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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)11047号 判決 1979年7月30日

原告

株式会社パンドール金子

(旧商号 株式会社池袋金子商店)

右代表者

松本茂

右訴訟代理人

河嶋昭

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

友沢秀孝

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一四四二万六四〇一円及びこれに対する昭和五〇年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決又は担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、壁紙、襖紙の販売等を業とし、昭和四九年七月二〇日当時東京都豊島区高田三丁目一九番一五号所在の倉庫の一階に商品である壁紙を収納し、保管していた(以下右倉庫を「本件倉庫」といい、同倉庫所在地を「本件被害地」という。)。

2(一)  被告は、昭和三六年一〇月五日、東京都新宿区戸塚一丁目を起点として同区西落合一丁目を終点とする全長約3.6キロメートルに及ぶ放射第七号線街路(以下「七号線」という。)の新設工事の事業認可を得て(建設省告示第二二七二号)、同三九年着工し、同四八年にはほぼ完成し、交通の用に供した(七号線の位置は別紙浸水区域図に記載したとおりである)。

(二)  七号線は、豊島区高田三丁目西端部において国鉄山手線(以下「山手線」という。)の土手を貫通し(右「浸水区域図」参照。)、東方において環状第五号線(通称明治通り、以下単に「明治通り」という。)と交差するのであるが、右土手から明治通りの手前(西方)約一五〇メートルの地点までは下り勾配に、同地点から明治通りとの交差点までは上り勾配になつている。

(三)  被告による七号線の右建設は、国家賠償法第一条第一項所定の「公権力の行使」に該当する。

3  本件被害地付近を流れる神田川は、源を三鷹市井の頭公園井の頭池に発し、新宿区戸塚町三丁目において妙正寺川と合流して、新宿、豊島、文京の区境を東流し、隅田川に注ぐ河川である(神田川の本件被害地付近の位置は別紙「浸水区域図」に記載したとおりである)。昭和四九年七月二〇日、東京地方に局地的な集中豪雨があつたため、神田川が西武新宿線下落合駅(以下「下落合駅」という)付近で溢水した。その際、右溢水は七号線道路上を走つて明治通り付近にまで達したのであるが、前記のとおり七号線が明治通りとの交差点の手前(西方)約一五〇メートル付近から上り勾配になつていたため逆流し、本件被害地を含む付近一帯に大量に流れ込み、これが主たる原因となつて本件被害地等は浸水の被害を受けるに至つた(以下本件被害地等が被つた浸水の被害を「本件災害」という。なお右溢水、浸水の状況は別紙「浸水区域図」に記載したとおりである)。

4(一)  神田川は本件災害以前も下落合駅付近においてしばしば溢水していたのであるが、右溢水は、七号線建設以前は山手線の土手によつてさえぎられ、本件被害地付近にまで到達することはほとんどなかつたのである。

(二)  被告は、神田川の管理者として右事実を熟知していたのである。しかるに、被告は、住宅地に山手線の土手を貫通し、かつ、明治通りとの交差点の手前(西方)約一五〇メートル付近から上り勾配となるような七号線を構築し、自然環境の人為的変更をしたために本件災害が発生するに至つたのである。したがつて、右のような七号線の建設の計画、実施に関与した被告の職員に、本件災害の発生につき故意又は過失が認められることは明らかであり、被告は国家賠償法第一条第一項の規定に基づき原告が本件災害によつて被つた損害を賠償する義務を免れない。<以下、省略>

理由

一被告が、昭和三六年一〇月五日、東京都新宿区戸塚一丁目を起点として同区西落合一丁目を終点とする全長約3.6キロメートルに及ぶ七号線の新設工事の事業認可を得て(建設省告示二二七二号)、同三九年着工し、同四八年にはほぼ完成し、交通の用に供したこと、七号線が、豊島区高田三丁目西端部において山手線の土手を貫通し、東方において明治通りと交差するが、右土手から明治通りの手前(西方)約一五〇メートルの地点までは下り勾配に、同地点から明治通りとの交差点までは上り勾配になつていること、本件被害地付近を流れる神田川は、源を三鷹市井の頭公園井の頭池に発し、新宿区戸塚三丁目において妙正寺川と合流して新宿、豊島、文京の区境を東流し、隅田川に注ぐ河川であること、同四九年七月二〇日、東京地方に局地的な集中豪雨があつたため、神田川が下落合付近で溢水したこと、その際右溢水が七号線道路上を走つて本件被害地付近一帯に流れ込んだこと、同日本件被害地等が浸水の被害を受けたこと、その後同地付近には浸水がないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二原告は、被告が住宅地に山手線の土手を貫通するなどして七号線を構築し、自然環境を人為的に変更したために本件災害が発生した旨主張するので、先ず七号線の構築が「違法な」公権力の行使であるか否かについて検討する。

