東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5534号 判決 1974年12月09日
原告 田部井清
原告 田部井和子
右両名訴訟代理人弁護士 古橋浦四郎
同 隈元孝道
被告 株式会社ブーケ
右代表者代表取締役 松井善作
右訴訟代理人弁護士 町田健次
同 柏谷秀男
主文
原告らの請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告会社は、原告田部井清(以下原告清という。)に対し、金五三〇万円及びこれに対する昭和四五年五月二四日から支払いずみに至るまで日歩金二銭七厘五毛の割合による金員を支払え。
2 被告会社は、原告田部井和子(以下原告和子という。)に対し、金一七〇万円及びこれに対する昭和四五年五月二四日から支払いずみに至るまで、日歩金二銭七厘五毛の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告清は、昭和四五年五月二四日、訴外株式会社ブーケ(現在の商号は株式会社デービー、以下旧ブーケという。)との間で、同会社の原告清に対する従前の借受金債務金二三〇万円及び金三〇〇万円の合計金五三〇万円を目的とし、弁済期を同年八月二四日、利息を日歩金二銭七厘五毛とする準消費貸借契約を締結した。
(二) また、原告和子は、右同日、旧ブーケとの間で、同会社の原告和子に対する借受金債務金一七〇万円を目的とし、弁済期及び利息については、右(一)記載の契約と同様の準消費貸借契約を締結した。
2 ところで、被告会社は、昭和四五年九月四日、旧ブーケと同一の営業を目的として設立された会社であるが、その設立と同時に、旧ブーケから、商号、得意先、商品売掛債権、什器備品、電話加入権、営業用土地建物の使用権等を含む同会社の営業の譲渡を受け、かつ、同一店舗で旧ブーケの商号を使用して、営業を開始した。したがって、被告会社は、商法二六条一項により、右1の(一)及び(二)記載の各準消費貸借契約に基づく旧ブーケの債務につきこれを弁済する責任がある。
3 仮に被告会社に右のような責任がないとしても、被告会社は、昭和四五年九月中旬から同年一二月中旬までの間に数回にわたり、原告らに対して、旧ブーケの原告らに対する右各債務を引き受け、これを支払うことを約束した。
4 よって、原告清は、被告会社に対し、金五三〇万円並びにこれに対する昭和四五年五月二四日から支払いずみに至るまでの日歩金二銭七厘五毛の割合による利息(昭和四五年八月二四日までの分)及び遅延損害金(昭和四六年八月二五日以降の分)を支払うことを求め、また原告和子は、被告会社に対し、金一七〇万円並びにこれに対する昭和四五年五月二四日から支払いずみに至るまでの日歩二銭七厘五毛の割合による利息(昭和四六年八月二四日までの分)及び遅延損害金(昭和四六年八月二五日以降の分)を支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)及び(二)記載の事実は知らない。
2 請求原因2記載の事実のうち、被告会社が昭和四五年九月四日旧ブーケと同一の営業を目的として設立された会社であること、旧ブーケと被告会社との間で原告ら主張のような内容の営業譲渡がなされたこと及び被告会社が旧ブーケと同一店舗で旧ブーケの商号を使用して営業を開始したことは認めるが、右営業譲渡の日時は否認する。
3 請求原因3記載の事実は否認する。
三 抗弁
被告会社は、旧ブーケが事実上倒産したため、その大口債権者が旧ブーケに対する債権の回収を図るために設立した会社であるが、営業譲渡の際、旧ブーケの原告らに対する債務を引き受けたことはない。そして、原告清は、旧ブーケの取締役として、被告会社の設立の折衝にあたり、かつその設立後も、同会社の総務及び会計の事務を担当していたものであり、また、原告和子は、原告清の妻であって、いずれも、被告会社が旧ブーケの原告らに対する債務を引き受けていないことを熟知していたものである。したがって、原告らには商法二六条一項の規定の適用はない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実のうち、被告会社は、旧ブーケの事実上の倒産のため、その大口債権者が旧ブーケに対する債権の回収を図るために設立した会社であること、原告清は、旧ブーケの取締役であり、被告会社の設立後、同会社で経理事務を担当していたこと及び原告和子は、原告清の妻であることは認めるが、その余の事実は否認する。
第三証拠≪省略≫
理由
一 ≪証拠省略≫によれば、請求原因1の(一)及び(二)記載の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
二 そこで、請求原因2記載の原告らの主張の当否について判断するに、被告会社が昭和四五年九月四日旧ブーケと同一の営業を目的として設立された会社であること、被告会社が旧ブーケから原告ら主張のような内容の営業の譲渡を受け、同一店舗で旧ブーケの商号を使用して、営業を開始したことは、当事者間に争いがなく、また、≪証拠省略≫によれば、被告会社が旧ブーケから右営業の譲渡を受けた日時は、被告会社設立の日である昭和四五年九月四日であったと認めることができる。
しかしながら、反面、被告会社は、旧ブーケが事実上倒産したため、その大口債権者らが自己の旧ブーケに対する債権の回収を図る目的で設立した会社であること、原告和子は、原告清の妻であることは、当事者間に争いがなく、また、≪証拠省略≫を総合すると、被告会社が旧ブーケから譲渡を受けた営業の中には、旧ブーケの原告らに対する債務は含まれていなかったこと、原告清は、旧ブーケにおいては、昭和四四年三月ごろからその会計事務を担当し、昭和四五年二月ごろからはその取締役に就任していたものであるとともに、被告会社においても、その設立の当初から昭和四七年九月ごろに至るまでの間その会計事務を担当していたものであって、被告会社の設立及び旧ブーケから被告会社への営業譲渡の経緯を知っていること、原告清は、被告会社の設立後、その取締役である訴外真塩政五郎に対し、原告らの旧ブーケに対する債権の支払についても努力してほしいと要望したことがあるが、被告会社からは何らの確答も得られなかったことを認めることができる。したがってまた、原告らは、被告会社が旧ブーケから譲渡を受けた営業の中には旧ブーケの原告らに対する債務が含まれていなかったことを知っていたものと推認するのが相当であ(る。)≪証拠判断省略≫
ところで、商法二六条一項の規定の趣旨は、営業の譲受人がその譲渡人の商号を続用している場合において、営業譲渡の事実自体を知りえない営業譲渡人の債権者、または、営業譲渡の事実は知っているが、営業譲受人による債務の引受があったものと信じている営業譲渡人の債権者の信頼を保護することに存すると解すべきであるから、右に認定した原告らの場合のように、営業譲渡の事実及び営業譲受人による債務の引受がなされていない事実を知っている営業譲渡人の債権者については、商法の右規定の適用はないものと解するのが相当である。したがって、請求原因2記載の原告らの主張はその理由がないというべきである。
三 そこで、さらに請求原因3記載の原告らの主張について判断するに、≪証拠省略≫には、右主張にそう供述がないわけではないが、この供述は、≪証拠省略≫に照らして採用することができず、その他に右主張を認めるに足りる証拠はない。ただ、≪証拠省略≫によれば、被告会社の設立後、原告清が被告会社の取締役である訴外真塩政五郎に対し原告らの旧ブーケに対する債権の支払についても努力してほしいと要望したのに対し、右真塩政五郎がこれを被告会社の代表取締役らに取りつぐ旨返答した事実が認められるにすぎない。したがって、原告らの右主張も理由がないといわなければならない。
四 以上の次第であって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 塩崎勤 竹田隆)