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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)10087号 判決

一 原告が本件特許権の特許権者であつたこと、本件明細書の特許請求の範囲の欄の記載が請求の原因2項のとおりであること、被告が昭和四九年八月以降昭和五〇年一二月末日までの間、ハンガリー国ゲデオン・リヒター社より輸入された別紙第一目録記載の物件すなわち一般名トリアムシノロンアセトニドの原末を購入し、これを製剤して「トリアノポロン軟膏」又は「トリアノポロンクリーム」という商品名で販売したことは当事者間に争いがない。

二 ところで、被告は、「本件明細書の特許請求の範囲の欄には目的物質を表わす一般式中のXについて、「Xの少くとも1個は水素であり、」と明確に規定され、他方、右一般式中にはXは一個しかないから、右Xは水素でなければならず、したがつて目的物質を表わす一般式中のXが弗素であることを要するトリアムシノロンアセトニドは本件特許発明の目的物質には包含されない」旨主張するので、まずこの点について検討する。

成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)によれば、本件明細書の特許請求の範囲の欄には、目的物質を表わす一般式中の置換基Xの定義については、原料物質を表わす一般式中の置換基Xの定義規定がそのまま援用されており、そこでは「X及びX´は水素、ハロゲン、ヒドロキシ又は低級アルコキシでXの少くとも1個は水素であり、」と定義づけられていることが認められる。

しかして、右記載によれば、Xの定義規定の後段すなわち「Xの少くとも1個は水素であり」との記載のうちの「の少くとも1個」なる記載部分は複数個の置換基の存在を前提とする語句と解されるにも拘わらず、右記載部分の直前には、「X」とのみ記載され、しかも被告が指摘するとおり、目的物質を表わす一般式中に示されている置換基Xの数はただ一個しかないから、してみると、右の「Xの少くとも1個は水素であり」との記載はその意味内容が、そのまま直ちに明瞭であるとはいえない。

被告は、この点について、「の少くとも1個」なる記載部分は全く無意味な挿入句で、「Xは水素であり」と解するのが相当である旨主張するけれども、前記認定のXの定義規定の前段すなわち、「X及びX´は水素、ハロゲン、ヒドロキシ又は低級アルコキシで」との記載から明らかなように、Xは水素のほかハロゲン、ヒドロキシ、低級アルコキシでもよいのであるから、Xの定義規定の後段におけるXを被告主張のように解することは右定義規定の前段と後段とが矛盾することになり、採りえない。

そこで、Xの定義規定の後段のうちの、「の少くとも1個」なる記載部分が無意味な挿入句でなく、前記のとおりその本来の意味たる複数個の置換基の存在を前提とする語句であると解すべきを相当とするところ、前記認定の記載によれば、Xの定義規定の前段中には、Xと並列してX´が記載されていて、しかもX´が水素でもよいことが示されていることに徴すれば、右前段には「X及びX´」というまさに複数個の置換基が掲げられているから、この「X及びX´」を、右後段における、「の少くとも1個」なる語句が前提とする複数個の置換基と解しうること、換言すれば、Xの定義規定の後段の「Xの少くとも1個は水素であり」との記載中のXは、その前段の「X及びX´」を意味していると解するのが相当である。そして、このようにXの定義規定の後段の、「Xの少くとも1個は水素であり」との記載を、「X及びX´の少くとも1個は水素であり」と解すれば、右後段自体の意味内容が明瞭となるだけでなく、前段と後段を矛盾なく統一してその意味内容を把握できるものというべきである。

しかも、Xの定義規定の後段を前記のように解釈すべきことは、以上のように特許請求の範囲の記載だけでなく、本件明細書の詳細な説明の欄、就中実施例中に、X及びX´が水素、ハロゲン、ヒドロキシ又は低級アルコキシでX及びX´の少くとも1個は水素である化合物、例えばXがハロゲンの中の弗素でX´が水素である化合物が目的物質として記載されていることからも、首肯しうるものである。