前記事実に加え、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件被害地と神田川、山手線、西武新宿線及び七号線との位置関係は別紙「浸水区域図」のとおりであつて、本件被害地付近から神田川に沿つて高戸橋に至る住宅地は、いわゆる谷底状の低地であり、神田川の堰堤よりも低いために本件被害地付近の神田川が溢水した場合はもちろん、神田川と妙正寺川の合流点付近で溢水した場合でも、仮に西武新宿線の軌道敷及び山手線の土手が存在しなかつたとすると、浸水の危険が生じうるような地形にあること、本件被害地付近は住宅が密集し、本件倉庫は斜面を削つて建築したためか道路(東側)よりも一段低くなつており、本件被害地付近に浸水があつた場合には、本件倉庫などはその危険性が大きい状況にあること、原告は昭和四九年六月一日から本件倉庫(一階部分)を賃借し、使用していたこと、神田川は、本件災害以前にも妙正寺川との合流点付近においてしばしば溢水していたが、神田川の北側に構築されている西武新宿線の軌道敷が一段高くなつているため、右溢水が右軌道敷を越えた例はほとんどなかつたこと、

2  七号線は、本来、千代田区九段から新宿区戸塚、下落合、練馬区谷原を経て保谷市に至る都道であり、練馬区及び埼玉県所沢市方面の急速な発展に伴い、都心に直結する道路として、また関越道路に接続するものとして、交通渋滞の緩和と付近住民の生活の向上のための都市整備を主たる目的として構築された重要な路線であり、そのうち新宿区西早稲田三丁目から同区中落合三丁目まではほとんど家屋の密集している市街地を貫通する新設部分であること、同線は、山手線の土手を貫通して地形に沿つて構築され、その東方において明治通りと交又し、また、その西方路線は前記のとおり西武新宿線の北側に位置していたため、神田川と妙正寺川の合流点付近において溢水しても、これが西武新宿線の軌道敷を越えないかぎり、七号線が冠水することはありえないこと、更に、同線が一般交通の用に供する道路としてはなんらの欠陥もないこと、

3  東京都下には、荒川、多摩川のほか、無数の中小河川があるうえ、地形も低地帯と坂が多く、更に、中小河川の中には河積が狭く屈曲もはなはだしいものが多いことなどのために、第二次大戦前から台風などの際には河川が氾濫し、水害が発生していたので、同戦前においては、東京市及び東京府による都市計画事業に基づく中小河川の改修事業が活発に行われ、工事も相当進捗していたが、戦時中には、右事業にまで手が及ばず、その維持管理が不充分であつたため護岸その他が非常に荒廃した。戦後には窮乏した国民生活の安定と戦災復興事業が喫緊の問題であり、昭和二一年、戦時中中断していた右河川の改修工事を乏しい資材で再開したが、財源難と相次ぐ台風(例えば、昭和二二年九月のカスリーン台風、同二三年九月のアイオン台風など。)による災害の復旧に追われ、右改修工事はほとんど効果があがらなかつたものの、昭和二五年ころになり、我が国の経済が立直りの兆しを見せはじめたころから本格的改修が行われるようになつた。すなわち、同三三年九月の狩野川台風は未曾有の豪雨をもたらし、都内の中小河川は各所において氾濫し、開都以来の被害が発生したので、被告は、同年、中小河川改修計画を首都圏整備事業として取り上げ、同三六年、東京都長期計画(同三六年〜同四五年)の一環としてその推進をはかることになつた。しかし同三八年八月の集中豪雨により都内河川の未改修部分が氾濫し、被害が発生したので、同三九年、特に被害の大きかつた山手地域の石神井川、神田川等七河川の未改修部分約三〇キロメートルを対象として、同四一年度完成を目途に「中小河川緊急三か年整備計画」を策定し、促進をはかつたが、用地の買収が難航し、土地収用法を適用したものなどもあつて一年遅れ、同四二年度に収用手続中の一部を除いてほぼ完成した。ところがこの間の同四一年六月、台風四号により右上流未改修区域全般にわたり相当の浸水被害が生じたので、従来の都区内のほか、急速に開発された三多摩地域の河川及び大規模な宅地開発が実施される地域の二四河川一二二キロメートルを対象とし、同四六年度完成を目途に「中小河川緊急整備五か年計画」を策定し、事業の促進をはかつていたが、同四三年一二月、被告は、都民の幸福を守るため近代的大都市が当然具備しなければならない最大限の物的施設又は設備について「シビル・ミニマム」を設定した。これによると、右五か年計画の対象河川のほかに、新たに重要度を増した地域及び今後発展の予想される地域の未改修部分を加え、三〇河川138.4キロメートルにつき、同四九年度を目途に、一時間三〇ミリメートルの降雨に対処しうるように河川を整備する。しかし、右程度の降雨は、統計上1.2年に一回あるので、更に同六〇年度を目途に、一時間五〇ミリメートルの降雨に対処しうるように河川を整備するということであつた。

