東京地方裁判所 昭和49年(ワ)873号 判決 1978年1月25日
原告
関東興産株式会社
被告
株式会社黒川建設
ほか一名
主文
1 被告は、原告関東興産株式会社に対し金八一万九〇一〇円、原告藤元義雄に対し金六八七万四六二八円および右各金員に対する昭和四七年九月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告関東興産株式会社に対し金一六一万九七五〇円、原告藤元義雄に対し金二六四〇万六二三〇円および右各金員に対する昭和四七年九月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 原告らの請求が認容される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 被告は東京都小金井市本町六丁目五番のマンシヨン「シヤトー小金井」建築工事を請負い、同所において基礎工事を施工していたが、その際、原告関東興産株式会社(以下「原告会社」という)は被告に対して右基礎工事に伴う鋼台組立の用等に供するためクレーン車を賃貸し、原告藤元義雄(以下「原告藤元」という)は原告会社の従業員としてクレーン車(後記本件クレーン車とは別のクレーン車、以下、「別件クレーン車」という)の運転業務に従事していた。
(二) 昭和四七年九月二日午前一一時五五分ころ、右工事現場(以下「本件工事現場」という。)で構築中の鋼台(以下「本件鋼台」という。)上において、原告会社の従業員である池村安世は同原告所有のクレーン車(車名ニツサンデイーゼル・型式4TW12SC・車体番号4TW12S1199、以下「本件クレーン車」という)を運転操作して右鋼台上に駐車中のトラツクに積載された鋼材を同鋼台下に降ろす作業(以下「本件作業」という)をなし、原告藤元は池村に対して右作業の合図をしていたところ、右クレーン車が横転したため、同原告は当該クレーン車のブームと右鋼台のH型鋼との間に右足首を挾まれ、右下肢切断の傷害を負い、それとともに、本件クレーン車は右横転により損壊するとの事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
2 本件事故の発生原因
(一) 本件鋼台は、掘削した地面にH型鋼の杭を垂直に打ち込み、これを支柱としてその上にH型鋼(以下「縦根太」という)を載せ、その上に縦根太と直角にH型鋼(以下「横根太」という)を組み、その上にさらに覆工板を敷いた構造となつていたが、横根太の一本(以下「本件横根太」という)と隣接する横根太との接続部分(以下「本件接続部分」という)が外れたため、その上に敷いてあつた覆工板が崩れ落ち、それとともに本件クレーン車が横転したものである。
(二) ところで本件鋼台組立作業のうち、H型鋼の熔接等の鍛冶工事は被告の下請業者である(有)三省興業が、またH型鋼上に覆工板を敷設する作業は同じく下請業者である高橋組がそれぞれ行なつていたものであるが、本件横根太は、本来は(有)三省興業において、縦根太との接触面は熔接して固定し、かつ本件接続部分は上下面ならびに左右側面にそれぞれあて板をあてて熔接する予定であつたところ、縦根太との二箇所の接触面のうち一方については未熔接であつたし、また本件接続部分については下面のあて板のうち片側半分は未熔接のままに、側面のあて板は左右ともあてないままにされていたのであつて、このように熔接が不完全であつたにもかかわらず、高橋組によつて本件横根太上にも覆工板が敷設されていたものである。
さらに、横根太を接続する場合には本来支柱または縦根太の上で行なうのが常識的であるのに、本件横根太は並行する二本の縦根太の中間で接続されていたし、しかも敢えてこのような位置で接続する場合には当然上方からの重力に対しては構造上脆弱になるのであるから、これを補強するために当該接続部分にあて板をあてて熔接するだけではなく、さらに熔接箇所をボルトで締めるとか、あるいはその部分にH型鋼を抱かせて熔接するとかの方法がとられるべきであるのに、これらの処置もなされていなかつた。
(三) このように、本件鋼台は、重量のある本件クレーン車(自重一九・五トン)や鋼材等の重量物を積載したトラツクが出入りして本件作業をするのに必要な強度ないし安全性を欠いており、本件事故は土地の工作物たる本件鋼台の設置保存に右のような瑕疵があつたことに起因して発生したものである。
3 被告の責任
本件鋼台は土地の工作物であり、これには前記瑕疵があつて、これにより本件事故は生じたものであるから、右鋼台の所有者若しくは占有者である被告は民法七一七条一項により原告らの蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。
4 原告らの損害
(一) 原告会社の損害
(1) 修理費 金三四万六四〇〇円
本件クレーン車の修理費用金二四〇万六六三七円から自動車車両保険より支払われた金二〇六万〇二三七円を控除した残額。
