まれて承諾し、両名を乗せ、倉敷に向けて運転し、前記三叉路に差しかかつたとき、大石巡査部長らの自動車検問に会つた。警察官らは運転席の黒川に対して、免許証の提示を求めたうえ、一緒に乗つている人はどうした人かと尋ね、黒川が途中で乗せたと答えると、警察官らは被告人および近藤に対して職務質問をはじめた。警察官からの氏名、職業、行先、用件等の質問に対して被告人および近藤は黙秘した。一方、警察官らは黒川に対して乗用車のトランクを見せてくれと要求し、黒川は下車して警察官らにトランクの中を見せた。路上でのこのような職務質問が三、四分続いた後、道路上における職務質問は交通の妨害になり危険でもあるので、警察官はマツダオート総社営業所の従業員に営業所内の事務所を借りたいと頼み、その承諾を得て、右事務所内で質問を続けることにした。両名は乗用車から降りることを拒否したが、警察官らに強く促されて、まず被告人がボーリングバッグとアタッシュケースを抱え三人位の警察官に囲まれるようにして右事務所にはいり、やや遅れて近藤が数人の警察官に引張られるようにして右事務所にはいつた。右事務所内において、警察官らは被告人に対し住所・氏名を尋ね、被告人が答える必要はないというと、警察官らはボーリングバッグとアタッシュケースの開披を求めた。ボーリングバッグとアタシュケースは被告人のそばの机の上に置いてあつたが、被告人は開披を拒否し、警察官との間で押問答が続いた後、被告人が自分の一存では開けられないというと、警察官はそれらを持つて近藤の方へ行き、同人に対してそれらの開披を求めたが、近藤もこれを拒否した。警察官は両名に対し繰返しボーリングバッグとアタッシュケースの開披を要求し、両名はこれを拒み続けるという状況が三〇分位続いた後、二四日午前零時四五分頃、警察官は、いつまでも右営業所に迷惑をかけるわけにはいかず、しかもかなりの容疑が認められ、なお継続して質問を続ける必要があるので、両名に対して総社署への同行を求めた。両名はこれを拒否した。警察官らは、被告人の両腕を持つて事務所から出し、無理やり警察の車に乗せ、ボーリングバッグとアタッシュケースを抱え、ふん張るようにして抵抗している近藤も数人で持ち上げるようにして事務所から出し、無理やり別の警察の車に乗せ、総社署に同行した。総社署において、引続いて、大石巡査部長らが被告人を質問し、赤沢巡査長らが近藤を質問した。両名は依然として黙秘を続けた。赤沢巡査長は近藤に対してアタッシュケースとボーリングバッグを開けるよう何回も求めたが、近藤はこれを拒み続けた。同日午前一時四〇分頃、赤沢巡査長がボーリングバッグのチャックを開けると、大量の札が無造作にはいつているのが見えた。引続いてアタッシュケースを開けようとしたが、鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けると、すぐに中に大量の札がはいつておるのが見え、松江相互銀行米子支店の帯封のしてある札束も見えた。そこで赤沢巡査長は近藤を強盗被疑事件で緊急逮捕し、近藤の身体捜検を行つたところ、財布を発見し、現金六四、二〇五円が在中していた。ボーリングバッグとアタッシュケースから大量の札が発見されたことは、直ちに被告人を職務質問中の警察官らに連絡され、大石巡査部長は被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した。赤沢巡査長は近藤を逮捕後、その場でアタッシュケース、ボーリングバッグ、財布、現金五、八九五、二〇五円(アタッシュケース在中の四、六九五、〇〇〇円、ボーリングバッグ在中の一、一三六、〇〇〇円、財布在中の六四、二〇五円)および帯封一枚を差押えた。
ところで、警察官の行なう職務質問は、警察官職務執行法二条の定めるところであるが、同条は警察官に対して、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者等を停止させて質問する権限を認めている。職務質問に際し、対象者の犯罪の容疑は比較的に希薄なものから濃厚なものにいたるまで、その程度の差は千差万別であることはいうまでもなく、その容疑の程度に応じて警察察官の職務質問の態様および許容される限度も変らざるをえないであろう。その者の所持品に関して質問する場合も同様であつて、容疑が希薄な場合には口頭による質問および外観の観察に限られるであろうが、容疑が濃くなるに応じて、任意の開披を求め、あるいは外側から軽く触れて質問することも許されるのである。