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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1042号 判決 1974年9月24日

原告

奥野好子

加藤元吉

右両名訴訟代理人

坂根徳博

被告

有限会社佃運輸

右代表者

鈴木正雄

被告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者

手嶋恒二郎

右両名訴訟代理人

宮川光治

満田繁和

主文

壱 被告有限会社佃運輸は原告らそれぞれに対し各弐百弐拾八万五千八百五拾円およびうち百九拾八万五千八百五拾円に対する昭和四拾七年四月壱日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

弐 原告らの被告有限会社佃運輸に対するその余の請求、被告千代田火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

参 訴訟費用のうち、原告らと被告会社佃運輸との間では原告らに生じた費用の五分の参は同被告の負担、その余は各自の負担、原告らと被告千代田火災海上保険株式会社との間では原告らの負担とする。

四 この判決は主文第壱項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

被告らは各自原告らそれぞれに対し各三、五九三、一七〇円およびうち三、二七三、一七〇円に対する昭和四七年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

原告らの請求求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一、原告ら(請求原因)

(一)  事故の発生

奥野利光(以下被害者という。)はつぎの交通事故(以下本件事故という。)によつて、事故発生の約二五分後に死亡した。

1 発生日時 昭和三七年四月三一日午後三時四五分頃

2 発生地 東京都杉並区桃井一丁目二六番一九号先環状八号線上

3 加害車 普通貨物自動車(品川四四あ二二〇号、以下被告車という。)

運転者 碓井一正(以下碓井という。)

4 事故の態様 被告車が、前記道路を横断中の被害者に接触し、路上に転倒させた。

(二)  責任原因

被告有限会社佃運輸(以下被告佃運輸という。)は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

(三)  損害

原告らは本件事故によつてつぎのとおり損害を蒙つた。

1 被害者の損害

(1) 治療費 八、三〇〇円

被害者は、昭和四七年三月三一日(本件事故当日)本件事故による傷害の診療費として八、三〇〇円を要した。

(2) 得べかりし利益の喪失による損害 九、二六〇、〇〇〇円

被害者は、昭和四一年三月一五日生れの男児で事故当時六才であつたから、本件事故に遭わなければ、本件事故のあつた月の翌月である昭和四七年四月から同五九年三月までの一二年間に順次小学、中学、高校に就学し、同五九年四月(被害者の年令一八才)から同一〇四年三月(同六三才)までの四五年間は就職し、別表該当欄記載の金額の収入を得るはずであつた。右の就学、就労の期間中、養育費、税金を含めた生活費を要するが、その額は別表該当欄の金額を上回わることはないから、これを当該年度毎に控除し、各年度の収入額生活費は年度の末日に発生するものとし、事故日である昭和四七年三月三一日の翌日からの民法所定の単利年五分の割合による中間利息をホフマン式で控除して昭和四七年三月三一日の現価を算出すると前記金額を下らない。

(3) 慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

被害者は、本件事故により幼年にして死亡し、今後生存して幸福を得る途を断たれたもので、その精神的損害に対する慰藉料として前記金額を相当する。

2 原告らが相続によつて取得した債権額

各五、六三四、一五〇円

原告加藤元吉は被害者の父、同奥野好子はその母であり、被害者の法定相続人であるから、被害者の右の損害についての賠償債権一一、二六八、三〇〇円を法定相続分(各二分の一)に応じて前記金額ずつを相続により取得した。

3 原告ら固有の損害

(1) 慰藉料 各一、五〇〇、〇〇〇円

原告らは生涯被害者と生活を共にすることができなくなり、被害者を養育し、教育するなどの楽しみを喪つたもので、その精神的損害に対する慰藉料額は前記金額を相当とする。

(2) 葬儀費 各一〇〇、〇〇〇円

原告らは被害者の葬儀のため、昭和四七年三月三一日の現価にしてそれぞれ前記金額を支出した。

4 過失相殺額各 一、四四六、八三〇円

本件事故状況等からして、事故の主たる原因は、危険な自動車の運転操作にあたつて安全運転を怠つた被告側にあり、被害者に左右の安全確認を怠つた過失があつたとしても、同人は六才の児童であること、現場は横断禁止場所ではなく、横断歩道の近くでもなかつたこと等に鑑みると、過失相殺を理由とする損害額の減額は、原告らの以上の損害額各七、二三四、一五〇円の二割相当額を超えない。

