東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5402号 判決 1979年9月25日
原告
飯島英雄
外三五名
右原告ら三六名訴訟代理人
渡辺惇
同
吉永順作
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
飯田務
外二名
主文
一 被告は原告長坂梅子及び原告根本晴美の両名に対し別紙土地目録記載(27)の宅地を引渡せ。
二 右原告両名を除くその余の原告らの各主位的請求(建物収去、土地明渡請求)を棄却する。
三 (予備的請求に基き)
(一) 被告は、当該原告から各金二〇万六二三二円の支払を受けるのと引換えに、
原告唐沢利夫に対し別紙建物目録記載(1)の建物につき
原告伊藤範次に対し同(5)の建物につき
原告山田豊彦に対し同(6)の建物につき
原告高橋正一に対し同(7)の建物につき
原告飯島英雄に対し同(8)の建物につき
原告池野勇治に対し同(13)の建物につき
原告田頭明永に対し同(14)の建物につき
原告新井田幸寿に対し同(15)の建物につき
原告長田信光に対し同(16)の建物につき
原告土屋豪に対し同(17)の建物につき
それぞれ所有権移転登記手続をせよ。
(二) 被告は、当該原告から各金一五万四七〇〇円の支払を受けるのと引換えに、
原告斉藤幸之助に対し同目録記載(2)の(イ)の建物につき
原告坂井節三郎に対し同(2)の(ロ)の建物につき
原告中沢達夫に対し同(3)の(イ)の建物につき
原告小林清に対し同(3)の(ロ)の建物につき
原告本間礼に対し同(4)の(イ)の建物につき
原告福田稔に対し同(9)の(イ)の建物につき
原告布川良子に対し同(9)の(ロ)の建物につき
原告神谷啓文に対し同(10)の(イ)の建物につき
原告広瀬英昭に対し同(10)の(ロ)の建物につき
原告中野徹也に対し同の(イ)の建物につき
原告竹下博に対し同(11)の(ロ)の建物につき
原告森田一郎に対し同(12)の(イ)の建物につき
原告宮沢義家に対し同(12)の(ロ)の建物につき
原告山本昭に対し同(18)の(イ)の建物につき
原告市川第七郎に対し同(18)の(ロ)の建物につき
原告吉田輝稔に対し同(20)の(イ)の建物につき
原告広井辰吉に対し同(20)の(ロ)の建物につき
原告小峰三郎に対し同(21)の(イ)の建物につき
原告北見正義に対し同(21)の(ロ)の建物につき
それぞれ同目録記載の現況に従い更正登記及び区分登記をしたうえ所有権移転登記手続をせよ。
(三) 被告は原告竹井アキ子、原告竹井潔、原告竹井実及び原告竹井浩の四名に対し、金一五万四七〇〇円の支払を受けるのと引換えに、同目録(4)の(ロ)の建物につき、同目録(4)記載の現況に従い更正登記及び区分登記をしたうえ所有権移転登記手続(共有持分原告アキ子九分の三、原告潔、原告実及び原告浩各九分の二)をせよ。
(四) 被告は原告菅谷香に対し、金一五万四七〇〇円の支払を受けるのと引換えに、同目録記載(19)の建物につき、同記載の現況に従い更正登記をしたうえ所有権移転登記手続をせよ。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者双方の申立
一 原告長坂梅子及び原告根本晴美の求める裁判
(一) 主文第一及び四項同旨
(二) 仮執行の宣言
二 その他の原告らの求める裁判
(一) 主位的請求
被告は別紙建物目録記載の敷地所有者たる当該各原告に対し、それぞれ当該建物を収去して各敷地たる別紙土地目録記載の当該各土地を明渡せ。
(二) 予備的請求
主文第三項の(一)ないし(四)同旨
(三) 主文第四項同旨
(四) 主位的請求につき仮執行の宣言
三 被告の求める裁判
(一) 原告らの各請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二 当事者双方の主張
一 原告ら代理人は、請求の原因及び被告主張に対する答弁として次のとおり述べた。
(一) 原告らは別紙土地目録記載(1)ないし(32)の各土地を同目録記載のとおりそれぞれ所有している。(原告竹井四名の共有持分は原告アキ子九分の三、原告潔、原告実及び原告浩各九分の二であり、原告長坂梅子と原告根本晴美との共有持分は前者が三分の一、後者が三分の二である。)
(二) 被告は、同目録記載(1)ないし(26)及び(28)ないし(32)の各土地上に別紙建物目録記載(1)ないし(21)の各建物を所有して右各土地をそれぞれ占有し、別紙土地目録記載(27)の土地を空地のまま周囲を鉄線で囲つて占有している。
(三) 被告の右各占有はなんらの権原にも基かないものであるから、原告らの土地所有権に基き、原告長坂及び原告根本は前記所有地の引渡を求め、その他の原告らはそれぞれ地上建物収去及び前記各所有地の明渡を求めるものである。