相手の承諾が得られないのに鞄のチャックを開披することはどうであろうか。容疑が極めて濃厚であり、現行犯逮捕あるいは緊急逮捕できる程度には達していないが、それと極めて近い程度にある場合、それに加えて事案が重大であり、兇器所持の疑があつて、これによつて警察官に対する危害および犯人自身の自害の危険性が認められ、法秩序全体の精神に反せず社会的にも妥当性の肯定されるときは、鞄のチャックを開披して質問することが許される場合もありえよう。もつとも、かかる態様の職務質問は、対象者の人権に深いかかわり合いをもつから、極めて限定的かつ例外的に許容されるものというべく、また、許容される場合であつても、職務質問を受ける者の権利を侵害することは最小限度にとどめるべく、許容されるのも鞄のチャックを開披して中を一瞥する限度にとどまるべきである。そして、右の限度にとどまるかぎり、刑訴法にいう捜索とは境界を接しながら、なおそれ以前の段階にある行為とみられないわけではないのである。しかし、右の限度を超えて鞄の中をかき廻し、あるいは中味を取出してこれを検するのは刑訴法にいう捜索であつて、もとより令状がなければ許されないことはいうまでもない。
また、職務質問に際し、「身柄の拘束」、「警察署への連行」、「答弁の強要」があつてはならないことはいうまでもない。しかし、警職法二条は、一定の場合に、警察官に、「停止」させる権限および「警察署への同行」を求める権限を認めている。しかして「停止」および「同行」は口頭でこれを求めることを原則とするものではあるが、容疑が濃厚となるに応じて、例えば警察官の質問を振切つて立ち去ろうとする者の肩を押え、あるいは手首を握る等のある程度の有形力の行使が許される場合のあることも疑いない。また、相当の容疑に達した場合において、対象者の答弁によつて容疑が解消せず、むしろさらに容疑が深まるようなときには、警察官として質問を継続することが、その職責でもあるのであつて、いうまでもなくこれは「答弁の強要」とは異質のものである。
これを本件についてみるに、大石益雄巡査部長は、当日米子市において猟銃と登山用ナイフを所持した四人組の銀行強盗事件が発生したことを本部指令室からの無線によつて知つていたところ、民間人から清音駐在所に二人の学生風の男が吉備郡昭和町日羽付近をうろついていたという情報がもたらされたというのであるから、犯人が米子方面から県道を抜けてくるとすれば通ることになるマツダオート総社営業所前の国道の三叉路において、自動車検問を実施することは、大石巡査部長以下の警察官としては当然の措置というべきである。また、右警察官に対して備北タクシーの運転手から若い二人連れの男が後続の白い車に乗つたかもしれないとの通報があり、間もなくその方向から同所に向つてきた白い乗用車を停車させると、その乗用車に手配人相のA、Cに似ている二人の男が乗つていたというのであるから、警察官がこの二人の男に強盗事件について一応の疑いを抱くことは当然のことであつて、この二人の男に対して職務質問をはじめることは適法であるのみならず、警察官としての職責というべきであろう。運転席の黒川康徳に対する質問により、二人の男は途中で乗せたものであつて黒川とは知らない間柄であることが判明し、警察官からの氏名、職業、行先、用件等の質問に対して二人の男(被告人と近藤有司)は黙秘しているので、警察官は容疑を深め、道路上における職務質問の継続は交通の妨害になり危険でもあるので、両名に対しマツダオート総社営業所への同行を求めているが、もとより当然に許容される措置である。右事務所内において、警察官はボーリングバッグとアタッシュケースの中味を尋ねるが、被告人と近藤はこれに答えず、また警察官がこれらの開披を求めるが、両名はこれを拒み続けているので、警察官は容疑を一層深め、なお質問を続行すべきものと考え、いつまでも右営業所に迷惑をかけるわけにはいかないので、両名に対し総社署への同行を求めるが、その時点に至るまでの経緯により容疑がすでに濃厚であることに照らすと、許容される措置であろう(但し、同行の態様において違法のあることは後述のとおりである)。