5 損害の填補 各二、五一四、一五〇円

原告らは本件損害の填補として各二、五一四、一五〇円の弁済を受けた。

6 弁護士費用 各三二〇、〇〇〇円

原告らは被告佃運輸に対し各三、二七三、一七〇円の損害賠償債権を有するところ、同被告からは任意の支払を受けられないので、右債権取立のため本訴請求手続の遂行を弁護士である原告ら訴訟代理人坂根徳博に委任し、その費用および報酬として一審判決言渡の日にその認容額の一割を下らない額を支払う旨約した。したがつて、原告らの弁護士費用は前記金額を下らない。

(四)  被告千代田火災海上保険株式会社(以下被告保険会社という。)に対する請求

1 債権者代位権の行使

原告らは被告佃運輸に対し各三、五九三、一七〇円の損害賠償債権を有することは既述のとおりであるところ、これを保全するため、被告佃運輸が同保険会社に対して有する後記保険請求権を、これを行使しない同被告に代位して行使する。民法四二三条一項にいう「債権を保全するため」とは、本件に即していえば、債務者である被告佃運輸が債権者である原告らの前記損害賠償債権を弁済するのに十分な資力を有しないことを要する趣旨ではなく、原告らが被告佃運輸の保険金請求権を代位行使することが前記損害賠償債権を実現するのに役立ち、プラスになる関係があれば足りるとの趣旨であると解すべきである。本件ではその関係が存在する。

2 保険契約の締結

被告保険会社は被告佃運輸との間において、被告車について被告佃運輸を被保険者、本件事故発生日を保険期間内、保険金額を一〇、〇〇〇、〇〇〇円とする対人賠償責任保険契約を締結した。

3 保険金支払義務の発生とその履行期の定め

右保険契約において 被告保険会社の保険金支払義務は、被保険者である被告佃運輸が第三者に対して損害賠償義務を負担すると同時に発生し、かつ右義務発生の日を履行期とする旨定められた。

4 履行遅滞

右のとおり、被告保険会社は原告らに対し被告佃運輸の損害賠償義務の発生日を履行期とする(不確定期限付)保険金支払義務があるところ、賠償責任保険制度は保険金によつて被保険者の損害賠償義務を履行し、消滅させることを目的としているから、被保険者に保険金によつて填補されないような損害賠償義務を負担させないことが望まれる。その趣旨から民法四一二条二項の規定にかかわらず、被告保険会社は保険金支払義務の履行期の到来(本件では被告佃運輸の原告らに対する損害賠償義務の発生)を知らなくても、そのときから履行遅滞に陥いると解すべきである。なお、保険金支払義務の履行遅滞による遅延損害金の支払義務については保険契約における保険金額の制限を受けない。

(五)  結論

よつて、原告らは、被告ら各自に対し各三、五九三、一七〇円および前記弁護士費用を除いた各三、二七三、一七〇円に対する事故日の翌日である昭和四七年四月一日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告ら(請求原因に対する答弁および主張)

請求原因(一)の事実は認める。

同(二)の事実中、被告佃運輸が被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは認める。

同(三)1(1)の事実は認め、同(2)の事実中、被害者が昭和四一年三月一五日生れの事故当時六才の男児であつたことは認めるが、その余は争う。同(3)の事実中、被害者が死亡したことは認めるが、慰藉料金額は争う。

同(三)2の事実中、原告らが被害者の父母であることは認め、その余は争う。

同(三)3(1)の慰藉料金額は争い、同(2)の事実は認める。

同(三)4の事実中、被害者に過失があつたことは認めるがその余は争い、同5の事実は認める。

同(三)6の事実は不知。

同(四)1の事実中、原告らが被告佃運輸に対し各三、五九三、一七〇円の損害賠償債権を有すること、被告佃運輸が被告保険会社に対して行使できる保険金請求権を有することはいずれも争い、原告ら主張の代位権行使がその損害賠償債権を保全するために必要であることは否認する。すなわち、民法四二三条にいう「債権を保全するため」とは債務者(本件でいえば、被告佃運輸)が無資力であることを要件とする趣旨と解すべきところ、本件では原告らは、被告佃運輸が無資力であることを主張立証しない。また、原告らは、被告佃運輸は保険金請求権を行使しないとして、代位行使の要件が充足されていると主張するが、保険金請求権は、被保険者の賠償責任額が判決等によつて確定しない限り、これを行使し得ないのであるから、被告佃運輸がこれを行使しないのは当然であつて、この場合代位権行使の要件である「債務者が権利を行使しない」場合には当らないと解すべきである。

