東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4882号 判決 1985年12月27日
原告
国
右代表者法務大臣
嶋﨑均
右指定代理人
竹内正明
赤志孝裕
大塚芳司
田島優子
澤山喜昭
倉科喜四雄
被告
古山賢介
右訴訟代理人弁護士
北野昭式
槙枝一臣
被告
中浦芳人
被告及び引受参加人
中浦総業株式会社
右代表者代表取締役
中浦芳人
被告
高橋忠
引受参加人
西田信康
右四名訴訟代理人弁護士
井上忠巳
主文
一 被告古山賢介は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明け渡せ。
二 被告中浦芳人は、原告に対し、同目録(三)及び(四)記載の各建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明け渡せ。
三 被告及び引受参加人中浦総業株式会社は、原告に対し、同目録(二)及び(五)の(2)記載の各建物から退去して、同目録(一)記載の土地を明け渡せ。
四 被告高橋忠は、原告に対し、同目録(三)記載の建物から退去して、同目録(一)記載の土地を明け渡せ。
五 引受参加人西田信康は、原告に対し、同目録(五)の(1)記載の建物から退去して、同目録(一)記載の土地を明け渡せ。
六 訴訟費用は、被告及び引受参加人らの負担とする。
七 この判決は、いずれも仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有関係
(一) 本件土地は、もと満州国が所有し、同国大使館武官室敷地として使用されていた。
(二) 満州国は、同国政府が第二次世界大戦の終了した昭和二〇年八月一五日に消滅した結果、本件土地を含めた満州国の財産・権利等は、国際法上、満州国を承継した国家に帰属するところ、満州国消滅後、その領域を国家の一部としている中華人民共和国が満州国を承継しているので、本件土地の所有権は、中華人民共和国に帰属する。
2 被告らの本件土地の占有
(一) 被告古山賢介(以下「被告古山」という。)は、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件(二)建物」という。)を所有し、
(二) 被告中浦芳人(以下「被告中浦」という。)は、別紙物件目録(三)記載の建物(以下「本件(三)建物」という。)及び(四)記載の建物(以下「本件(四)建物」という。)を所有し、
(三) 被告及び引受参加人中浦総業株式会社(以下「被告中浦総業」という。)は、本件(二)建物及び別紙物件目録(五)の(2)記載の建物(以下「本件(五)の(2)建物」という。)を占有し、
(四) 被告高橋忠(以下「被告高橋」という。)は、本件(三)建物を占有し、
(五) 引受参加人西田信康(以下「引受人西田」という。)は、別紙物件目録(五)の(1)記載の建物(以下「本件(五)の(1)建物」という。)を占有し、
いずれも、本件土地を占有している。
(3) 原告の訴訟追行権
(一) 任意的訴訟担当
(1) 本件土地は、満州国が消滅した時以来、日本国が管理していたもので、日本国としてはこれを中華人民共和国に移管すべきものであるが、本件土地上に不法占拠者が生じているままの状態で移管することは、日本国と中華人民共和国及び同国と日本国民である被告らとの間に将来錯雑した法律関係を生じさせ、日本国と中華人民共和国との間の友好関係を阻害するに至るおそれがあるから、原告が本件土地の不法占拠者である被告らに対し妨害排除の訴えを提起する必要がある。
(2) 本件土地の所有者である中華人民共和国は、原告に対し、昭和五二年六月二八日付口上書により本件訴訟を継続するよう要請して、本件訴訟追行権を授与し、原告は、中華人民共和国に対し、同年九月二九日付口上書により、本件訴訟を継続する意図を有する旨を通報した。
(3) 日本国が、国内に所在する外国所有に係る土地に関する訴訟について、当該外国から訴訟追行権を授権されて訴訟を行うことは、いわゆる任意的訴訟担当に当たるが、任意的訴訟担当もそれが弁護士代理の原則や訴訟信託の禁止についての法律上の制限を潜脱、回避するものではなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には、許容される(最高裁判所昭和四五年一一月一一日判決、民集二四巻一二号一八五四頁参照。)ところ、本件訴訟は、弁護士代理の原則を回避し、又は信託法一一条の制限を潜脱するものではないうえ、訴訟追行する合理的必要性があるから、適法であり、原告に当事者適格がある。
