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東京地方裁判所 昭和48年(ヨ)2290号 判決 1976年1月28日

主文

1  申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対して金一万八九六〇円及び昭和四八年七月一日以降本案判決の確定にいたるまで毎月二〇日限り月金五万一〇四〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一申立

一  申請の趣旨

主文と同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請を却下する。

2  訴訟費用は申請人の負担とする。

第二主張

一  申請の理由

1  申請人は、昭和四六年四月一日被申請人にその経営にかかる青山学院大学の文学部副手(嘱託)として雇用され、以来文学部神学科研究室に勤務し、賃金として毎月一日からその月末までの一か月分をその月の二〇日に支給されていたもので、昭和四八年四月度の賃金は金五万一〇四〇円であつた。ところが被申請人は昭和四八年四月一日以降申請人の右雇用契約上の地位を否認し、申請人が右契約上の労務を提供してもその受領を拒否している。

2  そこで、申請人は被申請人を被告として、右雇用契約上の地位の確認を求め、昭和四八年六月分の残賃金一万八九六〇円及び同年七月一日以降毎月金五万一〇四〇円の割合による賃金の支払いを求める訴を提起すべく準備中であるが、申請人は労働者であつてこのまま本案判決の確定をまつとすれば生活に困窮し回復しがたい損害をこおむるおそれがある。

3  よつて、本申請に及んだ。

二  申請の理由に対する認否

1項は認め、2項は争う。

三  抗弁

1  被申請人は、申請人を雇用期間を二年と定めて雇用したものであつて、本件雇用契約は昭和四八年三月三一日の経過により約定の雇用期間の満了によつて終了した。

2  そうでないとしても、被申請人は申請人に対し昭和四八年四月一日到達の書面をもつて申請人を解雇する意思表示をした。

3  右解雇の理由は次のとおりである。

(一) 文学部には神学科のほか、教育学科、英米文学科、仏文学科、日本文学科及び史学科の合計六学科が設置され、各学科の研究室には、(イ)研究室の諸施設及び研究室別置の図書の管理、(ロ)講義、演習、実験等の実施に関する事務、(ハ)当該学科に関係する学会の事務並びに(ニ)その他学部長及び当該学科主任が指示した事項等の雑務を処理するものとして二名ないし三名の副手が採用され配置されてきた。

(二) ところで、神学科入学者は、この一〇年間毎年二〇名にとどまり、昭和四七年度においてはその学生総数八四名にすぎなかつのに教育学科(学生総数七五四名)、日本文学科(学生総数五〇六名)及び史学科(学生総数四七五名)等と同様に二名の副手が配置され、当時すでに副手は過員状態になつていたばかりでなく、被申請人は昭和四七年一一月二一日には昭和四八年度以降神学科の学生募集を行わないことに決定したため、昭和四八年四月以降においては神学科の学生数は更に減少し、神学科副手の扱うべき事務量もこれに比例して減少することが明らかとなつたため、申請人を解雇したものである。

四  抗弁に対する認否

1  1項は争う。

2  2項及び3項(一)は、いずれも認める。3項(二)については、神学科の入学者が過去一〇年間毎年約二〇名であつたこと、昭和四七年度における神学科その他の被申請人主張の文学部内の各学科の学生数が被申請人主張のとおりであつたこと及び被申請人が昭和四八年度の学生募集を行わない旨決定したこと、以上の事実は認め、その余は争う。学生数の減少が副手の事務量に影響を及ぼすのは、前記被申請人主張の3の(一)の(ロ)の事務のみであつて、右以外の事務量のみをもつてしても神学科の副手が過負であつたとうことはなかつた。

五  再抗弁

本件解雇の意思表示は、神学科の縮小に名をかりてなされたものであつて、その真の理由は、昭和四八年三月一三日に開催された神学科卒業生等を構成メンバーとする共励会の臨時総会の席上における申請人の夫Aの言動が当時の被申請人の院長Bを激怒させる態のものであつたというにあり、異人格の配偶者の言動を申請人の言動と同視して評価しようとする不当なものであり、他に合理的根拠を欠くものである。従つて解雇権の濫用として無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  申請人の主張を争う。