同(四)2の事実は認め、3の事実は否定し、4の事実は争う。

三、被告ら(抗弁)

(一)  免責

本件事故は、請求原因(一)1記載の日時頃、同2記載の環状八号線上で発生したものであるが、右道路は、本件現場付近では、車道幅員約八メートル、センターラインが表示され、ガードレールによつて歩車道が区別され、法定最高速度は毎時四〇キロメートルであつた。

碓井は、前記日時頃被告車を運転し、右道路を四面道方面から井荻方面へ向けて北進していたが、事故現場の手前の清水一丁目交差点において信号機の表示にしたがい一時停止したところ、そのとき被告車の前方には他車両はなく、被告車が先頭の位置にあつた。碓井は、その後右交差点から被告車を発進させ、被告車の右側車輪が右道路のセンターラインの西側約二五ないし三〇センチメートルの位置で、毎時三五ないし四〇キロメートルの速度で走行し、本件事故現場に差しかかつたところ、対向車線上においては、対向車が長い列をなして渋滞し、その対向車列の右端はセンターラインの約二〇センチメートル東側寄りのところにあつた。被害者は、右対向車のうちの大型貨物自動車の間をぬつて右道路を東から西へ横断しようとして、被告車の直前に走つて急にとび出したため、本件事故が発生したものである。

碓井は、本件事故発生の直前において、周囲の状況を充分注視して被告車を運転していたもので、前方不注視の過失はなく、碓井の進行方向左側歩車道の境目のガードレールの切れ目に奥野和幸(小学校二年生)が立つていたとしても、同人は人を呼んでいるわけでもないから、本件のような状況のもとでは、碓井は渋滞している対向車両間から人が急に自車線上にとび出してくることを予想したうえで、事故を防止しうるように運転すべき注意義務を負うとはいえない。また、被告車をセンターライン近くのところで走行させたことも、対向車両間からの人のとび出しは予見できないこと、仮に道路左側寄りを走行していたとしても、被害者のように走つて進路前方にとび出す場合には事故は防止し得ないことから考えて、本件事故と因果関係がある過失とはいえない。

右のとおり、被告車の運転者である碓井および被告佃運輸には過失はなく、本件事故は、専ら渋滞停止していた対向車間から走つて横断しようとした被害者の過失によつて発生したものであり(被害者は事故当時六才で、事理弁識能力はあつたものである。仮に、そうでないとしても、少なくとも、被害者を監督すべき立場にある原告らに監督上の過失があつた。)、被告車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告佃運輸は、原告らに対し損害賠償義務を負わない。

(二)  過失相殺

(一)に述べたとおり、本件事故発生については被害者にも過失があつた(少なくとも、原告らに監督上の過失があつた。)から、原告らの損害の算定に当つては右事情を斟酌すべきである。

四、原告ら(抗弁に対する認否)

抗弁(一)の事実中、本件事故現場付近の道路の車道幅が約八メートル、センターラインの表示があつたこと、法定最高速度が毎時四〇キロメートルであつたこと、碓井が被告車を運転して北進中、事故現場の手前で信号機にしたがつて一時停止した際、先行車がなかつたこと、被害者が被告車の対向車線から走つて本件道路を横断しようとしたことはいずれも認めるが、碓井が前方を注視していたことは否認、その余いずれも争う。

抗弁(二)の事実中、被害者に過失があつたことは認めるが、碓井の過失との割合はその八割に対し二割程度のものである。

第三  証拠<略>

理由

一事故の発生

被害者が、昭和四七年三月三一日午後三時四五分頃東京都杉並区桃井一丁目二六番一九号先環状八号線上において右道路を横断中被告車に接触され、右事故の約二五分後に死亡したことは当事者間に争いがない。