総社署において、近藤に対し質問を続けていた赤沢巡査長は二四日午前一時四〇分頃、近藤の承諾のないまま、ボーリングバッグのチャックを開披して中を一瞥するが(証人赤沢勇は、近藤に対して繰返して開けてもいいかと尋ねたところ近藤がうなづいたのでボーリングバッグのチャックを開披した旨供述するが、それまでの経緯を綜合して考察すると、措信しがたい)、猟銃および登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な事件が発生していること、その時点において犯人として逮捕するに足る容疑はないが、それに近い濃厚な容疑が存在すること、兇器所持の疑があつてこれによつて警察官に対する危害および犯人自身の自害の危険性があること、および外出中の所持品であるバッグのチャックの開披という態様からみて、開披によつて侵害される法益(私生活の自由ないしプライバシー)は最小限度にとどまること等を考慮すると、右の開披は、法秩序全体の精神に反せず社会的にも妥当性の肯定される場合であつて、職務質問に附随する行為としてなお許容されるものというべきである。
弁護人は、被告人と近藤有司はマツダオート総社営業所事務所内で身柄を拘束され、総社署に強制連行されたものであると主張するので、この点を考察する。被告人と近藤が右事務所にはいる状況はすでに述べたとおりであるが、この点に関して、証人黒川康徳は、被告人については割合スムースに入つて来た旨供述し、近藤については同人が「なにする」、「痛い痛い」などとわめいているが見た感じではものすごく大げさと受取れた旨供述していることから考えて、身柄の拘束というべき状況とは認められない。また右事務所内における質問の状況もすでに述べたとおりであるが、身柄の拘束とはいえない。しかし、両名の総社署への同行は、その態様において意に反する身柄の連行というべきものであり、警察官の職務の執行として適法性を欠くといわざるを得ない。また赤沢巡査長がボーリングバッグのチャックを開披し中を一瞥した行為が許容されることはすでに述べたが、赤沢巡査長がそれにとどまらず、アタッシュケースの鍵の部分にドライバーを差し込んでこじ開けたことは刑訴法上の捜索と同視すべき行為であり、令状なくして行つた点において違法たるを免れない。
ところで、弁護人主張の証拠物のうち、一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚、金種別表二枚は被告人と近藤から押収されたものではなく、福田宏から押収されたものであるから(米子甲六の2林原孝司作成の捜索差押調書謄本および同4、宝石勝作成の差押調書謄本)、後記(2)においてその証拠能力を検討することにし、近藤から押収した帯封一枚、アタッシュケース一個、ボーリングバッグ一個の証拠物ならびに由本久夫作成の写真撮影報告書謄本(ボーリングバッグ、アタッシュケースおよびこれらに在中した現金を撮影したもの)、藤沢忠作成の写真撮影報告書謄本(帯封の状況を撮影したもの)の証拠能力について考察する。
職務質問により捜査の端緒をつかみ、結局において証拠物の差押をする場合には、職務質問、証拠物の発見、逮捕、捜索、差押の順に各手続が順序をおつて行なわれなければならず、適法な逮捕手続が行なわれれば、その後は刑訴法による強制的な捜査手続に移行するのである。しかし、現場の警察官が本件のような警職法所定の職務質問の限界的事例に接した場合、一方において、職務質問の効果を十分にあげて的確に捜査の端緒をつかみ、他方において、警職法の法解釈上も難点のない完全な対応をすることを期待することは、実務上においてややもすれば現場の警察官に難きを強いる結果となるおそれなしとしない。被告人と近藤の場合は、現場の警察官が対応を誤り、逮捕と同視すべき警察署への身柄の連行が、証拠物の発見に先行している点において、前述の手続の順序を誤つた違法があるといわなければならない。しかし、本件は前記の正しい順序を踏んで、すなわち、マツダオート総社営業所においてボーリングバッグのチャックを開披して適法に証拠物を発見し、その場で逮捕手続にはいり、ひきつづいて捜索、差押のできる事例であることを考えれば、後に適法にチャックの開披が行なわれ、証拠物が発見され、逮捕手続がとられた段階で、逮捕時間の起算点についてはともかく、証拠物の証拠能力に関するかぎりにおいて以上の瑕疵は治癒されたとみるべきである。
次に、赤沢巡査長がボーリングバッグのチャックを開披して中を一瞥するにとどまらず、アタッシュケースの鍵の部分にドライバーを差し込んでこじ開けるという違法な捜索を行なつている点を検討するに、これも現場の警察官が警職法の法解釈に未熟なため、対応を誤り、捜索が逮捕手続に先行している点において、前述の手続の順序を誤つた違法があるといわざるを得ないであろう。しかし、この点も正しい順序を踏んで、すなわち、ボーリングバッグのチャックを開披し一瞥した段階で適法に逮捕手続を行ない、ひきつづいて刑訴法による捜索を行ないうる事例であることを考慮すれば、逮捕手続がとられた段階で、前に述べたところと同じく、証拠物の証拠能力に関するかぎりにおいて、瑕疵は治癒されたとみるべきである。