(2) 休車損害 金一〇七万三三五〇円
本件クレーン車は右修理のため昭和四七年九月二日から同年一〇月二一日までの五〇日間使用することができなかつた。そこで、本件事故がなければ得られたであろう収益費として、同年の平均水揚日額金二万八〇〇〇円から運転手日当金四七三三円および一日あたりの燃料費金一八〇〇円を控除した残額金二万一四六七円の五〇日分を請求する。
(3) 弁護士費用 金二〇万円
被告は右損害賠償債務の任意の弁済に応じないので、原告会社は原告ら訴訟代理人にその取立を委任し、着手金として金一〇万円を支払い、謝金として金一〇万円を支払う旨約した。
(二) 原告藤元の損害
(1) 入院治療費 金一三万八二〇〇円
昭和四七年九月二日から同年一一月二七日までの入院期間中の入院治療費のうち労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)より支給された金額との差額分。
(2) 付添費 金二三万三八三〇円
(3) 入院雑費 金二万六一〇〇円
一日当り金三〇〇円の割合による右入院期間八七日間の費用。
(4) 義足代 金七万三一〇〇円
(5) 逸失利益 金二〇〇〇万円
原告藤元は本件事故により右下肢切断の後遺障害を残し、右後遺障害は労災保険では等級五級と認定され、労働能力を七九パーセント喪失した。そして同原告は昭和五一年一一月原告会社が倒産したため解雇され失職するに至つた。
そこで原告藤元の昭和五二年一月一日以降同年一二月三一日までの逸失利益は、同原告の本件事故前の平均賃金月額金一一万七〇〇〇円の一年分金一四〇万四〇〇〇円と年間賞与額金一三万円との合計額金一五三万四〇〇〇円を基礎に、昭和四八年以降昭和五〇年までは毎年別表(一)のとおり各年度の産業計企業規模計全労働者による統計(賃金センサス)と各前年度の同統計から得られる賃金上昇率の賃金増加があるものとして、また昭和五一年および昭和五二年は毎年一〇パーセントの賃金増加があるものとして別表(二)の(A)のとおり計算した昭和五二年度の推定収入金額に前記労働能力喪失率七九パーセントを乗じた金額から、労災保険による昭和五二年二月支給分から同年一一月支給分までの障害補償年金受給合計額金一三六万一八八三円を控除すると別表(二)の(B)のとおり金一二七万三五八九円となる。
次に原告藤元の昭和五三年一月一日以降の逸失利益は、まず同年も昭和五二年に比較して一〇パーセントの賃金増加があるものとしてこれを基礎に、同原告は昭和五三年一月一日現在満四二歳(昭和一〇年四月三〇日生)となりその後の就労可能年数は二五年(これに相当する新ホフマン係数は一五・九四四)であるから、ホフマン方式により中間利息を控除して現価を算出するとその額は別表(三)のとおり金四六二二万一九六六円となる。
従つて、原告藤元の逸失利益の合計額は金四七四九万五五五五円となるところ、同原告は右逸失利益のうち金二〇〇〇万円の一部請求をする。
(6) 慰藉料 金五四三万五〇〇〇円
入院慰藉料として金四三万五〇〇〇円(月額金一五万円の割合による前記入院期間八七日分)および後遺障害に対する慰藉料として金五〇〇万円。
(7) 弁護士費用 金五〇万円
被告は右損害賠償債務の任意の弁済に応じないので、原告藤元は原告ら訴訟代理人にその取立てを委任し、着手金として金一〇万円を、謝金として金四〇万円を支払う旨約した。
5 結語
よつて、原告会社は被告に対し同原告の別記損害合計金一六一万九七五〇円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四七年九月二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告藤元は被告に対し同原告の前記損害合計金二六四〇万六二三〇円およびこれに対する右事故発生の日から完済に至るまで年五分の割合による右同遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1について
(一) 同(一)の事実中、被告が原告ら主張の建築工事を請負い、基礎工事を施工していた点、原告藤元が原告会社の従業員として原告ら主張の業務に従事していた点は認め、その余の点は否認する。
(二) 同(二)の事実中、池村が原告会社の従業員で本件クレーン車の運転手であつた点、原告らの主張の日時に本件工事現場で構築中の本件鋼台上で原告会社所有の本件クレーン車が横転した点は認め、その余の点は知らない。
2 同2について
(一) 同(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実中、本件接続部分について側面のあて板は左右ともあてないままにされていた点、本件横根太が並行する二本の縦根太の中間で接続されていた点は認め、その余の点は争う。
