東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2051号 判決 1978年5月29日
原告
有限会社聚楽園
右代表者
伊藤貞夫
右訴訟代理人
篠崎芳明
外二名
被告
中野区
右代表者区長
大内正二
右訴訟代理人
石葉光信
外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因事実のうち、一及び三の各事実並びに原告が本件建物の建築主であること、東和鉄筋及び丸石運輸が昭和四八年九月一〇日被告に対し、行政不服審査法七条に基づき本件通行認定申請手続に対して何らかの行為をすることを求めて異議申立をしたこと、被告が右の異議申立に関し右両社に対して折から本件建物建築に対して反対運動を進めていた付近住民との話合いが円満解決し建築工事が円滑に進められるようになるまで認定を留保する旨の通知をしたこと、右両社が同年一〇月三日被告に対し再度同旨の異議申立をしたこと及び被告が同月一九日本件通行認定申請に対する認定手続を行つたことは、当事者間に争いがない。
二そこで、まず、車両制限令一二条に定める認定の性質について判断する。
1 道路法四七条一項、車両制限令三条は道路の構造を保全し又は交通の危険を防止するため、道路一般との関係において必要とされる車両の幅、重量、高さ、長さ及び最小回転半径の最高限度を定め、これに抵触する車両は、道路法四七条二項により道路の通行を禁止され、また、右の最高限度をこえない車両についても、同様の目的のため、同法四七条四項、同令四条ないし一一条により、個別道路との関係において必要とされる車両の幅等の制限の基準が定められている。そして、右最高限度をこえる車両であつても、道路管理者において車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむをえないと認めるときは、道路管理者の許可を得て道路を通行することができ(同法四七条の二)、また右制限の基準に抵触する車両であつても、道路管理者が基準に適合しないことが車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためにやむをえないと認定した場合には、同令五条ないし七条の基準に適合するものとみなされる(同令一二条)。
2 ところで、道路法四七条の二の許可は、同法四七条二項などによる道路通行の一般的禁止を一定の要件のもとに解除し、適法にこれを行うことができるようにするものであるから、このような行為の性質からみて、道路管理者の自由裁量に委ねられた行為というべきである。一方、車両制限一二条の認定は、道路法四七条の二の許可と異なり、そもそも、同法四七条四項、同令五条ないし七条により定められた制限の基準に抵触する車両につきその通行を禁止する旨の明文の規定がなく、右各条項にいう「制限」に通行を禁止する趣旨が令まれるか否かも必ずしも明らかではない。しかし、道路法はその法文上「通行の禁止」と「通行の制限」とを区別して使用し(同法四七条三項参照)ているから、この用法を対比してみれば、通行の制限は通行の禁止とは異なり、これ以外の方法によつて車両の通行を規制する趣旨であると解するのが相当である。そうだとすれば、同法四七条四項が通行の制限についてのみ規定をし、通行の禁止については何らの定めをしていない以上、右条項が同条二項を受けた規定であるからといつて同条四項中の通行の制限の定めが通行の禁止を包含する趣旨と解することは相当ではない。また、道路法四七条四項の趣旨を右のように解する以上、同項に基づいて具体的な制限の基準を定めた車両制限令五条ないし七条の定めも、通行の禁止の趣旨を包含するものと解すべきではないことは当然である。
