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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7096号 判決 1974年9月17日

原告

津麦耕治

被告

梅田福豊

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し金一〇二四万二五五六円及び内金九三四万二五五六円に対する昭和四八年九月一五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

4  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告らは各自原告に対し二二〇〇万円及び内金二〇〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言。

(被告ら)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  事故の発生

原告はつぎの交通事故によつて負傷した。

1 日時 昭和四六年八月四日午後四時五分頃

2 場所 東京都新島本村無番地、交通整理の行われていない交差点

3 被告車 普通乗用自動車(品川五一そ三三一二号)

運転者 被告安田

4 原告自転車 足踏自転車

操縦者 原告

5 態様 前記交差点を左折しようとした原告車に左方から直進してきた被告車が衝突した。

6 傷害の部位、程度、治療経過、後遺症

(一) 傷病名

右上腕前腕屈側挫滅裂創、右手背挫滅裂創、顔面擦過傷、下口唇裂創、頸椎挫傷

(二) 治療経過

<1> 昭和四六年八月四日から八月五日まで新島本村国民健康保険本村診療所二日入院

<2> 昭和四六年八月五日から一〇月九日まで六六日、昭和四七年四月一三日から五月一三日まで三一日、合計九七日、東京都立墨東病院入院、五月一四日以降実日数五日同病院へ通院

(三) 後遺症

右上腕切断、右肩関節固定、右腕神経叢麻痺(自賠法施行令別表四級四号該当)

二  責任原因

(一) 被告梅田は被告車を所有し、梅仁モータースの名称で新島の観光客等に被告車を有料で貸し付け、被告車を自己のため運行の用に供しているものである。

(二) 被告安田は被告梅田から被告車を借り受けて、自己のため運行の用に供していたものである。

よつて被告らは自賠法三条に基づき、本件事故に因つて原告に生じた損害を賠償する義務を負うものである。

三  損害

(一) 治療費 三八万二〇一七円

原告は治療費として、新島本村国民健康保険本村診療所に三万八三〇〇円、東京都立墨東病院に三四万三七一七円を支払い損害を受けた。

(二) 付添看護費 五万五〇〇〇円

原告の家族はつぎのとおり合計五五日間、原告の付添看護をしたので、付添看護一日当り一〇〇〇円の割合による損害を受けた。

<1> 昭和四六年八月五日から八月九日までの五日間、父津麦昇輔が付添看護した。

<2> 昭和四六年八月一〇日から八月二一日まで一二日間、母津麦かね子が付添看護した。

<3> 昭和四六年八月二二日から九月二八日まで三八日間、祖母津麦初美が付添看護した。

(三) 入院雑費 二万九四〇〇円

原告は入院合計九八日間で、一日当り三〇〇円の割合による二万九四〇〇円の雑費を要した。

(四) 逸失利益 二七七一万六七七五円

原告は昭和二五年五月一一日生れの男子で、事故当時二一才、早稲田大学商学部二年在学中であつたが、本件事故のため、利腕であある上腕切断、肩関節固定の後遺症が残つたものである。原告は本件事故がなければ昭和四九年四月には二三才で早稲田大学商学部を卒業して事務系の職業に従事することができたが、右後遺症のため、卒業も遅れ、文字を満足に書くこともできず、事務系の職業に従事することは不可能である。また原告は軽作業といえども肉体労働をすることは到底不可能である。原告の就労の可能性はほとんどないものと考えられるので、原告の右後遺症に対応する労働能力の喪失は二三才から六七才までの四五年間、労働省労働基準局長通牒に準拠して少くとも九二%とみるのが相当である。

よつて原告の逸失利益は昭和四七年度労働省労働統計調査部賃金構造基本統計調査、大学卒全産業全男子労働者平均年収一六九万五〇〇〇円を基礎とし、ライプニツツ式により中間利息を控除(係数一七・七七四〇)した二七七一万六七七五円となる。