(四) 被告の答弁(二)項の事実は認める。
被告主張の土地賃貸借契約は昭和四九年五月三一日限りで賃貸期間満了により終了した。
(五) 被告の答弁(三)項中、原告中野徹也が被告から「唐沢利夫外三一名代理兼中野徹也殿」宛の昭和四九年五月二日付書面による更新請求を右期間満了直前に受領したこと及び期間満了後も引続き被告が本件各土地の占有使用(ただし原告長坂、根本共有地については空地のまま占有)していることは認めるが、その余の事実は否認する。
原告中野には他の原告らのため更新請求を受領する代理権限はないから他の原告らに対しては更新請求は存しない。
(六) (原告長坂、根本関係)
原告長坂及び根本共有地((27)の土地)上に被告が所有し同原告らが賃借居住していた都営住宅は失火により昭和四七年五月二六日焼失したが、それ以来右土地は建物が建設されることなく空地のまま被告に占有されて昭和四九年五月三一日限り賃貸借期間が満了した。
したがつて、同原告らと被告との間の右土地賃貸借契約は右同日限り終了した。
(七) 原告らは、右同日の賃貸期間満了に先立つ昭和四八年一〇月一六日弁護士渡辺惇を代理人として、あらかじめ被告に対し、右期間満了に当たり更新請求には応ぜず拒絶する旨の内容証明郵便を発し、右更新拒絶通告の郵便は翌日被告に到達した。
そして原告中野が前記更新請求の書面を受領して間もなく賃貸期間が満了した後、原告らの代理人弁護士渡辺惇は被告に対し、昭和四九年六月八日付同月一〇日到達の書面をもつて、更新を拒絶するとともに被告の土地使用継続につき異議を述べた。
(八) 本件各建物は、もと訴外川端雄太郎所有の本件土地上に被告が都営住宅として昭和二四年に建設した木造平家建三四戸の建物で構成する前野町第四都営住宅のうち、前記焼失建物ほか二戸を除く建物であるところ、これをそれぞれ別紙建物目録記載の当該敷地所有者たる原告(左記のとおり一部原告らの場合はその親族)が被告から賃借して入居した。ただし、原告長田信光は建設当初からでなく途中から賃借入居した。
記
原告(甲) 賃借人(乙) (甲)・(乙)
神谷啓文 神谷能弘 二男・父
北見正義 (亡)北見キミ 三男・母
小林清 (亡)小林市郎 養子・養父
坂井節三郎 坂井徳三郎 甥・父方の叔父
竹井アキ子 (亡)竹井一元 妻・夫
竹井潔、実、浩 同右 長、二、三男・父
新井田幸寿 新井田幸男 長男・父
布川良子 布川ハナエ 養女・養母
広瀬英昭 広瀬武雄 長男・父
福田稔 福田昇造 二男・父
山本昭 (亡)山本ワカ 二男・母
(九) 昭和三〇年代に入りこの種都営住宅について払下分譲の気運がおこり、昭和三五、六年頃までは老朽化した都営住宅は逐次居住者に払下げられていた。
そこで原告ら(一部は前記のとおり親族)居住者もまた本件各建物の払下げを希望し再三にわたり払下げを求めて被告に陳情したところ、これに対し昭和三六年二月、当時の被告住宅局長武富巳一郎は、居住者各人が個別に建物敷地を地主川端から譲り受けて地主となつた場合には被告から敷地所有者に住宅を払下げる旨約束した。
そのため原告らは、被告東京都職員の協力を得て川端との間において本件各土地の買受け交渉を続けた結果、昭和三九年一〇月交渉成立してそれぞれ当該本件各土地を買受け敷地賃貸人の地位を取得するに至つた。
ところが、右土地取得後原告らが払下げを請求したのに対し、持家促進政策から見ても地上建物に居住する敷地所有者に該建物の所有権を取得させるのが相当であるのに、被告は、前記約束に反し、住宅政策の転換を理由として建物払下請求に応じない背信行為に出た。
(一〇) 本件各建物は昭和二四年建築のバラツク建の木造建物で、広さも一棟二戸建は六畳、四畳半の二室と台所のみ、一戸建は右に四畳半一室を加えるのみの構造で甚だ狭隘であり、前記土地賃貸期間満了時には建築後二五年を経過して土台、柱、屋根等の朽廃も進み建具等も傷み老朽化著しく、日常生活に支障を来すほどになりその都度居住者がみずから応急修理を施して凌いできたものであり(また、二戸建住宅は修理も困難でプライバシーの確保も十分でない)、すでに建て替えの時期が到来している。
(一一) 本件各建物は原告ら自身または家族が居住しており、原告らはすでに本件各土地を自己使用していると同様の実態にあるが、右のような本件各建物の状況のため、これら居住建物を改築する必要に迫られ、それぞれ敷地である本件各土地の返還を受けて自己使用すべき強い必要性がある。なお、一部の原告らに存する個別の特殊な事情は次のとおりである。(被告の答弁(九)項中(1)ないし(6)の各事実は認める。)
(1) 原告飯島英雄の場合
同原告夫婦のほか長女夫婦とその子一名の二家族が同居し手狭で早急な改築を要する。
(2) 原告池野勇治の場合
妻とともに本件建物に居住してきたが、長男が外国勤務となつたため同原告のみ一時的に長男宅の留守番に赴いている。しかし将来は本件建物を改築して居住する計画である。