3 以上のとおり、道路法四七条四項、車両制限令五条ないし七条等の通行の制限には、通行の禁止を含まないと解すべきであるが、このことは道路法及び車両制限令の改正の前後の定めからみても明らかである。すなわち、昭和四六年法律第四六号による改正前の道路法(以下「旧道路法」という。)は、車両についての制限に関する基準の定めを政令に委任しているが(同法四七条一項)、これを受けた昭和四六年政令第二五二号による改正前の車両制限令(以下「旧車両制限令」という。)は改正後の道路法四七条一項、改正後の車両制限令三条とほぼ同内容の車両の諸元の最高限度の一般的制限の基準を定め(旧車両制限令三条、六条、八条)るとともに、改正後の車両制限令五条ないし一一条と同趣旨の道路との関係での幅等の個別的制限の基準を定め(旧車両制限令四条、五条、七条)ている。そして、このような制限の基準に抵触する車両について、道路管理者は、旧道路法四七条二項により通行の中止等を命じることができるとし、右命令に違反して車両の通行等をした者に対しては、罰則を科することとしている(旧道路法一〇四条一項)が、旧道路法には、これらの車両についての通行の禁止を定めた規定及びこれらの車両の通行につき、道路管理者の中止命令等をまたず直接処罰する旨の規定はなかつた。また、旧車両制限令は、一四条において制限の基準に抵触する車両につき道路管理者がやむをえないと認定したものは、制限の基準に適合するものとみなす旨定めていたが、旧道路法及び旧車両制限令には、車両の通行の許可に関する規定はなかつた。これに対し、改正後の道路法、車両制限令は、前述のとおり所定の最高限度をこえる車両の通行を禁止する旨の規定(同法四七条二項)をおき、所定の最高限度をこえる車両の通行については、従来の認定制限を改めて道路管理者の許可を要することにした(同法四七条の二)が、幅等の個別的制限の基準に抵触する車両の通行については、従前どおり道路管理者の認定を受ければ、基準に適合するものとみなされることとしている(同令一二条)。このように諸規定を対照して見ても、改正後の道路法及び車両制限令は、最高限度をこえる車両については、特にその通行を禁止し、これに違反した者に対して直ちに罰則を適用することにし(同法一〇二条)、従来の認定制度を許可制度に改めたのに対し、幅等の個別的制限の基準に抵触する車両については、このような規制を行わず、ただ当該車両について改正後の道路法四七条の三(なお、これは、旧道道路法四七条二項と同趣旨の内容を含む規定である。)による通行中止命令を受けたのに、これに反して道路を通行した場合にだけ罰則を科する(同法一〇一条)に止め、認定制度を維持しているのであるから、通行中止命令を受けるまではこれらの車両の通行は禁止されていないものというべきであり、結局、道路法四七条四項、車両制限令五条ないし七条等にいう通行の制限は、通行の禁止を包含しない趣旨と解するのが相当である。
4 以上のとおり、道路法四七条四項、車両制限令五条ないし七条等に定める通行の制限は、通行の禁止を意味しないものであるから、車両制限令一二条の道路管理者の認定は、一般的禁止の解除にはあたらず、したがつて、これを被告の主張するように許可であると解することはできない。そして、同条に道路管理者の裁量を許す旨の特段の規定もないから、道路管理者に裁量の余地のないものというべきである。
5 なお、被告は車両制限令一二条の認定を裁量行為である許可と解すべき根拠として、認定には、同条ただし書の条件を付することができることをあげる。しかし、同条ただし書に定める条件は、認定に際して付されるものであるが、認定の条件として認定について付されるものではなく、認定された車両の通行に対して付されるものと解すべきであるから、認定に条件を付することができることを前提とする被告の右主張は、理由がない。
三そこで、次に、被告による本件通行認定申請留保の違法性の有無について判断する。
1 道路管理者は、車両制限令一二条の認定をするについては、同条に定める認定の対象となる事実の存否について客観的に判断し、認定もしくは認定を却下すべきものであるところ、認定もしくは認定の却下は、その性質上できるだけ速やかに行うべきであるから、不相当に長期にわたりこれを留保することは、原則として違法と解すべきである。
2 これを本件通行認定申請についてみると、本件通行認定申請に対する認定が昭和四八年五月一一日から同年一〇月一九日まで五か月以上にわたり留保されたことは当事者間に争いがなく、証人築茂祐司の証言によれば、本件通行認定申請に関しては、受理の時点で認定の要件は形式的にはすべて整つていたことが認められる。そうすると、被告は、本件通行認定申請に対してすみやかに認定をすべきであつたわけであり、右のように五か月以上の長期にわたり認定を留保したのは、不相当に長期にわたるものとして、形式上は違法といわざるをえない。
