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東京地方裁判所 昭和49年(ヨ)6358号 決定 1974年12月13日

債権者 大森教三

同 大森克子

債権者両名代理人弁護士 五十嵐敬喜

債務者 四明産業株式会社

右代表者代表取締役 張和祥

同 株式会社マツナガ通商

右代表者代表取締役 長谷川隆淑

債務者両名代理人弁護士 米津稜威雄

同 増田修

同 長嶋憲一

同 若山正彦

主文

一  債権者らが、債務者らのために、本決定送達の日から一四日以内に共同で金一八〇万円の保証を立てることを条件として、債務者らは、別紙物件目録(三)(四)記載の土地上に、増築中の物件目録(五)記載の建物につき、地上四階以上の部分のうち、別紙図面(二)(東立面図)、図面(三)(北立面図)および図面(四)(屋上平面図)の各赤斜線部分で特定される建物部分の建築工事を中止して続行してはならない。

二  債権者らのその余の申請を却下する。

三  申請費用は、債務者らの負担とする。

理由

一  本件疎明資料および当事者らの審尋の結果認められる事実

(一)  当事者

1  債権者大森教三、同克子は、夫婦であり、昭和二八年以降住居地に六四八・〇〇平方メートルの宅地を所有し、かつ同地上に、木造二階建居宅(一階二三五・八三平方メートル、二階一一五・一〇平方メートル)を所有し、長男一男(一六才)、長女美智子(一〇才)らとともに、これに居住している。

2  債務者四明産業株式会社(以下、四明産業という。)は、昭和四三年三月一五日、別紙物件目録(一)記載の土地上に、地下一階地上六階建事務所を新築し、同四四年九月一七日地上七階部分を増築(登記簿上の面積合計二五八〇・一五平方メートル)した。

次いで、同四四年一二月二〇日、右地上七階建建物の増築として、物件目録(二)記載の土地上に、地下一階地上五階建建物(床面積合計一二九六・三〇平方メートル)を建築し、現在所有している(以下、前記各増築部分を含む既存建物部分を旧四明ビルという。)。

さらに、今回、債務者四明産業は、その所有する物件目録(三)記載の土地を、債務者株式会社マツナガ通商(以下、マツナガ通商という。)は、その所有する物件目録(四)記載の土地を、それぞれ提供し合い、右二筆の土地を結合したうえ、前記旧四明ビルの増築として、右二筆の土地上に次のような規模の建物増築を計画し、昭和四九年八月一五日確認通知を得ている。(以下、今回の増築計画部分を、本件増築計画敷地・建物部分といい、その余の部分を計画外部分という。)

3  債権者らの住居と本件増築計画敷地部分との位置関係は、別紙添付図面(一)のとおりである。

なお、債権者らの南側敷地境界線から本件増築計画建物部分までの距離は、壁芯で六五・八センチメートルであり、債権者ら住居南面開口部から建物までの隣棟間隔は、一〇・五〇メートルである。

(二)  本件増築計画建物

1(イ)  用途 事務所一部店舗

(ロ) 構造 鉄骨鉄筋コンクリート、一部鉄筋コンクリート造

(ハ) 種別 増築

(ニ) 階数 八階建

最高の高さ 二六・〇〇〇メートル

最高の軒の高さ 二五・五〇〇メートル

(ホ) 建築設備 昇降機、パーキングタワー、冷暖房など

2  総敷地面積 一二九七・六八五平方メートル

うち、増築計画敷地 五二五・九四平方メートル

計画外敷地 七七一・七四五平方メートル

総建築面積 一〇五三・一四二平方メートル

うち、増築計画建築面積 五一三・二八三平方メートル

計画外建築面積 五三九・八五九平方メートル

右敷地別の建ぺい率

本件増築計画部分 九七・五九パーセント

計画外部分 六九・九五パーセント

建築延面積 七二〇五・九六一平方メートル

うち、本件増築計画建築延面積 三三九六・七二八平方メートル

計画外建築延面積 三八〇九・二三三平方メートル

容積率 五五二パーセント

敷地別容積率

本件増築計画部分の容積率 六四五・八パーセント

旧四明ビルの容積率 四九三・五八パーセント

(三)  地域性

1  都市計画上の用途地域

債権者らの居住地は、住居専用地域、第三種容積地区であったが、昭和四八年一一月二〇日住居地域、容積率四〇〇パーセントに変更された。

債務者らが増築計画中の建物敷地面積のうち、商業地域部分は八六一・一九〇平方メートル(六六・三六パーセント)で、住居地域部分が、四三六・四九五平方メートル(三三・六四パーセント)であるが、債務者らは、建築基準法第九一条によって、敷地全体を、過半の属する地域である商業地域、防火地域、容積率六〇〇パーセントの敷地として利用しようとしている。

なお、昭和四八年一一月二〇日以前は、本件増築建物敷地のうち、現在の商業地域部分が、住居地域、(防火地域、第五種容積地区)、現在の住居地域部分は、住居専用地区、(準防火地域、第三種容積地区)であった。