神田川のうち、高田馬場駅付近については既に戦前に改修されていたが、右のように上流部及び上流支川の改修が進み、更に、上流部流域の異常なまでの都市化現象による不浸透地域の拡大に伴ない、降雨の河川流出量が激増し、一時間三〇ミリメートル程度の降雨によつても氾濫し、浸水、冠水の事態に至るのが常であつたため、この付近の早急な再改修が必要となつた。この付近の神田川は、両岸とも住宅が密集し、加えて国鉄山手線及び西武新宿線の二本の鉄道橋下を流れていることから、その現河道に沿つた再改修工事の早急な実施はきわめて困難な状況にあつた。しかるに、たまたまこの付近に、七号線が神田川とほぼ平行して建設される計画が立てられていたため、七号線道路下に縦6.6メートル、横6.65メートル、長さ一二一五メートルの二連の暗渠を設置し、これを神田川のバイパスとして洪水の一部を収容するようにすれば、神田川の現河道に沿つた再改修工事を行う場合に伴う用地買収などの難点を解決できる見通しとなつた。そこで昭和四四年三月二四日、建設省告示第六六八号により、都市計画事業として高田馬場分水路計画が決定されるに至つた(別紙「計画平面図」参照)。右計画によると、設置される分水路は、前記のとおりの二連の暗渠からなり、毎秒三三〇トンの流下能力を有し、一時間五〇ミリメートルの降雨に対処できるというものであつて、神田川下流においてこれに対応する流量を処理しうる改修工事が完成すれば下落合駅付近の浸水及び本件被害地付近の神田川溢水の問題が解決され、また、仮に下流の改修工事が遅れても、右暗渠に神田川の水を貯留することにより、同駅付近の浸水及び本件被害地付近の神田川の溢水が極めて軽微になるものと期待されていた。右分水路の設置工事は、同四三年一一月二八日に開始され、七号線の新設工事と並行して進められた。当初の計画では同四九年三月には通水が行われる予定であり、同四六年九月末までに右分水路の主要部分を占める道路下暗渠部分一二一五メートルのうち約八〇パーセントが完成した。しかし、「用地買収が終れば事業はあらかた完了した」といわれ、また、都区内の中小河川の両岸は住宅及び高層建築が密集しているため、用地買収による改修工事は一時間五〇ミリメートルの降雨に対処しうるように整備するのが限度であるといわれているほど、用地取得が都市河川事業のあい路となつており、右分水路計画も、被告はその最善を尽して努力したが、用地取得が難航してその完成時期が大幅に遅れ、そのため、同四九年三月二〇日建設省告示第三六八号により同五一年三月三一日まで延伸されたこと、

4  昭和四九年七月二〇日午前一〇時から一一時までの間に、本件被害地付近をはじめ、神田川流域等において、一時間五一ミリメートル(総雨量111.5ミリメートル)の集中豪雨があつたために、神田川と妙正寺川の合流点付近が溢水し、その北側の西武新宿線の軌道敷を越えて七号線が冠水し、また、本件被害地に近い神田川の源水橋付近で溢水し、更に、本件被害地の北側の高台である目白台一帯に降つた雨が下水管を通つて南側の神田川に流入すべきところ、同川が溢水状態のため逆流するという最悪の状態が競合して低地である本件被害地等が浸水し、本件災害が発生したのであるが、当時右分水路は未完成ではあつたが、右合流点付近の溢水約三万トンを貯留し、役立つたこと、

以上の事実が認められ<る>。

右認定事実によれば、被告が山手線の土手を貫通して七号線を構築したことが本件被害地における浸水の一因となつていることは否定しえないが、通常の場合には神田川が溢水しても本件被害地にはなんらの影響がないばかりではなく、被告は右七号線の構築と同時に神田川と妙正寺川の合流点付近及びその下流(本件被害地を含む。)における溢水による被害を防止するために分水路を計画し、本件災害発生前の昭和四九年三月でにこれを完成させるべく最善の努力を尽していたが、被告の力のみではいかんともし難い事情によつて右工事が遅延し、そのうえ集中豪雨という異常な事態が加つて本件災害が発生したものといわざるをえないから、被告職員が右のような七号線を構築して自然環境を変更したからといつて、これをもつて直ちに同職員に国家賠償法第一条にいう「違法」な公権力の行使があつたものと断ずることはできない。

したがつて、原告の前記主張は、その他の点については判断するまでもなく、採用することはできない。

三原告は、被告が設置した七号線は、神田川が下落合駅付近で溢水した場合に、右溢水を本件被害地周辺まで誘導することになる危険性を有しているものであるにもかかわらず、被告はこれに対する適切な措置を講ずることなく放置していたのであるから、七号線の管理に瑕疵があつた旨主張するが、国家賠償法第二条第一項の営造物の管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうつものと解すべきであるところ、七号線が一般交通の用に供する道路としてはなんらの欠陥もないことは前記認定のとおりである。

したがつて、原告の右主張も、その他の点について判断するまでもなく、採用することができない。

五叙上の次第であつて、原告の本訴請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(古館清吾 山口忍 高世三郎)

別紙「浸水区域図」<省略>

別紙「計画平面図」<省略>

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