したがつて、前記の帯封一枚、アタッシュケース一個、ボーリングバッグ一個の証拠物ならびにこれらと現金を撮影した各写真報告書謄本はなお証拠能力を備えているものと考える。
(2) 次に、福田宏から押収された証拠物、すなわち、ショピングバッグ(大)一個、ショッピングバッグ(小)一個、登山用ナイフ一丁、猟銃一丁、一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚、金種別表二枚の証拠能力について検討する。
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
新見警察署勤務の巡査部長近馬勤は昭和四六年七月二三日午後二時三〇分過から署長命により岡山県阿哲郡新郷町神代の通称新市三叉路(米子方面から来る県道が新見から東城・広島方面へ抜ける国道と交わる)において四名の警察官とともに自動車検問を行なつた。それは松江相互銀行米子支店に猟銃と登山用ナイフを持つた四人組の強盗がはいり、現金六〇〇万円余を強奪して逃走中であるという連絡があり、犯人Aは年令二四、五才、身長一七〇センチメートル位、犯人BおよびCは年令二一、二才、身長一六〇ないし一六二センチメートル位、犯人Dについては年令、身長等もわからない、などの情報に接したためである。同日午後五時一〇分頃、鳥取ナンバーの日の丸タクシーが米子方面から県道を通つて来たので、近馬巡査部長はこれを停車させて職務質問にはいつた。運転手の荒金信美に対して、米子で銀行強盗事件が発生したので協力してくれ、どこから乗せてきたのかと尋ねると、同運転手は生山駅(伯備線)から乗せたと答え、続いて後部座席にいる男(福田宏であつて、同日午後四時過生山町から乗車したもの)に対し、住所、氏名、行先などを尋ねた。福田宏は氏名は山下孝、住所は岡山市駅前本通、行先は岡山で新見の友人方に寄る、鳥取に親がいてそこから来たなどと答えた。近馬巡査部長は岡山市内を良く知つていたが、岡山市に「本通」という町名はないこと、新見の友人方へ寄るというのに友人の名前を聞くとあいまいで答ができないこと、親が鳥取にいるというので町名を聞いたところ、町名がわからず答えられないこと、などから疑念を抱いた。福田の所持している黒のビニールカバンを見ると、突起物のような突き出したものが筋になつて見え、兇器ではないかという疑念を深め、近馬巡査部長が見せてくれと求めると、福田は下着類が入つているから見せられないといつて拒否した。近馬巡査部長は他の警察官に質問をまかせ、約二〇〇メートル離れた神代駐在所に行き、同所において念のため福田の申立てた住所氏名等を新見署に照会し、あわせてパトカーの応援を求め、再び福田に質問するため前記三叉路に戻つた。その間、他の警察官が福田に対して、繰返し、ビニールカバンを見せてくれと求めていた。しばらくして、身元について調査したところ該当がないという報告がパトカーによつてもたらされ、福田の申立てた住所氏名が虚偽であることがはつきりしてきた。そこで近馬巡査部長は、福田が銀行強盗事件と関係があるのではないかとの疑念を深めたが、右三叉路付近は交通整理を要するほど車の通行が多いし、間もなく野次馬十数人がもの珍しげに寄つてきたので、同所で質問を続けるのは適当でないと判断し、福田に対し神代駐在所に同行を求めたが、福田はこれに応じなかつた。そこで今度は新見警察署まで同行を求めたが、福田は荒金運転手に新見駅へ行つてくれと指示し、新見署へ行くことを拒否した。警察官は荒金運転手に新見署へ行つてくれと頼み、荒金運転手は強盗事件が発生しているということであるので警察官に協力する態度を示した。そこで近馬巡査部長はビニールカバンの右のような状況からみて、中に兇器が入つている蓋然性があり、このまま行かせるとタクシーの運転手に危害を加えるおそれもあると考え、また荒金運転手も警察官の同乗を頼んだので、三名の警察官を右タクシーに乗り込ませ、右タクシーを新見署に向わせた。同日午後六時一〇分頃、右タクシーが新見署に到着し、警察官が「ここで事情を聞くから」というと、福田は車から降りることを拒否し、「やましい点がないなら十分説明して疑念を解いてほしい」という近馬巡査部長らとしばらく押問答をした後、タクシーを下車し、数人の警察官にとり囲まれ、肩を触られるようにして新見署の取調室にはいつた。