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東京地方裁判所 昭和48年(レ)59号 判決 1974年9月04日

控訴人

千葉泰二

右訴訟代理人

黒田寿男

外三名

被控訴人

斉藤敏明

右訴訟代理人

今泉善弥

外一名

主文

原判決を取り消す。

本件を立川簡易裁判所に差し戻す。

事実

一  申立

1  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(本案前の申立)

本件控訴を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

(本案に対する申立)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  主張<略>

三  証拠<略>

理由

一本件記録によれば、原審は、昭和四七年一二月一八日午前一〇時の口頭弁論期日において控訴人不出頭のまま弁論を開き、被控訴人が訴状を陳述したのち弁論を終結し、判決言渡期日を同月二五日午前一〇時と指定し、ついで、右指定の言渡期日に当事者双方不出頭のまま原告たる被控訴人勝訴のいわゆる欠席判決を言渡したことおよび控訴人は右判決に対し昭和四八年三月五日当裁判所に控訴を提起したことが明らかであり、原審記録一八丁の郵便送達報告書によると、昭和四七年一二月一八日午前一〇時の口頭弁論期日呼出状および訴状副本は、同月七日午前一一時東京都国分寺市新町二丁目九番一一号において控訴人本人に直接交付され、適法に送達されたもののようにみえ、また、同記録八丁の郵便送達報告書によると、原判決正本は、同月二七日午後〇時一二分前同所において控訴人の同居者千葉綾子に交付して適法に送達されたもののようにみえる。

しかしながら、<証拠>を総合すると、つぎの事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

綾子は、控訴人と同居する妻であるが、金融業者から金融を得るため、昭和四六年八月ころ控訴人に無断で控訴人の実印の改印届をなし、以来、右偽造にかかる実印を使用して控訴人に無断で、かつ、控訴人名義をもつて金融業者浦野および篠原から金員を借用していたところ、右篠原からの借用金の返済に窮し、昭和四七年九月ころその返済等に当てるため、稲垣の紹介にかかる後藤政夫から控訴人名義で金員を借用したが、その際、後藤に銀行から金融を受けるための担保として本件不動産を提供して欲しい旨要望されたので、控訴人に無断でなすことである旨告げたうえで担保権設定に必要な本件不動産の権利証、右偽造にかかる控訴人名義の印鑑、印鑑証明書および白紙委任状などを稲垣を通じて後藤に交付した。ところが、後藤は銀行から融資を受けることができなかつたため金融業者である近藤から金二〇〇万円を借用し、その担保として本件不動産に関する前記書類を右近藤に預けたところ、同人は、本件不動産を売却し、さらに転々譲渡されて被控訴人がその所有権を取得した。そして綾子は、被控訴人から本件不動産を買つた旨の連絡を受けたのであるが、控訴人に無断で行なつた取引の結果であるため控訴人に相談する訳にもゆかず、稲垣にその旨を伝え、後藤が解決することを期待していた。ところが昭和四七年一二月七日立川簡易裁判所から訴状副本および同月一八日午前一〇時の口頭弁論期日呼出状が控訴人方に送達されたが、控訴人が不在であつたため綾子の母、荻原奈賀が受取り、郵便送達報告書の受領者押印欄に「千葉」の印を押捺した。綾子の母は受領した封書を開封することなくそのまま綾子に手渡し、さらに綾子は、右書類を控訴人に渡すことなく、後藤に渡し、後藤らに対し控訴人に右事実を秘したままで解決することを迫つた。他方後藤は、綾子の意を受けて本件不動産の買戻しを交渉したがまとまらず、あるいは口頭弁論期日に立川簡易裁判所に出頭したが、控訴人の代理人でないため弁論を行なうこともできず、さらに弁護士にその解決方法を相談したが、控訴人に秘したままでは解決できないとして受任を断られた結果、綾子に対し控訴人に打ち明けることを勧めたが、綾子は控訴人に伝えるならば自殺するなどと申し述べ、控訴人に秘すことを強く要望したためそのままにしていた。そして、昭和四七年一二月二七日判決正本が控訴人方へ送達され、控訴人が不在であつたため綾子は同居者としてそれを受領したが、右判決正本を控訴人に渡すことは勿論、判決正本の送達されたことを仄めかすことさえせず、後藤に渡し、後藤は控訴人に打ち明ける以外に解決方法がないと考え、その旨綾子に伝えたが、綾子は従前通り控訴人に秘すことを一層強く希望したためそのままにしていた。その後原判決の執行として本件建物の二階の一間の明渡しを了したが、右事実を控訴人に隠すため執行官が去つた直後、後藤が封印を破棄し、綾子は執行官によつて持出された荷物を原状に戻した。その後残余の執行期日の近付いた昭和四八年二月二七日ころ、綾子は、後藤から買戻しの方策の尽きたことを知らされ、己むなく稲垣の知合である野尻礼次郎弁護士の事務所に赴き、一部始終を話した結果、控訴人を同行することを求められ、同年三月三日控訴人を同行した。控訴人は、以上のような綾子の所為をこれまで何一つ知らなかつたが、右野尻弁護士の事務所において初めて同弁護士らから本件訴訟の経緯について聞知するにいたつたものである。

ところで、訴訟手続における送達は、原則として当事者本人に対してなされるべきものであるが、民訴法一七一条は、その例外の一場合として、送達場所において受送達者に出合わない場合には事務員、雇人または同居者にして事理を弁識するに足る知能を具える者に交付することができる(補充送達)旨規定する。右規定の趣意とするところは、事務員、雇人、同居者に対して送達書類を交付すれば、通常の場合その者から受送達者本人に交付されることが期待でき、送達の目的を達することができることにあると解されるが、右の者が、受送達者本人と利害相反する関係にあることなどの理由によつて受送達者本人に送達書類を交付することが期待できず、この者が故意にこれを受送達者本人に交付することなく秘匿したような場合には、民訴法一七一条による送達の効力は生じないものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、前記認定事実から明らかなとおり、綾子の前記のような行為は、控訴人の本件不動産に対する所有権を侵害する結果をもたらしたものであるから、綾子には本件訴訟に関する書類を控訴人に渡すことを期待しえない事情があり、現に綾子は交付を受けた判決正本を控訴人に渡すことなく、自らの前記行為を隠蔽するため故意に秘匿したのであるから、綾子に対してなされた判決正本のいわゆる補充送達はその効力はなく、よつて原判決の送達は控訴人がその事実を知つた昭和四八年五月三日になされたものというべきであり、同月五日になされた本件控訴の提起は有効なものといわなければならない。

また、口頭弁論期日呼出状および訴状副本の送達は、綾子の母に対してなされており、前記郵便送達報告書上の記載はとも角その実いわゆる補充送達としての効力を有するようにも解されるが、同人は右送達書類の内容を認知するいとまもなくこれを綾子に渡しており、綾子は右書類を前記のような事情から控訴人に渡すことなく秘匿したものであるから、綾子の母に対してなされた送達は、結局その効力を生じないものというべきであり、そうすると、昭和四七年一二月一八日午前一〇時の期日は、控訴人に対する期日の呼出および訴状副本の送達がないままで口頭弁論が行われたことに帰し、これに基づいてなされた原判決の手続は違法であるといわなければならない。

二右のとおり、原判決の手続は、法律に違背し、かつ、事件につきなお弁論をする必要があると認められるから、民訴法三八七条、三八九条により、原判決を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(中村修三 松山恒昭 打越康雄)

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