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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3658号 判決 1976年3月29日

原告

中島龍夫

被告

東武鉄道株式会社

主文

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

(一)  被告は、原告に対し金三、五四四万八、三八四円およびこれに対する昭和四六年一二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

昭和四六年一二月七日午前九時二五分頃埼玉県東松山市西本宿六五一番地先T字型交差点において、原告運転の自動二輪車(以下「被害車」という。)と訴外大塚良夫運転のバス(埼二二い六四号、以下「加害車」という。)とが衝突した。

(二)  被告の責任

被告は、加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものであり、かつ、訴外大塚の使用者であるところ、本件事故は同訴外人が被告の業務執行中に、前方不注視のため被害車の発見が遅れ、かつ、同車を発見したのちも急ブレーキをかけ右転把すれば衝突を避けえたのにこれを怠り、加えて、本件事故現場付近の最高速度が時速四〇粁に制限されていたのにこれを超過して加害車を運転した過失により、惹起したものである。

(三)  原告の傷害および後遺症

原告は、本件事故により、脳挫傷、右半身・右腕・右脚打撲、右腕・右脚創傷等の傷害を負い、事故当日から昭和四七年八月七日まで入院し、その後昭和四九年一〇月二三日まで通院治療をしたが、運動・平衡・反射・言語機能障害、気憶力減退、てんかん発作、性格的変化、手足の感覚麻痺等の後遺症があり、終身労務に服することが出来ない状態となつている。

(四)  原告の損害

1 治療費 金九万二、九七〇円

2 入院雑費 金一二万二、〇〇〇円

3 付添費 金二八万円

4 診断書料 金三、四〇〇円

5 子供の施設代 金七万一、五八五円

原告の妻が原告に付添うため、子供を児童相談所に昭和四七年五月から同年一一月まで預けたために要した費用である。

6 逸失利益 金一、四三七万一、四二九円

原告は、本件事故当時三四才であり、本件事故前一ケ月当り金六万六、九一七円の収入があつたが、本件事故により将来も全く収入を得られなくなつたところ、本件事故に遭遇しなければなお二九年間は就労可能であり、中間利息を控除すると、その逸失利益の現価は金一、四三七万一、四二九円となる。

7 慰謝料 金二、〇〇〇万円

8 車両損害 金七、〇〇〇円

原告が訴外田島林業から借りていた被害車が、本件事故により全損となつたため、原告は、右田島林業に被害車の価格金七、〇〇〇円を支払つた。

9 弁護士費用 金五〇万円

(五)  結論

よつて、被告に対し右損害合計金三、五四四万八、三八四円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四六年一二月七日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)の事実を認める。

(二)  同(二)のうち、訴外大塚の過失を否認し、その余の事実を認める。

(三)  同(三)および(四)の事実は不知。

三  被告の主張

(一)  本件事故現場は、広路である加害車の進行道路に対し、狭路である被害車の進行道路が直角に交差する見通しの悪いT字型交差点で、被害車の進路には一時停止標識が設置されていた。本件事故は、訴外大塚が、加害車を運転して右交差点に差しかかつたところ、左方道路から突然被害車が飛び出して来たため、直ちに急制動すると共に右転把して衝突を回避しようとしたが及ばず、発生したものである。原告は、交差点に進入する前に一時停止して安全を確認すべき注意義務があり、かつ、本件交差点を左折して進行しようとしたのであるから、予めできるだけ道路左側端に寄つて徐行進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、道路中央よりも右側部分を減速もしないで進行して右交差点に進入したため、本件事故を惹起したものである。これに反し、訴外大塚は、広路を進行し、かつ、被害車の進行道路に一時停止の標識があることを知つており、右道路から交差点に進入する車両が一時停止して安全確認をすることを信頼して進行していたものであるから、本件事故発生につき何らの過失もないというべきである。

(二)  加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなく、また被告には、加害車の運行につき何らの過失もなかつた。

四  被告の主張に対する原告の答弁

すべて否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の責任

(一)  被告が、加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものであり、かつ、訴外大塚の使用者であつたところ、同人が被告の業務執行中に本件事故を惹起したことは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、訴外大塚の過失の有無について考える。