二被告佃運輸の責任原因と過失相殺

(一)  運行供用者

被告佃運輸が被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

(二)  免責

1  <証拠>によれば、本件事故現場付近の道路および被告車の運行状況等についてつぎのとおりの事実を認めることができる。この認定に反する<証拠>は採用せず、その他左記認定を左右すべき証拠はない。

「(1)本件事故現場は、東京都杉並区清水一丁目の信号機のある交差点から約七〇メートル余北側へ直進した環状八号線(以下単に八号線ともいう。)上である。八号線は、住宅密集地である本件事故現場付近においては、南北に通じ、車道幅員約八メートル、歩道幅員約1.5メートルで、道路中央に白色ペイントでセンターラインが表示されて、南行車線(青梅街道との四面道交差点方向、以下内回り線という。)と北行車線(西武井荻駅方向、以下外回り線という。)に区分され、歩車道はガードレールで区別されている。但し、右ガードレールは必ずしも連続しておらず、歩行者は歩道からガードレールの切れ目を通つて容易に車道に進入し得る状況にあり、本件現場の直近においても、八号線の東側では約3.5メートル、西側では約6.3メートルの切れ目があり、本件事故前、被害者らは、右ガードレールの切れ目から八号線を横断していた。法定最高速度は毎時四〇キロメートルで、本件事故現場から北に向うと極めて僅かに下り勾配となつているが、前方への見とおしは良好なアスファルト舗装の道路である(八号線の幅員、センターラインの表示、法定最高速度については当事者間に争いがない。)

(2) 碓井は、前記日時頃被告車(車長約4.7メートル、車幅約1.7メートル、車高約二メートル、車両重量約1.7トンの普通貨物自動車)を運転し、八号線の外回りを北進し、前記清水町一丁目の交差点手前に至つたところ、折から同交差点の外回り線の信号機が赤を現示していたので一時停止したが、その際、外回り線上には被告車の先行車はなかつた。碓井は、信号機が青に変るや被告車を発進させ、毎時約三五ないいし四〇キロメートルの速度で本件現場付近に差しかかつたところ、奥野和幸(事故当時八才、被害者の兄)が、被告車の前方西側荻窪学生僚前ガードレール切れ目(後記事故発生地点西側約四メートルの地点)路上に佇立し、道路東側歩道上を直視しており、ちようど内回り線では多数の車両が渋滞していた。このとき被害者が道路東側の歩道のローズクリーニング店舗前付近から停滞車両の間を通り道路西側の荻窪学生僚門前にいた兄奥野和幸の方へ向つて道路を横断しようとして、走つて外回り線上に進入してきたため、碓井は被害者がセンターラインから約0.8メートル外回り線に進入したところにおいて、被告車の右前部霧灯付近を被害者に接触させ、被害者を同所から左斜め前方約一五メートルの路上まではねとばした。碓井自身はそのときになって始めて被告車に何かが接触したことを感得し、その直後ブレーキを踏んで減速し、その結果被告車は停止直前に路上に右車輪約0.8メートル、左車輪約0.3メートルのタイヤ痕を残し、接触地点から約一七メートル走行して停止した。」

2  右1(1)および(2)の各事実によると、碓井は、八号線の本件現場付近において被告車を運転・走行するに際しては、奥野和幸が立つていたこと等により、人あるいは車両がガードレールの切れ目から車道上に進出してくることが予想されるから、それとの接触を避けるため常に前・側方を注意して運転すべき注意義務があつたのに、碓井は前方注視を怠つて進行したものである。したがつて、被告らの主張するように、碓井が進路前方を注視していても、現場付近の道路状況および右奥野和幸の様子から、同付近で右奥野和幸あるいは他の者が道路横断することを予知し得ず、被告車の速度を減速するなどして、本件事故の発生を防止し得る可能性がなかつたとは到底いえない。

3  右によると、本件事故発生について碓井に被告車を運転するに当つて過失がなかつたとはいえないから、被告らの免責の主張は採用できない。よつて被告佃運輸は、自賠法三条にもとずき、原告らの後記損害を賠償する義務がある。

