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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1号 判決 1974年11月07日

原告 江崎功

被告 株式会社 瀬里奈

右代表者代表取締役 藤田雅子

右訴訟代理人弁護士 渡辺明

主文

一  被告は、原告に対し、原告が株式会社東京光音研究所に勤務することを許可する旨の意思表示をせよ。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

主文と同旨

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  被告は、飲食店を経営する株式会社である。原告は、昭和四五年九月二日、臨時職員として被告会社に雇用され、昭和四六年五月一日から正社員となった。

二  ところで、被告会社の就業規則第一九条(兼業の禁止)は、「社員は、会社以外の企業の職に従事し、または自分で事業を営み、もしくはこれらに類する行為をしてはなりません。ただし、このことについて事前に本人から願い出があり、これについて会社が真に事情やむを得ないと認めた場合には、許可をすることがあります。」と定めている。

三  原告は、昭和四八年一一月一四日付書面をもって被告に対し、右就業規則の規定に基づき、原告が東京都港区北青山三丁目八番一五号所在株式会社東京光音研究所に勤務することの許可を求めた。それなのに、被告は、これを許可しなかった。

四  前項の許可を求めた理由は、次のとおり。

1 原告は、被告会社車両管理室に勤務しており、その勤務時間は、午後四時三〇分から午後一一時まで(ただし、休憩時間は四五分)となっている。そして、被告会社の営業時間は、午後零時から翌日午前二時までであるが、従業員の勤務時間は、三交替勤務で午前一一時から翌日午前三時までとなっている。したがって、原告が被告会社において時間外勤務をすることは可能であるが、被告は、これを認めていない。

2 原告は、被告会社に雇用される前、自ら事業を営んでいたが、その経営に失敗して廃業し、借金の返済を続けている。被告会社における原告の賃金は、昭和四九年二月から一か月約一一〇、〇〇〇円(手取額約九五、〇〇〇円)である。しかし、被告から支払われる賃金だけでは借金の返済もあって生活ができず、被告に増収をはかるために時間外勤務を求めても認められなかったので、原告は、昭和四六年二月一九日から被告会社の勤務終了後株式会社東京光音研究所に勤務するようになったのである。同研究所における原告の一日の実働時間は、約二時間であり、被告会社におけるそれと通算しても八時間を超えない。

3 原告は、株式会社東京光音研究所から被告会社の就業規則第一九条による兼業の許可を得てくるよう求められている。

五  よって、原告は、被告に対し、原告が株式会社東京光音研究所に勤務することを許可する旨の意思表示をすることを求める。

〔請求原因に対する認否〕

第一項ないし第三項の事実を認める。

第四項の事実中、1を認める。2のうち、被告会社における原告の賃金が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。3は知らない。原告は、被告に増収をはかるために時間外勤務を求めても認められなかったと主張するが、そのような事実はない。かえって、被告が原告の増収をはかるために時間外勤務をするようすすめたのに、原告は、これを拒否したのである。被告は、他の従業員との折り合いがつき、企業の運営がしっくりいく限り、原告の時間外勤務を認めるにやぶさかでない。ただ、原告の希望する時間帯に時間外勤務をも含めて原告の勤務を認めることが常に可能であるかといえば、必ずしもそうとはいえないので、原告に対し、他の従業員との折り合いなど被告会社の都合もあるから、原告の一方的な要求を常に満たすことは不可能である旨述べたのである。原告は、このことをとらえて被告が原告の時間外勤務を認めなかったと主張するのかもしれないが、企業の秩序ある運営を無視した一方的な要求は、労使間において是認することはできない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第一項ないし第三項の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告に本件兼業許可請求を許可すべき義務があるかどうかを判断する。