ところで、左記化学構造式

<省略>

で表わされる化合物が、化学名を9α―フルオロ―11β、16α、17α、21―テトラヒドロキシプレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―0―アセトニド、一般名をトリアムシノロンアセトニドと呼ばれていることは当事者間に争いがないところ、右トリアムシノロンアセトニドは本件明細書の特許請求の範囲の欄に記載された目的物質を表わす一般式中、1、2の位置を二重結合、6、7の位置を飽和結合、Rに水素、R´にβ―ヒドロキシ、Xにハロゲンの中の弗素、X´に水素、Yに水素、Y´に水素、Pにメチル、Qにメチル、そしてZにヒドロキシを選んだ化合物であるから、トリアムシノロンアセトニドが本件特許発明の目的物質に包含されることは明らかである。

よつて、被告の主張は採用することができない。

三 原告は、「トリアムシノロンアセトニドは本件特許発明の方法によつて得られるところ、本件特許権の優先権主張の基礎とされたアメリカ合衆国における最初の出願前日本国内において公然知られた物でなかつたから、被告の購入したトリアムシノロンアセトニドは本件特許発明の方法によつて生産されたものと推定される」旨主張するので、判断する。

(一) 成立に争いのない乙第一、第四、第六、第七、第一三ないし第一五、第一九号証に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被告の購入したトリアムシノロンアセトニドは被告方法によつて製造されたことが認められる。

1 ところで、この点につき原告は、被告製品の有効成分中には本件不純物が含まれているのであるから、このことからすると、被告が購入したトリアムシノロンアセトニドは被告方法によつて製造されたものではないと主張し、その根拠として、次の(1)ないし(3)の理由を挙げる。すなわち、(1)本件不純物は、本件特許発明では、原料物質たるトリアムシノロンを製造する原料のアセテート化合物に由来してトリアムシノロンアセトニドに含まれていることがあるけれども、被告方法では、本件不純物が第三工程の原料物質でもないし反応物質でもなく、また、被告方法の第一工程に相当する加水分解反応を実験し、その得られた加水分解生成物を分析した結果においても、被告が本件不純物の前駆物質であると主張する21―アセテートステロイド化合物は検出されなかつたこと、(2)被告方法を工業的規模で実施する場合でも、右加水分解工程において反応温度を上昇せしめるについて何らの障害も認められないから、反応温度をあげて短時間で容易に完全な加水分解を行うことが可能であり、他方、トリアムシノロンアセトニドは医薬品であり、製品中に不純な物の混入を能う限り避けなければならないから、完全な加水分解を容易に行いうる第一工程において、何の理由もなく、ことさら、被告が本件不純物の前駆物質であると主張する21―アセテートステロイド化合物を残存せしめるような操作条件を採用することはありえないこと、(3)被告方法では、仮りに、第一工程で未反応の、21―アセテートステロイド化合物が一部残存したとしても、その後の第三工程ではルイス塩基を使用していないので、21―アセテートステロイド化合物が弗化水素酸によつて本件不純物に変化する反応は起こらないから、前記第一工程の21―アセテートステロイド化合物が本件不純物に変化する可能性は全くないこと、(4)以上のとおりであるから、被告方法によつて製造されるトリアムシノロンアセトニドには本件不純物が含まれるはずがなく、それにも拘わらず被告製品の有効成分中に本件不純物が含まれているということは、とりも直さず、被告の購入したトリアムシノロンアセトニドを製造する方法が被告方法でないことを示すものにほかならない。

2 そこで、これら原告挙示の根拠について検討するが、この検討の資料となる事実関係について、まず判断する。

被告製品の有効成分中に本件不純物が含まれていることは被告も認めて争わず、この事実と、前顕乙第一第一五、第一九号証、成立に争いのない乙第八、第一一号証に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 被告方法の第一工程における21―ヒドロキシ化合物の工業的規模での製造は、一、〇〇〇ないし三、〇〇〇リツトル容量の装置の中で反応温度を摂氏二二ないし二八度、反応時間を八ないし一二時間の条件下で未加水分解物たる21―アセテートステロイド化合物の量が三パーセント以下になるまで行うこと。