同所において近馬巡査部長は質問を続行し、福田の言つている住所氏名が嘘なので、これはどうしたことかとただし、さらにビニールカバンを見せるよう求めた。福田は住所氏名については黙秘するといい、ビニールカバンについては開ける必要はないといつて拒否した。このような質問と応答を再三重ねた末、同日午後八時二〇分頃になり、近馬巡査部長が「開けてもいいか」と言つたところ、福田が何も言わずにそつぽを向いたので、近馬巡査部長はビニールカバンのチャックを開けた。開けるとすぐに猟銃の銃身が見えた。近馬巡査部長が「君のものか」と尋ねたが、福田は黙秘し、近馬巡査部長が許可証の有無を確しかめるため、「許可証を持つているか」と尋ねたが、福田は依然黙秘しているので、近馬巡査部長はビニールカバンのポケットを調べ許可証のないことを確認した後、銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯で福田を逮捕し、その場で猟銃を差押えた。その後、同年七月二五日、差押許可状に基き金種別表二枚が差押えられ、同年八月一日、捜索差押許可状に基き一万円札二枚(そのうち一枚が昭和四八年押第一六七号の一八八)、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚が差押えられ、同年八月四日、捜索差押許可状に基きショッピングバッグ(大)一個、ショッピングバッグ(小)一個が差押えられた。
右によれば、近馬巡査部長が福田に「開けてもいいか」と言つたのに対して福田が何もいわずにそつぽを向いたので、近馬巡査部長がビニールカバンのチャックを開披したというのであるが、それまでの経緯を綜合して考察すると、開披について福田の承諾があつたものとは認められない。
しかし、極めて限定的に解釈すべきではあるが、職務質問に際し、相手方の承諾なしに所持品のカバンのチャックの開披が許容される場合のあることは、前記(1)で述べたとおりである。福田の場合についても、事件が重大であること、容疑が濃厚であること、危害の危険性があることおよび開披による被害法益が最小限度にとどまることなどから、法秩序全体の精神に反せず、社会的にも妥当性の認められる場合として、チャックの開披は適法というべきである。またチャックの開披が刑訴法にいう捜索に当らないこともすでに述べたとおりである。
弁護人は警察官が福田に対して新見署へ同行を求めた時点以降、福田は実質的に逮捕と目されるべき状態に置かれたと主張する。しかし、福田が新見署へ同行される状況および新見署における質問の状況はすでに述べたとおりであるが、路上での職務質問の結果、容疑が濃厚になり、なお質問の継続が要請され、その場での質問の続行が適当でない状況であるので、新見署へ同行を求めたのは警察官として当然の措置であり、また同行の状況および新見署における質問の状況が実質的な逮捕ないし身柄の拘束に当るとは認められない。
したがつて、ビニールカバンのチャックの開披およびこれに引続く逮捕は適法であり、逮捕手続後、その場で差押えられた猟銃一丁および登山用ナイフ一丁の証拠能力に欠けるところはない(なお、証人福田宏は、警察官は逮捕手続にはいる前の段階でビニールカバンの中味を一つ一つ机の上に並べた旨供述するが、措信しがたい)。
その余の証拠物、すなわち、ショッピングバッグ(大)一個、ショッピングバッグ(小)一個、一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、金種別表二枚も、右のとおり福田の逮捕が適法である以上、いずれもその後に令状に基いて、適法に差押えられたものであるので、証拠能力になんら欠けるところはない。
(3) 最後に、松浦順一から押収された証拠物、すなわち、自動車用室内灯キャップ一個、ケース付登山用ナイフ一丁、登山ナイフ用ケース二個の証拠能力について検討する。
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