3 そこで、更に被告がした右認定留保が実質的にも違法であるか否かについて検討する。
<証拠>によれば、被告が本件通行認定申請に対して認定を留保したのは、被告において本件各車両が本件区道を通行することにより、本件建物建築に反対する付近住民(以下「反対住民」という。)と原告側とが実力により衝突する危険があると判断し、この危険を回避するためであることが認められる(なお、右証人の証言中には、本件通行認定申請留保の理由中に、付近幼稚園の園児の通園等に関する道路上の危険を回避する目的があるやに解される部分があるが、右証言部分は、抽象的にすぎ、危険の具体的内容は不明であり、証言の趣旨も不明確であつて、右証言をもつて、右危険の回避が本件通行認定申請に対する認定留保の理由とされていたと認めることはできない)。
ところで、車両制限令一二条の認定に際し、一定期間の通行禁止を条件とすることも許される場合のありうることは同条ただし書の規定に照らし肯認しうるが、このような条件は、あくまでも当該道路の構造の保全又は交通安全の確保を目的とし、また、同条の文理からすれば、右の条件は、認定の対象となる車両が同令五条ないし七条に認める制限の基準に抵触することから直接生じる危険を除去する限度で付することが許されると解すべきであつて、右以外の目的で又は右の限度をこえて前記の条件を付することは、違法というべきである。そして、このことは、認定を留保した場合の理由についても同様に解することができる。そうすると、被告が本件通行認定申請に対し認定留保をした理由は、前述のとおり、本件各車両の本件区道の通行に関する反対住民と原告側との間の実力による衝突を回避するにあるところ、本件各車両が抵触する制限は、車両制限令五条二項の道路の幅員との関係での車両の幅の制限であり、これによつて惹起される交通の危険として考えられるものは、一般歩行者及び自転車等の通行に関するもの及び対向車の通行に関するもの等であつて、右のような実力による衝突は、車両の幅の大小にかかわりなく発生することが予想されるから、右制限の基準に抵触することにより直接惹起される交通の危険ということはできず、このような危険を回避する目的で認定を留保することは本来許されないというべきである。
4 しかし、当裁判所は、被告のした本件認定の留保は結局、違法性を欠くものと判断する。その理由は次のとおりである。
被告は、地方自治法二八一条一項にいう特別区であり、特別地方公共団体の一種であつて、同条二項に定める事務を処理する権限を有し責務を負う。そして、右の事務には、特に準用する旨の規定はないが、その性質に反しない限り同法二条三項各号に定める事務を含むものであり、ちなみに車両制限令一二条の認定も、同項二号の事務の一つとして被告が処理すべきものである。ところで、地方公共団体は、日常法令に基づく種々の事務処理を行つているが、これについては、単にその直接の根拠となる法令等のみでなく、これと密接に関連する他の法令等の要請をも考慮して行うべきことは当然であつて、たとえ根拠法令等の不遵守があつても、他の法令等の要請を実現するため根拠法令等を遵守することが困難でありやむをえないときには他の法令等の要請の内容、実現の方法の相当性等に照らし、根拠法令等の不遵守による違法性が阻却される場合もありうるというべきである。
これを本件についてみると、<証拠>によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告会社は、本件建物建築に着工後昭和四八年三月二六日、本件建物建築工事事務所に本件建物建築によつて日照妨害を受けることが予想される付近住民数名を集め、建物の階数を八階とする等の当初計画に基づき、建築規模、工事方法等の概要を説明し、通風妨害及び電波妨害等の被害が発生した場合には、善処する旨申し出て、本件建物建築に対する了解を求めた。
