東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5049号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一原告が建築の設計等を目的とする会社であり、被告がタクシー事業を当時営んでいたこと及び原告と被告とが昭和四八年二月一六日、左記内容の設計監理請負契約を締結したことは当事者間に争いがない。
(一) 被告は本件土地において建築を予定している本件建物の設計監理を原告に委嘱する。
(二) 右設計監理の報酬は本件建物建築工事代金額の五パーセントとする。
(三) 被告は右報酬を次のとおり分割して支払う。
(1) 本契約時 三パーセント
(2) 基本設計図書提出時 一七パーセント
(3) 実施設計図書提出時 五〇パーセント
(4) 残り三〇パーセントは監理業務期間中三か月ごとに五パーセントずつ六回に分割して支払う。
二、三<略>
四原告は本件契約に定めた設計を完成したと主張し、被告はこれを争うので、先ずこの点について判断する。
1 <証拠>を総合すると以下の事実が認められる。
(一) 被告は本件土地を所有しそこでタクシー事業を営んでいる会社であるが、タクシーは一日の大半を出払つているところから、この土地をさらに効率的に利用する方法はないものかと考えていたところ、たまたま昭和四八年一月一六日原告の開発本部長七条一郎から本件土地に分譲用高層マンシヨンの併設を強く勧められ、数次にわたる勧誘、話合の結果、次の基本的構想の下に本件建物の建築を推進することで意見が一致し、昭和四八年二月一六日に右基本構想を実現するために本件契約を締結した。
(1) 本件土地を南北に二分し、北側(幅員二五メートルの道路に面し、商業地域の用途指定がある)部分に被告が建築主となり地下一階を含む延べ面積八〇〇〇平方メートル程度の本件建物(地下は駐車場、一、二階は被告の事務所と貸店舗、三階以上は分譲マンシヨンとする)を予算工費約金七億円で建築する。
(2) 右マンシヨン部分の販売が終り次第、被告はその販売利益をもつて南側(幅員六メートルの道路に面する)部分に第二期工事として別途駐車ビルを建築する。
(3) 原告は被告に対し本件建物建築工事資金約七億円を協和銀行から借入れられるようにあつせんする。
(4) 原告は本件建物完成後、マンシヨン部分の販売及び店舗部分の賃貸につき被告に協力する。
(二) <省略>
(三) なお本件土地を南北に二分し、北側部分に本件建物を建築し、その後南側部分に駐車ビルを建築する方法(以下分割工事方法という)は、被告のタクシー営業を中断せずにマンシヨン等の建築販売を可能にする方法として、右の交渉の際に原告側から提案されたものであり、被告もこの方法がもつとも好都合と考え、本件契約締結当時はこの方法によつて基本構想を実現できるものと信じていた。
(四) ところが、右分割工事方法によりいつたん北側部分に第一期工事として本件建物を建築してしまうと、残る南側部分は住居地域となり、ここに駐車ビルを建築してタクシー営業の本拠とすることは建築基準法上不可能となるとの話を第三者から聞かされた被告は、早速、原告にその真偽の調査確認を求めた。その結果、原告も昭和四八年三月二日頃には右分割工事方法では基本構想の実現は建築基準法上不可能であることを認めた。
(五) そこで七条は被告に対し、右同日頃、新たに被告所有の本件土地及びその北東に接している隣接物件全体に規模を拡大した本件建物を一括して建築すべきこと(以下一括工事方法という)を提案し、さらに三月一六日にはこの方法による場合の具体的な建築案を提出した。被告も右一括方法自体はやむを得ないものと考えたが、これによると一時に巨額の建築代金を要し、かつ採算が危ぶまれるためにとうてい応諾できるものではなかつた。
(六) このため七条は右同日頃さらに被告に対し、建物の規模は右一括工事方法によるが、建築自体は、いわゆる等価交換方式により当初の基本構想を実現すべきことを提案し、等価交換方式の相手方として前田建設を紹介した。
(七) 右にいう等価交換方式とは、土地所有者である被告が建築主(右の場合は前田建設)に土地を譲渡し、建築主がその土地上に自己が主体となつて建物を建築し、その建物の一部を土地の対価として土地所有者(被告)に譲渡する方式であり、同方式によるときは設計監理契約は土地所有者ではなく建築主が設計者との間で締結するのが通常である。