(三)  過失相殺

右二(二)(1)の事実によると、被害者は、車両交通の頻繁な八号線を横断するに当つて左右を注意しないで走つて横断するなどの過失があつたことが認められるところ(被害者に過失があつたことは当事者間に争いがない。)、本件事故現場付近の道路状況、事故態様に照らすと、過失相殺率は約三〇パーセントと認めるのが相当である。

三損害

本件事故によつて原告らに生じた損害額を算定する。

(一)  被害者の治療費 八、三〇〇円

被害者が、本件事故当日事故による傷害の治療費として八、三〇〇円を要したことは当事者間に争いがない。

(二)  被害者の得べかりし利益の喪失による損害 八、三〇〇、〇〇〇円

1  逸失利益算定の方法

被害者が本件事故により受けた財産上の損害の一つとして将来取得すべき労働能力の喪失があり、これを金銭に評価しなければならない。その方法として、被害者が生存していたならばなすべき労働を金銭に評価し、これからこの労働をとげるのに必要な経費(生活費、養育費等)を控除し、この際中間利息相当分も差引き、よつて得た金額を重要資料として、被害者の将来の労働能力を評価し、もつて被害者の逸失利益を判定すべきである。

2  稼働可能年数

被害者が、昭和四一年三月一五日生れ(事故時六才)の男子であることは当事者間に争いがなく、被害者は学校卒業後就職して六七才に達するまでの間稼働し、収入を得ると推認される。

被害者が、稼働を始める年令として一五才(中学校卒業時)か一八才(高等学校卒業時)又は二〇才ないし二二才(短期大学又は四年制大学卒業時)のいずれかが考えられる。大学進学はいまだ一般化しているともいえず、進学率からみても高等学校卒業の可能性は一般に大きいものの、我国では原則として中学校卒業後はじめて他人に雇傭されて労働することが法的に可能となり(労働基準法五六条)、かつ本人の知能体力からみても、経済的に評価しうる労働をすることができるようになるのである。従つて、人はこのときから労働能力を取得するといえる。

さらに現在一般的に利用可能な統計表である労働省調査賃金構造基本統計調査(以下賃金センサスという。)によると、中学校卒業労働者と高等学校卒業労働者とでは、前記逸失利益算定の基礎となるべきその各全年令平均給与額において左程格差はないこと(因みに、昭和四八年賃金センサス第二表によると、前記中学校卒業者男子産業計、企業規模計全年令平均の年収額は一、五三〇、三〇〇円であるのに対し、同様の高等学校卒業者男子のそれは前者をわずかに0.77パーセント上廻る一、五四二、二〇〇円である。)高等学校まで進学した後就職する者は三年間稼働期間が短縮されるのが通常であり、就学期間中の生活費および学費等を必要経費として前記のとおり控除しなければならず、結局差引逸失利益額において中学校卒業者より少額となることなどに鑑みると、本件のように被害者が幼児であつて賃金センサスを利用して被害者の逸失利益を計算する際に限り中学校卒業後に就職する場合の収入額を目安として逸失利益を算定する方法には合理性があつて、必ずしも原告ら主張のように高等学校卒業後稼働を前提としなければならないものではない。

よつて被害者が一五才から六七才まで稼働するものとして逸失利益を算出すべきである。

3  毎年の収入額と必要経費

毎年の収入を認定するに当り賃金センサスの全年令平均給与を用い、毎年の生活費として一律に収入の一定割合に相当する金額をこれより控除するのを相当とする。

もとより財産的価値ある労働は賃金センサスにあらわれているような企業主に提供されるものに限られず、それ以外の目的に奉仕するものも含むわけである。しかし後者はこれを適確に金銭に換価する資料に乏しいので、労働能力の最終的評価の際に考慮するにとどめる。

人が一生を通じ毎年同一金額の収入を得、したがつて同一金額の生活費を要すると解することは現実に殆どあり得ないことである。しかし六七才まで現実に稼働した場合と事故によつて死亡した場合との収益の現実の差額をもつて損害とするならば格別、ここでは人の死亡による労働能力の喪失を金銭に評価するための重要資料として生存している場合の収入額と生活費等とを考えるのであるから、計算方式において現実の収入額や生活費等をそのまま前提とする必要は必ずしもなく、要は簡明な計算方式により妥当な評価額に到達すれば足りるのである。

