大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1997号 判決 1974年9月06日

原告

浜田稔

外一名

右原告ら訴訟代理人

美山幸熊

被告

東京都

右代表者知事

美濃部亮吉

右指定代理人

林四寿男

外一名

主文

被告は、原告浜田稔に対し金一四〇万円、原告浜田和子に対し金一三五万円および右各金員に対する昭和四七年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らのその余を被告の各負担とする。

この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、原告浜田稔に対し金二七〇万円、原告浜田和子に対し金二二五万円および右各金員に対する昭和四七年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。<以下略>

理由

一原告稔、同和子は夫婦であつて、東京都江東区辰巳町に所在する東京都営の通称辰巳団地に居住しているが、その子誠は、昭和四七年三月六日午後三時頃、江東区辰巳一丁目五番先の空地で友達と遊んでいるうち、被告の管理する右空地に接続する本件運河にすべり落ちて水死したこと、本件運河とその岸は公共の用に供されているもので国家賠償法二条にいう公の営造物であることは当事者間に争いがない。

二そこで、誠の死亡について本件運河(岸を含む、以下同じ。)の管理に瑕疵があつたかどうかについて判断する。

(一)  本件運河は水深三メートル、水面から岸までの高さ約二メートルで岸がほぼ垂直になつていること、訴外会社の所有地とこれに接続する道路部分との間に別段の境界も設けられていないこと、本件運河の岸には何らの施設も設けられていなかつたこと、原告ら夫婦と誠らが居住していた辰巳団地には児童、幼児が約五、〇〇〇人いること、辰巳団地の自治会の代表約三〇名は、昭和四五年二月一〇日、被告都の住宅局管理課長に面会して、本件運河の危険性を説明するとともに「業者が埋立地の払下げを受けていながら空地に何らの施設も施さず、子供達が立入つて危険であるから、立入れないような処置をとつてもらいたい、また本件岸には有刺鉄線等による柵を施してもらいたい。」旨陳情したが、課長は、「水面を利用する業者に空地を売渡してあり、柵をしては水面を利用できなくなるので柵を施すことはできない。」旨回答し、危険防止のための措置を何ら講じようとしなかつたことについては当事者間に争いがない。

(二)  ところで、誠が本件運河にすべり落ちて水死したことについては前示のとおり当事者間に争いがないが、誠がどのようにして本件運河にすべり落ちたかについては、これを確認するに足りる証拠はない。

(三)  そして、<証拠略>を総合すると、原告らの居住する辰巳団地には、その敷地内に一応子供の遊べる空地があるが、公園等の適当な遊び場はなく、子供らは、保護者らの監視の目をくぐりぬけて、付近の訴外会社所有の空地に歩み入り、本件運河付近に近づいて遊んでいたが、本件事故前に二人の子供が本件運河に転落して水死し、本件事故後も昭和四七年六月までにさらに一人の子供が本件運河に転落して水死したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実関係の下においては、原告らの居住する辰巳団地には、その敷地内に一応子供の遊べる空地があるが、公園等の適当な遊び場がないから、訴外会社の所有地が子供らの遊び場になつており、そこから本件運河の岸にも近寄つて本件事故以前にも、二人の子供が本件運河に転落して水死していたもので、かつ被告は辰巳団地の自治会代表らから、危険防止の措置を講ずるよう要請を受けていたのであるから、被告としては、子供の転落事故等の防止のため本件運河の岸に有刺鉄線を張る等の適切な防護策を講ずべき管理責任があると解すベきところ、被告は何らの防護策も講ずることなく放置していたものであることは明らかであるから、この点において、被告の本件運河の管理には瑕疵があつたものといわざるを得ない。

もつとも、この点について、被告は、本件運河の岸に有刺鉄線を張りめぐらすと、船から岸壁に荷揚げすることに支障を来し、運河の機能を喪失せしめるものであると主張するが、<証拠略>によると、本件事故後本件運河の岸に有刺鉄線が相当の長さに亘つて張りめぐらされているが、特に本件運河の船の航行・荷揚げ等に支障を来たしていないことが認められ、右認定に反する証拠はないから、この点ついての被告の主張は到底採用することができない。

三そこで、損害について検討する。

(一)  逸失利益

<証拠略>によれば、誠は、死亡当時満五才九カ月の健康な男児であつたことが認められるから、統計によれば、少くとも満二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間稼働でき、その間原告らの主張どおり、毎月六万六、四〇〇円を下らない収入を得ることができたであろうことが推認できる。そして、右収入を得るために控除すべき生活費を全稼働期間を通じて五割とし、ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して算出すると、誠の死亡時における逸失利益は、原告ら主張どおり金六〇〇万円(端数切捨)となる。