(八) そして七条も被告に等価交換方式を提案するに際し、これによつても被告はタクシー営業を続けることができ、しかも設計料を負担しないですむと説明した。また、その後の原告、被告、前田建設の三者間の等価交換方式による建築の交渉過程においても、前田建設が設計料を原告に支払うことが前提とされており、前田建設は交渉のメモ(乙第一九号証)において原告の設計を基準として建設諸経費を試算した中で、設計監理費五パーセントを自己の経費として計上し、被告にもこれを示していた。
(九) もつとも被告、前田建設間の右等価交換方式による本件建物の一括工事方式の話は条件の面(主として被告が前田建設に要求していた差額金二億円の支払)で折り合いがつかなかつた。そこで七条一郎は昭和四八年四月に入つて、等価交換方式の相手方として三井物産を紹介し、その後原告、被告、前田建設、三井物産の四者でさらに交渉を重ねた結果、昭和四八年五月三〇日次のとおりの基本方針で交換建物の建築の実現を推進することが右四者間で了解された。(すなわち本件了解事項である)
(1) 被告と三井物産との間で等価交換方式により、三井物産が隣接地を含む本件土地上に地下一階(駐車揚)、地上一二階(一、二階は事務所及び貸店舗、三階以上は分譲用マンシヨン)の交換建物を建築する。但し、商社に対する社会的な批判が高まつている折でもあり、日照権等をめぐる紛争も予想されるので、対外的、形式的には被告を建築主、三井物産を元請とし、建築確認申請も被告名義で行い、右分譲マンションの販売は三井物産の系列会社である東海観光が行う。
(2) 被告は隣接物件を取得したうえで、隣接地を含む本件土地のうち交換建物の三井物産取得分(分譲用マンシヨン部分)に対応する持分を三井物産に譲渡する。この土地持分譲渡の対価として三井物産は被告に対し差額金一億八〇〇〇万円を支払い、かつ交換建物中の地下一階(駐車場)、地上一、二階部分等を譲渡する。なお、地上のマンシヨン用駐車場の管理権、マンシヨン部分を含む交換建物の管理権は被告に帰属し、三井物産は被告に対し、別にタクシー運転手用の仮眠室を建築して提供する。
したがつて、被告は右差額金の支払を受けて、隣接物件をトヨタ自動車販売株式会社から買受け、そのうち土地は交換建物の敷地として提供し、かつ本件土地の担保権を抹消する。
なお被告は交換建物と本件土地の一部においてタクシー営業を継続する。
(3) 三井物産は交換建物の建築を前田建設に請負わせる。
(4) 三井物産、前田建設は交換建物の設計監理を原告に請負わせる。
(一〇) 被告は右(九)の本件了解事項を早急に契約化し、特に差額金の支払を早く受けたいと希望したが、三井物産としては、右(九)(1)のような一二階建ての交換建物が、建築確認許可を得られるかどうか、日照権等の関係で施工が妨げられることがないか、被告に対する支払、譲渡分を差引いて採算に合うかどうかについて確たる見通が右の時点では未だ立つていなかつたので、契約の締結はこれらの懸念が解消するまで控える方針であつた。
そこで三井物産は右(九)(1)のとおり、被告名義で交換建物の建築確認申請を出すこと、附近住民に対中る建築の同意ないし了解を得る活動を始めること、施工業者となる前田建設は総工事費の積算見積を提出し、三井物産との間で建築請負代金額を内定させることを求めた。
そして前田建設は右積算見積の必要上、設計業者となる原告に対して、交換建物の実施設計図書を完成して交付することを求めた。
(一一) 原告は昭和四八年六月中に交換建物の基本設計図を完成し、同年七月三日、被告の捺印を得て被告名義で東京都に対しその建築確認申請をした。(申請の点は争いがない。)
さらに原告は同年八月頃交換建物の実施設計図を完成し、前田建設に交付した。
そこで前田建設は右実施設計図書に基づいて交換建物の建築工事費を総額約一五億月と積算したが、三井物産から見積り直しを求められ、同年九月二五日に至り、約一三億五〇〇〇万円とすることで三井物産及び原告の了承を得た。
(一二) しかし、原告が右確認申請書に添附した設計図書は、日照権紛争を見越して、一四階建ての規模のものとしてあつた(同紛争の交渉過程で本来の計画である一二階建に縮少した形を作り出す意図であつた)ので、同設計図書の中には矛盾があり、それ自体では建築確認許可を得られないものであつた。
のみならず、本来の一二階建ての設計において、被告が交換建物の地下一階をタクシー車庫に当て、地上のピロテイー部分に自動車修理工場を設けて、タクシー事業を継続しようとしても、右地下車庫はこれに面する道路の幅員が六メートルと狭いため法規上タクシー用車庫として使用することが許可されない配置になつており、またピロテイー部分を自動車修理工場とするときはこれが廷面積に算入されるので、その面積如何によつては交換建物全体として容積率の制限に違反するおそれもある設計であり、右設計のままではとうてい被告のタクシー事業を同所において継続することは不可能なものであつた。(そもそも原告の設計部では、交換建物の被告取得部分において被告がタクシー事業を継続することを念頭に入れた適法な設計はしていなかつた。)