2  本件解雇が神学科縮小に基づく過員の整理として合理的根拠を有するものであることはすでに述べたとおりであり、また、申請人の夫Aは共励会の席上において、被申請人の院長の氏名をもじつた「C」を名のり、「閉ざされた世界に光を与えよ」と題し「Bの如き馬鹿、まぬけ男」等々と記載して右院長を公然侮辱するビラを参会者に配布したのであるが、申請人は、Aが右ビラを配布することを知りながら右総会に出席し、かつAの右行動に対して特に異議を述べなかつたのであるから申請人自身も被申請人の院長侮辱についての責に任ずべきであり、申請人の右の態度は本件雇用契約の基底をなす労使間の信頼関係を破壊したものというべく、本件解雇は、この点においても合理的な根拠がある。

第三証拠関係(省略)

理由

一  申請の理由1項の事実は当事者間に争いがない。

よつて、以下被申請人主張の抗弁について判断する。

二  期間満了による雇用契約の終了

雇用契約の締結にあたつて、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほか、一年を超える契約期間を定めることは労基法一四条の規定が禁止するところである。従つて、右規定に違反して雇用契約が締結された場合、該契約は期間を一年とする雇用契約として効力を有するにすぎないものと解すべきであるが、右の一年経過後においても労働者が引つづきその労務に従事し、しかもそのことにつき使用者はもとより労働者においても異議を述べなかつた場合においては、右雇用契約は爾後期間の定めのない雇用契約として更新されたものと解するのが相当である(民法六二九条参照)。そして被申請人の主張する二年の雇用期間が前記一定事業の完了に必要な期間であること及び前記のように労使双方又はそのいずれかが異議を述べたことについては、被申請人において何ら主張し立証しないところであるから、本件雇用契約はその締結後一年を経過した昭和四七年四月以降は期間の定めのない雇用契約として更新されるにいたつたものというべきである。従つて期間の満了を理由とするこの主張は、すでにこの点において失当たるを免れない。