(二) 国際法上の管理権
(1) 本件土地についての日本国の管理の経緯は次のとおりである。
本件土地は、第二次世界大戦後、満州国、汪精衛政権その他いわゆる協力政権が日本国内に有する他の財産とともに、帰属国未定のまま連合国司令官が接収し管理するところとなつた。
その後、連合国最高司令官は、昭和二六年一二月一〇日SCAPIN第二一八八号「かいらい政府の在日財産に関する覚書」をもつて、同月一五日から法的所有権の決定するまで本件土地を含むいわゆる協力政権の在日財産を日本国が管理すること及びこれら財産の法的所有権を決定するためその後継政府と交渉すべきことを指令し、日本国政府は、同日以降、右覚書に基づき、本件土地を含むいわゆる協力政権の在日財産を管理することになつた。
本件土地を含む満州国の在日財産については、昭和二七年八月五日に効力を生じた日本国と中華民国との間の平和条約(以下「日華平和条約」という。)及び同条約で同意された議事録の二により、中華民国に移管されるまでの間引き続き善良な管理者としての注意をもつて、日本国が、これを適正に管理すべき国際法上の義務を負うことになつた。
その後、昭和四七年九月二九日に発表された日中共同声明によつて実現した日中国交正常化の結果として、日本国と台湾との法的関係が解消し、日華平和条約は存続の基礎を失つた。
また、前記SCAPIN覚書の効力は日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日効力発生)の発効と共に失なわれたが、本件土地が国家としての中国に帰属することは否定できず、その後も本件土地の管理を継続してきた日本国としては、日中国交正常化の後も引き続き中華人民共和国のため、善良な管理者としての注意をもつて本件土地を管理すべき国際法上の義務を負つている。
(2) 一国が自己の領土内にある他国の財産を一方的に処分することは国際法上認められず、所有国が財産の管理を直接行使し得ない事情にあるときは、当該財産の所在地国がその保全につき責任を有し、したがつて、善良な管理者としての注意をもつてこれを管理すべき義務があるとともに、右管理義務を全うするために、必要に応じ訴え提起を含めて右財産を管理する権限がある。
なお、本件土地を含むいわゆる協力政権の在日財産については、当初は昭和二四年法律第一三〇号による改正後の賠償庁臨時設置法(昭和二三年法律第三号)一条により賠償庁が管理してきたが、日本国との平和条約の発効に伴う同庁の廃止後は、総理府設置法等の一部を改正する等の法律(昭和二七年法律一一六号)附則二項により大蔵省が現在に至るまで管理している。
二 請求の原因に対する認否
被告ら
1 請求の原因1(本件土地の所有関係)の事実について満州国が、本件土地を所有していた事実は認め、その余の事実は否認する。
2 同2(被告らの本件土地の占有)の事実は認める。
3 同3(原告の訴訟追行権)について
(一) 任意的訴訟担当の主張は争う。
原告に当事者適格が認められるためには、原告が請求について実体的な利益を有する者であり、任意的訴訴担当が実体関係に随伴して行われることが、妥当かつ、必要な場合に限られると解されるところ、本件において、原告である国は、請求について、何ら実体的利益を有する者ではなく、また任意的訴訟担当が実体関係に随伴して行われることが妥当かつ必要な場合でもない。
むしろ、本件訴訟において、原告の主張する「口上書」による訴訟追行権の授与は、「訴訟行為を主たる目的」として行われたものであり、許容されないものである。
(二) 国際法上の管理権の主張については争う。
三 抗弁(時効取得)
(被告古山)
1 本件(二)建物の敷地部分の一〇年の占有による時効取得
(一) 被告古山は、訴外土浦勇(以下「訴外土浦」という。)から、昭和三九年二月二七日、本件(二)建物及びその敷地部分を買い受け、右敷地部分を占有した。
(二) 右買い受けに際し、被告古山は、訴外土浦から、本件土地は登記名義上は満州国の所有となつているが、第二次世界大戦の終了により名義上の所有者は存在しなくなり、後記2(一)ないし(四)記載のとおり、訴外石井一郎が本件(二)建物を建築して本件土地の利用を始め、その後、本件(二)建物及びその敷地部分の所有者は転々としている旨の説明をうけたため、右敷地部分は自己の所有になるものと信じて取得したのであり、信じるにつき過失はなかつた。