(3) 原告伊藤範次の場合
妻とともに居住してきたが老令に達し本件建物を改築して子供達家族と同居する必要がある。
(4) 原告神谷啓文の場合
本件建物には同原告の両親が引続き居住してきたもので、同原告は結婚して夫婦で右両親と同居し後に他に別居したが、父母が老令のため改築して同居する必要がある。
(5) 原告北見正義の場合
本件建物には原告夫婦のほか実母キミ、その次女王宮秀子とその子が居住してきたもので手狭のため早急な改築を要する。
(6) 原告坂井節三郎の場合
同原告は昭和三七年一一月二九日被告から建物賃借人である叔父坂井徳三郎との同居の許可を得て本件建物に同居し、その後徳三郎夫婦が病気のため転居し同原告が引続き居住し、後に妻和子の実父母菅谷和一夫婦が居住するようになつたが、同夫婦が老令に達したため同原告夫婦の同居を希望しいる。
(7) 原告田頭明永の場合
本件建物に居住する同原告は老令に達し、すでに独立別居した子供達を同居させるため早急に改築する必要がある。
(8) 原告中沢達夫の場合
同原告は居住していないが養子中沢啓子を本件建物に居住させているので、賃貸借終了に関する正当事由の関係では同原告自身が居住しているのと変るところはない。
(9) 原告長田信光及び原告中野徹也の場合
同原告らは老令に達し、それぞれ子供達夫婦と同居するため早急な改築を要する。
(10) 原告新井田幸寿の場合
本件建物には同原告の両親が引続き居住し、同原告は結婚して他に別居したが、父母と同居するためには手狭で早急に改築を要する。
(11) 原告広瀬英昭の場合
本件建物には同原告の両親が引続き居住し、同原告は結婚して他に別居したが、父武雄が老令に達し同居を必要としており、そのためには改築を要する。
(12) 原告福田稔の場合
本件建物に同原告と同居していた父昇造は、同原告が結婚して手狭となつたため、他の子供達の家をめぐり歩いているが、同原告は老令の昇造を引取り同居するために改築が必要である。
(13) 原告山田豊彦の場合
本件建物には同原告及び長女のほか次女夫婦と子一名が同居しており、早急な改築を要する。
(一二) 被告が主張する被告借地権維持の必要性は抽象的な一般論であり、被告が本件各建物を今後も相当期間都営住宅として継続使用するとすれば、建物の現状からしてその具体的使用者は原告ら以外には考えられず、他に新たな入居者を求めることはありえない。また本件土地は全体で約一五〇〇坪の面積しかなく、高層住宅を建設して住宅数を増加させることは不可能であるのみならず、周囲の環境も高層建築を許さないものである。
被告主張の不燃性の高層住宅建設は、普通建物所有を目的とする本件各土地の賃貸借契約に違反するものであり、その建設の必要をもつて契約更新の事由とすることはできないし、その建設のために、建物払下げの約束実行を期待して敷地を買受けこれをきわめて低廉な地代で被告に提供している原告らを本件各建物から追い出すのも不当である。
また、大地主からの一括借用が殆んどである他の民有借地の契約更新への影響は、本件とは法的には全く無関係であり、土地の賃貸借契約においては個々の契約毎に更新の是非を各別に判定すべきものである。
(一三) 被告主張の建物買取請求における買取代金額となる本件各建物の時価は全部認める。
(一四) 被告の建物買取請求が認められて本件各建物の所有権を当該敷地賃貸人たる原告らが取得した場合の予備的請求として、原告ら(原告長坂及び根本を除く)は被告に対し、本件各建物につき(一部建物については別紙建物目録記載の現況に従う更正登記、区分登記手続をしたうえ)それぞれ被告主張の買取代金額の支払と引換えに所有権移転登記手続をするよう求めるものである。
二 被告代理人は答弁として次のとおり述べた。
(一) 原告ら主張の請求原因(一)及び(二)項の各事実は認める。
(二) 本件各土地はもと訴外川端雄太郎所有の板橋区志村前野町四〇六番宅地一五五四坪三合の一筆の土地の一部であつたが、被告は、昭和二四年六月一日これを川端から東京都営住宅建設所有を目的とし賃貸期間二五年の約で賃借し、同年中に本件各建物及び(原告長坂、根本共有土地上の)焼失前の建物を建設所有するに至つた。
その後、原告ら(ただし、原告竹井四名については被相続人竹井一元、原告長坂、根本については被相続人長坂文男)は、本件各土地の所有権を川端から買受け取得して土地賃貸人となり、被告との間において昭和四九年五月三一日までの残存期間の賃貸借につき当事者等変更の更改契約をした。
(三) 前記賃貸借期間の満了に先立ち、被告は原告本人兼他の原告らの代理人中野徹也に対し昭和四九年五月三日到達の内容証明郵便をもつて、賃貸借の更新を請求し、期間満了後も引き続き本件各土地の占有使用を継続している。