1  ≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、(一)原告は、被告会社に雇用される前、自ら写真の仕事をしていたが、すぐこれに失敗して機材購入費約一、〇〇〇、〇〇〇円の借金を残し、転職のやむなきに至り、昭和四五年九月二日、臨時職員として被告会社に雇用され、昭和四六年五月一日から年社員となった。(二)原告は、被告会社車両管理室に勤務し、飲食店にくる客の自動車の保管及び店の案内などをしており、その勤務時間は、午後四時三〇分から午後一一時まで(ただし、休憩時間は四五分)、賃金は、昭和四九年二月から一か月約一一〇、〇〇〇円(手取額約九五、〇〇〇円)である。(三)原告は、借金の返済もあるので増収をはかるため、昭和四六年二月一九日から株式会社東京光音研究所に勤務するようになった。同研究所における原告の仕事は、西友ストアの受付伝票約一、三〇〇枚を処理することであるが、被告会社の勤務終了後である午前零時ころから午前一時三〇分ないし二時ころまで勤務し、賃金は、一応、一時間五七五円の時間給としたうえ、実働時間にかかわらず伝票処理に三時間を要するものとして一日について三時間分を支払われている。(四)原告の上司である被告会社車両管理室副主任三浦康市(同人は、同室勤務の従業員の採用に関与し、従業員の指導監督を担当している。)は、原告が被告会社の正社員となった当時、既に原告が株式会社東京光音研究所に勤務していることを知っていた。しかし、同人は、原告を正社員に登用するに際し、このことを何ら問題とせず、その後も「別に会社の仕事に支障がないなら、他に勤めていてもよいのではないか」という考えから、同研究所を退職するよう原告に話したりしなかった。(五)のみならず、三浦副主任は、昭和四六年五月ころから同年一一月ころまでの間、自らも株式会社東京光音研究所に勤務しており、同人が勤務時間の都合によって同研究所を退職したときには、被告会社車両管理室に勤務していた森をその後任としている。(六)被告会社車両管理室勤務の従業員で他の会社にも勤務していた者は、原告、三浦康市及び森のほか、洋服の集配をしていた成島輝彦、東急百貨店の守衛をしていた稲葉晴光及びいすず自動車に勤務していた米田らがいる。(七)原告は、昭和四八年五月ころ、三浦副主任に対し、当時被告会社車両管理室に勤務していた金田が退職したので原告に時間外勤務をさせてくれるよう頼んだが、アルバイトの者が金田の後任となったので、これを認められなかった。そのほかには、時間外勤務について被告会社の上司と話し合ったことはない。(八)そのころ、原告は、契約問題のこじれから原告の解雇をめぐって株式会社東京光音研究所との間に訴訟があった。この訴訟は、昭和四八年一一月に東京地方裁判所で和解が成立し、その結果、原告が引き続き同研究所に勤務することになったが、これに先だち、同研究所から被告会社の兼業許可書を提出するよう求められた。そこで、原告は、同月一四日付書面をもって被告に対し、本件兼業許可請求をした。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

2  被告会社の就業規則第一九条(兼業の禁止)は、社員が兼業することを原則として禁止し、ただ、「このことについて事前に本人から願い出があり、これについて会社が真に事情やむを得ないと認めた場合」にのみ、これを許可することがある旨定めている。

しかし、労働者は、雇用契約の締結によって使用者に対し一日のうち一定の限られた勤務時間のみ労務提供の義務を負担し、その義務の履行過程においてのみ使用者の支配に服するが、雇用契約及びこれに基づく労務の提供を離れて、使用者の一般的な支配に服するものではない。労働者は、勤務時間外を事業場の外で自由に利用することができ、他の会社に勤務するために余暇を利用することも、一般の雇用契約においては、原則として許されなければならない。ただ、労働者が兼業することによって使用者の企業機密の保持を全うし得なくなるなど経営秩序を乱したり、あるいは、労働者の使用者に対する労務の提供が不能若しくは不完全になるような場合もあり得る。そこで、このような場合においてのみ、例外として就業規則に兼業禁止規定を置くことが是認されるものと解するのが相当である。

前記就業規則第一九条に定める兼業するについて「会社が真に事情やむを得ないと認めた場合」という兼業許可の要件は、兼業を必要とする労働者側の事情とこれを禁止すべき使用者側の事情とを右の趣旨に従って総合的に検討して決められるべきであるが、使用者の恣意的な判断を許すものでないことはいうまでもなく、使用者の経営秩序に影響がなく、また、労働者の使用者に対する労務の提供にも格別支障がないような場合には、使用者は、たとい労働者の兼業を必要とする度合いが少ないときでも、兼業許可請求を許可すべき義務を負うものと解せられる。

1項において認定した事実によれば、原告は、借金の返済もあるので増収をはかるため、株式会社東京光音研究所に勤務するようになったのであるが、そのことによって被告の経営秩序を乱したり、あるいは、原告の被告に対する労務の提供が不能若しくは不完全になるような事情については、何ら主張、立証がない。かえって、原告は、昭和四六年二月一九日から引き続き同研究所に勤務しており、このことは、被告会社の上司において知悉しているのに、これまで全く問題とされず、むしろ黙認されていたと認めるのが相当であるし、その他同研究所及び被告会社におけるそれぞれの仕事の内容、勤務時間(両企業における実働時間を通算しても、一日について八時間を超えない。)など前認定の諸般の事実に照らせば、被告には、原告の兼業を禁止すべき事情がないものといわざるを得ない。

したがって、被告は、本件兼業許可請求を許可しなければならない。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるので認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達敬)

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