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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5439号 判決 1977年5月30日

原告 新妻芳子

被告 穴水英三

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  別紙目録記載の土地につき、原告が所有権を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の申立)

本件訴を却下する。

(本案の申立)

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者である。

2  しかるに本件土地につき、被告に対し、昭和三五年四月二八日売買を原因とする同日受付第五三四二号の所有権移転登記手続がなされている。

3  よつて、原告は被告に対し、本件土地が原告の所有に属することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1項つき、原告がもと本件土地の所有者であつたことは認める。

2  第2項は認める。

三  被告の抗弁

1  本案前の抗弁

(一) 原告は、昭和三四年一〇月八日、本件土地を含む二五三坪九合七勺の土地(同年四月一三日分割前は一筆の土地であつた。)が同人の所有に属するものであるとして、被告の前所有者である訴外陳正枝、同蔡厚徳外一名を被告として東京地方裁判所に対し所有権移転登記抹消登記請求訴訟(昭和三四年(ワ)第八〇〇六号、同年(ワ)第八七四〇号)(以下「前訴」という。)を提起したが、同四〇年五月二六日、同裁判所は、右土地の所有権が原告から訴外蔡に移転し、原告にはもはや所有権がないことを認定し、原告の請求を棄却した。そこで原告は、これを不服として東京高等裁判所に控訴した(昭和四〇年(ネ)第一四八四号)が、同裁判所も右土地所有権が原告から訴外蔡に、訴外蔡から訴外陳に順次移転し、原告に所有権がないことを認定して控訴を棄却し、さらに最高裁判所も原告の上告(昭和四七年(オ)第五二〇号)を棄却し、前記高等裁判所の判決は確定するに至つた。

(二) ところで、右前訴は、本件土地を含む宅地二五三坪九合七勺の所有権に基づき、右訴外人らに対して所有権移転登記の抹消登記手続を請求するものであるところ、本訴もまた、本件土地につき原告が所有権を有することの確認を求めるものであるから、両訴の訴訟物は、いずれも本件についての原告の所有権というべきである。しかして、本訴は前訴の判決確定後に提起されたものであるから、前訴の既判力に牴触し、不適法として却下されるべきである。

(三) 仮に右主張が認められないとしても、原告は前訴において一三年間、本件土地を含む宅地二五三坪九合七勺につき所有権を主張して争い、前記(一)記載の判断がなされ、判決が確定したにもかかわらず、再び本訴において、本件土地の所有権を主張しようとするのであるから、本訴請求は同一紛争のむし返しであり、民事訴訟における信義則に反するものである。よつて、原告の請求は、訴の利益を欠き、不適法として却下されるべきである。

なお、被告は前訴提起に伴う予告登記後に本件土地を買い受けたものであるが、それは次の事情に基づくものである。すなわち、被告は、訴外陳正枝との間に、昭和三四年八月(前訴の提起前)、本件土地の売買予約をなしたが、原告および訴外新妻治郎が右訴外人に対し明渡を約束していた(被告に対しても明渡す旨述べていた。)にもかかわらず、同土地上の建物の収去、明渡をなさず、かえつて、右訴外人を相手に前訴を提起したので、被告は陳に対し同予約を解消したい旨伝えたところ、右訴外人は被告に約束の履行を強くせまり、その結果、被告は万やむなく買い受けることを余儀なくされたものである。

2  本案の抗弁

(一) 訴外蔡厚徳は、昭和三二年八月一〇日、訴外新妻治郎および同柴田七男に対する五〇〇万円の報酬債権を担保するため、原告の代理人(夫)新妻治郎から、原告所有の本件土地を譲渡担保として譲り受け、同日受付をもつて所有権移転登記手続を経由した。

(二) 訴外陳正枝は、昭和三四年四月一三日、右訴外蔡厚徳から本件土地を買い受け、同日受付をもつて所有権移転登記手続を経由した。

(三) 被告は、昭和三五年四月二八日、右訴外陳正枝から本件土地を買い受け、同日受付をもつて所有権移転登記手続を経由した。

四  抗弁に対する認否

1  本案前の抗弁に対する認否

(一) 第1項(一)の事実は争わない。

(二) 同項(二)の主張は争う。土地所有権移転登記抹消登記請求事件において敗訴しても、所有権の帰属には既判力は及ばない。

(三) 本訴において原告勝訴の判決が確定すれば、真正な登記名義の回復を登記原因として、本件土地の所有権移転登記手続申請をなすことにより、本件土地の所有権を完全に回復することができるから、本訴は、前訴の判決確定にもかかわらず、訴の利益がある。

