東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5384号 判決 1977年5月31日
原告
井上利昭
外四名
原告五名訴訟代理人弁護士
植木敬夫
外五名
被告
帝都高速度交通
営団労働組合
右代表者執行委員長
黒川武
右訴訟代理人弁護士
山本博
外一三名
主文
被告は原告らに対し、それぞれ金一二七円及びこれに対する昭和四八年一二月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者双方の求めた裁判
一、原告
主文同旨
二、被告
原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者双方の主張
一、請求の原因
1 被告は帝都高速度交通営団(以下単に営団という)の従業員及び組合大会で組合員であると承認された者をもつて組織された労働組合で、日本私鉄労働組合総連合会(略称「私鉄総連」)に加盟しており、原告井上は昭和二三年三月、同遠藤は昭和三六年一月、同萩原は昭和三一年八月、同小島は昭和三一年五月、同原田は昭和二七年五月にそれぞれ営団に入団し、現在被告組合の組合員である。
2(一) 被告組合は、昭和四八年一二月一一日に開催された第七回組合委員会において、各組合員から金四五〇円の臨時会費を徴収することを決定し、各組合員の所属する営団長に右臨時会費の徴収日を同月二〇日、被告組合への納入日を同月二五日として、被告組合所属の組合員の賃金から徴収することを要請した。
(二) 原告らの所属する営団長は、被告組合の右要請を受けて、昭和四八年一二月二〇日、原告らに支払うべき一二月分の賃金から金四五〇円をそれぞれ控除し、これを被告組合に交付した。
(三) 本件臨時会費の内訳は、私鉄総連臨時会費、私鉄総連争議基金、私鉄総連政策闘争資金、七三春闘ストカツト補償金、地連補会費、選挙支援資金、総評七四春闘臨時会費で、右選挙支援資金は、昭和四九年六月一四日公示、同年七月七日施行の参議院議員選挙(以下単に「昭和四九年参議院選挙」という)につき、全国区から立候補する日本社会党公認候補者阿久根登外三名及び地方区から立候補する同党公認候補者の選挙資金であり、右金四五〇円のうち、金一二七円が右支援資金にあてられた。
3 ところで、労働組合の組合員といえども公職の選挙において、どの党、どの候補者を支持するか、あるいは支持しないかの自由を有するものであつて、他の何人からもこれを強制されるべきものではない。特定の政党又は特定の候補者への支援資金の提出は、その支持の表示であるから、個人の自由意思による拠出によるべきであつて、労働組合が組合員に対し支援資金の拠出を強制することは、組合員の政治活動の自由を侵害するものである。
しかるに、被告組合は、原告らが、被告組合の前記第七回組合委員会決定後の同月一三日から同月二〇日にかけて、被告組合に対し書面をもつて右支援資金を納入する意思がないこと及び原告らの賃金から支援資金を控除しないで欲しい旨申し入れたにもかかわらず、前項のとおり、原告らの昭和四九年一二月分の賃金からチエツク・オフの方法で徴収したのであるから、原告らから支援資金を強制的に徴収したというべきである。
従つて、被告組合が原告らから支援資金としてそれぞれ金一二七円を徴収したのは、原告らの政治活動の自由を侵害する無効なものであり、被告組合は右金員を不当に利得し、原告らはそれぞれ同額の損失を受けた。
なお、被告組合は、特定政党又は特定候補者の支持決議とあわせて決議違反の組合員に対する制裁を設定したものでないから、個々の組合員に対し、特定政党又は特定候補者の支持を強制したことにはならない旨主張するが、支援資金の徴収はチエツク・オフの方法でなされたものであつて、その強制は厳格であり、違反者に対する制裁などは全く不要である。
4 よつて、原告らはそれぞれ被告に対し金一二七円の返還と被告が悪意で右金員を徴収した翌日である同月二一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求める。
二、請求原因事実に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認めるが、本件臨時会費は私鉄総連の臨時会費であつて、被告組合の臨時組合費ではないから、被告組合は本件臨時会費の徴収によつて利益を受けていない。