(2) 右第一工程においては、21―ヒドロキシ化合物を製造するために用いられる装置内を連続的に窒素で保護しているものの、同装置が大規模容量の装置であるため、反応系を完全に酸素のない状態に維持することは不可能であつて、同工程における加水分解生成物である21―ヒドロキシ化合物は酸化という副反応を起して21―アルデヒドになり、更にこの21―アルデヒドも同じく酸化という副反応を起して21―カルボン酸になりついにはこの21―カルボン酸は脱炭酸されて、21位に炭素原子を全くもたないステロイド化合物という酸化による分解物に変化することが避けられず、しかも第一工程の加水分解反応を完全に行おうとすれば、反応温度をあげあるいは反応時間を長くしなければならないが、そうすれば、それに応じて右副反応並びに右分解物増加の各可能性も大きくなり、その結果、酸化による分解物の量が増加して21―-ヒドロキシ化合物の収量が減少し、ひいては最終目的物質であるトリアムシノロンアセトニドの収量も減少すること、他方、21―ヒドロキシ化合物の収量は、未加水分解物である21―アセテートステロイド化合物が〇・五ないし三・〇パーセント残存している時の方が残存していない時より遙かに良いこと。

(3) 被告方法では、第二工程において21―アセテートステロイド化合物を微量含む21―ヒドロキシ化合物を濃硝酸と反応させてステロイド―21―硝酸エステルを得、更に第三工程において第二工程で得られたステロイド―21― 硝酸エステルを原料物質とし、これを無水クロロホルムに溶かし、その溶液を摂氏零下五〇度に冷却して弗化水素酸を滴下し、その反応混合物を摂氏零度に保ちつつ、三時間攪拌することによつてトリアムシノロンアセトニドを得るのであるが、この弗化水素酸によるステロイド―21―硝酸エステルからトリアムシノロンアセトニドへの転換にあたつては、<1>9位及び11位のエポキン環の開裂、<2>9α位への弗素の付加及び11β位のヒドロキシ化、<3>21位の硝酸エステルの加水分解(ヒドロキシ化)という三反応が必要であり、しかもステロイド化合物中のエポキシ環の開裂については、(イ)その開裂の率は弗素イオンの濃度に依存し、(ロ)弗化水素酸を弗素イオンに解離するのにルイス塩基(例えばテトラヒドロフラン)が用いられることが、当業技術分野において技術常識として知られていること。ところで、被告方法の第三工程ではルイス塩基は用いられていないけれども、原料物質たるステロイド―21― 硝酸エステルの「―NO2」の部分がルイス塩基の作用をし、これが弗化水素酸を解離させて弗素イオンを生ぜしめ、この弗素イオンが、ステロイド―21―硝酸エステルに対し、前記<1>ないし<3>の三反応を起させてトリアムシノロンアセトニドに変換させるとともに、右ステロイド―21―硝酸エステル中に残存している21―アセテートステロイド化合物は、濃度が高められた前記弗素イオンと反応し、その9位及び11位のエポキシ環の開裂、9α位への弗素の付加並びに11β位のヒドロキシ化によつて本件不純物に変換すること。