(一三) しかも、被告とトヨタ自動車販売株式会社との間の隣接物件の買収及び明渡の折衝は急速に進捗し、同会社は他に移転先を入手し、被告に対して買取代金の支払を迫つていた。これに加えて、被告は交換建物の地下一階の車庫の収容能力に合わせてすでに保有タクシー台数を七五台から五五台に減少させていたが、本件了解事項に基づいて入手できると予想していた差額金がなかなか支払われないため、資金繰りがひつ迫し、隣接物件の買収代金の支払資金をも含めて、まとまつた金員を必要としていた。
そこで、前記(一〇)のとおり、昭和四八年五月三〇日の本件了解事項成立の時から再三にわたつて差額金の全部又は一部の早急な支払を三井物産に求めていたが、三井物産としては、見積も出てこないし、契約の締結もまたないでそのような支払に応じることはできないとの態度を変えなかつた。
(一四) 丁度そのころ訴外三平興業株式会社は被告に対し、同年春頃も一度提案したことのある等価交換方式による建物と本件土地の交換の話を再び提案してきた。
そこで被告は同年九月に入つてから三井物産に対し、同月二〇日までに契約を締結し、隣接物件買受代金の内金分だけでも交付してくれるか、さもなければ何月何日には契約をすると明示した約束書を交付して欲しい旨を申入れたが、いずれについても被告が望むような確答を得られなかつたので、同月二四日頃、三井物産及び原告、前田建設に対して、明二五日一杯までに金が出ないときは、本件了解事項に基づく等価交換の話は打ち切る旨を通告した。
(一五) それにもかかわらず、三井物産からは明確な回答が得られず、原告と前田建設とは三井物産の回答待ちの態度であつたので、被告は翌二六日原告を訪問し、翌々二七日三井物産を訪問し、本件了解事項に基づく契約の締結には応じないことを改めて通告した。
2 <証拠判断略>
3 前記1の認定事実によれば、原告が昭和四八年六月頃から同年九月頃までの間に完成した基本設計図書及び建築確認申請書類はいずれも交換建物に関ずるものであり、総工費約一三億五〇〇〇万円の同建物の建築主と予定された者は実質は三井物産であり、本件了解事項は実質的には三井物産と被告との間のいわゆる等価交換方式(建築交換方式)による契約締結のための準備にほかならないことは明らかである。(この点は三井物産の担当課長であつた証人谷口益郎も自ら証言するところである)。このゆえに交換建物の設計監理は、本件了解事項中において、三井物産あるいは前田建設が原告に請負わせるものと定めたわけである。(前記1(九)(4)参照。なお、前田建設の担当課長であつた証人渡辺一彰も、等価交換方式の場合は前田建設が設計料を負担することになる筋合であるとこれを肯定する証言をしている。ちなみに、前田建設が等価交換方式の相手方として名のり出て、被告と折衝した際も、設計監理料は右相手方となるべき前田建設が負担するものとして試算していたことは前記1(八)のとおりである)。
他方、本件契約は、前記1(一)、(二)のとおり、被告が本件建物全部の所有者となることすなわち実質的にも被告が建築主となることを前提として原告に設計監理を請負わせる契約であり、本件建物の工費予算も被告が調達可能と予想された約七億円にとどめられていたものである。
してみると、原告が交換建物に関してなした設計、建築確認申請行為は、いずれも本件了解事項に基づいて、等価交換方式による契約の成立を見込んで、三井物産又は前田建設のためになされたものにほかならず、本件契約の履行として被告に対してなされるべき給付に該当しないことは明らかである。
このことは、総工費約一三億五〇〇〇万円となる交換建物のうち三井物産の所有となるマンシヨン部分の設計料の負担者を考えれば、一層明白である。そもそも等価交換方式においては、被告は右マンシヨン部分の規模、工費については何の利害関係もない筋合であり、同部分の工費が被告に設計料の負担としてはね返る理由は考えられない。(現に原告の専務取締役である証人斉藤智正も等価交換方式が決れば、交換建物の設計料は前田建設が原告に支払うことになると証言する)。
4 そして、他に原告が本件契約上の請負人として、本件建物の設計監理をなしたことの主張、立証はないから、原告が本件契約に基づく報酬請求権を取得したことを前提とする本訴請求は、抗弁について判断するまでもなく失当である。
(山本和敏 松尾政行 瀧澤泉)