なお、この点に関し、被告は、原告らは誠の扶養義務者として当然支出すべかりし二〇才までの養育費の支出を免れたのであるから、これを損害額から控除すべきであると主張するが、その主張自体失当であることは、原告らの援用する最判昭三九・六・二四(民集一八・五・八七四)に照らして明らかであるから、採用することはできない。

(二)  過失相殺

被告は、本件事故の発生につき誠もしくは原告らにも過失があつたから、損害額の算定についてこれを斟酌すべきであると主張するので判断するに、誠は本件事故当時満五才八カ月であつたから、その両親である原告らは法律上その監護に当るべきことはいうまでもないところ、前示認定の事実によれば、辰巳団地の敷地内には一応子供が遊べる空地がある外訴外会社の所有する約三、〇〇〇平方メートルの空地もあつたのであるから、行動範囲の限定された誠のごとき未就学児の遊び場としては一応安全な場所が確保されていたものと窺われ、したがつて、原告らが誠に付添うかあるいは時折同人の行動や遊び場所を確認するなどして監護を十分尽しておれば、誠があえて団地から十数メートルも離れている本件運河付近に近付かなくていい状況にあつたものというべきところ、<証拠略>によると、原告らは誠が幼稚園に通園するに際しては送り迎えするものの、自宅付近の空地で付近の子供達と遊ぶときは同人に付添うことなく放置し、遊び相手、行動・遊び場所などを時折確認することもなく子供達のみで遊ぶままに放置していたため、誠が自宅から十数メートルも離れた本件運河に近づき本件事故に遭遇したものと認めることができ、右認定に反する証拠はない。

してみると、原告らにも、社会生活上幼児を持つ親として当然果すべき監護義務を怠つた過失があるというべきであるから、これを斟酌すると、前示逸失利益の損害金六〇〇万円のうち金四八〇万円を被告に負担させるのを相当と判断する。

(三)  原告らの相続

そして、原告らが誠の両親であることは当事者間に争いなく、弁論の全趣旨によれば、誠には原告ら以外に相続人が存在しないことは明らかであるから、原告らは、誠の死亡により右逸失利益の二分の一にあたる金二四〇万円宛それぞれ相続したことになる。

(四)  慰藉料

原告らは突然愛児を失つて多大の精神的苦痛を被つたであろうことは容易に窺われるところ、原告らの地位、家庭の状況、過失の外本件事故の態様等諸般の事情を参酌すれば、原告らの苦痛を慰藉すべき額は、原告ら各自につき金一二〇万円が相当と判断する。

(五)  葬式費用

弁論の全趣旨によると、原告稔は、誠の葬儀に際し、葬式費用として相当額の支出をしたものと推認されるが、原告らの社会的地位、誠の年令、原告らの過失等に照らせば、本件事故と相当因果関係にある損害としての葬式費用は金二〇万円をもつて相当と認める。

(六)  弁護士費用

本件記録添付の原告らの委任状と弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告が損害を任意に履行しないため本件訴訟の提起と追行を原告ら訴訟代理人弁護士美山幸熊に委任し、原告稔が和子の分も含めて、同弁護士に相当額の報酬を支払う旨約したことが窺われるが、本件事件の難易、請求金額、認容額、訴訟の経過等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当困果関係にある損害としての弁護士費用は金三〇万円と認定するのが相当である。

(七)  損害の補填

原告らは、本件事故について、訴外会社から金四九五万円の支払を受けたことは原告らの自認するところであるところ、右金額は、原告ら主張どおり、原告稔につき金二七〇万円、原告和子につき金二二五万円宛弁済充当されたものと認めるのが相当である。

四以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告稔につき前項(三)の逸失利益の損害の相続分金二四〇万円、(四)の慰藉料金一二〇万円、(五)の葬儀費用二〇万円、(六)の弁護士費用金三〇万円の合計金四一〇円から(七)の金二七〇万円を控除した金一四〇万円、原告和子につき前項(三)の逸失利益の損害の相続分金二四〇万円、(四)の慰藉料金一二〇万円の合計金三六〇万円から(七)の金二二五万円を控除した金一三五万円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四七年三月七日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容するが、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (塩崎勤)

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