2  周辺地域の現況

本件増築建物敷地は、地下鉄日比谷線六本木駅から補助四号線(外苑東通り)に沿って、東約五〇〇メートルの地点にあり、右補助四号線沿い(都市計画道路から二〇メートルの幅)は、商業地域、容積率六〇〇パーセントになっていて、高層建物が多数みられる。

他方、債務者らの住居地以北は、住居地域で、容積率が三〇〇ないし四〇〇パーセントのところになっていて、比較的低層の高級住宅地帯を形成している。これまでの都市計画上の用途地域の指定や利用の現況において、債権者ら居住地と同質性がみられる地域(南を前記補助四号線、東を放射一号線、北と西を七メートル道路で囲まれた約一七、〇〇〇平方メートル)内では、三階以下の建物が全体の七三・二パーセントで、用途種別では住居が六五・八パーセントを占めている。

これは、昨年一一月までこの地域が住居専用地区であったことに基因するものと思われる。

3  債権者らの住環境

債権者らの住居地は、右にみた高級住宅地の一隅に位置し、居宅南面に広大な庭園あり、庭園には、多数の椎、松等の樹木が生育し、うち三〇〇平方メートル内の樹木は、昭和四九年九月二〇日港区から、「港区みどりを守る条例」の「保護樹木・樹林」に認定されている。

のちにみるような旧四明ビルによる日照被害の点をのぞけば、債権者らの住居地は、恵まれた住環境にあるといえる。

債権者大森教三は、昭和四四年五月スモン病に罹患し、知覚異常、下肢筋肉萎縮によって一時は、歩行不能であったが、治療によって漸次軽快しつつあるが、現在も、本件住居西側居間で療養している。債権者教三にとって、身体の冷えは、禁忌であって、日照効果、特に暖かさの効果に対する期待はきわめて強い。

4  同一地域の平均日照時間

債権者ら住居地の属する「住居地域、容積率四〇〇パーセント」の範囲に存する一四戸(債権者方および伊藤光雄方をのぞく)につき、冬至における平均日照享受時間をみると、五時間〇五分(測定点・各建物南壁面中央でグランドレベル、時間帯・真太陽時午前九時ないし午後三時)(以下、時間は真太陽時とする。)である。

債権者らの日照時間は、右と同じ測定方法によると、冬至において、現状で、三時間であって、すでに地域平均日照時間より約二時間少く、本件増築計画建物が完成すると、債権者らの住居南側壁面中央グランドレベルでは、全く日照がえられなくなる。

(四)  日照被害状況

債権者ら居宅南側開口部地上一メートルの地点(旧四明ビル敷地レベルから二・三メートル)における日照被害の状況は別紙図面(五)(天空図)のとおりである。

冬至における日照は、ゲッツビルの複合日照阻害もあって、午前九時以後の四〇分程であり、増築計画完成ののちは該増築建物部分によって、終日日照がなくなる。一月二一日(大寒)においても、増築後は、午前九時三〇分以降終日日影となる。

なお、南面同地点からの増築建物部分の仰角は、六三・三度、視角は、一一二度である。

(五)  被害回避の可能性

債権者大森教三が、運動能力に障碍があることや現在比較的恵まれた住環境にあることを考えると、現在の二階建住居をさらに高層化することまでを債権者らに期待することは、酷であるうえ、仮に、最大限(現行建築基準法下の容積率二四〇パーセント)高層にしても、本件増築が計画どおり完成すると、日照の被害は、ほとんど解消されない。他方、債務者らの増築計画の内容を見ても、本件増築の結果が、周辺の環境、特に北側隣地居住者である債権者らに対してもたらすであろう悪影響につき、配慮した点は全く窺えないし、かえって、営利目的実現のため環境を利用の対象としてのみ考える態度がみられる。

本件増築計画内のほぼ中央部分にパーキングタワーが配置され、そのため、本件日照紛争が生じてのちも、増築計画の設計変更をきわめてむずかしくしているが、この位置に、東京都駐車場条例第一七条に基づく附置義務台数を大きく上回る合計四四台分の駐車場を設けることは、再考を要するように思われるし、この点を含め、なお債務者らにおいて、債権者らに対する影響を配慮した設計変更の余地があるし、しかも可能であると考える。

二  当裁判所の判断

(一)  (債務者らの土地利用の方法について)