原告ら主張の計算方式は確かに逐年増加する現実の収入額および生活費に近いのであるが、それだけに年令階級別に金額を異にし、中間利息控除のため複雑な計算をしなければならない。当裁判所の採用する全年令平均給与額を用いるときは、若年層時代の収入において生存していた場合の現実のそれより多額となるが、壮年層時代の収入において現実のそれより少額となつており、結局ある程度年功による労働能力の向上にもとづく収入増も見込んだのと同様の結果に帰着し、結論が妥当であつて、しかも計算方式が簡便である。

そのうえ原告ら主張の計算方式と前記当裁判所の計算方式とでは生活費等の割合如何によるとはいえ、同一方法による中間利息控除後概ね大差を生じない点からみても計算方式として後者の方法をとるのが実際的である。

4  中間利息控除方式

この方式は多種多様であるが、その優劣は方式自体のみを取り上げて論ぜられるべきものではなく、前述の如くこの方式は労働能力評価のための重要資料算定の一方法にすぎないから、要は評価額が社会常識からみて妥当であれば足りる。この点につき、ライプニッツ方式は、全年令平均給与額と養育費控除との採用とあわせるとき、幼児の逸失利益と壮年者のそれとの差額をホフマン方式よりも少なからしめるという利点をもち、また現実の経済社会の金利に関する有力慣行とも合致し、合理性ありというべきである。

5  逸失利益額

前記の計算方法により逸失利益を算定する。

被害者は一五才で中学校卒業後直ちに労働し六七才まで稼働し、その間少なくとも年間一、五三〇、三〇〇円(昭和四八年センサスによる産業計、企業規模計、中学校卒業男子全年令平均給与額)の収入を得るはずであるが、同人は一五才に達するまでの九年間は養育費として毎月一〇、〇〇〇円を下らない費用を要し、その後は生活費等として毎月収入額の五割相当額を下らない費用を要するから、これらを控除し、ライプニッツ計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して現価を算出すべきである。

かかる計算式の各要素自体、将来に属し不確定な性質を有するばかりでなく、賃金センサスに含まれない労働もあり得べく、また計算の目的は、被害者の労働能力評価の重要資料を得るにあるから、右計算によつて得た数値をそのまま労働能力の評価額とする要はない。よつて右計算により得た数値の端数を調整し被害者の労働能力の事故時の価格を八、三〇〇、〇〇〇円と評価するのを相当とする。

(三)  相続 各四、一五四、一五〇円

原告加藤元吉は被害者の父、同奥野好子はその母であることは当事者間に争いがなく、他に相続人ありとは認められないから、原告らは、被害者の法定相続人として、右(一)および(二)の損害賠償債権八、三〇八、三〇〇円を法定相続分(各二分の一)にしたがつて各前記金額ずつを相続により取得したものと認められる。

(四)  被害者の慰藉料

原告らは、被害者が本件事故死によつて取得した慰藉料請求権を相続取得したと主張する。しかし、交通事故による生命侵害の場合、死亡者本人に死亡による慰藉料請求権が発生しかつ帰属することを認め得るとしても、慰藉料請求権は、精神的苦痛というその発生・程度等において極めて個人差のある損害に対する賠償請求権であつて、それ自体高度に個人的・主観的色彩の強い権利であるから、性質上被害者の一身に専属すべく加害者において被害者の死亡前にその請求に応じて支払を約すなど、その個人的・主観的性質が減退し、通常の金銭債権に転化したと認められる特別な事情がある場合のほかは、被害者の死亡によつて消滅し、相続の対象とはならないと解するのが相当である。

ところで、本件において、被害者は事故時六才で、事故後約二五分して死亡したことは当事者間に争いがなく、右特別の事情があると認められないから、被害者の死亡による慰藉料請求権は発生したとしても、その死亡と同時に消滅したと認められる。また被害者は死亡前二五分間傷害により精神的苦痛を受けたと認められるが、少なくとも、かような死亡前短期間の傷害による精神的苦痛に伴う慰藉料請求権は、死亡に伴うそれと運命をともにするというのほかはない。したがつて、原告らの右主張は理由がなく採用することができない。

(五)  葬儀費 各一〇〇、〇〇〇円

原告らは、被害者の葬儀の費用として昭和四七年三月三一日の現価にして各一〇〇、〇〇〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

