東京地方裁判所 昭和48年(ワ)8637号 判決 1975年1月29日
原告
押尾産業株式会社
右代表者
佐藤正吉
右訴訟代理人弁護士
板井一瓏
被告
日本特許管理株式会社
右代表者
鈴木昭彦
右訴訟代理人弁護士
高野洋一
右輔佐人弁理士
大橋弘
主文
1 被告は、登録第四一一〇九六号特許権の専用実施権に基づいて、原告に対し、別紙目録記載の方法を用いて角袋を製造し、その製造された角袋を販売する行為につき、差止請求権を有しないことを確認する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一、原告
1 被告は、登録第四一一〇九六号特許権の専用実施権に基づいて、原告に対し、別紙目録記載の方法を用いて角袋を製造し、その製造された角袋を販売し、あるいは使用する行為につき、差止請求権を有しないことを確認する。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決。
二、被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決。
第二 請求原因
一、原告は、包装材料の加工、特に製袋加工を主たる営業とする会社であつて、別紙目録記載の方法(以下「原告方法」という)を用いて角袋(以下「原告製品」という)を製造し、これを主として味噌販売業者に販売している。
二、被告は、特許権、実用新案権、意匠権、商標権及び著作権の管理並びに開発及び販売を営業目的として、昭和四八年四月二五日に設立された会社であり、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)につき専用実施権(範囲全部。昭和四八年六月二五日登録。以下被告の専用実施権を「本件専用実施権」という。)を取得した専用実施権者である。
発明の名称 角袋の製法
出願 昭和三六年四月一五日(特願昭三六――一三四二九)
公告 昭和三八年四二七日(特許出願公告昭三八――四九八一)
登録 昭和三八年九月二六日(登録番号第四一一〇九六号)
特許権者 宮脇貞夫
三、本件特許発明の、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「本文に詳記し図面に示すように、ポリエチレンやビニール等の筒体1にその周壁の屈曲をもつて二側面から対称に突入する折込部2、3を設けて平たく折畳み、折込部2、3に重なる部分は対称な四五度の斜線4、5上において、又折込部2、3間は筒体を直角に横断する辺6上において切断すると共に該切断辺の接着を以て筒を封じ、角底を形成することを特徴とする角袋の製法。」
四、右特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明は、次の(イ)ないし(ハ)の各構成要件を経時的に実施することからなる、角袋の製法である。
(イ) ポリエチレンやビニール等からなる筒体1(番号は、別添本件特許公報記載のものを指す。以下本件特許発明の説明について同じ。)を用いること。
(ロ) 筒体周壁に屈曲をもつて二側面から対称に突入する折込部2、3を設けて、平たく折畳むこと。
(ハ) 折込部2、3に重なる部分は対称な四五度の斜線4、5上において、又折込部2、3間は筒体を直角に横断する辺6上において切断すると共に該切断辺の接着をもつて筒を封ずること。
しかして、右構成要件(ハ)の「切断すると共に該切断辺の接着をもつて」とは、「切断し、同時に切断辺を接着させる」ことであることは、本件特許公報(甲第二号証)の発明の詳細な説明の項及び図面の記載から見て明瞭である。<以下省略>
理由
一本件特許発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載が、原告が請求原因三の項で主張するとおりであることは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実によれば、本件特許発明は角袋の製法に関するものであつて、原告が請求原因四の項で主張する(イ)、(ロ)、(ハ)をその構成要件とするものであると認められる。しかして、本件特許公報の発明の詳細な説明の項並びに図面の記載を参酌すると、右構成要件(ハ)の「切断すると共に該切断辺の接着をもつて筒を封ずる」とは、切断と接着とが同じ場所で、同時に行われて筒が封じられることを意味するものと解すべきである。けだし、特許請求の範囲の「切断すると共に該切断辺の接着を以て筒を封じ」との記載自体から、切断と接着とが同時に行われるべきことが明らかであるし(被告自身このことを認めている。)、右記載及び前掲甲第二号証の発明の詳細な説明の項における「これに続く筒体1の移動過程において第7図に示すように斜辺4、4、5、5辺6上を焼切シールすると切断および接着を果して筒端が封じられる」(一頁右欄五行目ないし七行目)及び「因に上記の切断と共に接着するの記載であるが、時間的には接着切断が同時に行われ、一たん切断した後接着するのではない。」(一頁右欄下から一一行目ないし下から九行目)との記載並びに図面の記載を総合すると、本件特許発明は、切断及び接着が同じ場所で行われること以外のことを内容とするものではない、すなわち本件特許発明は、製造されるべき一個の角袋の底部の切断と接着とが同時に行われるべきことを内容とするものであることが明らかであるからである。そして、右本件特許公報には、切断及び接着が同時ではあつても異なつた場所で行われることも本件特許発明の技術的範囲に属することを示唆するような記載はないから、仮に本件特許発明の発明者がその趣旨の発明をしたとしても、その旨の開示がないことになり、結局本件特許権の特許権者等はその旨の主張をしえないものといわなければならない。