(4) 以上の事実が認められ、成立に争いのない甲第一〇号証(実験報告書)の記載も、いまだ右認定を左右するに至らないこと、以下に述べるとおりである。すなわち、同号証中に、被告方法の第一工程に相当する21―アセテートステロイド化合物の加水分解反応によつて得られた生成物中に、未加水分解物たる21―アセテートステロイド化合物及び副反応成績体は確認されなかつた旨の実験結果の記載があるが、この実験においては、右実験の反応操作が21―アセテートステロイド化合物二〇〇mgをベンゼン及びメタノール各一〇mlの混液に溶かし、これに「KHCO3」すなわち炭酸水素カリウム一〇パーセント(w/v)水溶液を1ml加え、窒素雰囲気下、湯浴上で約六〇分間還流加熱したというのであるけれども、前認定の被告方法の第一工程と比較した場合、反応温度並びに反応時間が明らかに相違しているうえに、右実験の反応操作が被告方法の第一工程のように、酸素の存在が避けられない系での実験かどうかも明らかでないことに鑑みれば、前記実験結果の記載から、直ちに、原告が主張するように右第一工程の加水分解を完全に行つた場合に副反応成績体すなわち酸化による分解物が生成されないとは断定し難いという疑いが残る。のみならず、同実験における反応後の処理操作や分析結果も、同号証によれば、加水分解生成物を塩酸で中和し、エーテル五〇mlで二回抽出し、ついで「Na2SO4」すなわち硫酸ナトリウムで乾燥後エーテルを蒸発させると淡黄色の粉末が得られ、これを薄層クロマトグラフイーによつて分析すると、Rfが〇・六八の単一のスポツトを有すること、そして、右淡黄色の粉末を更に少量のメタノールを溶媒として使用して再結晶させると、白色針状晶が得られ、そこでこれを薄層クロマトグラフイーによつて分析すると、Rfが〇・六九の単一のスポツトを有していることが、各認められるところ、この認定事実からすると、再結晶化前に淡黄色の粉末が再結晶されて白色に変化したということは、右粉末を再結晶させると白色の針状晶のほかに再結晶されないところの、粉末を淡黄色に着色せしめる有色物が再結晶溶媒であるメタノール中に残存していることが化学技術上推認できるから、右再結晶されない前の、淡黄色の粉末を、薄層クロマトグラフイーによつて分析すれば右粉末、すなわち右粉末を淡黄色に着色せしめるものに由来するスポツトを有する筈であるにも拘わらず、同実験では、前認定のようにRfが〇・六八の単一のスポツトを有するというにとどまるのであるから、してみると前記実験の結果は、分離検出力の低い分析手法によつているものではないかとの疑いを生じるうえ、加水分解生成物を塩酸で中和し、エーテルで二回抽出後の反応溶媒たるベンゼン及びメタノールの混液中になお残存している未抽出物の有無を確認したかどうかが同号証によつても不明であること等に鑑みれば、右に挙げたような疑点等を有する同号証の実験結果の記載をもつては、前記(1)ないし(3)の認定を左右するには至らない次第である。

(5) なお、前顕乙第一一号証には、21―アセテートステロイド化合物を反応温度摂氏三五度、反応時間一二時間で加水分解したところ、得られた加水分解生成物中から薄層クロマトグラフイーにより21―アセテートステロイド化合物の痕跡も検出されなかつた旨の実験結果が記載されているところ、その際に副反応が生起したことあるいは酸化による分解物が生成されたことの記載はないけれども、この実験結果は、21―アセテートステロイド化合物の加水分解を反応温度、反応時間という反応条件を変えて行つた場合の加水分解反応の進行程度を説明する基礎実験の一つにすぎず、積極的に副反応の生起あるいは酸化による分解物生成の有無にまで言及したものでないことは、同号証の記載に照らして明らかであるから、右実験結果の記載は前記認定を左右するものではない。

(6) しかして、他に、前記(1)ないし(3)の認定を覆すに足りる証拠はない。

(7) なお、原告は、「被告方法では反応性の高い、換言すれば副反応の生起し易い16α、17α―ジオール構造をアセトニドの形で保護して副反応を避けるという着想に基づいているものであるところ、被告の加水分解を完全に行うと副反応並びに酸化による分解物増加の各可能性がますます高くなるから、最終目的物質であるトリアムシノロンアセトニドの所望の収量を得ることができなくなり、したがつて右加水分解を完全に行うことは工業的実施の見地からは経済的でないという主張はこのことと矛盾する」と主張する。なるほど、前顕乙第七号証によれば、被告方法は原告の主張するような着想に基づいていることが認められるけれども、前記認定のとおり、被告方法において21―アセテートステロイド化合物の加水分解を完全に行うと副反応の可能性が高くなるのは16α、17α―ジオール構造についての副反応ではなく、これとは別個の加水分解生成物である21―ヒドロキシ化合物の21位の水酸基の副反応であるから、右認定にかかる被告方法の着想は、被告方法においては21―アセテートステロイド化合物を完全に加水分解すると副反応の可能性が高くなるという前記(1)ないし(3)の認定と矛盾するものではない。

