東京地方裁判所 昭和49年(レ)320号 判決
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【判旨】
二そこで右更新拒絶が正当事由を具備しているか否かにつき判断する。
請求原因3(一)のうち、控訴人が本件建物の隣家でたばこ及び雑貨商を営んでいること、同人が昭和四四年一一月三日に脳内出血で倒れ、現在政耕が営業と控訴人の看護に当つていること、及び控訴人は本件建物の付近に三棟の建物を所有していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、確かに控訴人は脳内出血で倒れ、症状は昭和四六年四月一七日に四肢機能障害のため身体障害程度等級第一級該当の後遣症があるとして身体障害者手帳の交付を受けた程で、起居には全て他人の介助を要すること、同人の介護には当初妻シマが当つていたが、シマが過労のため身体をこわして入院した(現在回復)後は、政耕夫婦が主に当つており、同夫婦も控訴人の介護と家業の経営のため過労気味で他の援助を欲していたことはあるが、昭和四七年一二月二日当時の控訴人方に同居中の家族は、控訴人夫婦、政耕夫婦と子供二人、及び控訴人の三男紳行の合計七名であり、控訴人の所有する三棟の建物(その位置関係、間取りは別紙図面のとおり)のうち二棟は居住の用に供しえた(家屋番号一一一六番の建物は廃屋に近く雑貨類の倉庫として多少利用されていたのみである。)訳で、必ずしも手狭まとは考えられなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
次に同3(二)のうち、本件建物の立地場所、賃料増額応諾特約のあること、本訴訟前の別件で昭和四七年三月二八日に賃料を増額し本件賃貸借を継続する訴訟上の和解が成立したことは当事者間に争いがなく、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本件建物を昭和二六年から賃借りしているが、本件訴訟及びその前の別件訴訟以外に法的紛争はなく、被控訴人が控訴人の賃料増額請求に対しことごとく反抗的態度をとつてきたとは認められないこと、前記別件における訴訟上の和解で本件建物の賃料は昭和四五年一月分から順次三段階に分れて増額され、同四七年一月からは一箇月金三万一五〇〇円となり(なお、同四七年四月頃の控訴人が地主に支払う地代は一坪当り金二三〇円であつた。)、賃料は一応の決着をみたこと、ところが、政耕は本件賃貸借の更新拒絶の意思表示をした後の昭和四七年一一月頃、被控訴人に対し、不動産業者大木喜八を同道して本件建物の適正賃料は金八万円が相当で、権利金として金一〇〇万円欲しい旨申し入れたが、被控訴人に拒絶されたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
同3(三)のうち、被控訴人が本件建物でそば屋を経営しており、その調理場で水を流し蒸気を立てていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件建物は昭和一五年に控訴人が取得し、同年六月六日に保存登記を経由したもので、建物の基礎が地面からほとんど離れていないため柱の根本が腐朽し建物全体が北西方にわずかに傾斜している他、柱や壁、天井等の腐朽、屋根瓦の乱れが散見されるものの、調理場は壁もステンレス板で覆われ、天井に湯気抜きの穴も設置されている等の保守も行われているので、かなり老朽化はしているが(朽廃の時期が迫つているというものではない)未だ利用上危険のある状態にはなく、まだ数年間は使用に耐えることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
