大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(刑わ)476号 判決 1974年3月30日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四八年九月一五日午前一時三五分ころ、東京都江戸川区南小岩八丁目二番一四号付近道路において、普通乗用自動車を運転した

第二、自動車運転の業務に従事していたものであるところ、前同日時ころ、前記自動車を運転し、前同所先の信号機により交通整理の行なわれている交差点を、柴又方面から鹿骨方面に向かい直進するにあたり、対面信号機が赤色の停止信号を表示していたのだから、自動車運転者としては、右信号表示に留意してこれを確認し、もつて交差点における事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、対面信号機が赤色信号を表示しているのを看過し、漫然時速約七〇キロメートルで同交差点内に進入した過失により、おりから右方道路から同交差点に進入してきた小海一栄(当時二五年)運転の普通乗用自動車に自車を衝突させ、よつて別紙「被害者受傷状況一覧表」記載のとおり同人外五名に対し加療約二週間ないし約五か月間を要する傷害を負わせた

第三、前同日時・場所において、前記のとおり小海一栄ほか五名に傷害を負わせる交通事故を起こしたのに

一  直ちに負傷者を救護する等法律の定める必要な措置を講じなかつた

二  その事故発生の日時・場所等法律の定める事項を直ちに警察官に報告しなかつた

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、救護義務につき期待可能性がないとの主張について

弁護人は、判示第三の一の事実につき、当時、被告人自身も受傷し、被害者らを救護する等の措置をとることは不可能であつたのだから、期待可能性がなかつたものであると主張するので検討するに、なるほど被告人も本件事故により受傷したもののようであるが、被告人は、本件事故直後、追跡してきた警察官及び事故現場に居合わせたタクシー運転手に、被害者らの安否を尋ねたりしているものであつて、その際の被告人の態度、状況等に照らし、かつ、現場を離れた後の被告人の行動等を考え合わせると、当時、被告人が被害者らの救護措置等をとることは容易であり、これを妨げるような事情は存しなかつたことが明らかであるから、弁護人の右主張は理由がなく失当である。

二、報告義務につきその必要性がないとの主張について

弁護人は、判示第三の二の事実につき、本件事故発生後、間もなく、警察官が事故現場に到着して事故処理にあたつたのだから、道路交通法七二条一項後段所定の報告義務はないと主張する。

よつて検討するに、本件事故は、被告人が警察官のいわゆる検問を突破して逃走中に発生したものであつたため、事故発生後、間もなく、被告人を追跡してきた警察官が現場に到着して、応急の事故処理にあたつたものであるが、その際、被告人は、警察官からパトカーの中にいるように指示されたのに拘らず、その直後、現場を立去つたものであつて、その間、警察官に対し、本件事故について何らの報告も行つていないことが明らかである。

ところで、自動車の運転者等に右報告義務を課したのは、交通事故があつた場合に、警察官をして、負傷者に対する万全の救護と交通秩序の回復に適切な処置をとらせるためであるところ、たまたま事故現場に来合わせた警察官が、負傷者の救護等応急の事故処理に着手した場合であつても、当該警察官は事故の状況を詳細に知悉しているわけではないのだから、当該運転者等から、事故の状況につき、法律の定める事項の報告を受けてこそ、負傷者救護についての万全の措置と交通秩序の回復についての適切な処置をとり得ると言えるのであつて、本件について前示のような事情があつたとしても、被告人の右報告義務を否定することにはならないと言うべきであるから、弁護人の右主張は理由がなく失当である。

(法令の適用)

判示第一の所為につき 道路交通法六四条、一一八条一項一号(懲役刑選択)

判示第二の所為につき 刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号

判示第三の一の所為につき 道路交通法七二条一項前段、一一七条(懲役刑選択)

判示第三の二の所為につき 道路交通法七二条一項後段、一一九条一項一〇号(懲役刑選択)

科刑上一罪の処理 判示第二の所為は一個の行為で六個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情のもつとも重い大西熙埃に対する罪の刑で処断(禁錮刑選択)

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条によりもつとも重い判示第三の一の罪の刑に加重

別紙

「被害受傷状況一覧表」

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例