2  本案の抗弁に対する原告の主張

(一) 被告は、訴外蔡厚徳が、その報酬債権の担保として、原告の代理人たる訴外新妻治郎から本件土地を譲渡担保として譲り受けた旨主張するが、これを争う。すなわち、

(1)  右訴外蔡の報酬債権なるものは、同人が、訴外柴田および新妻治郎らのため信用状を開設してやつたことに伴うものというが、右信用状は、現実の取引がないのに開設せられた金融取引上のものであるから、右治郎の妻たる原告所有の本件土地は融資銀行に担保として提供する必要があつたもので、これを訴外蔡に譲渡担保として提供する筈がない。仮に然らずとしても、右信用状開設の経緯からみて、訴外蔡が五〇〇万円もの高額の報酬債権を取得するいわれがなく、仮に右報酬債権を一応取得したとしても、同人は、本件土地をほしいままに右債権の担保として自己名義となし、これを銀行に提供しないことにより銀行よりの融資の実現を妨害したのであるから、右報酬債権は結局その効力を生ずるに由なく、従つてまた上記譲渡担保契約も無効のものである。

(2)  また原告は、夫治郎に対し、本件土地を他への譲渡担保に供し得る代理権を授与したことがないから、この点からしても、右担保契約は無効である。すなわち、

イ 訴外新妻治郎は、昭和三二年七月ころ、訴外柴田七男から、事業目的のために銀行に一週間程預けるだけであるから、原告所有の本件土地の登記済証、原告名義の委任状、原告の印鑑証明書を一寸貸して欲しい旨頼まれたので、これらを原告に無断で訴外柴田に交付した。

ロ 右柴田は、これを東京銀行日比谷支店に保管中、訴外蔡厚徳から一時借用の申し入れがあつたので、「これらの書類は信用状を割引するためのものであるから、絶対他目的のために悪用してはならない。」と念を押して、一時貸の目的で訴外蔡に右書類を交付したところ、同人は、昭和三二年八月一〇日、不法にも原告の承諾を得ずに、同人名義に所有権移転登記手続をなしてしまつた。したがつて、右所有権移転登記手続は無効である。

(二) 右の如く原告から訴外蔡への所有権移転登記手続が無効である以上、その後右蔡から陳、陳から被告へ至るまでの所有権移転登記手続もいずれも無効である。

第三証拠<省略>

理由

まず、本件訴の適否について判断する。

当事者間に争いのない前記第二、三、第1項(一)記載の事実、ならびに成立に争いのない乙第一ないし第三号証、第五ないし第二三号証の各一、二、第二四号証を総合し、弁論の全趣旨を参酌すれば、前訴の訴訟物は、本件土地を含む土地二五三坪九合七勺の所有権に基づく訴外蔡厚徳おび陳正枝らに対する所有権移転登記の抹消登記手続請求であり、本訴の訴訟物は、本件土地所有権に基づく被告に対する所有権確認請求であるところ、被告は右陳の後者として本件土地の所有権登記を経由したものであり、かつ本訴の目的も結局は右被告の登記の抹消(またはこれに代わる移転登記)を実現しようとする点に在ることが認められるから、実質上、右両訴は同一性を帯有するとみうること、原告は前訴において、一三年間、本件土地を含む土地二五三坪九合七勺についての所有権を主張し、その敗訴の判決が確定したにもかかわらず、再び前訴被告の後者たる本件被告に対し、本件土地の所有権の確認を求めていること、本訴における重要な争点は、原告から訴外蔡厚徳への本件土地の所有権譲渡が有効になされたか否かであるが、これは前訴においても重要な争点となり、前訴の当事者はこの点につき十分主張、立証を尽しているばかりでなく、裁判所も右の点につき十分な実質的判断をしていること、さらに被告は、前訴の第一審係属中に、本件土地の所有権移転登記手続を経由していたから、原告が前訴において本件被告に対し本訴と同一の請求をすることに何らの支障もなかつたこと、なお本訴提起時(昭和四九年七月二日)は、原告と訴外蔡厚徳間の所有権譲渡契約時から一七年間、前訴提起時からでもすでに一五年間を経過していること、などの各事実が認められる。

右の事実関係によれば、前訴と本訴は、その被告を異にし(なお本件被告は、前訴被告の「口頭弁論終結後ノ」承継人でもない)、また形式上は一応訴訟物を異にする(したがつて、前訴の既判力に牴触するとの被告の主張は理由がない。)とはいえ、本訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、原告が前訴当時本件被告をも被告として十分本訴と同一の請求および主張をなし得たと認められること、ならびに再び本訴を提起することにより原告と訴外蔡厚徳間の所有権譲渡契約に基づいて本件土地を取得した者の特定承継人の地位を不当に長く不安定な状態におくことになることをも考慮するときは、本訴は、信義則に照らし、その訴の正当な利益を有しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五一年九月三〇日判決、民集三〇巻八号一頁参照)。

なお、原告は、本訴において、原告勝訴の判決が確定すれば、真正な登記名義の回復を原因として、本件土地の所有権移転登記手続をなすことができるから、訴の利益がある旨主張するが、仮に原告の右主張が認められたとしても、前記の判断に消長をおよぼすものではない。

よつて、原告の本件訴は、その余の点を判断するまでもなく、その利益を欠くものとして不適法であるから却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男 飯田敏彦 矢崎博一)

(別紙)目録

東京都港区西麻布三丁目八番三四

一 宅地 一七八・四一平方メートル

以上

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