(三) 被告古山は、昭和四九年二月二七日、右敷地部分を占有していた。
(四) 被告古山は、本訴において、右敷地部分の一〇年間の占有による取得時効を援用する。
2 本件(二)建物の敷地部分の二〇年の占有による時効取得
(一) 訴外石井一郎は、昭和二六年ころ、本件(二)建物を自己の費用で本件土地上に建築し、その敷地部分を占有した。
(二) 訴外石井薫は、訴外石井一郎から昭和二六年六月二三日、本件(二)建物の贈与を受け、その敷地部分を占有した。
(三) 訴外三栄商事株式会社(以下「訴外三栄商事」という。)は、訴外石井薫から昭和二八年六月二六日、本件(二)建物を取得し、その敷地部分を占有した。
(四) 訴外土浦は、訴外三栄商事から昭和三二年一月二一日、本件(二)建物を取得し、その敷地部分を占有した。
(五) 被告古山は、訴外土浦から、昭和三九年二月二七日、本件(二)建物及びその敷地部分を買い受け、その敷地部分を占有した。
(六) 被告古山は、昭和四六年、右敷地部分を占有していた。
(七) 被告古山は、本訴において、右敷地部分の二〇年間の占有による取得時効を援用する。
(被告中浦、被告中浦総業、被告高橋、引受参加人西田(以下「被告中浦ら」という。))。
被告中浦の本件土地の時効取得
1(一) 被告中浦は、被告古山から、昭和四五年一月三〇日、本件土地及び本件(二)、(三)、(四)各建物を買い受け、右売買に基づき、同年七月一七日以降本件土地を占有しているが、右各建物の敷地の前主の占有状態は次のとおりである。
(二)(1) 本件(二)建物の敷地部分
被告古山は抗弁2(二〇年の取得時効)の(一)ないし(五)記載のとおり。
(2) 本件(三)建物の敷地部分
訴外平賀敏子が、昭和三九年三月二五日以前から昭和四五年七月一六日まで、右建物を所有して右敷地部分を占有した。
(3) 本件(四)建物の敷地部分
訴外亀田明(以下「訴外亀田」という。)が、昭和二七年四月二三日以前から昭和三一年五月九日まで、訴外千葉四郎(以下「訴外千葉」という。)が、昭和三一年五月一〇日から同年一二月一三日まで、訴外上野敬二郎(以下、「訴外上野」という。)が、同年一二月一四日から昭和四五年七月一六日まで、それぞれ右建物を所有して右敷地部分を占有した。
2 被告中浦らは、本訴において、本件土地の二〇年間の占有による取得時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
(被告古山の抗弁について)
1 抗弁1(一〇年の占有による時効取得)の事実について
(一) 抗弁1(一)の事実(訴外土浦からの本件(二)建物及びその敷地部分の取得)は否認する。
(二) 抗弁1(二)の事実(無過失)は否認する。
およそ、建物の所有権を取得してその敷地を占有する場合、当該敷地の占有権原を取得し得るか否かについて注意を払うのは不動産取引の常識であるところ、本件土地(本件(二)建物の敷地部分を含む)の所有名義人(登記上)は満州国であり、満州国は昭和二〇年八月に消滅していたから、その承継人ないし適法な管理権者から右敷地部分の占有権原を取得しなければならなかつたが、被告古山は、戦後の混乱を奇貨として、右敷地部分の占有権原を取得することなく、本件(二)建物だけを前主から譲り受けて、右敷地部分を不法占拠したものであり、被告古山の右敷地部分の占有の始めに過失がある。
(三) 抗弁1(三)の事実(被告古山の昭和四九年二月二七日当時の右敷地部分の占有)は認める。
2 抗弁2(二〇年の占有による時効取得)の事実について
(一) 抗弁2(一)の事実(訴外石井一郎の本件(二)建物の建築)中、本件(二)建物の建築の時期を否認し、その余は認める。
訴外石井一郎が本件(二)建物を建築したのは昭和二五年ころである。
(二) 抗弁2(二)及び(三)の各事実(訴外石井薫及び訴外三栄商事の占有)は認める。
(三) 抗弁2(四)及び(五)の各事実(訴外土浦の占有、被告古山の訴外土浦からの占有の承継)は否認する。
訴外平賀陸郎が、訴外三栄商事から昭和三一年ころ、本件(二)建物を取得し、右建物敷地部分を占有したが、訴外平賀陸郎が、本件(二)建物の所有権移転登記を経由しないうちに、同訴外人に無断で訴外土浦が昭和三二年一月二一日、本件(二)建物を自己名義に所有権移転登記をし、更に訴外土浦から被告古山に、昭和三九年二月二七日、本件(二)建物の所有権移転登記がなされた。