黒坂警察署勤務の警部補生田和之は昭和四六年七月二三日午後一時四五分頃、米子市で銀行強盗事件が発生したことを知り、同日午後二時過には、松江相互銀行米子支店に四人組の強盗がはいり、猟銃および登山用ナイフで銀行員をおどし現金六〇〇万円余を強奪して逃走中であることなどを知つた。その後、伯耆大山駅から四人組が伯備線の上り列車に乗つたという情報があり、生田警部補は、同日午後二時五五分頃列車内の検問をするよう指令を受け、黒坂駅から同駅午後二時五三分発(午後三時一〇分頃遅れて発車)の岡山行普通列車に他の警察官とともに乗車した。警察官九名が二班に分かれ前と後から検問を実施し、まず乗客に対して、米子で銀行強盗事件が起きたことを説明し、住所氏名等の確認と荷物の検査について協力を求めたところ、ほとんどの乗客がこれに協力した。午後三時二七分頃、右列車が上菅駅と生山駅の間を進行中、中村警部補が生田警部補に登山ナイフ用の黒いケース一本を見せて、こういうケースを持つている男が乗つているということを告げた。中村警部補はその男の承諾を得て荷物を見たところ、書類入れの中にケースの先が見えたので、それを出してみたら登山ナイフ用のケースだつたので、すぐに生田警部補に報告したものである。生田警部補は直ちに中村警部補の案内でその男の座席のところに行き、その男(松浦順一)に行先を尋ね、切符を見せてもらうと、行先は津山と答え、切符は伯耆大山駅発行の津山までのものをもつており、さらに質問をすると、氏名は三木修、住所は岡山市内山下二丁目寿アパート、職業は公務員、本籍は岡山県津山市中通三丁目二の三と答えた。網棚に書類入れがあり、「あなたのものですか」と尋ねると「そうだ」と答え、「見せて下さい」というとうなづいたので、生田警部補が網棚から書類入れを降ろし、松浦の前で開けると、自動車室内灯キャップ一個、ケース付登山用ナイフ一丁、登山ナイフ用ケース一本が出てきた(登山ナイフ用ケースはすでに一本を中村警部補が取出しているので、計二本になる)。生田警部補が右ケース付登山用ナイフの所持目的を尋ねると、松浦は答えない。職業は公務員というが具体的に尋ねると、松浦はやはり答えない。一見してサラリーマン風の着衣を着ているが、ワイシャツの襟が非常に汚れており、何日も着替えをしていない感じであり、登山用ナイフを所持しているうえ、ケースだけを二本も所持していることから、生田警部補は不審を抱いた。そこで生田警部補は「あなたの持つているナイフは刃体の長さが一〇センチ位あるから正当な所持目的がない場合には銃刀法違反になるので、その件で聞きたい、一緒に降りて駐在所まで来てくれ」といつて松浦に任意出頭を求めたところ、松浦がこれに同意したので、午後四時過、上石見駅でともに下車し、上石見駐在所に行つた。同所において生田警部補が県警を通じて本籍住所を照会すると、本籍については津山市中通ということだが、津山市には「中通」というところはないこと、住所については岡山市内山下二丁目に寿アパートというのはないことが判明した。松浦はナイフの所持目的について依然として答えなかつたが、生田警部補は午後五時一〇分頃、松浦に対し黒坂警察署への任意出頭を求めたところ、松浦はこれを承諾した。午後五時五六分頃黒坂署に到着し、同所においてナイフの所持目的について供述を求めたが松浦は答えなかつた。同日午後八時頃、生田警部補は登山用ナイフの携帯につき正当な理由がないものと判断し、松浦を銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯で逮捕し、その場において右ケース付登山用ナイフ一本を差押えた。その後、同年七月二五日、差押許可状に基き自動車室内灯キャップが差押えられ、また同日、松浦が強盗被疑事件で通常逮捕されるにあたり、その現場で登山ナイフ用ケース二本が差押えられた。
弁護人は、証拠物は松浦に対する所持品の違法検査によつて発見されたと主張する。列車内の検問の状況はすでに述べたとおりであるが、銀行強盗事件が発生し、四人組が伯耆大山駅から列車に乗つたという情報に基いて、警察官が乗客の協力を得て列車内の検問を実施中、中村警部補が松浦の承諾を得て書類入れを調べそこから登山ナイフ用ケース一本を発見し、続いて生田警部補が松浦の承諾を得て書類入れを開披し、もう一本の登山ナイフ用ケースおよびケース付登山用ナイフ一本、自動車室内灯キャップ一個を発見したものであつて、いずれもその手続は適法といわなければならない。また、弁護人は、証拠物は松浦の違法な身柄拘束中に押収されたと主張するが、松浦に対する列車内の職務質問、任意出頭要求に続き、登山用ナイフの所持目的について供述を求めた経緯はすでに述べたとおりであつて、身柄の拘束とみるべき状況ではない。黒坂署に到着後、松浦を逮捕するまで約二時間を経過しているが、登山用ナイフの携帯につき正当な理由があるか否かの認定について、松浦が黙秘していることでもあり、警察官側が慎重な態度をとつたものとみるべきであろう。