すなわち、私鉄総連規約二〇条三項で「加盟を承認された単組は加盟日付の如何にかかわらず、加盟月の会費を納入するものとし、臨時会費は加盟の日以後に決議されたものについてのみ納入の義務を負う」と定めるとともに、同規約六八条三号で単組及びその組合員の義務として「会費、臨時会費を納入すること」と定められ、被告組合が私鉄総連の加盟単組として私鉄総連の機関決定にかかる会費及び臨時会費を納入すべき義務を負うことはもちろん、被告組合の組合員も右六八条三号により私鉄総連に対し同総連の機関決定にかかる会費及び臨時会費を納入する義務を負つている。本件臨時会費はもともと私鉄総連において組合員一人当り、私鉄総連臨時会費一二〇円、私鉄総連争議基金五〇円、私鉄総連政策闘争資金三〇円、七三春闘ストカツト補償金一七八円、地連補会費一五円、選挙支援資金一八〇円、総評七四春闘臨時会費六五円合計金六三八円を納入すべきものとされたので、被告組合は前記第七回組合委員会において本件臨時会費の徴収決定をなしたが、右決定は、同組合規約三九条(3)の「私鉄総連並びに関東地連の大会、中央委員会及び委員会に出席する代議員、中央委員及び委員には組合員の意思を委任する。但し、その決定された事項は組合の大会又は組合委員会の承認を必要とする。」旨の規定に基く承認手続であり、原告らを含む組合員から本件臨時会費を徴収したのは、私鉄総連の加盟単組としての前記義務の履行である。被告組合は原告らを含む組合員から徴収した本件臨時会費について処分しうる権限がなく、徴収した本件臨時会費はすべて被告組合の一般会計と別にして特別の預金口座を設けて預金し、その後全額を私鉄総連関東地方連合会(以下単に関東地連という)を通じて私鉄総連に納入したものであるから、私鉄総連に代つて原告らから本件臨時会費を徴収したにすぎない。
なお、前記のとおり、本件臨時会費はもともと金六三八円であつたが、当時、被告組合が私鉄総連に対し登録していた組合員数は六七〇〇名であつたので、右六三八円に登録人員を乗じた額に、被告組合の繰越金を充当し、その残額を実人員九四〇〇名で除した金四五〇円を原告らから現実に徴収したのであるが、これは被告組合が私鉄総連に対し本件臨時会費を納入するにあたつての事務処理上の問題にすぎない。
3 同3の事実は認めるが、その主張は争う。
被告組合が、組合大会において特定政党又は特定候補者への投票を決議し、加えて同決議に違反した組合員を制裁する旨の決議をなし、あるいは全組合員が対外的に特定政党又は特定候補者の支持表明行為(例えば、署名、街頭演説、ビラ配布等)に出ることを決議をもつて強制し、違反者に対し制裁をもつてのぞむというのであれば、組合員に対し特定政党又は特定候補者の支持を義務づけあるいは支持を強制することになるであろう。しかし、本件は、被告組合が、同組合の目的達成のため「昭和四九年参議院選挙」において日本社会党が勝利することが必要であると判断してその支持決議をなし、その支持活動の一環として必要不可欠とされる財政的援助をするため支援資金を徴収したにすぎず、その決議の過程において、原告らに反対の意見を述べる機会を保障し、しかも右決議の存在にかかわらず、原告らが被告組合の支持する日本社会党又は同党公認候補者と別の政党又は候補者を支援ないし援助活動をなすことを禁止又は規制するものでないから、被告組合が原告らに対し日本社会党又は同党公認候補者の支持を強制するものではない。なお、原告らは、被告組合が支援資金を徴収したことによつて、その意思に反し原告らの支持しない政党又は候補者へ資金を拠出することになるが、それは思想信条政治的見解の異る者をもつて構成されている労働組合の団体運営としてやむを得ないことであつて、このことから直ちに原告らの政治活動の自由を侵害したことにはならない。
第三 証拠関係<略>
理由
一請求の原因1から3までの事実は、当事者間に争いがない。
二1 まず、被告組合の組合員が私鉄総連に対し会費及び臨時会費を納入する義務を負うか否かについて検討する。
(一) <証拠>によれば、私鉄総連規約六八条で「単組およびその組合員はつぎの義務をもつ。(一、二号省略)三会費、臨時会費を納入すること」、同規約六七条には「単組およびその組合員はつぎの権利をもつ。一この規約および役員選挙規則の定めるところに従つて、会の役員、中央委員および代議員を選挙し、または、選挙されて就任すること。二会の運営につき、機関をつうじて報告を聞き建議、批判、討議すること。三役員の弾劾請求、四別に定める規定にもとづき争議基金運営制度、罹災組合員救援制度、犠牲者救済制度による援助、救済の適用を平等にうける。」旨規定されているが、他方、<証拠>によれば、私鉄総連は、同総連規約五条をもつて「私鉄及び民営のバス、タクシー、ハイヤー、トラツク関係の労働者をもつて組織する企業別の労働組合、又は地域的交通労働組合協議会及び連合体(以下これを総称して単組という)で組織する」と定められ、かつ、同規約二〇条三項で加盟を承認された単組の義務を定めているにすぎず、単組の組合員をその構成員とはしていないのみならず、前記規約六七条を見ても、その三号の役員の弾劾請求は大会開催中は、代議員の三分の一以上の連署による請求、その他の場合は、加盟組合の三分の一以上の連署による請求によるものであり、同四号の罹災組合員救済制度は当該地連あるいは組合の調査にもとづいて、当該地連を通じて罹災組合員に救援金が交付される(罹災組合員救援規定二条)ものであるが、争議基金運営制度は私鉄総連が単組に対し争議基金を貸出す(争議基金運用規定九条)ものであり、犠牲者救済制度は、単組の組合員ならびに役職員については、当該単組の執行委員長またはその代理の者を申請人とし、それに当該地連委員長が副署した救済申請書を総連中央執行委員長宛に提出して(犠牲者救済規定一八条)救済金の請求をなすものと定められているのであつて、これらの規定を総合すると、前記規約六八条の規定にかかわらず単組の組合員は、直接的な義務として私鉄総連に対し会費及び臨時会費を納入する義務を負うものではなく、右六八条及び前記規約六七条の単組の組合員の権利義務は単組の組合員であることによつて生ずる間接的なものにすぎず、前記私鉄総連に対する会費及び臨時会費の納入義務は単組のみが負担するものと解するのが相当である。