前記更改契約の締結に当たり、原告中野以外の原告らは原告中野に対し、更新請求の意思表示の受領等更新に関する事項の代理権限を含む契約更改及び賃料受領に関する代理権限を授与していた。
(四) 原告ら主張(六)項の各事実は認める。
しかし、原告長坂及び根本両名居住建物の焼失は風呂釜の過熱によるものであるが、同原告らは、かかる重大な事故をひき起こしながら未だに被告に対し損害を賠償することなく放置し、被告が高層住宅建設の目的で本件各土地を買収すべく原告ら側代表(原告中野ら)と交渉のため(27)の土地上の住宅再建を差し控えているうち賃貸借期間が満了したのを奇貨として、契約の更新を拒絶するものであり、原告長坂、根本の契約終了の主張は不合理きわまりなく著しく社会正義に反するから権利の乱用である。
もし右原告両名の主張が認められるならば、本件と同様の契約関係にある二〇〇〇有余戸の都営住宅の入居者からも類似の不合理な行為を招来するおそれがある。
(五) 原告ら主張(七)項の各事実は認める。
(六) 同(八)項の事実は、原告長田関係を除き、認める。同原告は、もと賃貸人訴外橋本真松が昭和四一年一月被告に本件建物返還の届出をして退去した後、被告の入居許可を得ることなく右建物を占有、使用している不正入居者である。
なお、原告池野勇治は、昭和四三年九月七日保谷市に転出し七年余り他に居住しているものであるから、その後たまたま家族が居住したとしても、同原告は建物使用権を放棄し賃借人でなくなつたものというべきであり、原告竹井四名は賃借人竹井一元死亡後被告に対する建物使用権の承継手続をしていないから建物賃借人ではない。
(七) 原告ら主張(九)項の事実中、昭和三五、六年頃までは老朽化した都営住宅が逐次居住者に払下げられていたこと、原告らから本件各建物の払下げを求める陳情を受けたこと、原告らが川端から敷地である本件各土地を買受け土地賃貸人が地位を取得したこと、被告が住宅政策の転換を理由として原告らの建物払下請求に応じなかつたことは、いずれも認めるが、被告住宅局長武富巳一郎が原告ら主張の約束をしたことは否認する。原告らの土地取得交渉の経緯は知らない。法的主張は争う。
かつて公営賃貸住宅の一部が居住者らに払下げられたことがあつたのは、終戦直後に建設された木造の公営住宅は資材不足時に応急的に建設されたため資材、工法等粗悪なものが多く、これらについては居住者に分譲するのが管理運営上適切と認められたためであり、被告も、政府の通達もあつて、昭和二七年七月に東京都住宅分譲条例を制定し、この種の都営住宅を居住者らに分譲処分したのである。
この分譲の対象は、昭和二〇年度から同二三年度までに建設された木造住宅に限定され、ただし、昭和二四年度以降建設の木造住宅についても災害公営住宅その他特殊の事情がある場合で建設大臣の譲渡承認があつた場合に限り分譲の対象とすることができた。
しかるに、その後建設省は、昭和二八年三月二日付適達をもつて、特に市街地にある住宅団地について土地の高度利用及び都市不燃化の面から高層の共同住宅に建替えることが考慮される旨の分譲処分抑制の方針を示達した。
被告においても、その頃から日毎に活溌化してきた居住者らの分譲促進運動に対処し分譲事業の適正な運営を図るため、東京都建築局(後に住宅局となる)内に「払下げ協議会」(その後昭和三五年一〇月に「東京都営住宅処理委員会」と改組)という諮問機関を設置して分譲候補団地の選定等の事務処理に当たらせた。
分譲処分の手続は、払下団地を選定して決定した原案を東京都営住宅処理委員会、東京都財産価額審議会、東京都公有財産運用委員会への各諮問を経て東京都知事が分譲を決定し、建設大臣の承認手続を経たうえ、居住者らと個別に分譲契約を締結するのである。
しかし、昭和三〇年代に入り、首都圏整備事業と都市計画事業が軌道に乗り、これら事業の一環として、公営住宅については一切分譲処分をしないことと方針が変更され、被告は昭和三九年四月一日付で東京都営住宅分譲条例を廃止し、既決定分の残務整理を除き、分譲処分を停止した。
本件各建物は、昭和二四年度建設の木造一般都営住宅であつて、災害公営住宅その他特殊な事情ある場合に該当せず、本来分譲の対象外のものであり、「払下げ協議会」あるいは「東京都営住宅処理委員会」の議を経て分譲候補団地として選定されたことも所定の分譲処分手続がとられたこともなかつたから、武富住宅局長が原告ら主張の払下げ約束をしたことはありえない。
(八) 原告ら主張(一〇)項の事実中、本件各建物が昭和二四年に建設された主張の構造の木造建物であることは認めるが、その余は争う。
本件各建物は、部分的な補修を加えれば、さらに一〇年余は使用に耐えられる状態にあり、必要な補修を加える予定である。