被告は、本件特許発明の目的及び効果が、従来手工的な方法によつてされて来た角袋の製法を機械化し、能率化するにあるところ、右目的と効果とから当然解釈できる製法上の条件は、切断と接着が同時に行われるということであり、このことから本件特許発明は切断と接着とが同一の場所で行われることを要件とするものではないというべきであるとの趣旨の主張をする。なるほど本件特許公報の発明の詳細な説明の項には「本発明は角袋の形成を機械化し能率化することを目的とした発明であつて」(一頁左欄下から四行目ないし同三行目)との記載があることが認められるから、本件特許発明が被告主張のようなことを目的としたものであることが肯認され、又本件特許発明が被告主張のような効果を奏するであろうこともこれを容易に是認することができる。然しながら発明の目的及び効果は、その特許発明の技術的範囲を画するための解釈の一資料たるに止まり、それ自体特許発明の技術的範囲を定めるものではない。むしろ本件特許発明は、角袋の製法を機械化し能率化することを目的として前説明のような内容をもつた(イ)、(ロ)、(ハ)の構成をとつたものというべきである。
二原告方法は別紙目録記載の順序によつて製造される角袋の製法であることは、当事者間に争いがない。
三そこで本件特許発明の構成要件(ハ)と原告方法(四)ないし(六)(別紙目録参照)を比較してみると、本件特許発明では、折込部に重なる部分は対称な四五度の斜線で、また折込部間は筒体を直角に横断する辺で切断されると同時に、その切断の場所でその切断辺が接着されて筒が封じられるのに対し、原告方法ではまず筒体を直角に横断する辺と、これに対し約四五度の斜線で形成される三角形状の折込部の重なる部分及び筒体の折込まない横断部分が熱圧着(接着)され、次いで右横断部分上が筒体巾一杯に熱圧着(接着)され、その後右部分から約二ミリメートル離れた非接着部分が切断されるものであつて、両者は切断の場所及びその形状並びに切断と接着が同時、同場所で行われるか否かの点において相違する。すなわち、原告方法は、一個の角袋を単位としてその製法という観点からこれを見れば、接着と切断が同時に行われるものではないから、既にこの点で本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。被告は、原告は現に原告製品を乙第七号証記載の装置を用いて製造しているものであり、右装置の作動に即して原告方法における接着及び切断を見れば、原告方法においては、切断と接着の作用が時間的には同時に行われ、ただその場所を別にするだけであるから、原告方法は本件特許発明の技術的範囲に属すると主張する。然しながら、仮に原告が被告主張の装置を用いて原告製品を製造し、その装置が被告主張のとおり作動するものとしても、本件特許発明は切断と接着が同時同場所で行われるべきことを構成要件の一つとするものであること前説明のとおりであり、又本件特許発明は一個単位の角袋の製法をその内容とするものであることも前に説明したとおりであるところ、被告主張の右原告方法は、製造されるべき複数個の角袋をとつてみれば、接着と切断が同時に行われるものとみることができるが、一個の角袋をとつてみれば、接着と切断は同時同場所で行われているとはいえないから、その点で本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。
四被告は、仮に本件特許発明における切断と接着とが時間的に同時に、且つ同一の場所で行われるべきであるとしても、本件特許発明は機械により連続的に能率よく角袋を製造できるという作用効果を有するものであつて、切断と接着とがわずかに離れた場所で行われる原告方法もこれと同様の作用効果を有し、本件特許発明の方法から原告方法への技術変更は当業者間では常識的な手法であるから、原告方法は本件特許発明の技術的範囲に属しないと判断するのは、発明保護の見地から妥当でない、との趣旨を主張する。然しながら特許発明の技術的範囲は、その作用効果によつて定まるものでないことは多言を要しないところであるから、被告の右主張は理由がない。
五被告は、本件特許発明により製造された角袋は、四五度の斜線をシールして角底が形成されるガゼット袋であるところ、そのようなものは本件特許発明の特許出願当時には日本国内において公然知られておらず、原告製品は、本件特許発明により生産された角袋と同一の物であるから特許法第一〇四条により、本件特許発明の方法により生産されたものと推定されると主張する。然しながら、原告方法は本件特許発明の技術的範囲に属しない。すなわち原告方法と本件特許発明の方法とは異なること前認定のとおりであるから、被告の右主張は、もはやこれを判断することを要しないというべきである。
六以上説明のとおり原告方法は本件特許発明の技術的範囲に属しない。
しかして、原告が原告方法を用いて原告製品を製造し、これを主として味噌販売業者に販売していること及び被告が本件特許権の専用実施権者であることは、いずれも当事者間に争いがない。そうすると、被告が原告方法は本件特許発明の技術的範囲に属するとして争つている以上、被告に対し、被告が本件専用実施権に基づいて、原告が原告方法を用いて原告製品を製造し、その製造した原告製品を販売することを差止める権利を有しないことの確認を求める原告の請求は、確認の利益を有するとともに正当である。よつて原告の請求のうちこの部分を認容する。
原告は、なお、原告が原告方法を用いて製造した原告製品を使用することに対しても、被告が差止請求権を有しないことの確認を求めるものであるところ、原告は、原告製品を使用していることを主張、立証しないから、右請求は確認の利益を欠くものとして棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(高林克已 清永利亮 木原幹郎)
目録<省略>