2 <証拠>によれば、被告組合規約九二条で「入会金は組合委員会の議を経て別に定める額とし、組合費は定期大会で予算決定の際に決定する。但し、組合委員会の議を経て臨時徴収することができる」と定められていること、昭和四八年一二月一一日に開催された第七回組合委員会において、私鉄総連で決定された組合員一人当りの私鉄総連臨時会費一二〇円、私鉄総連争議基金五〇円、私鉄総連政策闘争資金三〇円、七三春闘ストカツト補償金一七八円、地連補会費一五円、総評七四春闘臨時会費六五円合計六三八円に、当時、被告組合が私鉄総連に対して登録していた組合員数六七〇〇名を乗じて、被告組合が私鉄総連に納付すべき臨時会費の総額(金四二七万四六〇〇円)を算出し、これにまず被告組合の一般会計から繰越金四万四四二五円を充当し、その残額金四二三万〇一七五円を実人員で除した金四五〇円を原告らを含む組合員から徴収することを決定したことが認められ、右決定に基き、被告組合が原告らから支援資金を含む本件臨時会費を徴収したことについては当事者間に争いがない。
三次に、労働組合の特定政党又は特定候補者の支持決議及び支援資金の拠出について検討する。
労働組合の特定政党又は特定候補者の支持決議について見るに、労働組合が組織として公職の選挙に際し、特定政党又は特定候補者を支持し、その選挙活動を推進することは自由であるにしても、政党や選挙によつて選出された議員の活動が、各種の政治的課題の解決のため、労働者の生活利益とは関係のない広範囲な領域にも及ぶものであるから、労働組合の組合員が選挙において、どの党又はどの候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものであり、組合員各自が市民としての個人的な政治思想、見解、判断ないし感情等に基いて自主的に決定すべきことであつて、労働組合が組合員に対してこれの協力を強制することは許されないというべきである(最高裁昭和五〇年一一月二八日判決参照)ところ、これを本件について見るに、被告組合が各原告から徴収した支援資金一二七円は全国区から立候補する日本社会党公認候補者阿久根登外三名及び地方区から立候補する同党公認候補者の選挙資金にあてられたものであること、原告らは被告組合に対し右支援資金を含む本件臨時会費の徴収決定がなされた第七回組合委員会の後である昭和四八年一二月一三日から同月二〇日にかけて、右支援資金を納入する意思がないこと及び原告らの賃金からこれを控除しないで欲しい旨申し入れたこと、被告組合は原告らの所属営団長に対し右支援資金を含む本件臨時会費金四五〇円を原告らの賃金から控除して徴収することを要請し、原告らの所属営団長は昭和四八年一二月二〇日原告らに支払うべき一二月分の賃金から右支援金一二七円を含む金四五〇円をそれぞれ控除してこれを被告組合に交付したことについては当事者間に争いがないのであるから、被告組合の右徴収決定は原告らからそれぞれ支援資金一二七円を徴収する旨決定した限度において、原告らの選挙並びに政治活動の自由を侵害するものとして法律上無効とすべきものである。また、叙上の理に右支援資金一二七円は、被告組合の負担において私鉄総連に納付すべきものを原告らから徴収してこれに充当したものであつて、被告は同額の金員の支出を免れたものというべきであつて、結局、被告組合が原告らからそれぞれ支援資金として徴収した金一二七円は法律上の原因に基かず不当に利得したものであり、原告らはそれぞれ同額の損失を受けたものである。
四利息金についてみると、原告らが被告組合に対し昭和四八年一二月一三日から同月二〇日にかけて前記支援資金につき納入する意思のないことを申し入れていたことについては前記のとおり当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は右支援資金を含む本件臨時会費を徴収した昭和四八年一二月二〇日当時右支援資金の徴収について法律上の原因を欠くことを知つていたものと推認される。従つて、被告組合は原告らに対しそれぞれ金一二七円に対する右金員を徴収した日である昭和四八年一二月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息を支払うべき義務が発生する。
五よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(仲宗根一郎)