訴外平賀陸郎は、本件(二)建物の登記簿上の所有名義人となつていた被告古山に対し、昭和四〇年ころ、本件(二)建物を売却し、被告古山は、そのころ、右建物敷地部分の占有を開始した。
(四) 抗弁2(六)の事実(被告古山の昭和四六年ころの占有)は認める。
(被告中浦らの抗弁について)
1(一) 抗弁1(一)の事実(被告中浦の本件土地の占有の承継)について
被告中浦が、本件(三)、(四)各建物を所有し、本件土地を占有している事実は認め、その余の事実を否認する。
本件(二)建物については、被告中浦総業が昭和四七年ころから占有している。
(二)(1) 抗弁1(二)(1)の事実(本件(二)建物の敷地部分の占有の承継)について
被告古山の抗弁に対する認否2記載のとおり。
なお、本件建物は、被告中浦総業が昭和四七年ころから倉庫として使用している。
(2) 抗弁1(二)(2)の事実(本件(三)建物の敷地部分の占有)中、訴外平賀敏子が右建物を所有して右敷地部分を占有していたことは認め、その余の事実は否認する。
訴外平賀敏子(訴外平賀陸郎の妻)は、昭和三八年一二月二五日、本件(三)建物を自己の費用で建築し、その敷地部分の占有を開始した後、訴外安藤幹弘(以下「訴外安藤」という。)に対し、昭和四五年六月三〇日、本件(三)建物を売り渡し、訴外安藤は、右敷地部分を占有した。
被告中浦は、訴外安藤から昭和四七年五月八日、本件(三)建物を買い受け、右敷地部分を占有した。
以上のように、本件(三)建物の建築は昭和三八年であるから、訴外平賀敏子の占有開始から昭和四九年の本訴提起時までに二〇年を経過しておらず、本件(三)建物の敷地部分について取得時効は成立していない。
(3) 抗弁1(二)(3)の事実(本件(四)建物の敷地部分の占有)の事実は否認する。
訴外平賀陸郎が、昭和三五年ころ、本件(四)建物を自己の費用で建築し、その敷地部分を占有し、その後、本件(四)建物は、被告中浦へ譲渡された。
以上のように、本件(四)建物の建築は、昭和三五年であるから、訴外平賀陸郎の占有開始から昭和四九年の本訴提起時までに二〇年を経過しておらず、本件(四)建物の敷地部分について取得時効は完成していない。
五 再抗弁
1 他主占有
被告ら及びその前主が本件土地の一部分を二〇年間占有していたとしても、その占有は、次に述べるように他主占有であつて、時効取得は成立しない。
(一) およそ、建物の所有権を取得してその敷地を占有する場合、当該敷地の占有権原を取得し得るかについて注意を払うのは不動産取引の常識であるところ、本件土地は昭和一七年三月三〇日以降満州国の所有名義となつているから、本件(二)建物の所有権を取得した訴外石井一郎、同石井薫、同三栄商事、同平賀陸郎及び被告古山は右建物の敷地部分について、本件(三)建物の所有権を取得した訴外平賀敏子、同安藤及び被告中浦は右建物の敷地部分について、本件(四)建物の所有権を収得した訴外平賀陸郎及び被告中浦は右建物の敷地部分について、その占有権原を収得し得るか否かにつき、それぞれ当該建物取得時に注意を払つたはずである。
しかし、右各建物敷地部分の所有名義人は満州国であり、同国は昭和二〇年八月に消滅していたから、その承継人ないし適法な管理権者から右各敷地部分の占有権原を取得しなければならなかつたが、前記各建物所有者らは、戦後の混乱を奇貨として、各敷地部分の所有権その他の占有権原を取得することなく、右各敷地部分上の前記各建物だけを建築ないし譲り受けてその所有権を取得し本件土地を不法占拠したものである。
したがつて、前記各建物所有者らは、その敷地部分を所有の意思をもつて占有していたものではない。このことは、いずれの建物についても、短期間に所有者が頻繁に交替していること、別紙本件係争地付近見取図のとおり、本件(二)、(三)、(四)各建物が実際上一個の建物のように接合し、その敷地部分及び当該建物を利用するのに必要な土地の範囲が明確にされていないこと、同見取図斜線部分には、地下室の残骸が放置され、草木が茂るのに任されている状況からも窺われる。
(二)(1) 当時、本件(二)建物を所有してその敷地部分を占有していた訴外平賀陸郎は、本件土地の管理者たる大蔵省から管理事務を委託された訴外安田信託銀行に対し、昭和三三年一一月ころ、「満州国名義の本件土地上に居住しているが、日本政府又は本件土地の権利者から立退の要求があれば、本件土地の明渡をする」旨を誓約しているのであつて、右訴外人は所有の意思をもつて本件土地を占有していたものではない。
