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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7634号 判決 1974年9月30日

原告

吉川ミツノ

外四名

以上五名訴訟代理人

八木忠則

高橋功

被告

小林よし江

右訴訟代理人

真部勉

田山睦美

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  申立

(原告ら)

被告は、原告吉川ミツノに対し金二五二万六、八〇〇円、その余の原告らに対し各金一〇一万三、四〇〇円およびこれに対する昭和四五年一月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

(被告)

主文と同旨。

第二 主張<以下―省略>

理由

一事故の発生

吉川武と小林せい子が昭和四五年一月一一日小林せい子の自宅でガスストーブの不完全燃焼のため死亡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右両名の死亡原因はプロパンガスストーブの不完全燃焼による一酸化炭素中毒による事故死で、その死亡時刻は、同日午後一〇時頃であることが認められる。

二事故前後の状況

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

1  小林せい子は、その二階建家屋の一階(六畳と三畳)に居住し、他の部屋を賃貸しその収入で生活するとともに、自宅で新内の教授もしていたが、新内を習いにくる者は余り多くはなかつた。吉川武とせい子の近くに住む建具職山田金蔵もその教授を受けていた一人であつたが、せい子は話好きな人付きあいのよい性格で、常日頃山田らにいつでも遊びに来てくれといつていた。

2  山田金蔵は事故当日の午後四時頃せい子方で同女からお茶をごちそうになつたが、帰りがけに、吉川武からせい子に電話があるのを耳にした。右電話は吉川武が間もなくせい子の家を訪ねるという内容であつたが、新内の稽古に来るというようなものでなかつた。

3  同日の午後七時三〇分頃、せい子から山田金蔵に電話があり、「吉川武が来ているから遊びに来ないか。」とのことであつた。

4  せい子方では、同日午後一〇時頃犬の啼き声がきこえ、その後電話のベルが鳴つてもなかなか応答がなかつたことを、付近の人が聞いている。

5  山田金蔵は翌日午後一時ころ、仕事の途中でせい子方を訪ねたところ、本件事故を発見した。その時、部屋の窓や雨戸は閉つており、電燈はつけたままになり、閉めきつた六畳の間でせい子と吉川武が電気コタツに足を入れたまま死亡しており、また電気コタツの中では、犬が死亡していた。同室内にプロパンガスストーブが点いたままになつていたが、発見者の山田には特別の臭いは感じなかつた。こたつの横に三味線が置いてあつたほかは、新内の教本、見台等はなく、こたつのおぜんの上にはミカンが乗つており、お茶の用意がしてあつた。山田は右発見後直ちに隣家に右事故を知らせて警察に通報してもらい、その後再びせい子方に戻り、窓をあけ、ガスを追い払うため上衣を脱いで室内の空気を外にはたいた。

6  なお、せい子方では、六畳間に嘗つて都市ガス用のストーブを使用していたが、台所から長いガスホースを引かなければならないため、その後右部屋に前記プロパンガス用のストーブを設置した。このストーブは事故後、警察署が検査を行つたが、格別右ストーブには欠陥がなかつた。

以上の事実が認められる。

三事故原因

右の本件事故前後の状況に、前記の小林せい子、吉川武両名の死亡原因を併せ考えてみると、本件事故原因は、右両名が外気の流通を遮断する閉め切つた部屋内で長時間プロパンガスストーブを使用したため、徐々に酸素不足の状態となつて不完全燃焼を起こし、一酸化炭素が致死量に達する程部屋内に発生充満したもの、と推認することができる。

原告らは、本件プロパンガスストーブが古いもので、ガス噴出口に煤が附着した状態のままで使用した旨主張するが、証人蔀誠三の証言によつても未だ右事実を認めることはできず、その他これを認めるに足りる証拠はない。

四責任

原告らは、本件事故の際、小林せい子は吉川武に新内の教授中であつた旨主張するが、せい子が吉川武の新内の師匠であつたことは認めるとしても、事故当日、教授中であつたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて前記二の事故前後の状況から考えると、右両人は、事故当日、新内の稽古とは関係なく、六畳の部屋でコタツに入りお茶を飲み雑談中に事故死したものと推認するほかはない。

してみれば、このような場合、右両者の間には新内の稽古という業務上の関係はなく、日頃から付合いのあつた者同志が他方の家を訪れてお茶をよれば雑談に時を費していたのであるから、訪問者は訪ね先の日常の生活様式を自ら容認してその中に立入つたものと言うべく、訪問を受けた側としても、訪問者の存在により特に自己の日常生活以上に高度の注意義務を要求されるものではなく、日常の自己の生活様式における通常の注意義務を要求されるだけの関係に立つものと考えるべきである。

以上のことを前提として本件を見るに、前記のとおり、本件事故原因は閉め切つた部屋でガスストーブ(これに欠陥があつたことを認めるに足る証拠のないことは前示のとおりである)を長時間燃焼させることによる一酸化炭素中毒であるから、窓を開いて換気をするなどの僅かな注意を払えば未然に防止し得た筈であり、この種この程度の注意義務はせい子の日常生活においても通常当然に遵守さるべきものである。

しかしながら、一方、古川武としても、他家を訪問中であるとは言え、夜分に女性一人住いの家を訪問する程の親密な関係で、二人だけで一室において長時間に亘り雑談に時を費していたのであるから、かかる状況の下においては、ストーブの不完全燃焼に留意してせい子に注意を促すとか、自分で窓を開けて換気をするくらいのことは容易に出来た筈であり、その種その程度の注意義務は負担していたものというべきである。

本件事故は右両者のいずれもが共に以上のような容易な注意義務をつくさなかつたことに因るものであり、前示認定の両者の個人的関係、事故の発生に至つた経過、注意義務の種類、程度からすれば、これら両者の過失に主従、軽重の差は認められない。そして、本件事故は、右両者のいずれか一方さえその注意義務をつくせば未然に防止し得た筈のものであると共に、反面、両者の過失が相合して始めて発生するというものではなく、いずれか一方の過失のみによつて十分発生し得るものである。換言すれば、本件事故はせい子の過失に因つて生じたものということができると同時に吉川武の過失によつて生じたものということもできるのである。

そうすれば、吉川武の死は、せい子の過失に因つて生ずると同時に、全面的に吉川武自身の過失によつて同人の上に自ら招かれた結果(自損行為)であるとも言わざるを得ないから、これを他人の不法行為に因るものとして損害賠償の請求をすることはできないと解するのが相当である。

五結語

そうすれば、原告らの被告に対する本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決した。

(藤井俊彦 佐藤歳二 清水篤)

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