同3(四)のうち、被控訴人が控訴人主張のとおり昭和四四年に江戸川区に土地建物を取得し、その建物の一階でスナツクを経営していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、確かに被控訴人は取得した建物に住民票も移し同所を生活の本拠としているものの(本件建物にも控訴人らがしばしば仕事その他で宿泊してはいる。)、収入の面では昭和二六年以来継続している本件建物での営業は顧客も固定し収益も安定しているのに対し、江戸川は立地条件が悪く当初は赤字であつたが付近が開発され顧客も安定しだしてどうやら経営が軌道に乗るようになつたものの、やはり収入の半分は本件建物でのそば屋営業によるもので、本件建物での営業ができなければ被控訴人の生活は苦しくなることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そこで、右認定の各事実を総合して賃貸人(控訴人)と賃借人(被控訴人)の双方の利害得失を比較考量してみると、控訴人の主張する自己使用の必要性、信頼関係の破壊、建物の老朽度等は、各事実を併せても、本件建物の利用の現状からいつて、正当事由ありとするには足りないものであり、更新拒絶は正当事由を欠くというべきである。そうすると本件賃貸借は昭和四七年一二月三日以降期限の定めなき賃貸借契約として存続することになる。
三そこで、請求原因6ないし8の各予備的請求につき、その後の事情の変化を検討したうえ、右各解約申入時に正当事由が具備されているかにつき更に判断する。
<証拠>によれば、控訴人側の事情としては、昭和四七年四月控訴人の三男紳行が結婚し、控訴人方に同居を始めたものの、新婚でもあり部屋が狭く西陽があたる等住みづらいので同年七月に、妻の実家(東京都墨田区八広)へ転出したこと、なお、控訴人の病状は政耕らの看護により悪化せずに推移しているものの、政耕夫婦も長年の看護のため過労気味で右紳行の妻が時々手伝いに来ていること、控訴人は地主から地代を漸時増額され昭和五二年五月以降は坪当り金八二〇円になつたり、控訴人の看護(但し医療費は老人のため無料)のため経済的に恵まれている訳ではないこと、紳行の妻の実家では兄が親を扶養するため家を空けることを望んでいるので、早晩右実家を出なければならないが、紳行は収入が少く控訴人にも助力する余力がないためアパートを賃借することも困難なことが認められるが、被控訴人側の事情としては、本件建物は経年のため老朽化は進行しているが特に目立つた変化はないこと、昭和四八年五月七日に江戸川に土地を買増して、建物を増築し居住部分が広がり住み易くなつたこと、スナツクの経営も付近の開発が進み顧客も増えて安定していることの各事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。なお、控訴人が昭和五三年七月一一日の本件口頭弁論期日に立退料として金二一一万円を支払う用意のある旨の意思表示をしたことは本件記録によりこれを認める。
右認定事実によれば、確かに控訴人側にとつて、政耕夫婦の控訴人の看護も多年にわたり他の援助を必要としており、そのためには紳行夫婦が近くに来ることが適当であること、本件建物もかなり老朽化し修繕を必要としていること、控訴人方の建物二棟の間取りは前記認定のとおりであつて、家業の雑貨商のためかさばる在庫品を収納する場所が広く必要なことは推認できるが、当審における検証の結果に照しても現在の収納の状況は効率よく利用されているとはいえないので、多少整理すればもつと有効に利用でき、それによつて居住に供しうる部分の拡大が可能になり、紳行の同居もそれ程無理なく可能であるとも考えられることや、修繕の点も<証拠>や弁論の全趣旨によれば、本訴訟提起前には本件建物につき控訴人が大修繕の意向を示したことも、被控訴人が大修繕を求めたこともなく、本訴訟において主張され出したこと、本件建物を大修繕することに要る費用とその効果を考えると経済的には建替えが有利ではあるが、前記認定のとおり本件建物は未だ朽廃しておらず、相当期間の使用に耐えうること、及び控訴人は廃屋に近い家屋番号一一一六番の建物の建替えすら地主との交渉がまとまらず資金もないとして手を付けていないことの各事実を併せ考えると、控訴人側の明渡しを求める事由は、本件建物を明渡すことによつて生じる被控訴人側の損害と較量すると、未だ正当事由を充足しているとは認め難い。控訴人の立退料の支払いも正当事由を補完するものとしては不十分である。
なお、被控訴人が、政耕を殴打したことは当事者間に争いがないが、<証拠>によれば、それは政耕が被控訴人の孫の頭を軽く叩いたことに端を発したもので、双方に感情的対立が背景にあることを併せ考えると、その殴打が信頼関係を破壊したとはいえない。また、和解の際の要求については、利害の対立する当事者が双方都合のよいことを主張するのは通例であり、その当否はともかくそのため信頼関係が破壊されたとはいえない。
(山田二郎 古屋紘昭 有吉一郎)