(2) また被告中浦及び同高橋は、大蔵省に対し、昭和四六年六月二四日、被告中浦の経営する会社の従業員アパートを建てたいので、本件土地を借り受けたい旨の陳情をし、更に、昭和四七年七月二七日、本件土地にマンションを建設することの了解を求めているのであつて、右両被告も所有の意思をもつて本件土地を占有しているものではない。
2 承認
前記1(二)(1)のとおり、本件(二)建物の所有者であつた訴外平賀陸郎は、立退の要求があれば土地の明渡をする旨を誓約したもので、右は民法一四七条三号の承認にあたる。
六 再抗弁に対する認否
(被告古山)
1 再抗弁1(他主占有)の事実は否認する。
本件各建物の所有者は、満州国が消滅したため、本件土地が所有者のない土地になつたと信じ、それぞれ当該各建物の敷地部分を自己が取得する意思で右各敷地部分を占有したものであつて、その占有は所有の意思あるもの(自主占有)である。
2 再抗弁2(承認)の事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求の原因について
1 同1(本件土地の所有関係)について
(一) 本件土地を満州国が所有していた事実は、当事者間に争いがない。
(二) 次に、本件土地所有権が中華人民共和国へ承継されたか否かについて判断する。
国際法上、一定の地域を統治する国家に変更があり、旧国家が消滅した場合、右地域を統治していた旧国家の領域外にある公有財産は、旧国家の領域を全面的に新しく統治することになつた国家(後継国)に帰属するものと解されるところ、満州国が第二次世界大戦の終了に伴ない昭和二〇年八月に消滅し、現在、その領域が全面的に中華人民共和国に属している事実及び本件土地が右各国の領域外にある事実は、当裁判所に顕著であるから、本件土地所有権は、中華人民共和国に承継されているということができる。
2 同2(被告らの本件土地の占有)について
同2の事実は当事者間に争いがない。
3 同3(原告の訴訟追行権)について
(一) 任意的訴訟担当について
(1) <証拠>によれば、中華人民共和国は、原告に対し、昭和五二年六月二八日付口上書により本件訴訟を継続するよう要請し、これに対し、原告は、同国に対し、同年九月二九日付口上書により本件訴訟を継続する意図を有する旨を通報した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(2) <証拠>によれば、本件は、原告である国が、日本国内に存在する中華人民共和国所有の本件土地を同国に移管するにあたり、本件土地を占有する被告らに本件土地占有権原がないとの判断から、現状のままで本件土地を同国に移管すれば、同国と日本国との間の友好関係が阻害され、原告の国民である被告らとの間に紛争が生ずる虞れがあるので、これを回避するため、中華人民共和国からの訴訟追行権の授与(ただし、本訴提起時には明示の授与があつたと認めるに足りる証拠はないが、前記(1)により追完されたものと解される。)に基づき、原告が被告らに対し、建物収去土地明渡請求をしているものであることが認められる。
(3) このように、本件は、原告である国が、日本国内に存在する外国所有に係る土地に関する訴訟について、当該外国(中華人民共和国)から訴訟追行権を授権された事例であり、いわゆる任意的訴訟担当にあたるが、任意的訴訟担当は、民事訴訟法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法一一条が訴訟行為を為さしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般に無制限にこれを許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には許容するに妨げない(最高裁判所昭和四五年一一月一一日大法廷判決、民集二四巻一二号一八五四頁参照。)と解すべきところ、前記(1)、(2)の事実関係のもとにおいては、原告が自己の名で本件訴訟を追行することが弁護士代理の原則や訴訟信託の禁止についての法律上の制限を潜脱、回避することにはならないとともに、これを認める合理的必要性があるものというべきであるから、本件における任意的訴訟担当は許容されるものと解される。