3 そこで、右2において認定した事実に基づいて、原告が主張する前記1の(1)ないし(3)の根拠について考察すると、被告方法では、本件不純物は、原告が指摘するとおり、第三工程の原料物質並びに反応物質でもないけれども、前記認定事実から明らかなように、第一工程の出発物質である21―アセテートステロイド化合物に由来しており、しかも、他方、被告方法の第一工程の加水分解は完全に行われるのでなく、前記認定の反応温度、反応時間によつて、未加水分解物たる21―アセテートステロイド化合物が〇・五ないし三・〇%残存するように行われるものであるところ、右の反応温度、反応時間と同一の条件で加水分解を行つても、得られた加水分解生成物中に21―アセテートステロイド化合物が検出されなかつたことを認めるに足りる証拠はないから、原告が主張する根拠(1)は原告の前記主張の根拠たりえないことは明らかである。次に、被告方法の第一工程の加水分解は、工業的規模で実施する場合においても容易にかつ完全に行うことが可能であることは被告の自認するところであるが、前記認定事実から明らかなように、右の第一工程においては完全な加水分解を行わずに加水分解生成物中に21―アセテートステロイド化合物を残存させる程度に加水分解を行うことの理由としては、酸化による分解物の生成を避けるとともに、可能な限り21―ヒドロキシ化合物の収量の減少を防ぎ、ひいては最終目的物質であるトリアムシノロンアセトニドの収量をできる限り減少させないという合理的理由があるのであり、かくしてまた、右第一工程により未加水分解物たる21―アセテートステロイド化合物が残存せざるを得ないという結果、これに由来して医薬品であるトリアムシノロンアセトニド中に本件不純物が混入してくることは一応首肯できるから、原告主張のように、医薬品は不純物を避ける、とはいうものの、被告製品の有効成分中に本件不純物が残存するということにも、右に述べたようにそれなりの理由があるといわざるをえず、結局原告が主張する根拠(2)も原告の前記主張を根拠づけるものではない。更に被告方法の第三工程ではルイス塩基は使用されていないけれども、前記2に認定した事実から明らかなように原料物質であるステロイド―21―硝酸エステルの「―NO2の部分がルイス塩基の作用をして弗化水素酸を弗素イオンに解離させ、21―アセテートステロイド化合物はこの弗素イオンと反応して本件不純物に変化するのであるから、原告が主張する根拠(3)も原告の前記主張の根拠とはなし難い。

してみると、被告方法によつて製造されるトリアムシノロンアセトニド中に本件不純物が含まれていることには、それなりの根拠があるということができるものというべく、本件不純物が被告製品の有効成分中に含まれているからといつて、そのことを理由に、直ちに被告の購入したトリアムシノロンアセトニドを製造する方法が被告方法でないことを示すものにほかならないとはなし難く、結局原告の主張は採用することができない。

4 原告はまた、「21―アセテートステロイド化合物からトリアムシノロンアセトニドを製造する方法として被告方法よりも有利な、あるいは工程数の少い二つの方法が知られているから、トリアムシノロンアセトニドを得るための方法として被告方法を用いなければならない必然性は全くないこと」を理由に、被告方法は現実の工業生産に際して採用しうる方法でない、として、被告の購入したトリアムシノロンアセトニドを製造する方法は被告方法ではない旨の主張をする。