1  成立に争いのない乙第一号証、本件事故現場付近の写真であることに争いのない同第四号証の一ないし四および証人大塚良夫の証言によれば、次の事実が認められる。本件事故現場付近の道路は、非市街地にあり、その状況はほぼ別紙現場見取図記載のとおりで、路面アスフアルト舗装されて平坦であり、本件事故当時乾燥していた。高坂駅方面から大東文化大学方面に通ずる道路(以下「広路」という。)の本件事故現場付近は、中央線で二分され、直線で見通しが良く、車道の両側には一段高くなつた歩道があり、本件事故当時の交通量は人車とも少なく、また、最高速度は時速四〇粁に制限されていた。なお、広路の中央線は、田木方面と広路とを結ぶ道路(以下「狭路」という。)と広路との交差点(以下「本件交差点」という。)の中にも標示されており、狭路から本件交差点に進入する場合に、容易にこれを認めることができる状態にあつた。一方、狭路の本件交差点入口の手前左側には一時停止の標識が設置されており、また、広路の本件交差点から高坂駅方面寄りと狭路との間には、人家や垣根があつて、相互に見通しが不良となつていた。そして、本件交差点は交通整理が行なわれていなかつた。

2  前顕乙第一号証、成立に争いのない甲第一三号証、加害車の写真であることに争いのない乙第四号証の五、被害車の写真であることに争いのない甲第一二号証の一ないし四、乙第四号証の六、証人大塚良夫、同山口孝夫の各証言および原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

原告は、被害車を運転して、田木方面から狭路を進行し、本件交差点を左折して大東文化大学方面に進行する予定で、本件交差点に進入したところ、後記のとおり加害車に衝突された。

訴外大塚は、路線バスの運転手であり、本件事故現場付近の道路状況を知悉していたものであるところ、加害車(大型バス)を運転して、広路を高坂駅方面から大東文化大学方面に向い、時速四〇粁位の速度で本件事故現場付近に至つたが、狭路に一時停止標識があることに安心して、そのままの速度で進行を続けたところ、別紙現場見取図記載<1>付近で狭路から本件交差点に進入して来る被害車を認め、右転把するとともにブレーキをかけて衝突を避けようとしたが及ばず、加害車を被害車の右側に衝突させ、同車を同図記載<転>付近に転倒させて停止させ、加害車を<3>付近に停止させた。

なお、右衝突後間もなくして行なわれた実況見分の際には、路上に別紙現場見取図記載のとおりのタイヤ痕および固い物でこすつた痕があり、また、加害車には、左前照灯下付近に小さく丸いへこんだ痕があり、同車前入口のステツプの角に固い物がぶつかつた痕があつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人山口孝夫の、加害車が衝突後も直進して進行方向左側に停止したとの供述部分は、前認定のタイヤ痕の状況に照らして措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  ところで、証人大塚良夫は、別紙現場見取図記載<1>付近で、被害車が狭路の右側部分である<イ>付近を進行し、そのまま直進して本件交差点に進入したため<×>付近で衝突した旨供述し、実況見分の際にも右と同様の指示説明をしている(前顕乙第一号証)が、一方、証人田中次男は、別紙現場見取図記載の三進不動産に居て、被害車が同証人から見て狭路中央寄りの右側部分を進行して来るのを見た旨供述している。

別紙現場見取図に∴と表示した三箇所の固い物でこすつた痕が被害車によつて作られたものであるとすれば、証人大塚良夫の右供述(乙第一号証の指示説明部分を含む。)を措信して、衝突地点は別紙現場見取図<×>付近であると認めるべきこととなるが、これが被害車によつて作られたものであることを認めるべき証拠はない。そして、原告が本件交差点を左折して進行する予定であつたこと、加害車の前照灯下のへこんだ痕が被害車のハンドルの先端によるものであり、加害車の前入口ステツプのこすつた痕が被害車の車体左側面によるものであると推認されることに鑑みると、証人田中次男の右供述を措信して、衝突地点を<×>よりも大東文化大学方面寄りで、別紙現場見取図に記載した一・五米および一・〇米の二本のこすつた痕よりも<×>地点寄りであると認め、かつ、被害車が本件交差点に入り、少し左折しかけた段階で衝突したものと推認することも十分可能である。この点について他に特段の証拠のない本件では、右相矛盾する供述のいずれをも直ちに措信することはできず、未だ衝突地点を確定することはできないものというほかない。そうとすると、物損については、被告の有利に考え、原告が狭路の右側部分を直進して広路に入り、<×>付近で加害車と衝突したことを前提とし、人損については、原告の有利に考え、原告が狭路中央寄りの左側部分を進行し、本件交差点に進入して左折しかけたところ、加害車と衝突したことを前提として、検討すべきこととなる。