(九) 原告ら主張第(一一)項の事実中、原告池野勇治、神谷啓文、坂井節三郎、中沢達夫、新井田幸寿及び広瀬英昭が自身では本件各建物に居住していないこと、その他の原告らが当該本件建物にそれぞれ居住していること、原告飯島英雄及び山田豊彦方では親子二世代の夫婦が同居していることは認めるが、他の家庭事情は不知、ただし、原告池野夫婦は昭和四三年九月七日保谷市に転出し、その長男の外国勤務は昭和四七年一〇月二六日以降のことである。原告ら自己使用のため明渡の必要あることは否認する。
原告らのうち本件各建物に居住している者については敷地自己使用の必要性は事実上充たされており、次のとおり原告六名については自己使用の必要性はない。
(1) 原告池野勇治は、保谷市に四〇坪の土地を所有し長男所有の三八坪の土地を併せた地上に四八坪の建物を右長男と共有し同原告ら居住している。
(2) 原告神谷啓文は、板橋区高島平に75.78平方米のマンシヨンを所有して居住している。
(3) 原告坂井節三郎は、小金井市中町二丁目に170.22平方米の土地を所有し、その地上に121.31平方米の建物を所有して居住している。
(4) 原告中沢達夫は、川越市に176.23平方メートルの土地を所有し、その地上に113.44平方メートルの建物を所有して居住している。
(5) 原告新井田幸寿は、武蔵野市吉祥寺北町四丁目に54.57平方米のマンシヨンを所有して居住している。
(6) 原告広瀬英昭は、中野区上鷺宮四丁目に一三二平方米の土地を広瀬武雄と共有し、その地上に117.37平方メートルの建物を訴外広瀬泰代と共有して居住している。
(一〇) 本件各土地賃貸借は、住宅に困窮する一般の低額所得者の住宅需要を充たし低廉な家賃で賃貸するため設置される都営住宅所有を目的とする高度の公益目的を有する賃貸借であり、被告は営利の目的で建物を賃貸しているものではない。
都営住宅である本件各建物は、公営住宅法、東京都営住宅条例により、広く入居資格ある一般都民の利用に常時供すべき性質のものであつて、原告ら居住者が一定の収入基準を超える収入を得ることとなつた場合には賃借建物を被告に明渡すよう努力する義務を負い、このうちさらに一定の収入基準を超えるものについては東京都知事から明渡請求を受けたときは明渡義務を負うことになり、被告は、右明渡を受けたならば、これを資格ある新規入居希望者に賃貸しなければならない。都内における住宅事情はきわめて逼迫し深刻化していて本件各建物が属する第一種都営住宅の新規・空家募集における競争率はきわめて高率であり、原告らの請求に応ずるときは、原告らの個人的利益のために多数の入居希望者から入居の機会を奪うことになる。
被告は、住宅建設適地としての用地のストツクが殆んど底をつき、極度の都営住宅用地取得難に直面しているため、本件のような民有借地については、極力買収し、買収に応じない土地は更新を求めて引続き借地し、その土地上の木造都営住宅は将来高層の共同住宅に建替え土地の立体的効率的利用と都市不燃化の促進を図る方針で関係地主と交渉し団地を買収してきているものである。都内にある民有借地上の都営住宅は昭和五〇年一月一日現在で九四団地二〇七八戸に及んでおり借地期間満了の時期が続々と迫つており、仮に本件各土地について借地契約の更新が認められないことになれば、先例となつて被告の住宅対策事業に重大な障害を及ぼすおそれがある。なお、本件土地の面積が全体として約一五〇〇坪であることは認める。
よつて、更新異議は正当の事由がなく、被告は本件各土地を原告らに返還することはできない。
(一一) 仮に本件各土地の賃貸期間満了により被告の借地権が消滅したと認められるならば、被告は本件訴訟において予備的に本件各建物をそれぞれ時価をもつて買取るよう原告ら(原告長坂及び根本を除く)に対し請求する(昭和五二年八月九日本件第二一回口頭弁論期日に陳述)。
右建物の買取代金額となるべき時価は、別紙建物目録記載(1)、(5)、(6)、(7)、(8)、(13)、(14)、(15)、(16)、及び(17)の各建物については、いずれも金二〇万六二三二円であり、その他の各建物については一戸毎にいずれも金一五万四七〇〇円である。
よつて、被告は右代金の支払があるまで当該建物につき留置権を行使する。
第三 証拠関係<省略>
理由
一原告ら主張(一)、(二)項の各事実、被告答弁(二)項の事実、同(三)項中主張の頃主張の更新請求書面到達及び賃貸期間満了後の占有使用継続(原告長坂、根本共有地については空地のまま占有)の事実、原告ら主張(六)、(七)項の各事実、同(八)項中原告長田の関係を除くその余の事実、同(九)項中、昭三五、六年頃までは老朽化した都営住宅が逐次居住者に払下げられていたこと、原告らから被告東京都に対し本件各建物の払下げが陳情されてきたこと、原告らが前所有者川端雄太郎から本件各土地を買受け被告に対する土地賃貸人の地位を承継したこと、被告は住宅政策転換を理由として原告らの本件各建物払下げの請求に応じなかつたこと、原告ら主張(一〇)項中本件各建物が昭和二四年に建設された主張の構造の木造建物であること、同(一一)項中、原告池野、神谷、坂井、中沢、新井田及び広瀬の六名を除くその余の原告らが当該本件各建物に自身で居住し、原告飯島及び山田方では親子二世代の夫婦が同居していること、被告答弁(九)項中(1)ないし(6)の各事実、本件土地の面積が全体として約一五〇〇坪であること、被告の建物買取請求の代金額となるべき本件各建物の時価が被告主張のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。