(二) よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告には訴訟追行権が認められる。
二抗弁について
(被告古山の抗弁について)
1 本件(二)建物の敷地部分の一〇年の占有による時効取得について
被告古山が右敷地部分の占有開始にあたつて過失なく自己が権利者であると信じたことを基礎づける事実については、証拠が全くない。
よつて、その余の点について判断するまでもなく抗弁1は理由がない。
2 同2(本件(二)建物の敷地部分の二〇年の占有による時効取得)の事実について
(一) 同2(一)の事実(訴外石井一郎の占有開始)中、訴外石井一郎が、少なくとも昭和二六年ころ、本件(二)建物を建築して右敷地部分の占有を開始した事実は当事者間に争いがない。
(二) 同2(二)、(三)及び(六)の各事実(訴外石井薫、同三栄商事の占有の承継、被告古山の昭和四六年ころの占有)は当事者間に争いがない。
(三) 次に、同2(四)及び(五)の各事実(訴外土浦の右敷地部分の占有及び被告古山の訴外土浦からの占有の承継)について判断する。
<証拠>を総合すれば、訴外平賀陸郎が少なくとも昭和三二年初めころから昭和三四年にかけて本件(二)建物を所有して、右敷地部分を占有していた事実が認められるのであつて、右認定に反する<証拠>は措信できず、他に抗弁2(四)及び(五)の各事実を認めるに足りる証拠はない。
そうならば、本件(二)建物の敷地部分につき、訴外三栄商事から訴外土浦へ、訴外土浦から被告古山へ占有の承継があつたと認めることはできないので、被告古山において本件(二)建物の敷地部分を昭和二六年以降前主の占有を併せて二〇年間占有したとみることはできない。
(被告中浦らの抗弁について)
1 本件(二)建物の敷地部分の占有の事実について
被告中浦は、被告古山から本件(二)建物を買い受けたとして、被告古山の抗弁2を援用するが、被告古山の抗弁2に対する判断に示したとおり、被告古山において本件(二)建物の敷地を前主の占有を併せて二〇年間占有したとは認め難いので、結局、被告中浦らの抗弁も理由がない。
2 本件(三)、(四)各建物の敷地部分の占有の事実について
本件(三)、(四)各建物が本訴提起(訴状受理は昭和四九年六月一四日)の二〇年以上前に築造されたとの点についてはこれを認めるに足りる証拠が全くなく、右各敷地部分について時効取得に必要な二〇年間の占有がなされたことを認めることはできない。
三仮に、本件(二)建物の敷地部分につき、訴外石井一郎を最初の占有者として以後占有が承継され、訴外平賀陸郎を経て被告古山まで二〇年間の占有がなされたとしても、<証拠>によれば、本件(二)建物を所有してその敷地部分を占有していた訴外平賀陸郎は、本件土地の管理を大蔵省から委託された訴外安田信託銀行に対し、昭和三四年三月ころ、「日本政府又は本件土地の権利者から立退の要求があれば速かに本件(二)建物を除去し本件土地の明渡をする」旨の誓約をした事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はないので、これによれば、本件(二)建物の敷地部分についての訴外平賀陸郎の占有は他主占有であつたと認めるのが相当である。
すなわち、取得時効成立のために必要な所有の意思でする占有(自主占有)における所有の意思は、占有者の内心の意思によつてではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものと解されるところ、前記認定にかかる立退の要求があれば建物を除去して本件土地を明渡す旨を誓約した訴外平賀陸郎の行為は、真の土地所有者であれば通常はとらない態度であることは明白であり、右訴外人は、外観的客観的にみて他人の本件土地所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものであつて、その占有は、他主占有といわざるを得ない。
したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告らの取得時効の抗弁は排斥されることになる。
四結論
以上のとおりであつて、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官吉崎直彌 裁判官萩尾保繁 裁判官白石 哲)