大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(タ)399号 判決 1976年5月20日

原告

甲野太郎

<以下仮名>

原告

甲山次郎

右原告ら補助参加人

乙野花子

遺産管理人

丙野四郎

右訴訟代理人

吉永多賀誠

被告

乙野一郎

被告

乙野松子

右訴訟代理人

右本益一

主文

1  亡乙野花子と被告乙野一郎との間で昭和一五年三月一九日届出られた養子縁組はこれを取消す。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告らと被告らとの間においてはこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とし、参加費用についてはこれを二分し、その一を原告ら補助参加人の、その余を被告らの、各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  亡乙野二郎および亡乙野花子と被告両名との間で昭和一五年三月一九日届出られた養子縁組はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、本案前の申立

本件訴えを却下する。

三、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告らは、亡乙野花子の甥である。

2  亡乙野二郎および亡乙野花子は、昭和一五年三月一九日被告両名と養子縁組をし、その旨の届出をした。

3  亡乙野二郎は昭和三〇年一二月二七日死亡し、亡乙野花子は昭和四九年三月一二日死亡した。

4  ところで、右縁組の養親乙野花子は明治二八年六月一日生、養子乙野一郎は明治二四年一〇月一二日生であるから、養子乙野一郎は養親乙野花子より年長であつて、右縁組は民法七九三条に違反する。

5  よつて、原告らは被告らに対し、民法八〇五条により右縁組の取消しを請求する。

二、請求原因に対する答弁および被告らの主張

1  請求原因1ないし3項は認めるが、その余は争う。

2  本件縁組は、当初から原告側の者らによつて財産乗取りのため計画的に利用されたものであるから、クリーンハンドの原則ないし信義則上本件縁組の取消しを請求することはできない。

そうでないとしても、三〇数年の長きにわたり、謀略を用い、被告らを養子として利用した後に、財産乗取りのため縁組の取消しを請求することは権利の濫用である。

そうでないとしても、夫婦養子において夫婦の一方と相手方との間に民法七九三条所定の要件違反があつて、その縁組の取消しが認められるのは、要件違反の縁組当事者間についてのみと解すべきである。

三、本案前の申立についての被告らの主張

1  本件においては養親はすでに死亡し、被告らが相続しているから、その法律関係はすでに過去のものであるのみならず、対立当事者としての親子の地位は相続によりすでに融合しているから、親子間に法律関係の対立はなく、縁組取消しの利益はない。

そもそも民法八〇五条は、「尊卑の倫序」を乱すからとの理由によるものであるが、尊卑の観念は現行法(民法一条の二、憲法一三条、一四条)と相容れないから、両親ともに死亡し、養子がすでに相続した後においても縁組を取消すことができるとするのは、個人の尊厳を基調とする現行法の精神に反し許されない。

2  民法八〇五条の親族には、相続権を有しない親族は含まれないと解すべく、原告らは相続権を有する親族に当らないし、かりにそうでないとしても、民法七四四条一項但書の規定にてらせば、少くとも養親死亡後は取消請求ができないものと解すべきである。

3  本件においては、同一趣旨の別訴が係属中である(最高裁昭和五〇年(オ)第七三二号事件、原審東京高裁昭和四八年(ネ)第一、一五七号、昭和四九年(ネ)第七五〇号事件)から本訴は不適法である。

第三  証拠<省略>

理由

一被告らの本案前の申立について

1  被告らは、養親はすでに死亡し、被告らが相続しているから被告らとの法律関係は過去のものであるのみならず、対立当事者としての親子の地位は相続により融合しているから、これを取消すべき利益がないと主張するが、縁組が一方当事者の死亡によつて解消したとしても、他方当事者が生存する以上、縁組が過去の法律関係とはいえないのみならず、縁組取消しと縁組解消との効果は、現行法上全く同一ではなく、民法八〇八条によれば同法七四八条の規定が準用されているから、縁組取消しの訴えの利益を否定することはできない。

また、被告らは養親が死亡し養子が相続した後に縁組の取消しを認めることは個人の尊厳を基調とする現行法の精神に反すると主張するが、養子が尊属又は年長者の縁組を禁止したのは公益上の理由に基づくものであるから、現行法上その縁組の取消しに法律上の制限はないと解される。従つて、被告らの主張は採用できない。