二原告長坂及び根本両名共有の別紙土地目録記載(27)の土地に係る賃貸人右原告両名(被相続人亡長坂文男承継人)と賃借人被告との間の建物所有を目的とする本件賃貸借については、同土地上に被告が所有していた木造都営住宅が失火により昭和四七年五月二六日焼失して地上建物が存在しなくなり空地のまま昭和四九年五月三一日限り賃貸期間が満了して契約が終了したものであることは当事者間に争いがないところであり、被告は同原告らが右契約終了を主張することは権利の乱用である旨抗弁する。
しかし、被告が主張する同原告らの被告に対する建物焼失による損害賠償の問題は、別個に解決されるべき法律問題であり、また、被告は、右建物焼失以来賃貸期間満了までの二年間(及びその後も)右土地の周囲を鉄線で囲つて占有を続けながら、建築を原告らから妨害されたわけでもないのに、地上建物を再建することなく空地のまま放置していたのであり、その理由は、被告の主張によれば、右土地を他の原告ら所有の前野町第四都営住宅敷地三一戸分とともに買収すべく地主ら代表と交渉するため再建を差し控えていたというのであるが、右買収交渉が具体的になされたことの形跡は証拠上全く認められず、後記認定の同都営住宅居住者らの強い住宅払下げの希望と要求が続いていたことからして、もともと右買収交渉はその成立自体が殆んど実現不可能と見込まれるものであつたことを考えれば、前示借地契約終了は被告が権利の保全を怠り自ら招いた結果であるということができる。
また、前記建物焼失の原因が失火である以上、本件契約終了を主張することが同様の失火を招来するという被告主張の事態もありえない道理である。
よつて、前記原告両名の土地賃貸借終了の主張をもつて権利乱用と目すべき理由はなく、他に被告の前記土地占有の正当権原につき主張立証のない本件においては、被告は右原告両名に対し本件(27)の土地を引渡すべき義務があり、その履行を求める本訴請求は理由がある。
三その他の原告ら所有の本件各土地の賃貸借について、昭和四九年五月に被告が原告中野に対し同原告を他の原告らの代理人と表示してなした賃貸借更新請求に関し、右代理受領権限の有無につき争いがあるが、被告は同年六月一日賃貸期間満了以後も引続き地上建物(都営住宅)を所有することにより土地の使用を継続し、また、右更新請求は期間満了の直前になされたものであり、原告らは被告に対し、右請求前に更新拒絶を通告し、かつ、期間満了後遅滞なく同月一〇日に右更新請求及び使用継続につき異議を述べているのであるから、前記代理受領権限の有無にかかわらず、被告主張の更新の成否は、結局更新及び使用継続に対する原告らの異議についての正当事由の有無にかかるものであり、右受領代理権に関する争点については判断を要しない。
四<証拠>を総合すると、次の各事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
原告ら(一部は親族)の本件各建物賃借入居(原告長田については賃貸借の成立に争いがあり、入居の経緯は後記のとおり)の時期については、原告飯島、斉藤、山田、森田及び長田は本件各土地買受けと前後して入居したほか、他の原告らは、すでに昭和二四年民有借地上に本件各建物が木造平家建都営住宅として(一棟二戸建は六畳、四畳半各一室と台所、玄関、便所の構造で、二戸建は右に四畳半一室を加える構造で)建設されて間もなく入居した。
本件各建物三一戸を含む三四戸の前野町第四都営住宅居住者らは、昭和二六年頃から「都営住宅分譲対策委員会」なる居住者機関(委員長は原告中野徹也)を作り、被告東京都から右住宅の払下げを受けるべく被告に陳情するなど運動をしてきたところ、昭和二二、三年度に被告が同じ板橋区前野町内に地主川端雄太郎所有地を賃借して建設した前野町第一都営住宅及び第二都営住宅について、被告が川端から敷地を買収のうえ土地建物ともに居住者に分譲したこともあつて、第四都営住宅居住者らは、払下げ実現に強い希望と期待をもつて、都営住宅関係所管の被告東京都住宅局との折衝を続けた。