債務者らは、住居地域、容積率四〇〇パーセントの敷地部分四三六・四九平方メートルを建築基準法第九一条を根拠にして、商業地域、容積率六〇〇パーセントとして利用しようとしているが、その結果、本来債権者らの住居地と同じ住居地域、容積率四〇〇パーセントの本件増築計画敷地部分の建ぺい率は、九七・五九パーセント、容積率が六四五・八三パーセントの高いものとなる。このような土地の利用方法は、違法とはいえないまでも、日照の適正な配分をめぐって、土地の利用調整が問われている場合には、妥当な利用方法とはいえない。日照紛争の解決を困難にしている要因としては、被害者の権利意識の高揚もさることながら、都市計画上の容積率の指定が高いものであるうえ、建築主が合法の名のもとに限度一杯の有効利用を行なおうとすることが挙げられ、一方、住環境維持のために不可欠な日照、採光、通風などを確保するためには、容積率の低率化が要望されていることは、顕著な事実である。隣接地域相互の容積率の較差が大きければ、それだけ隣地の環境に与える影響が極端に大きいものとなることは、明白であって、本件もその一例ではあるが、今回の建築基準法改正案が「改善措置として」(建築基準法の一部を改正する法律案提案理由説明参照)、現行建築基準法第九一条を改め、容積率および建ぺい率については、異なる地域に属する敷地部分の面積比を基準とした割合を限度として、該地域の制限を適用することにした所以もここにあると解され、右改正案の方向は、是認されるべきである。債務者らの本件増築計画敷地部分の利用方法は、明らかにこの方向に反するものであって首肯できない。

ちなみに、改正案が実施されると、本件増築計画部分の建物のうち、二九二・九三四平方メートルの部分の建築ができないことになる。

(二)  (本件地域の将来性)

近い将来、債権者らの住居地を含む該住居地域が現在の住居地としての利用方法をかえ、商業地域化するか否かの判断は必ずしも容易ではないが、その判断にあたっては、地域の現況及び用途地域指定の変遷経過のうえから均等性のみられる前記(三)地域性2(周辺地域の現況)で指摘した債権者ら住居地以北の約一七、〇〇〇平方メートルの地域を判断の基礎とするのが相当である。

ところで、右地域は、二階ないし三階建の住宅で平均化した高級住宅地帯ではあるが、この住宅地内にあっても、わずかながら高層化の動きがあるようであり、補助四号線(外苑通り)に面する路線商業地域、容積率六〇〇パーセント内の建物は、今後も、地下鉄六本木駅方面から、高層化して行くであろうと推測されるが、低層な高級住宅地を形成している住居地域を背景に控えていることから、外苑東通りの右路線商業地域の高層化の程度も自ら制約されるであろうし、現在、住居地域、容積率四〇〇パーセントの債権者らの住居地が、近い将来、一挙に、その用途を変え、商業地域以上の用途地域に変更されることを予想することはむずかしい。

なお、現在、日照確保を直接の目的とする建築基準法改正案第五六条の二(日影による中高層建物の高さの制限)が審議されているが、これが実施された場合には、右にみた地域の状況から判断して、債済者らの住居地域は、同規定にいわゆる日照保護区域に指定される可能性は高いといえる。

したがって、東京都が、独自の立場から、同条第4号に基づいて、改正案別表の定めた日影時間と異なる定めとすることが考えられるにしても、ともかく、債権者らの本件増築計画敷地部分の利用は、近い将来には、この点からも制約されることになることは明らかである(別紙図面(一)時間影図参照)。

右のような、本件地域周辺の現況、その将来性を考慮すると、債権者らの住居地については、原則的に、住居地域としてふさわしい生活環境を保障すべきが相当である。

(三)  (結論)

1  債権者らの居宅南面開口部地上一メートル地点における冬至の日照が、すでにほとんどないことや前記債権者教三の療養生活面をも考慮すると、一般にも日照を欲することの大きいと考えられる大寒(一月二一日)を基準日とするのが合理的で妥当であると思われるが、本件増築計画建物部分が完成した場合には、一月二一日においても、右測定点での日照時間は、午前九時三〇分までで、以後終日日影となるが、さきにみたような住居地域にすむ債権者らにとっては、右日照被害は、その受忍の限度を超えるものといわざるをえない。

本件債権者らに対しては、大寒時において、午前九時から午後三時までの有効日照時間のうち、少くとも三時間程度の日照が確保されるべきであると考えるが、右限度の日照時間を確保するためには、主文のとおりの設計変更をするほかなく、右設計変更することによって、大寒時でも三時間近くの日照を保障し、大寒以降はほぼ完全に三時間の日照を確保することになる。

したがって、右限度の日照被害回復をもって、受忍限度と解すべきが相当である。

よって、債権者らは、本件増築計画建物部分のうち、主文掲記の部分については、建築工事差止請求権を有することになる。

2  本件増築計画建物部分が完成すると、後日その一部を撤去することは事実上不可能となるから、本件仮処分申請について、その保全の必要性があることは明白である。

以上のとおり、債権者らの本件仮処分申請には、主文掲記の限度において理由があるから、これを認容し、その余はこれを却下することとするが、前掲認定の具体的事情を勘案し右認容部分については債権者らに対し、共同して、本決定送達の日から一四日以内に金一八〇万円の保証を立てさせることにし、申請費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 舟橋定之)

<以下省略>

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