三  解雇の意思表示とその効力

1  抗弁2項の事実は当事者間に争いがない。

2  被申請人は、本件解雇の理由として、神学科縮小に基づく過員整理を主張するのでこの点について見るに、抗弁3項(一)記載の事実及び同(二)記載の事実中、神学科の入学者が過去一〇年間毎年約二〇名であつたこと、昭和四七年度における神学科その他被申請人主張の文学部内の各学科の学生数が被申請人主張のとおりであつたこと、被申請人が神学科については昭和四八年度の学生募集を行わない旨決定したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、証人D(第一、第二回)は、本件解雇の理由として被申請人の主張するところと符号する供述をするのであるが、右当事者間に争いがない事実及びその成立に争いがない甲第一号証(乙第五号証と同じ。)、証人Eの証言によつて成立を認める乙第三号証、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第九号証、証人F、G、Hの各証言及び申請人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合して認定しうる事実を総合すれば、本件解雇当時における神学科副手の取扱うべき事務のうち、抗弁3項(一)の(イ)の事務については、神学科所要の図書には殊にいわゆる原書が多く、その購入、整備、保管等に関する事務量は文学部内の他の学科のそれに比較してそん色がなく、また抗弁3項(一)の(ハ)及び(ニ)の各事務量は学科に所属する学生の数に影響されない性質のものであり、殊に右(ニ)の事務のうちには九名いる神学科専任教員のための秘書的な事務のほか、被申請人が日本キリスト教団の牧師養成のための認可学校である関係上、キリスト教会との折衝、教会関係の職についた神学科卒業生に対するアフター・ケア的事務があり、神学科副手の事務量に対しては学生数の多寡はほとんど影響しないこと、従つて、前記の決定に基づいて被申請人が昭和四八年度における神学科の学生募集を停止し、申請人に対する解雇の意思表示がなされた後においても、申請人は昭和四八年四月一杯は従前同様神学科研究室において勤務して被申請人からその勤務に対する賃金の支払を受け、申請人が勤務しなくなつた同年五月から七月までの三か月間は、被申請人はいわゆるアルバイトを雇用して、従来申請人が扱つてきた事務を取扱わせたこと、そして、その後現在にいたるまでの間は神学科の教員が自費をもつてアルバイトを雇用し申請人が扱つてきた事務を賄わざるを得ない状態になつていること、また本件解雇がなされるにいたつた経過について見ると、申請人の夫であり、かつて神学科に学生として在籍したことのあるAは、昭和四八年三月一三日に開催された神学科卒業生等を構成員とする共励会の臨時総会の席上において、被申請人の院長Bの氏名をもじつた「C」を名のり「閉ざされた世界に光を与えよ」と題し、神学科の存在並びにB院長ら被申請人の理事者を批判したうえ神学科の解体を呼びかけ、果は「Bのごとき馬鹿、まぬけ男につき合い、われわれの水準を低めてはならない」「B一派実力紛砕=神学科解体万才」等の内容を印刷した「吉本主義者同盟(田川派)」名義のビラを参会者に配布したが、同年三月三〇日の夜にいたり当時の被申請人の前記大学の文学部長であつたDから神学科主任専務取扱助教授のGに対し電話をもつて、右のAの言動についてB院長が激怒しているし、学園紛争のときもいろいろ暴れたことのあるAの妻である申請人を神学科で雇つておくことはけしからんというのがB院長の大変強い意向である、文学部副手の任期は二年という内規があるからそれを理由にして、また急なことでもあるし賃金一か月分を払つて申請人をやめさせるよう措置されたい旨の連絡があつたが、申請人に対する解雇理由が右のようにB院長のAに対する私憤であること等のためG助教授ににおいてD文学部長の申出に従うことを拒否したところ、翌三一日にD文学部長から申請人に対する私信の形式をもつて本件解雇の意思表示が発信されるにいたつたこと、そして、それまでの間において神学科において副手の任期が問題化したことはもちろん、副手の過員による整理が問題とされたこともなく、その後においても神学科教員は申請人の雇用継続を強く文学部長等に対して要望していたこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、被申請人が申請人を解雇するにいたつた真の理由は、Aの前記言動及び申請人がその妻であつたということに尽き、神学科の縮小に伴う過員整理は申請人を解雇するための単なる口実にすぎないことが認められ、この認定に反する前記D証人の証言及び証人Eの証言は前掲各証拠に比照して到底信用しうるものではない。そして本件の他の全証拠を検討して見ても、被申請人の叙上の主張事実の存在を疎明するものはない。

3  被申請人は、申請人の解雇権濫用の主張に対して、申請人がAの前記共励会における言動をその場にありながら妻として阻止しなかつたことを挙げてこれを非難し、申請人本人尋問の結果中には、申請人がAにおいて右のようにビラを配布するであろうことをあらかじめ知り、共励会に出席しながらAの前記言動を阻止しなかつたことを自認する部分があるが、申請人がAと共謀してAに右言動をなさしめたと認むべき疎明資料はないのみらず、たとえ夫婦であるにしても妻と夫は法律上は全く別人格であつて、夫にいかなる重大な非違行為があつたとしてもこれを理由に、そしてただその妻であることの一事をもつてその妻に対して法律的非難を加えることが許されないことは、あらためていうまでもない。従つて、被申請人のこの主張は採用の限りではない。

4  以上の認定事実によれば、申請人に対する本件解雇はその合理的根拠を欠くものというべく、従つて解雇権の濫用として無効というべきであるから、申請人の被保全権利の主張は理由がある。

四  保全の必要性

申請人本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合して疎明があつたと認める。

五  むすび

以上の理由によつて本件申立を正当と認め民訴八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

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