(六)  過失相殺後の前記損害額 各三、〇〇〇、〇〇〇円

本件において、被害者にも事故発生の原因となる過失があり、右過失を斟酌して原告らの損害額の約三〇パーセントを過失相殺するべきことは既述のとおりであるから、過失相殺後の損害額は各三、〇〇〇、〇〇〇円と認めるのを相当する。

(七)  原告らの慰藉料 各一、五〇〇、〇〇〇円

原告らは、本件事故によつて被害者を幼少のうちに喪つたもので(当事者間に争いがない。)、被害者の死亡によつて多大の精神的苦痛を蒙つたことは容易に推認されるところ、本件事故態様、被害者の前記過失等本件に現われた諸事情に鑑みれば、慰藉料として各前記金額が相当と認められる。

(八)  損害の填補 各二、五一四、一五〇円

原告らは、本件損害の填補として自賠責保険等から各二、五一四、一五〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

(九)  弁護士費用 各三〇〇、〇〇〇円

右のとおり、原告らは被告佃運輸に対し本件事故による損害賠償として各一、九八五、八五〇円の請求権を有するところ、<証拠>および弁論の全趣旨によれば、被告佃運輸は任意に支払をしないので、原告らは右債権の取立のため本訴請求手続の遂行を弁護士坂根徳博に委任し、その費用および報酬として東京弁護士会弁護士報酬規定どおりその最低額の金額を第一審判決言渡の日に支払う旨約したことが認められるが、本件審理経過、事件の難易、原告らの各損害額に鑑みると、右のうち各三〇〇、〇〇〇円(昭和四七年三月三一日の現価)が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

(一〇)  合計額

以上を合計すれば二、二八五、八五〇円となる。

四原告らの被告保険会社に対する保険金請求

原告らは被告佃運輸に対する本件損害賠償債権を保全するため、同被告に代位して被告保険会社に保険金の支払を請求する。これにつきつぎのように判断する。

(一)  債権者代位権の要件

債権者代位の制度は、債権者が債務者に属する権利を行使するのを許すことによつて、債権者の債権が満足をうるべき最後の保障である債務者の一般財産の散逸を防止し、もつて債権者の債権の保全を図ることを目的とするものであるから、債権者代位権の行使の一要件として債務者の一般財産が、債権者において代位行使しようとする権利の金額を除いては、債権者の債権を満足させるに足らない額であること、換言すれば債務者が無資力であることを要すると解するのが相当である。

ところで、いわゆる特定債権、たとえば、不動産賃借人がその賃貸人に対して有する賃借権にもとづく不動産引渡債権等の保全のために、その債務者である不動産賃貸人が資力を有する場合においても、右債務者に属すする権利たとえばその不動産の所有権にもとずく明渡請求権を代位行使することが判例上容認されている。右は、賃借人が自己に属する権利を適切に行使せず、その権利不行使がひいてはその債権者である賃借人に対する関係で不動産引渡債務の不履行を生ぜしめるとき、賃借人は本来の債権の履行に代えて損害賠償債権(金銭債権、民法四一七条)を取得するが、不動産賃借権の性質に鑑み、右権利者に金銭債権である損害賠償債権を取得させるのみでは必ずしも適切な法的救済とはならない場合があることなどから、特にかかる特定債権に限り例外的に認められている解釈にすぎず、これを一般化できないい金銭債権は、その性質上特定物の給付を求めるものでなく、債務者の一般財産による満足(最終的には、債務者財産の換価・配当による。)を求めるものであるから、金銭債権を保全するためとは、かかる満足を得られないことのないため、すなわち債務者の無資力状態の改善のためということに帰し、原告ら主張のようにこれを債権の実現に役立ちプラスになるというような広い意味に解することはできず、したがつて特定債権とも同視できない。

無資力を要件とするとき、債権者は自己の債権の給付訴訟と債務者の権利の実現のための訴訟とを各別に追行するとの不利益をうけるとの主張につき考えるに、債務者無資力のとき、債権者は代位権を行使できるから、この批判は失当であり、債務者有資力のとき、債権者の一般財産につき、債務名義にもとづき差押により、債権の満足を得られ、あえて債務者に属する権利を代位行使する要をみないし、また債務名義取得前債務者に財産隠匿などのおそれがあれば仮差押によりこれを防止できるのであるからこの批判はあたらない。