終戦後昭和二三年度以前に建設された木造公営住宅は、材質も粗悪で主として財政上の理由もあつて、遂次居住者らに払下げられてきたところ、昭和二九年一一月建設省住宅局長から各都道府県知事宛に「昭和二四年度以降建設の木造住宅については、災害公営住宅その他特殊な事情による場合以外は、譲渡処分を承認しない方針である。」との趣旨の通達がなされたが、被告東京都は同年度以降建設分もできるだけ居住者に払下げをする方針をとり、昭和三六年に原告中野ら居住者代表が当時の被告住宅局長武富巳一郎と会見して本件各建物の払下げを求めて熱心に陳情したのに対し、武富住宅局長以下同局では、なるべく右居住者らの希望に添つて払下げに努力する態度をかため、円満に払下げを実現する意思を有していた同局長は原告中野ら居住者代表に対し「被告が地主から敷地を買収して住宅とともに居住者に払下げる従来の方法は採れないが、第四都営住宅居住者全員がまとまつて払下げを希望し、かつ、それぞれの敷地を地主から買受け所有者となつたならば、被告は地上建物を敷地所有者に払下げざるを得なくなるので、右敷地買受けが実現したならば払下げ手続を進める。」旨表明した。
右のように住宅敷地を居住者各人が個別に買受け取得し、被告に対する関係で地上建物賃借人であると同時に敷地の賃貸人となる特殊の関係になつた場合には、前年の昭和二三年度建設分とくらべて比較的良好とはいえ格段に優良な材質の住宅であるとはいえず当時すでに建設後一〇数年を経過し全体で約一五〇〇坪の敷地も都営住宅としては狭い部類に属する本件都営住宅については、早くから払下げ分譲の陳情がなされてきたことでもあり、前記通達にいう特殊な事情による場合として分譲処分について建設省の承認を受けることは十分可能な場合であると判断され(武富住宅局長もそのように考えたものと思われる。)また当時は居住者らが敷地を取得した場合、被告住宅局から関係の被告他部局や建設省の担当者らに事前に説明し根回しをして手続を進めることにより円滑に払下げが実現できる見込でもあつた。
そのため、被告住宅局では管理部職員須賀英夫を地主川端方に派遣し川端に対し、本件各建物を居住者に払下げる予定なのでこれを容易にするため居住者に敷地を売渡されたい旨の説明と要請をさせて居住者らの川端説得に協力した。川端は、本件土地が祖先伝来の土地であるため当初売渡しを渋つたが、結局第四都営住宅の敷地全部を売買することを条件として売渡しを承諾した結果、原告らが本件各土地を取得するに至つた。
その際、三四戸の居住者のうち(原告飯島、斉藤、山田、森田及び長田が後に入居した)五戸の前居住者だけが払下げを希望しないこととなつたため、原告中野ら前記居住者機関役員と被告住宅局担当者とが相談して付近にある他の都営住宅団地居住者で払下げを希望する者と右五戸の前記居住者とを住宅の交換入居をさせることとし、前記原告五名中原告長田以外の四名が被告との正規の入居契約手続を経て他の都営住宅団地から当該本件各建物に移転入居し払下希望居住者として参加した。残る一戸分だけは払下げのための交換入居希望者がなかつたため、原告中野ら役員と住宅局担当課長とが相談のうえ、原告中野の知人で都営住宅居住者でなかつた原告長田を入居させることとし、右入居については被告は正規の入居契約を結ばないで払下分譲により全面的に解決するまで入居を黙認し払下げ実現時までの当該住宅の家賃相当額の支払については居住者代表たる原告中野が責任をもつことと協定した。原告中野から右の状態での入居を求められた原告長田は、入居住宅の払下げを受けられるものと信じて承諾し、他の原告らと同時に地主川端から敷地を買受けるとともに本件住宅に入居した。右の事情から正規の入居契約のない原告長田の居住について被告からなんら苦情もなく経過してきた。
このようにして居住者らが地上建物の払下げを受けるため地主川端から敷地を取得するに当たり、一部居住者は、将来の扶養や相続の関係を考慮し自身で取得せず代つて子(原告神谷、北見、小林、新井田、布川、広瀬、福田及び山本)や甥(原告坂井、同原告は賃借人叔父徳三郎の養子となる予定で被告から同居許可を受けて居住していた)をして買受け取得させたものであり、原告池野、神谷、坂井、中沢、新井田及び広瀬以外の各原告は本件土地取得及び賃貸期間満了の前後を通じてそれぞれ当該本件建物に居住を続けてきたもので、原告広瀬は右期間満了後まで居住していたが同居の父母(父は建物賃借人)のもとから独立して別居転出した後も父母が居住を続け、原告神谷の場合は父母(父は建物賃借人)が、原告新井田の場合は父母姉妹(前同)が、原告坂井の場合は妻の父母(父は病身で同原告が面倒を見なければならない)がそれぞれ居住を続けてきた。(なお、原告中沢の場合、現在同原告が居住していないことは争いがなく、養子中沢啓子が居住している旨の原告ら主張の事実は明らかに被告において争わないところであるが、もともとの居住者である同原告が何時転出したかを判断しうる証拠はない。)
原告池野は、昭和四四年に転居して本件都営住宅には親類の者を居住させ昭和四六年からは知人を留守番代りに居住させている。