(二) これに対し、右住民らは、当初計画による本件建物建築を了承せず、これに同調する他の反対住民一〇〇名位とともに同年四月はじめには聚楽ハイツ反対同盟(以下「反対同盟」という。)を結成し、日照、通風妨害及び電波障害等のほか、工事用車両の通行による道路交通の危険の発生及び本件建物完成後その入居者の保有する車両等の交通量の増加等による道路交通の危険の増大を理由に本件建物建築反対運動を開始し、階高を八階から三階にする等建物規模の縮少を原告に要求した。当時被告区内においては、同種の建築紛争が多数発生し、各所に反対運動が組織されており、このような組織のうち、大和町生活環境を守る会(構成員約一五〇名位)、子供とともに進む会(構成員約一五〇名位)及び中野区建築公害反対共斗会議等も反対同盟を支援する態勢をとつていたが、このような支援団体の中には、建築紛争に関して、し烈な反対斗争を展開し建主側と路上で実力による衝突をした経験をもつものもあつた。
(三) これより前、本件建物建築に反対する反対住民らは、同年三月下旬ころ、被告に対して、本件建物建築に関する原告との話し合いのあつ旋をするように求めた。これを受けて、被告は、反対住民と原告との本件建物建築をめぐる紛争の解決につき、話し合いのあつ旋に乗り出し、反対同盟の代表ら及び原告の双方に呼びかけ、同年四月六日から五月一〇日まで計六回にわたり、被告区役所において、被告の担当課長らが同席のうえ、右両者間に話し合いが行われた。原告は、反対住民の意向を考慮し、話し合いによる解決を希望し、工事を中止して反対住民との話し合いに臨んだ。しかし、双方ともその主張を譲らず、右話し合いは結局物別れに終つた。このようなことから反対同盟では、本件建物建築工事再開に備え、工事用車両の進入を阻止すべく見張場所を設定し、動員用連絡網を整備して、工事を実力により阻止する態勢を整えた。
(四) このような情勢のなかで、被告は、反対住民及び原告に対し、第三者的機関である中野区紛争調停委員会のあつ旋のもとに更に話し合いを続行するよう提案した。しかし、反対住民が同年五月一四日東京都建築審査会に対し、前面道路の幅員との関係で本件建物が東京都建築安全条例に違反することを理由に本件建物の建築確認の取消を求める審査請求をし、これを受けて東京都が反対住民と原告との紛争のあつ旋を開始したので、被告は、その結果を待つことにし、おりから同年五月一一日正式に受理した本件通行認定申請に対する認定についても、前記のとおり反対同盟が工事用車両進入の実力による阻止を叫んでいたことなどから、反対住民らと原告との実力による衝突の危険を避けるため、ひとまずこれを留保することにした。
(五) 反対住民と原告との東京都での話し合いは、同年七月中旬ころまで三回にわたつて行われた。そして、都のあつ旋案の提示により、原告は、あつ旋案どおり、八階を六階にし、かつ各階高を若干減少するかわりに、三階建の別棟を増築するという譲歩案を提示し、反対住民も六階建で増設部分なし又は五階建で増設部分は二階建とする旨の譲歩案を示したが、最終的な合意には至らず不調に終つたため、不服審査手続が進行することになつた。
(六) このように、東京都での話し合いも不調に終つたが、反対同盟の代表である斉藤慶一は、反対住民一五、六名と共に同年七月中旬ころ被告建築部長築茂祐司に面会を求め、右結果を報告するとともに、建築審査会の結論が出るまで更に本件通行認定申請に対する留保を続けるよう要望し、これが容れられず、工事が再開されれば、実力でこれを阻止する旨申し入れた。被告は、かねてより反対住民に対して実力による阻止行動に出ることは思い止まるよう説得をつづけてきたていたが、右のような状況から、現段階においては、本件通行認定申請に対する認定を行うことにより、本件各車両の本件区道の通行をめぐつて路上で反対住民と原告との実力による衝突が生ずる危険が依然として存在するものと判断して、本件通行認定申請に対する留保を継続することとした。