(二)  任意保険請求権の代位行使の可否

本件におけるように、不法行為の加害者(損害賠償責任保険契約における被保険者かつ損害賠償義務者)、被害者(損害賠償債権者)、保険会社との関係に限つて論ずることとする。

損害賠償責任保険(以下任意保険という。)の目的は、被保険者が将来第三者に対し損害賠償義務を負担する場合、これによつて生じた損害を保険金によつて填補するにある。この場合、賠償義務を負担した被保険者は、任意保険金債権を除いた自己の財産をもつて右義務を履行し、その後に任意保険金債権を行使し、右損害を填補することも、受領した任意保険金そのものをもつて賠償義務を履行することも可能であり、被保険者は必ず任意保険金そのものを賠償義務の履行に充てるべき法的義務を負わないし、また任意保険金をもつてまず満足すべき旨を賠償債権者に請求する法的権利も有しない、すなわち、賠償債権者の立場からみると、賠償義務者である被保険者の有する任意保険金債権から、他の債権者に優先して、賠償金の支払を受けるものではなく、賠償義務者の任意保険金債権は結局のところその一般財産に組み入れられ、一般債権者の債権の満足にも充てられるべきものである。したがつて、賠償義務者について破産の宣言があつた場合には、賠償債権者は、任意保険金債権についても他の一般債権者と同順位において配当を受け得る地位にあるにすぎないのである。

他面不法行為(殊に交通事故)被害保護の理念からみる限り、被害者等賠償債権者が加害者である被保険者の有する任意保険金債権につき、直接保険会社に請求する途を開けば、賠償債権者、賠償義務者、保険会社の三者の法律関係の決済を簡明ならしめ、被害者をして、賠償義務者の他の債権者とは全く別に事実上優先して迅速確実に、その権利を実現させうるのである。しかし、かような直接請求権を与えるには、それが右三者や他の債権者の利害に関する以上自賠法一六条、一八条、商法六六七条のような規定を要するのであつて、かかる規定のない任意保険につき、直接請求権を認めることは立法論としてはともかく、解釈論としてはとり得ない。

したがつて、賠償債権者が被保険者に属する任意保険債権を代位行使する場合に限り特定債権とみて無資力を要件としないことは、結局解釈により民法四二三条の本来の作用を超えて、特定債権でないものを特定債権としたうえ、法律の認めない直接請求権を創設したのと同じ結果に帰し失当である。

保険会社は、保険約款にもとづき、被保険者が法律上の損害賠償義務を負担することによつて蒙むる損害を填補する責に任ずる(昭和四〇年一〇月改訂自動車保険普通保険約款一条本文)から、おそくとも被保険者の賠償債権者に対する損害賠償額が判決において確定されたときは保険金を支払うべき義務を負うものである。それにもかかわらず原告らの主張のように、右保険金請求権を争うことがあることは否定し難いが、それが保険約款上のいわゆる保険免責の主張にもとづくものである場合等は保険会社の正当な権利行使と評すべきであつて、被害者が二度の訴訟追行を強いられることも己むを得ないところである。これを根拠に代位行使の要件から無資力を除外することはできない。

(三)  結び

以上のとおり、金銭債権一般についても、不法行為被害者、加害者(被保険者)、保険会社間に限つて論じても、金銭債権者である被害者が債務者である加害者に代位して保険会社に対して任意保険金債権を行使するためには加害者が無資力であることを要すると解すべきである。しかしながら、原告らは、本件において被告佃運輸が無資力であることの主張・立証をしないので、原告らの債権者代位権行使は、その要件を欠く。結局原告らは被告保険会社に対する本件保険金請求訴訟において原告適格を有するとは認められないわけである。

五結論

よつて、被告佃運輸は原告らそれぞれに対し各二、二八五、八五〇および弁護士費用損害三〇〇、〇〇〇円を除いた一、九八五、八五〇円に対する本件事故日の翌日である昭和四七年四月一日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの被告佃運輸に対する本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、原告らの被告保険会社に対する請求はいずれも失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(沖野威 大津千明 大出晃之)

<別表略>

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