ところで、21―アセテートステロイド化合物からトリアムシノロンアセトニドを製造する方法として、(A)21―アセテートステロイド化合物を弗素化し、得られた生成物を加水分解してトリアムシノロンアセトニドを得る方法、及び(B)21―アセテートステロイド化合物を加水分解して21―ヒドロキシ化合物にした後これを弗素化してトリアムシノロンアセトニドを得る方法があることは当事者間に争いがないが、前顕乙第八号証によれば、次のような事実、すなわち、21―アセテートステロイド化合物からトリアムシノロンアセトニドを製造した際の総収量は、被告方法が七〇・五パーセントであるのに対し、右(A)の方法は六四パーセント、右(B)の方法は六二・五パーセントであること、被告方法は、右の(A)、(B)の各方法に比べて、人体に有害であり腐蝕性の弗化水素酸の使用量を、著しく少くすることができること、被告方法は、右の(A)、(B)の各方法よりも一工程多いがその第二工程のステロイド―21―硝酸エステルの調整は定量的であり、この化合物はクロロホルムによく溶け、与えられた反応容器の中で三ないし四倍の目的物が製造できること、被告方法は、右の(A)、(B)の各方法と異りステロイド―21―硝酸エステル中のエポキシ環の開裂にはルイス塩基を必要とせず、テトラヒドロフランのようなルイス塩基を用いる時に生じる過酸化物の形成や水の除去といつた不利なところがないこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告方法は原告の主張する前記(A)、(B)の各方法と比べて、収量の点で有利であるというだけでなく、技術上の点や安全性の点でも優れていると解するのが相当であるから、そうとすれば現実の工業生産に際し、被告方法を採用することには充分の根拠があるものと解することができ、したがつて被告方法をもつて現実の工業生産に際して採用しうる方法でないという原告の主張も採用することができない。

5 原告は更に、「被告方法の第三工程につき、五〇パーセントの弗化水素酸は摂氏零下三六・一度で凝固すること、また摂氏零下五〇度という条件は特殊な条件であつてこの条件を設定した工場設備を設置することは容易でないこと」を挙げて、被告方法は現実の工業生産に際して採用しうる方法でない、と主張するけれども、この主張を肯認するに足りる証拠はないので、結局、右主張も採用することができない。

6 しかして、被告の購入したトリアムシノロンアセトニドが、被告方法によつて製造されたものとの、前記認定を覆えすべき証拠は、他にない。

(二) さきに確定した本件明細書の特許請求の範囲の欄の記載と前顕甲第二号証の記載によれば、右記載の方法によりトリアムシノロンアセトニドを得るためには左記化学構造式

<省略>

で表わされるトリアムシノロンと、左記化学構造式

<省略>

で表わされるアセトンとを反応させることによるものであることが認められる。

(三) 右認定の本件特許発明の方法と前記認定の被告方法とを対比すると、本件特許発明ではトリアムシノロンを原料物質、アセトンを反応物質とするのに対し、被告方法では9β、11β―エポキシ―16α、17α、21―トリヒドロキシ―プレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―アセトニド―21―硝酸エステルを原料物質、弗化水素酸を反応物質とするものであつて、両者は原料物質並びに反応物質を異にする方法であることが認められ、被告方法は本件明細書の特許請求の範囲の欄記載の方法によるものでないことが明らかであるから、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

(四) そうすると、被告の購入したトリアムシノロンアセトニドは本件特許発明の方法により生産されたものと推定されるとの原告の主張は、その余の点に検討を加えるまでもなく理由がないことに帰する。

四 よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとする。

〔編註〕 本件に関する目録は左のとおりである。

第一目録

化学名

9α―フルオロ―11β、16α、17α、21―テトラヒドロキシプレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―0―アセトニド

一般名

トリアムシノロンアセトニド

化学構造式

<省略>

の原末及び製剤品

第二目録

(第一工程)

9α、11β―エポキシ―16α、17α、21―トリヒドロキシ―プレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―アセトニド―21-アセテートをベンゼンとメタールの混合物中炭酸水素カリウムで処理して加水分解させ、9β、11β―エポキシ―16α、17α、21―トリヒドロキシ―プレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―アセトニドを得る工程

<省略>

(第二工程)

9β、11β―エポキシ―16α、17α、21―トリヒドロキシ―プレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―アセトニドを濃硝酸と反応させ、9β、11β―エポキシ―16α、17α、21―トリヒドロキシープレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―アセトニド―21―硝酸エステルを得る工程

<省略>

(第三工程)

9β、11β―エポキシ―16α、17α、21―トリヒドロキシ―プレグナ―1、4―ジエン―3、20―ジオン―16、17―アセトニド―21―硝酸エステルを弗化水素酸で処理してトリアムシノロンアセトニドを得る工程

<省略>

(別表)

<省略>

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