(五) 慰藉料 七六七万円

後遺症慰藉料 六八七万円

入通院慰藉料 八〇万円

(六) 弁護士費用 二〇〇万円

四  損害の填補

原告は自賠責保険から三五三万円、被告安田から治療費三八万二〇一七円を填補受領した。

五  結び

よつて原告は、被告らに対し三三九四万一一七五円の損害賠償請求権を有するところ、内金二二〇〇万円(内二〇〇万円は弁護士費用)及び弁護士費用を除く二〇〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の抗弁事実に対する答弁)

一  抗弁の項一の事実中、甲路は歩車道の区別がある旨の事実及び乙路の下り勾配は急である旨の事実は否認し、その余の事実は認める。

本件事故現場交差点の四つ角は高さ約二メートルから約四メートルの崖であつて、その上には雑木林があり、北西角には若干の空地がある。甲路は歩車道の区別のない道路(甲路は乙路に比し明らかに広い道路ではない。)であり、乙路はなだらかな下り坂で、乙路左側は路面の凹凸が特にはなはだしかつた。

二  抗弁の項二の事実中、被告安田が被告車を運転して甲路を若郷方面から進行して交差点にさしかかり原告自転車を発見したが衝突した事実は認め、その余の事実は否認する。

被告安田は車両通行帯保持義務、制限速度遵守義務、前方注視義務、徐行義務に違反し、甲路中央附近を時速約五〇キロメートルの速度で進行し、見とおしの悪い交差点を直進するに際し、原告自転車を発見しながら減速徐行等の措置をとることなくまんぜんと同一速度で進行したものである。

三  抗弁の項三の事実中、原告が自転車を操縦して乙路を進行し被告車と衝突した事実は認め、その余の事実は否認する。

原告は、進路の乙路、左側の路面の凹凸がはなはだしいので、乙路左側端から約二メートルの間隔をおいて進行していたものであり、また、原告は自転車のブレーキを徐々に作動させながら速度をゆるめ、交差点を乙路左側にそつて左折しようとしたものである。

被告らは本件事故は原告自転車のとびだしによる事故であるかの如く主張するが、原告の傷害が右半身に集中しており、特に原告の右上腕切断の傷害は、被告車のフロントガラスに衝突して生じたものであることを勘案すると、原告が左折した直後に正面から被告車が衝突したことを推定し得るものである。

四  抗弁の項四は争う。

第三被告らの主張

(請求の原因事実に対する答弁)

一  請求の原因一の1ないし5の事実は認める、同一の6の事実は不知。

二  請求の原因二の(一)(二)の事実は認める。

三  請求の原因三の事実は不知。

原告の学歴、年令に照らすと、労働能力は漸次回復し、高度の事務系の職業に就き得るものと思われ、原告主張の通牒による労働能力喪失率を機械的に適用するのは相当でない。

四  請求の原因四の事実中、被告安田が治療費三八万二〇一七円を支払つた事実は認め、その余の事実は不知。

(抗弁、免責ないし過失相殺)

一  本件事故現場は、若郷方面から本村中央方面へ通じる歩道(幅員約一メートル)と車道(幅員約六・二メートル)の区別のある道路(制限時速四〇キロメートル、甲路という。)と新島村内方面から羽伏浦海岸方面へ通じる道路(幅員約六メートル、乙路という。)とが斜めに交差する交通整理の行われていない交差点である。乙路は新島村内方面から羽伏浦方面へかけて勾配の急な下り坂であり、そのうえ、凹凸や石ころの多い悪路の山道である。

二  被告安田は被告車を運転して時速約四〇キロメートルの速度で甲路左側を若郷方面から本村中央方面へ向けて右交差点にさしかかり、衝突地点から約一八・八五メートル手前に接近した頃、新島村内方面から右交差点に向けて、衝突地点から約一二・四五メートル手前の乙路上の位置を進行して来る原告操縦の自転車を発見したが、自車進路が優先道路であるので、原告自転車において停止するものと期待してそのままの速度で約一〇・三五メートル進行したものの、原告自転車は停止しそうもないので衝突の危険を感じ急ブレーキの措置をとり、約六・〇メートル進行した頃制動効果があらわれハンドルを左に切つたがおよばず、約二・五メートル進行して交差点内で原告自転車と衝突し、約五・二メートル進行して停止したものである。