4  前記1認定の道路状況によれば、広路は優先道路にあたり(道路交通法三六条二項)、広路を進行していた加害車には原則として徐行義務はなく(同法四二条一号)、訴外大塚が時速四〇粁位の速度のまま本件交差点を通過しようとしたこと自体、何らとがめられるべきものではないというべきである。

そこで、次に、訴外大塚に被害車の発見遅滞がなかつたか、発見後の事故回避措置に何ら欠けるところがなかつたかの点について考える。まず、前記3に述べたところの、原告に有利な衝突状況を前提として考える。原告に有利な衝突地点といつても、それがどこかを明確に定めるに足りる証拠はないが、前認定の事実から、別紙現場見取図記載<×>から一ないし二米位大東文化大学方面に寄つた場所のタイヤ痕付近であろうと推認される。そして、その地点に至る前に原告が狭路の中央寄りの左側を走つていたことに鑑みると、訴外大塚が左前方に対する注意を厳にしておれば、同図記載<1>よりももう少し手前で、被害車が本件交差点に進入しようとしているのを発見できた可能性を否定できないが、その距離はそれ程大きいものではなく、発見可能地点から右に推認した原告に有利な衝突地点まで精々一〇米位にすぎないものと思われる。本件事故現場に加害車のスリツプ痕がないことからして、訴外大塚が精一杯ブレーキを踏んだものとは認められないが、仮に精一杯ブレーキを踏んでいたとしても、右程度の距離では、本件におけるのと大差のない程度の力で被害車に衝突することは避けられないものと考えられる。

また、訴外大塚が発見可能地点で被害車を発見し、直ちに本件でとつたと同じ措置を講じたとすれば、加害車が本件における進路よりもやや三進不動産寄りを進行することとなつたであろうと推認されるが、その差は極く僅かなものであると考えられる。前顕甲第一三号証の二および乙第四号証の六により、被害車のハンドルが湾曲しているが、その程度が僅かで直線に近いことが認められ、また、前顕乙第四号証の二、四、五により、加害車の前面がやや湾曲しており、前照灯のすぐ横あたりから円形に曲つて車体の側面に続いているところ、被害車のハンドルによるものであると推認される痕跡が、車体前面の弓形から円形に移る境目付近にあり、しかもその痕が、ハンドルの先端の円形の切り口をスタンプを押すように押しつけて出来たようなきれいな円形となつていることが認められること、および衝突地点を原告の有利に、別紙現場見取図記載<×>よりも大東文化大学方面寄りであると考えると、タイヤ痕の軌跡から加害車の車体が既に幾分進行方向斜め右側を向いていたことがうかがえることに鑑みると、衝突時点において被害車が未だそれ程大きく大東文化大学方面を向いていたとは考えられず、衝突しなければ被害者がさらに中央線に寄つて行つたであろうと推認される。以上の事情を考えると、仮に加害車の進路が本件におけるよりも幾分三進不動産の方に寄つたとしても、本件同様の衝突事故は避けられなかつたものと認められる。

その他に訴外大塚が事故を回避することができたことをうかがわせるに足りる事情の認められない本件では、同人が可能な限り早期に被害車を発見したとしても、衝突事故を回避する措置を講ずる余地はなかつたものといわざるを得ない。

右のとおりとすると、本件衝突地点を原告の有利に考えたとしても、本件事故発生につき訴外大塚には何らの過失もなく、本件事故は一時停止を怠り、あるいは一時停止したとしても十分な安全確認をしないで本件交差点に進入した原告の一方的な過失により発生したものというべきである。

(三)  前顕乙第一号証によれば、加害車にハンドルおよびブレーキの故障がなかつたことが認められ、また前記本件事故態様に鑑みると、加害車には本件事故と因果関係のあるその他の構造上の欠陥も機能の障害もなく、被告には加害車の運行につき、本件事故と因果関係のある過失はなかつたものと認められる。

三  結論

以上述べたところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はすべて理由がないことに帰するので棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正義)

別紙 現場見取図

<省略>

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