東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6899号 判決 1975年1月30日
被告 第一勧業銀行
理由
一 原告主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 そこでまず、本件連帯保証および抵当権設定の各契約がいずれも要素の錯誤により無効であるとする原告の主張について判断する。
被告銀行八王子支店の行員が原告と面談したことは当事者間に争いなく、右事実に《証拠》を総合すると、原告は、肩書住所地において農業を営んでいるものであるところ、昭和四七年春頃父親と近所の畳屋さんとして面識のあつた訴外会社の取締役児島正員(以下「児島」という。)から、原告所有の土地を借入金の担保に提供してほしいとの申込を受けたが、原告しては児島とは全く面識も縁故もない外原告名義の土地はいずれも先代から相続した貴重な財産であつたから、児島の申込みに応じなかつたこと、しかし、児島はその後も足繁く原告方を訪ね、原告に対し、訴外会社は現在資金繰りに苦しいが、インテリアを手広くやつているから将来伸びる会社であり、ぜひ応援してほしいと執拗に懇請し続けたが、原告としては、訴外会社の経営内容や将来性について不安を抱いていたため児島の申出に難色を示したところ、児島は、自己の言動には間違いがない、不審があるなら被告銀行の八王子支店長に面談してその真偽を尋ねてほしいと重ねて要請されたので、原告は同年六月二〇日児島とともに被告銀行八王子支店に赴き、同店の応接室にて、同支店の行員と面談することになつたこと、他方被告銀行は、昭和四七年三月八王子支店を開設して以降訴外会社と取引を開始、同年五月中旬頃、訴外会社に金五〇〇万円を融資したが、さらに児島から金一、〇〇〇万円の融資の申込みを受けたので、訴外会社から昭和四五年九月末と昭和四六年九月末の決算報告書を提出させるとともに東京商工興信所に依頼して訴外会社の組織、労務状況、仕入・販売状況、業績・業況等を詳細に調査させ、さらに被告銀行においても訴外会社の業況、取引先等について聞込み調査を実施した結果、貸出取引として適当と判断したので、児島に対し、適当な物的担保と連帯保証人を探すよう要請していたところ、児島から適当な物的担保提供者と連帯保証人が見付つたからとの連絡があり、昭和四七年六月二〇日原告所有土地の権利証数通を持参して原告を八王子支店に同道したので、被告銀行の行員が原告と面談したこと、そして、面談の際、原告は、被告銀行八王子支店の行員に対し、訴外会社の信用状況を尋ねたところ、行員から訴外会社の業種としては流行業種である外三多摩地区で指折りであるから取引先として無難であり心配はない旨の回答を得たので、訴外会社の連帯保証人となり所有不動産に抵当権を設定しても後日連帯保証人としての責任を追求されたり担保権を実行されたりするおそれはないものと信じて、児島の申入れに応じ、被告との間に前示のとおり本件連帯保証および抵当権設定の各契約を締結したことが認められる。
右認定する原告本人の供述部分は、当裁判所が前記認定に供した前掲各証拠と対比してたやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、原告は、児島や被告銀行八王子支店の行員の言葉どおり訴外会社には相当の信用や資力があるものと信じ被告との間において本件連帯保証および抵当権設定の各契約を締結したもので、もし、訴外会社に信用や資力がなかつたとすれば、その契約の性質、児島との関係等からみて容易にかかる連帯保証および抵当権設定の各契約を締結しなかつたであろうと認められるから、原告としてはその契約成立の過程に重大な錯誤があつたものと言いうるが、右のごとき錯誤はいわゆる動機の錯誤にすぎず、しかもそれが契約の相手方たる被告に明示されて意思表示の内容になつていたものとは認められないから、右錯誤は、本件連帯保証および抵当権設定の各契約を無効とするに足りる要素の錯誤と判断することができない。したがつて、原告主張の要素の錯誤を理由とする無効の主張は採用できない。
三 次に、本件連帯保証および抵当権設定の各契約はいずれも詐欺により取消しうべきものであるとの原告の主張について判断する。
《証拠》を総合すると、訴外会社が融資の申込みの際に被告銀行に提出した決算報告書はいわゆる紛飾決算書であり、訴外会社は、昭和四六年末頃から利益率の低下と必要資金の増大により経営内容が悪化し、すでに金二、〇〇〇万円の債務超過となつていて金利の支払いに営業利益が追いつかない状況に達していたが、何らの打開策もなく、翌四七年四月には経理担当の取締役も会社の将来性に見切りをつけて辞任するなどしたため、やがて倒産するのやむなきに至る状態にあつたにもかかわらず、被告銀行の行員らは、訴外会社が相当の資力と信用があるごとく振舞い、原告もこれを信じて、被告との間に、本件連帯保証および抵当権設定の各契約を締結するに至つたことが認められる。
右認定に反する前掲乙第一号証、同第一〇号証の三、同第一一号証の一〇の各記載内容は、前掲《証拠》に照していずれも真実とは認め難く、他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、被告銀行の行員は、少なくとも、客観的には、訴外会社の信用・資力について、原告に対し、虚偽の事実・評価を申述して原告を欺罔したものといわざるを得ないが、同人らも児島から提出された虚偽の計算報告書や興信所の調査結果によつて訴外会社に相当の信用と資力があるものと信じていたものであることが明らかであるから、同人らは、原告に対し故意に虚偽の事実・評価を申述して欺罔したものということはできない。したがつて、原告の詐欺の主張は採用するに由がない。
四 してみると、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却
(裁判官 塩崎勤)