前記払下げを希望せず転出した前居住者の中には転出がおくれた者があつて前記居住者機関の役員の共有名義で川端から買受けた敷地もあり、原告ら全員が敷地所有者として出揃つた段階では、すでに武富住宅局長は退職し、昭和三七年三月に制定された払下分譲の手続等を定める東京都営住宅分譲条例も廃止されており、被告においては、方針を転換して都営住宅の払下げをしないこととなつていたことから、原告らの払下げ要請に応じないまま時日が経過し土地賃貸借の期間満了を迎えるに至つた。
本件各建物は、建設後三〇年近く経過した昭和五二、三年頃には、それまでに補修のほか多かれ少なかれ居住者により浴室、居住室等の増築が加えられてきたが、屋根、土台その他の部材の傷みが激しく、床のゆるみ、柱と壁との間の隙間、強雨時の雨漏りなどが生じている状態となり、原告ら居住者は生活上の不便を忍びつつ将来の改築に希望をかけてきた。(土地賃貸期間満了の昭和四九年五、六月当時においても、建築年次が古い昭和二四年建設の低家賃公営住宅でもあり、建設後二五年を経て本件各建物は相当に老朽化し、またその間取りやことに別紙建物目録記載(2)ないし(4)、(9)ないし(12)、(18)、(20)及び(21)の各(イ)(ロ)が二戸建住宅((19)も二戸建であつたが、他の一戸分は前記のとおり焼失)である関係で、社会生活の発展した昭和四九年当時の質的住宅需要に合致しない状況になつていたものと推認される。また被告自身も不燃性高層住宅への建て替えを考えている旨主張するところである。)
五以上の事実によれば、被告が本件各建物の払下げをすることを期待させ、かつ、協力して、居住者(一部は親族)である原告らをしてその敷地を買受け取得させながら、原告らの信頼を裏切つて払下げを実行しなかつた結果、地上建物の賃借人が同時に敷地の賃貸人となる関係(親族が買受けた場合にも、実質的には、これと同視できる関係)が存続するに至つたものであり、前示の事情により信義の上から、被告は事実上も法的にも原告らに対し都営住宅としての入居資格を厳格に適用して合致しない者に建物明渡しを請求することは不可能となつたものと判断することができ、これにより本件都営住宅については、住宅に困窮する低額所得者に住宅を供給する公営住宅の本旨は有名無実に帰し、前記敷地賃貸期間満了当時すでに都営住宅としての使命を終えるに至つたものということができ、以上の諸事情のもとにおいては、被告が借地契約更新を必要として主張する不燃性高層住宅の建設は、公益目的によるものであるが、これに要する敷地の買取りまたは借地条件の変更について原告らとの合意は望むべくもなく、また建ぺい率等のため一部原告ら所有地を前庭等空地のまま使用しなければならない問題や多数地主の所有する借地上にまたがつて堅固な建物を建築する法律問題の関係で借地条件変更を求める借地非訟事件の申立もその相当性は疑問で認容される見込みはなく、被告による不燃性高層住宅の建設は殆んど実現不可能の事柄であることを考慮すれば、少数の一部原告が本件建物に居住しておらずあるいは他に住宅を所有するに至つていることを考慮しても、被告の本件各土地に関する借地契約更新請求及び使用継続に対する原告らの異議申述には正当の事由があるものと判断すべきである。
六したがつて、本件各土地賃貸借は昭和四九年五月末日限りで賃貸期満了により更新されることなく終了したものであるところ、被告は本件訴訟において昭和五二年八月九日口頭弁論期日において予備的に本件各建物の時価による買取りを当該敷地所有者たる原告各自に対し請求し、右買取り代金額となる本件各建物の時価が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがないから、右買取請求権の行使の結果、右時価額を代金額とする売買により、当該敷地所有者たる原告らはそれぞれ地上に存する当該本件各建物の所有権及び各敷地の占有を取得したものである。
<証拠>によれば、本件各建物のうち一棟二戸建の別紙建物目録(1)ないし(4)、(9)ないし(12)、(18)ないし(21)の各建物(ただし(19)の建物は他の一戸部分が焼失)の現況は同目録及び別紙各図面記載のとおりであることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
七よつて、被告に対し、所有土地の引渡しを求める原告長坂及び根本の本訴請求を正当として認容すべく、その他の原告らの本件各建物収去及び本件各土地明渡しを求める主位的請求は理由がないから失当として棄却すべく、右買取代金額の支払と引換えに本件各建物の所有権移転登記手続(前記の一部建物については更正登記、区分登記のうえ)を求める予備的請求は理由があるから正当として認容すべきものとし、民訴法八九条、九〇条、一九六条に則り、主文のとおり判決する。被告申立の仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さない。
(渡辺惺)
建物目録<省略>