東京地方裁判所 昭和48年(レ)145号 判決 1974年4月22日
控訴人 関谷博之
右訴訟代理人弁護士 小川休衛
同 森寿男
同 木村英一
同 福田徹
被控訴人 首都高速道路公団
右代表者理事長 鈴木俊一
右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎
右訴訟復代理人弁護士 桑田勝利
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一申立
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二主張
一 請求原因(被控訴人)
1 被控訴人は昭和三七年六月八日、当時被控訴人の職員であった控訴人に対し「首都高速道路公団宿舎規程」(以下「規程」という。)に基いて被控訴人所有にかかる別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)を第三種職員宿舎として使用を許可し、以来一か月金二二一〇円の使用料を徴収して使用させてきた。
2 「規程」によると、職員宿舎には被控訴人の職員以外の者の入居は認められず、第三種職員宿舎に入居中の職員が退職したときには六か月以内に立退くべきこと、これに違反して宿舎を明渡さないときは、明渡期日から明渡に至るまで使用料の三倍に相当する損害金を支払うべきことが定められている。
3 控訴人は昭和四五年七月三一日被控訴人を定年により退職した。
4 控訴人は退職後六か月の経過によって本件建物明渡義務が発生したので、被控訴人は控訴人に対し、右明渡と、明渡義務発生の後である昭和四七年一〇月一日から右明渡に至るまで一か月金六六三〇円の割合による損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(控訴人)
請求原因事実は全部認める。
但し、被控訴人のいう使用料は賃料にほかならず、本件建物の使用関係には借家法が適用されるから、被控訴人の主張事実のみでは控訴人の明渡義務は発生しない。
三 抗弁(控訴人)
控訴人は被控訴人の設立当初から勤務し、その間絶大な功績をあげたものであるが、従来このような者に対しては、優遇措置として被控訴人において、定年退職後再就職先を斡旋したり、職員宿舎を譲渡したりする例があった。
ところが、被控訴人は昭和四四年一〇月控訴人に対し部長格管理職を理由もなく免ずる処分をし、定年退職に至るまで復帰措置もとらず、再就職の斡旋も一切行なわなかった。
右の降格処分により控訴人は名誉、信用を著しく傷つけられ、そのため就職先を得ることもできず、昭和四七年四月から本件建物において学習塾を経営して生計をたてるの止むなきに至り、現在においては他に移転することは困難な状況にある。
右のように、控訴人が他に移転することが困難になったことについては被控訴人に全面的な責任があり、又、本件建物は当初から控訴人の入居を予定して職員宿舎とされたもので将来控訴人に対する譲渡も考慮されていたのであって、これらのことを勘案すると、被控訴人の本訴請求は信義則上、又は公序良俗上許されない。
四 抗弁に対する認否(被控訴人)
否認する。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 請求原因事実については当事者間に争いがない。
控訴人は、本件建物の使用関係については借家法の適用があると主張するけれども、右の争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は被控訴人の職員である控訴人に対し、控訴人が右の身分を有することに伴って、一般の賃料額に比して著しく低額の使用料で使用することが許されているものであることは明白であるから、本件建物の使用関係はもっぱら「規程」の規律する特殊な法律関係と解するのが相当であり、その終了事由に関しては借家法の関係規定の適用はないと解すべきである(もっとも、明渡猶予期間については同法の規定の趣旨に照らし、相当期間を必要とするものと解すべきであるが、「規程」の定める六か月間は十分に合理的である。)。
二 抗弁について判断する。
≪証拠省略≫によると、調査役(格は上席参事)であった控訴人が昭和四四年一〇月一日総務部付専門役(格は上席参事)を命ぜられたこと、被控訴人の職員のなかには定年退職の際、被控訴人から再就職先の斡旋ないし、居住していた職員宿舎の譲渡を受けた事例があったことを認めることができる。
しかし、控訴人に対する右人事が、仮りに控訴人の主張するように不当な降格処分であるとしても、それを以って本件建物の明渡を拒む理由となし得ないことは事理の当然というべきであり、そうとすれば、たとえ控訴人がその主張するような経緯によって本件建物において学習塾を経営しているため本件建物を明渡し難い状況にあるとしても、右のような状況に立ち至ったのは、そもそも控訴人において右の明白な事理に反して明渡を拒む態度をとったことに根本の原因があるのであって、いわば自ら招いた結果というほかなく、被控訴人を責めることができる筋合のものではない。又、被控訴人において再就職の斡旋あるいは職員宿舎の譲渡をするというようなことは、被控訴人の恩恵的行為ともいうべきものであることは自明であって、過去に事例があり、あるいは本件建物について控訴人の主張するような事情があるからといって、控訴人が被控訴人に対して右のようなことを求める権利を有し、被控訴人がその義務を負担するなどとは到底解せられるものではない。従って、被控訴人が再就職の斡旋あるいは職員宿舎の譲渡をしないで控訴人に対し本件建物の明渡を要求したとしても、これを以て信義則ないし公序良俗に反するといい得ないことは明白である。
他に、被控訴人の本件建物明渡請求を信義則ないし公序良俗上許容すべきでないとの控訴人の主張を容認するに足る事由は何ら認められないから、控訴人の抗弁は採用することができない。
三 以上のとおりであって、控訴人に対し本件建物の明渡と、昭和四七年一〇月一日から明渡に至るまで「規程」所定の一か月金六六三〇円の割合による損害金の支払を求める被控訴人の請求は相当であるから、これを認容した原判決は正当というべきである。
よって、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 真栄田哲 田中壮太)
<以下省略>