(七) 一方、原告は、同年九月上旬ころになつて被告に対し、本件建物建築工事を進行させながらでも住民との話し合いは可能であるから、早急に本件通行認定申請に対する認定をするよう申入れをした。そして、同月一〇日には、原告の意を受けた東和鉄筋及び丸石運輸が本件通行認定申請に対して何らかの行為をすべき旨の異議申立をした。しかし、反対住民側の態度は依然変わらなかつたため、被告は、なお、実力による衝突の危険が除去されていないものと判断し、留保を継続する旨原告に通知した。それとともに、被告は、紛争の円満解決をはかるため、反対住民及び原告に対し、再度話し合いを行うように働きかけ、これに応じて両者は、同年一〇月中旬被告のあつ旋のもとに話し合いを再開し、今後円満に話し合いを継続することで意見の一致をみた。このようなことから、被告は、当初予想された実力による衝突の危険は回避されたものと判断し、同月一九日本件通行認定申請に対して認定を行う手続を了した。
(八) 本件建物建築工事は、同年一一月になつて再開され、これに対し、反対住民から東京地方裁判所に対し工事続行禁止仮処分申請がされたが、実力でこれを阻止する動きはみられず、昭和四九年二月には、仮処分裁判所における裁判上の和解により、両者の紛争が最終的に解決した。
以上のとおり、被告が本件通行認定申請に対して認定を留保した理由は、認定によつて反対住民と原告側との間で実力による衝突が起きる危険があるとの判断のもとこの危険を回避するためであつた。このことは、被告が当該地区の秩序の維持と地域住民の平穏を図る目的のもとに、あえて認定を留保したものというを妨げない。
ところで、右のような地方公共の秩序維持に関する事柄は、普通地方公共団体の処理すべき事務の一つとして地方自治法二条三項一号に例示されているが、普通地方公共団体がこのような事務を処理すべき権限を有することを直接根拠づける法令はなく、むしろ警察法三六条二項、二条一項によれば、都道府県警察が右の事務を処理すべきこととされている。しかしながら、普通地方公共団体は、地方自治の本旨に基づき設けられた自治組織であつて、その秩序の維持をはかることは、自治組織として本来的な当然の権限である責務であつて、このことは、都道府県警察が普通地方公共団体である都道府県の執行機関の一つであるとされていることからも明らかであり、普通地方公共団体そのものも、その処理すべき事務と密接に関連する範囲においては、警察法に抵触しない範囲で地方公共団体の秩序を維持すべき権限と責務があるものというべきであり、警察法三六条二項、二条一項の規定は地方自治法二条三項ただし書きの特別の定めにはあたらないと解すべきである。そして、以上のことは、特別地方公共団体のうち、被告をはじめとする特別区においても同様にあてはまるものである。
そうすると、本件通行認定申請に対する被告の認定留保の理由は、道路上での車の通行をめぐつての実力による衝突という被告が本来処理すべき事務である道路管理と密接に関連する事柄であるから、右のような実力による衝突の可能性があれば、被告において相当な方法によりこれを回避させ、もつて地方公共の秩序を維持すべき権限と責務があると解すべきである。そこで、反対住民と原告側との間には道路上での実力による衝突の可能性があつたかどうかについて検討するが、前示のとおり、反対住民は、反対同盟を組織し、本件建物建築用車両が進入した場合に備えて、監視体制と相互の連絡網を完備するなどして、実力をもつてしても本件建物の建築に反対する態度を強めており、また、反対同盟の支援組織の中には、類似の建築紛争について、建主側と道路上で実力による衝突をした経験を有する団体も含まれていたことなどから考えれば、少なくとも昭和四八年一〇月中旬ころまでは、本件各車両が建築用資材搬入等のため本件区道を通行し、本件建物建築工事が進行した場合には、反対住民と原告側との道路上での実力による衝突が起る可能性を否定しえなかつたというべきである。
このように、本件通行認定申請にかかる本件各車両の通行については、反対住民との道路上での衝突の可能性が否定しえなかつたのであるから、被告は、これを回避することにより当該地区の秩序の維持と地域住民の平穏を図り、もつて、地方公共の秩序を維持すべき権限と責務を負つていたものといわざるをえない。そして、このような権限及び責務は、秩序維持に関することがらについてのものであるから、車両制限令一二条により認定を行うべき責務に優先させることは、やむをえないというべきである。