三  一方、原告は原告自転車を操縦して新島村方面から右交差点方面へ乙路を、左側端によることなく進行してきて、交差点の手前約一〇ないし二〇メートルの位置で、被告車が交差点に接近しつつあるのを発見したにもかかわらず、「大丈夫左折して行ける」と思つて、徐行はもちろん制動もせず、下り坂の速い速度のまま進行したため左折することができず、被告車に衝突するに至つたものである。

四  以上の次第で、本件事故は、急勾配の下り坂にあつて交差点を左折するに当り、道路左側端を徐行すべき義務に違反し、自車進路よりも明らかに広い道路で左方道路上にある被告車の優先通行権を妨害した原告の一方的過失に起因するものである。一方優先道路上の交差点を直進する被告安田としては、原告の前記義務を照らし原告において徐行ないし一時停止するものと期待し、その動静に注意していたところ、徐行や停止しそうもないので急制動と左転把の措置をとつたものであり、被告安田の右の措置には何等の過失もない。そして被告らにはその他被告車の運行に関し不注意はなく、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はない。

よつて被告らは自賠法三条但書により免責される。仮に被告安田に何等かの過失があり、被告らが免責されないとしても、原告の過失が大であるのに反し、被告安田の過失はあるとしても極めて軽微であるから、大幅な過失相殺をすべきである。

第四証拠〔略〕

理由

一  事故の発生、責任原因

請求の原因一の1ないし5の事実及び請求の原因二の(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。そして〔証拠略〕によると請求の原因一の6の事実が認められ、これに反する証拠はない。

してみると被告らは自賠法三条但書により免責されない限り、同条本文に基づき原告に生じた損害を賠償する義務を負うものである。

二  損害

(一)  治療費 三八万二〇一七円

〔証拠略〕によつて請求の原因三の(一)の事実を認め、これに反する証拠はない。

(二)  付添看護費 五万五〇〇〇円

〔証拠略〕によると請求の原因三の(二)<1><2><3>の事実が認められ、これに反する証拠はない。右事実によると原告は五万五〇〇〇円の損害を受けと推認し得る。

(三)  入院雑費 二万九四〇〇円

前判示事実によると原告は治療のため九八日間入院したものであるから一日あたり三〇〇円として二万九四〇〇円の雑費を要したものと推認し得る。

(四)  逸失利益 一六六二万四五三九円

前判示事実、〔証拠略〕によると原告は昭和二五年五月一一日生れの健康な男子で、事故当時二一才、早稲田大学商学部二年に在学中であつた者であり、本件事故のため利腕の右上腕を肘関節以上で切断し、右腕神経叢に麻痺をきたしたため右肩関節を固定するに至つた。原告は本件事故がなければ昭和四九年四月には早稲田大学商学部を卒業して事務系の職業に就職することができたものであるが右事故のため卒業が少くとも一年間遅れることとなつた。原告は順調に行けば昭和五〇年四月には二四才一一月で早稲田大学商学部を卒業することとなる。

右事実によると原告は大学卒業時には一応の専門的知識を修得し、これを活用してさらに高度の専門的知識、思考能力を獲得し得る素養を身につけることができ、事務系の職業に従事し得るものと推認できるのであるが、知的専門的事務系労働も結局は肉体的労働能力に負うところが大であるとみることができ、しかも就職後少くとも五年間程度の基礎的修養適応期間にあつては、同程度の能力を有する者のそれに比較し多大の努力と犠牲を要するものと推認することができるし、基礎的能力を取得した後にあつても程度の差はあつても同一に論じることができ、また年令を積んで一般的な肉体的能力が低下してくると、労働能力の低下は大きくなる関係にあるものと判断できる。

してみると、原告は昭和四九年四月から一年間は、昭和四八年度賃金センサス(第一巻第二表)大卒二〇才から二四才までの平均年収の一〇〇%、その後五年間は同年収の七〇%、その後就労可能年限と推認し得る六七才に達するまでの三七年間は、平均して、右センサス大卒平均賃金の五〇%をそれぞれ喪失したものとみるのが相当であり、ライプニツツ方式により中間利息を控除した逸失利益の合計は一六六二万四五三九円となる(別紙計算表参照)。