2  被告らは、原告らは相続権を有する親族に当らないし、養親死亡後は取消請求ができないと主張するが、民法八〇五条の親族をこのように限定して解釈すべき合理的根拠はなく、かりにこれを限定して解釈すべきであるとしても、原告らは亡養母の甥というのであるから、直接利害関係を有するものと解される。また、民法七四四条一項と同法八〇五条との対比からも「親族」が一方当事者の死亡後は取消請求ができないと解する合理的根拠はない。従つて、この点に関する被告らの主張も採用できない。

3  <証拠>を綜合すれば、原告を乙野花子、被告を被告らとする養子縁組取消請求事件について、昭和四八年五月二三日東京地方裁判所においてこれを認容する判決言渡があり(昭和四七年(タ)第四七五号事件)、被告らにおいて控訴したが、乙野花子は控訴審に係属中に死亡し、昭和四九年三月二八日共同訴訟参加人として甲野太郎、甲山次郎および甲川三郎が参加したが、昭和五〇年三月二四日東京高等裁判所において「本件訴訟は昭和四九年三月一二日被控訴人の死亡により終了した。共同訴訟参加人らの本件参加の申出を却下する。」との判決言渡がなされ、現在最高裁判所に上告中であることが認められる。右認定事実によると被告らに対する養子縁組取消訴訟が係属中であるが、原告乙野花子は死亡し、共同訴訟参加人は甲野太郎外二名であつて、本訴原告らと異なることが認められるから、重複起訴ということはできず、他に本訴を不適法とする理由はない。従つて、この点に関する被告らの主張も採用できない。

4  以上のとおりであるから、被告らの本案前の申立は理由がない。

二本案についての判断

1  <証拠>を綜合すれば、請求原因事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、本件縁組は養子である被告乙野一郎が養親の一方である亡乙野花子より年長であることが明らかである。

2  被告らは、本件縁組の取消しはクリーンハンドの原則ないし信義則上許されないものであり、また権利の濫用になると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。ところで、被告らの主張は、長期にわたる縁組継続後の不当な取消権行使に信義則、クリーンハンド、権利濫用などの法理による救済を与えるべきことを主張するもので、理論的には傾聴すべき面を有するものと考えるが、民法七九三条の立法趣旨が公益上の理由にあることを考えると、一般法理による救済は厳格に考えるべきであつて、むしろ縁組取消の効果に関する民法八〇八条において準用される七四八条の解釈において、不当な結果を招来しないように慎重な配慮がなされるべきものと考える。従つて、この点に関する被告らの主張は採用しない。

3  被告らは、夫婦養子において、その一方と相手方との間に民法七九三条所定の要件違反がある場合には、その当事者間についてのみ取消しできるものと解すべきである旨主張する。この点については、夫婦共同縁組の一体性から、その一人について取消原因があれば、縁組の全体について取消請求ができると解するのが従来の判例の立場であるが、夫婦共同縁組の原則は縁組の成立要件ではあるが、その存続要件ではなく、従つて双方に縁組意思があり一たん有効に成立し、かつ何らの瑕疵もない養親子関係が、他の一方の当事者に関する瑕疵により、縁組全体の瑕疵を招来すると解するのは、妥当ではなく、特に年長要件違反という稀有な縁組については、縁組の個別性の原則にかえり、要件違反の縁組のみについて取消しを認め、要件違反のない他方については単独縁組の成立を認めるのが相当である。

このように解することによつて、年長養子禁止の公益上の理由と夫婦共同縁組の趣旨とを調和させることができると考えられるのであつて、本件においては、養親子関係は三〇数年に及び、現在においては養親はいずれも死亡しているから、一方のみの縁組を取消し、他方の縁組の存続を認めても家庭の平和が乱されるとは考えられず、従つて夫婦共同縁組の趣旨にもとるものではなく、この理は最高裁昭和四八年四月一二日判決(民集二七巻三号五〇〇頁)において、養子縁組の当事者である夫婦の一方に縁組意思がない場合に特段の事情があれば他方の配偶者について縁組が有効に成立すると判示した趣旨にもかなうものと考えられる。

そうすると、本件縁組において年長要件の違反があるのは、亡乙野花子と被告乙野一郎との間の縁組のみであるから、右縁組の取消請求は理由があるというべきであるか、その余の縁組の取消請求は理由がないというべきである。

三結び

よつて、原告らの本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。 (村重慶一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例