したがつて、銃砲刀剣類所持等取締法違反による松浦の逮捕は適法であり、その場で差押えられたケース付登山用ナイフ一本の証拠能力になんら欠けるところはなく、また右逮捕が適法になされている以上、その後、令状等に基き差押えられた登山ナイフ用ケース二本および自動車室内灯キャップ一個の証拠能力にもなんら欠けるところはない。
(三) 弁護人の主張(三)について。
弁護人は判示第一のいわゆる明治公園爆弾事件が抵抗権の行使という側面を備えていると主張するが、被告人らの行為がこれに当らないことは証拠に照らし明白である。この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
(量刑事情)
判示第一のいわゆる明治公園爆弾事件は、赤軍派(最高幹部は森恒夫)が「革命戦」を切り開く端緒として「沖繩返還協定調印阻止斗争」の行なわれている現場において、機動隊に対し、爆弾を投擲することによつて「せん滅戦」を展開し、これを契機に広く大衆を「革命戦争」へ参加させることを目的として行なわれたものであり、判示第二のいわゆる米子銀行強盗事件は、当時京浜安保共斗から猟銃二丁と実弾二〇〇発を譲受けていた赤軍派関西中央軍(隊長は被告人)が中国地方に訓練アジトをつくる資金獲得のため金融機関から現金を強奪するいわゆるM作戦として行なわれたものである。
明治公園爆弾事件は公務執行中の多数の警察官の生命を危険にさらした組織的・計画的犯行であり、被害警察官は三六名の多きにのぼり、加療一年以上を要する重傷者が一一名に達したものであつて、治安維持の任に当る警察官はもとより一般社会に大きな衝撃を与えた。米子銀行強盗事件は猟銃および登山用ナイフを使用して白昼公然と金融機関から多額の現金を強奪した事案であつて、金融機関はじめ世間一般に大きな恐怖を与えた。
被告人は、高等学校三年のとき、赤軍派の前身である共産主義者同盟に加入し、赤軍派が結成されるやこれに加入し、以来赤軍兵士として活動していたものであるが、過激派特有の革命理論に依拠し、目的達成のためには現行法秩序を根底から無視する態度をとり続けているものであつて、兇悪な右事件を敢行したその責任は厳しく問わなければならない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の(一)の所為は爆発物取締罰則三条、刑法六〇条に、判示第一の(二)の所為中、爆発物使用の点は爆発物取締罰則一条、刑法六〇条に、各被害者に対する殺人未遂の点はそれぞれ刑法二〇三条、一九九条、六〇条に、判示第二の所為は刑法二三六条一項、六〇条に、各該当するところ、第一の(二)の爆発物使用と各殺人未遂は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い爆発物使用の罪の刑で処断すべく、所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い右第一の(二)の罪の刑に同法一四条の限度で法定の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役一七年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中八〇〇日を右刑に算入し、押収にかかる登山用ナイフ一丁(昭和四八年押第一六七号の二〇〇)は判示第二の犯行の供用物件で犯人以外の者に属さないものであるから刑法一九条一項二号、二項本文によりこれを没収し、一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚(同押号の一八八、一八九、一九〇、一九一)は判示第二の犯行により強取された現金の一部であり、金種別表二枚、帯封一枚もその際に現金とともに強取されたものであつて、いずれも被害者株式会社松江相互銀行米子支店支店長に還付すべき理由が明らかであるから刑訴法三四七条によりこれを右被害者に還付し、訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書にしたがい被告人に負担させないこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(船田三雄 杉山伸顕 井深泰夫)