また、被告は、右責務を果すについても、前示のとおり、本件通行認定申請を漫然と放置していたわけではなく、右の実力による衝突の危険を回避すべく、反対住民を説得し、原告との間の話し合いをあつ旋し、本件通行認定申請を受理した後も、第三者機関である被告の紛争調停委員会における話し合いをするよう勧め、また、東京都における話し合いが不調に終つた後にも、反対住民と原告との間をとりもち、話し合いを再開させるなど、事態の円満解決に向けて種々努力を重ねてきたものであり、これらの事実に、認定留保の期間が特に著しく長期にわたるものではなく、また、原告も東和鉄筋及び丸石運輸に認定留保に対する異議申立をさせながらも、被告のあつ旋による話し合いの席につくことには応じていたことなどの諸事情を総合して考えれば、道路上での実力による衝突の危険を回避するために被告がとつた本件通行認定申請に対する認定留保を含む一連の措置は、前記地方公共の秩序を維持すべき責務を果す方法として相当なものであつたということができる。
してみれば、被告が本件通行認定申請を留保した措置は、車両制限令一二条の手続の遵守に欠けるところがあつたとはいえ、前記責務を果すためにとられたやむをえないものであつて、その違法性が阻却されるというべきである。なお、原告は、この点につき、被告の地方公共の秩序を維持すべき義務と本件通行認定申請に対する認定をすべき義務は、両立しうるものであるから、被告の措置は、違法性を阻却しないと主張する。しかし、前述のとおり、本件の場合、地方公共の秩序を乱すおそれは、本件各車両の通行によつて惹起されるものであるところ、本件通行認定申請に対する認定により、本件各車両の本件区道の通行にともない前記道路上での実力による衝突の危険も事実上発生、増大するから、このような場合、前記両者の義務が両立しうるものかどうかはともかくとして、違法性が阻却されないと解すべき理由はない。
四原告の請求が理由のないものであることは、以上のとおりであるが、これは、次のことからも明らかである。すなわち、証人金沢守和、同高坂幸雄の各証言並びに原告代表者本人尋問の結果によれば、原告代表者は、住所地に古くから居住し、近隣との協調関係を重んじていたため、本件建物建築工事に関する前記紛争についても、付近住民と十分話し合つてこれを解決し、そのうえで工事を進行させようと考え、近隣住民との話し合いの席でもその旨表明していたのであり、また、本件建築工事を請負つた北野建設も、建主である原告の意向にかかわらず、住民との紛争が継続中は、原告の着工指示があつても、本件建物建築工事に着工しない方針であつたことが認められる。しかるところ、前記三4(七)認定の事実によると、反対住民は、昭和四八年一〇月中旬ころまでは、実力による工事阻止の態勢を堅示し、原告との話し合いによる解決の目途もつかない状態にあつたと認められるから、原告としては、通行認定申請に対する認定の有無にかかわらず、工事を再開しうる状態には至つていなかつたというべきである。
以上の事実によれば、原告の主張する本件建物建築工事の遅延は、原告の希望するところではなかつたにせよ、原告の任意による工事中止に基づくものというべきである。
そして、また、原告が本件通行認定申請に対する認定を早期に得て、工事再開をしようと考えたとしても、前記認定の事実によれば、北野建設としては容易には工事再開の挙に出ることはできなかつたであろうこともうかがうに難くない。したがつて、被告が本件通行認定申請に対して認定を留保したことは、右工事の遅延と何ら因果関係を有しないというべきである。なお、原告代表者本人尋問の結果中には、原告は、本件通行認定申請に対する認定が早期にされた場合には、本件建物建築工事を進めながら、反対住民との話し合いを続ける予定であつた旨の供述部分も見られるが、右尋問の結果によれば、それとても、住民の反対を押し切つてまで強行着工に及ぶとまでは考えるものではないというのであるから、前記三4で認定した反対住民の動向から考えれば、本件通行認定申請に対する認定が早期にされても、原告の意図するとおりに工事が進捗したと認めることは難く、右供述をもつて、前記認定を覆すことはできない。
五以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(宇野栄一郎 奥平守男 東松文雄)
物件目録、損害明細書(一)、(二)、図面、車両表(一)、(二)<省略>