東京地方裁判所 昭和48年(ヨ)2276号 決定 1974年12月09日
申請人 建設関連産業労働組合
被申請人 株式会社寿建築研究所
主文
本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
理由
一 申請の趣旨及び理由
申請人は、「被申請人は申請人の組合員近藤和雄の解雇及びこれに関連する事項に関する誠意ある団体交渉の申入れに対し誠実に団体交渉をせよ。」との仮処分命令を求め、その理由として「申請外近藤和雄は昭和四六年一〇月に被申請人に雇傭されて建築設計業務に従事していたが、昭和四七年七月一日をもつて解雇された。そこで申請人は、その所属組合員である右近藤のために、右解雇及びこれに関連する事項について、当事者間の自主的交渉によつて解決すべく被申請人に対し団体交渉を申し入れ、同年同月中四回にわたり申請人及び被申請人間において団体交渉がおこなわれた結果、被申請人の副所長泉川博において本件解雇の撤回に向けて努力する旨の確認書を認めるにいたつた。ところが被申請人は同年八月二日以降申請人の誠意ある団体交渉の申入れに対し種種不当な理由を構えて団体交渉を拒否してきた。被申請人の右のような不当な団体交渉拒否によりもはや誠意ある団体交渉のおこなわれる見通しは全くなく、このまま推移するときは、解雇問題という労働者の生存権に直結する早急な解決を必要とする重要事項について、憲法二八条、労働組合法七条二号にもとづく団体交渉請求権の実現を期し得ず、申請人労働組合の重要な機能を侵害されると考えざるを得ない。よつて本件仮処分申請に及んだ。」というのである。
二 当裁判所の判断
申請人は、本件仮処分申請における被保全権利として、申請人の被申請人に対する団体交渉請求権というものを挙げ、それが憲法二八条及び労働組合法七条二号にもとづくものであると主張する。
憲法二八条に「勤労者が団体交渉をする権利」とは、労働者が労働組合その他の自主的な団体を通して労働条件その他労働者の経済的地位の向上について使用者と対等の立場に立つて交渉する権利であるが、この団体交渉権は、団結権及び争議権とあわせていわゆる労働三権として同法条により保障された労働者の基本権であることから、国と労働者との関係において国がこれを不当に侵害してはならないという意味において労働者の単なる自由権として保障したにすぎないものではなく、使用者に対する関係において尊重されるべきことが労使間の公の秩序であるとしてこれを保障したものと解される。したがつて、労働者の団体交渉権を不当に侵害する行為は、それ自体違法であり、損害賠償責任を生ぜしめるほか、法律行為においてはその効力を否定するにいたらしめるというべきである。しかしながら、団体交渉権を権利といつてみても、もとよりそのような労働者の権利に対応する法律上の義務を使用者に認めうるような性格のものでないから、憲法二八条の規定は、これによつて労使間の団体交渉に関する具体的な権利義務を設定したものではないと解すべきである。したがつて、申請人が憲法上団体交渉権を保障されているということから、直ちに被申請人が申請人の団体交渉の申入れに応ずべき法律上の義務を申請人に対して負うことにはならないというのほかはない。
また、労働組合法は、使用者が団体交渉をすることを正当の理由なくて拒むことを不当労働行為として禁止し(七条二号)、この不当労働行為に対しては、労働委員会が使用者に対して団体交渉に応ずべきことを命ずることによりその救済が与えられ(二七条)、この救済命令を履行しない使用者に対しては刑罰又は過料の制裁が課せられる(二八条、三二条)ものとしている。右によれば、同法七条二号の規定は、これにより使用者が団体交渉の不当な拒否をしてはならないという公法上の義務を負い、かつ、これにつきるものというべきであるから、これによつて直接に労働者の使用者に対する団体交渉請求権を設定したものではないと解すべきである。したがつて、被申請人が申請人との団体交渉を不当に拒否していると仮定してみても、そのことから直ちに被申請人が申請人に対して団体交渉に応ずべき法律上の義務が発生する筋合ではないといわなければならない。
申請人が主張するような団体交渉請求権というものの実定法上の根拠はさらにない。それにもかかわらず、団体交渉の不当な拒否に対して、労働委員会による救済とは別途に、直接に裁判上の本案請求又は仮処分申請により団体交渉の拒否禁止又は応諾を求めうるものとすることは、憲法上保障される団体交渉権の権利性をどう把握し、いわゆる団体交渉請求権なるものに対応すべき使用者の債務の給付内容をいかに特定するか、そして団体交渉の履行を法律上強制することの能否並びにその履行を裁判上強制してみたところではたして実効性を確保しうるかなどといつたいくたの難関を飛躍して法律上の争訟に短絡させるものであつて、不当労働行為制度上裁判所と労働委員会とがそれぞれ分担する手続及び機能を不明確なものにする虞れがあり、現行民事訴訟法の原点に立ち返つて手続及び機能を醇化すべきであるとする視座からしてにわかに賛同しがたい。
よつて、本件仮処分申請は不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 中川幹郎 原島克己 大喜多啓光)