(五)  慰藉料 五〇〇万円

原告の前判示傷害の部位程度、治療経過、後遺症の程度その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を勘案すると慰藉料は、五〇〇万円相当である。

三  免責、過失相殺

1  本件事故現場は被告ら主張の甲路(制限時速四〇キロメートル、幅員約六・二メートル)と乙路(幅員約六メートル)とが斜めに交差する交通整理の行われていない交差点であり、乙路は新島村内方面から羽伏浦方面へかけて下り坂で、凹凸や石ころの多い悪路の山道であることは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によるも、甲路が歩道と車道との区別のある道路であることや乙路よりも明らかに広い道路であると認めるに足りる証拠はない。

〔証拠略〕によると乙路の原告自転車の進路左側は凹凸が特にひどい状態にあつた。

2  被告安田は被告車を運転して若郷方面から甲路を進行し交差点にさしかかり原告自転車を発見したが、乙路を新島村方面から自転車を操縦してきた原告に、結局衝突したことは当事者間に争いがない。

3  〔証拠略〕を勘案すると、被告安田は被告車を時速約五〇キロメートルの速度で運転して甲路上を若郷方面から交差点にさしかかり、衝突地点から約一八・八五メートル手前に接近した頃、新島村内方面から右交差点に向けて、衝突地点から約一二・四五メートル手前の下り坂の乙路上の中央よりの位置を進行して来る原告自転車を発見したが、原告自転車よりも早く交差点を通過できると考え、左方道路の安全を確認するに急な余り、その後の原告自転車の動静に対する注意を欠いたまま、同一速度で、さらに約一〇・三五メートル進行して原告自転車を見ると、制動をかけつつも、衝突地点から約六・五五メートルに接近しているのを発見し、急制動の措置をとり左転把したが、およばず、交差点内で自車右前側面部を左折体勢にある原告に衝突させたものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると被告安田は見とおしの悪い交差点を直進するにあたり、制限速度に違反し、徐行義務、右方安全確認義務に違反した過失が明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告らの免責の抗弁は理由がない。ただ下り坂の悪路を進行してきた原告自転車としても、安全に左折できる速度と方法で進行すべき義務を負うものであり、原告主張のとおり被告安田が甲路の中央附近を進行していたとしても、このことは可能であつたと推認し得るのであるが、前判示事実によると原告は制動をかけつつも、なおかなりの速度で交差点に進入していることが窺われ、原告は右義務に反しているものと認められる。したがつて、被告らに支払を命ずべき損害額の算定に当り、原告の右の義務違背を斟酌し、原告は被告らに対し、原告の前項(一)ないし(五)の損害合計二二〇九万〇九五六円のうち一三二五万四五七三円を請求し得るにとどまるものとするのが相当である。

なお、乙路左側の前判示状況に照らすと原告が乙路左側によることなく、中央よりの位置を進行してきたことは、被告らの主張に反し、原告の義務違背を構成するものとは認められない。

四  損害の填補

原告が被告安田から三八万二〇一七円の填補を受けたことは当事者間に争いがなく、原告が自賠責保険から三五三万円を受領したことは原告の自陳するところである。

五  弁護士費用

〔証拠路〕によると原告は、被告らが任意の支払に応じないため、本件取立を原告ら訴訟代理人に委任していることが認められ、本件審理の経過、難易度、認容額その他諸般の事情を斟酌し、被告らに支払を命ずべき弁護士費用は九〇万円が相当である。

六  結論

以上の次第であるから原告の被告らに対する本訴請求は一〇二四万二五五六円及び弁護士費用を除く内金九三四万二五五六円に対する事故の後であり、訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四八年九月一五日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮良允通)

逸失利益計算表

<1> (7万5500×12+14万6500)×0.9523=100万2295

<2> (7万5500×12+14万6500)×(5.0756-0.9523)×0.7=303万7841

<3> (12万5800×12+50万8700)×(17.5459-5.0756)×0.5=1258万4403

<1>+<2>+<3>=1662万4539

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