本件接続部分の上下面には電気熔接がなされていた(以下「仮熔接」という)ものである。そもそも鋼台の組立作業においては右仮熔接の段階とこれに加えて接続部分の左右側面にあて板をあてて熔接した(以下「本熔接」という)段階とに分けて作業をし、仮熔接の段階で覆工板を敷設することは通常行なわれており、従つて本件接続部分が仮熔接であつたこと自体が瑕疵となるものではない。
(三) 同(三)の事実は否認する。
3 同3の事実中、被告が本件鋼台の占有者である点は認め、その余の点は否認する。
なお、本件鋼台の所有者は株式会社サイガであり、被告は同社からこれを貸借していたものである。
4 同4について
(一) 同(一)につき
(1) 同(1)の事実は争う。
原告会社の主張する保険との差額から、修理に伴い部品が新品に取り換えられたことによる減価償却費相当額ならびに部品のスクラツプ代金はその分原告会社が利益を得たものであるから控除さるべきである。
(2) 同(2)の事実は争う。
収益費を計算する場合、タイヤ等の車両維持費、オイル等の経費も控除さるべきである。
(二) 同(二)につき
(1) 同(1)ないし(4)の事実はすべて争う。
(2) 同(5)の事実中、原告藤元が労災保険よりその主張する障害補償年金の支給を受けた点は認め、その余の点は争う。
なお、原告藤元の後遺障害による逸失利益を算定するについて同原告の主張する労働能力喪失率は一応の基準にすぎず、本件事故後収入の具体的減少がなければ右逸失利益は認められるべきではない。同原告は本件事故後、クレーン車の運転手をすることはできなくなつたものの、事務職員としては労働能力について正常人と全く差異がなく、現実に事務職員として原告会社に勤務し本件事故から一年経過後には通常の昇給率と考えられる割合で収入は上昇しているのであるから具体的な収入の減少はないというべきである。
また中間利息控除方法として原告藤元の主張するホフマン方式は不合理であるから、ライプニツツ方式によるべきである。
(3) 同(6)、(7)の事実は争う。
5 同5は争う。
三 被告の主張および抗弁
1 原告らの立場
本件事故は基礎工事としての本件鋼台組立作業中に発生したものであるが、以下に述べるように原告らも右鋼台の占有者の一員であつたものである。
即ち、原告会社は本件クレーン車を被告に対して単純に賃貸していたものではなく、その運転操作のみならず本件工事現場における鋼台の吊り上げ、設置等の操作等も全て同原告の従業員が行なつていた以上、同原告は専門業者として前記鋼台組立作業のうちクレーン車による操作部門の仕事を全て請負つていたものというべく、従つて本件鋼台の占有者の一員であつた。
そして原告藤元は原告会社の従業員であり別件クレーン車の運転手として前記鋼台組立作業の一員であつたから、本件鋼台の占有者というべきである。
2 過失相殺
仮に本件事故につき被告に責任があるとしても、本件事故発生につき原告らにも以下に述べるような過失があるので損害賠償の額を定めるにつき過失相殺がなされるべきである。
(一) 原告会社の過失
(1) クレーン車は四個のアウトリガーをもつてクレーン車および荷重を支えるものであるところ、クレーン車はその車体が重いうえに荷重によつてさらに強大な重力がかかるものであるから、クレーン車の運転手としてはアウトリガーの設置場所を定めるに際し、右設置場所の基盤の耐力等について充分注意をすべきであるし、また右設置場所についての最終的な安全確認義務はクレーン車の運転手に存するのである。
本件において、原告会社の従業員である本件クレーン車の運転手池村は、本件作業をする場合同車および荷重の重力を最も大きく受ける左側後部のアウトリガー(以下「本件アウトリガー」という)を本件鋼台において強大な重力にも耐えうる縦根太の上に設置すべきであつたのに、仮熔接したにすぎない本件接続部分上に設置し、かつ、覆工板の端寄りに設置した過失がある。なお、覆工板が根太の上に敷設されていたが、縦根太の存在する位置は根太の端が覆工板からはみ出ていることから容易に認識できるのである。
(2) 次に、池村は原告藤元と同じく本件鋼台作業の一員であり、かつ、同鋼台の占有者であつたから、当該鋼台の状況に注意し、他の作業員との連絡を密にすべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失がある。即ち、本件工事現場責任者であつた被告従業員の江崎卓身は池村に対して本件作業を開始しないよう指示して昼食にする旨を伝え、その間に本件鋼台の熔接の確認をし、本件接続部分については本熔接にする予定であつたところ、池村は右指示を無視して本件作業を開始したため、本件クレーン車の自重に鋼材の荷重が加わり本件接続部分の仮熔接が堪えられなくなつて本件事故が発生したものである。
(3) さらに、池村は、他の共同作業員との密なる協力の下に事故発生を防止し、かつ、被害の拡大を最少限に止めるべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失がある。即ち、池村は本件クレーン車のブームに鋼材を吊るした際、「コトン」という音がし、かつ池村に対して本件作業の指示・合図を担当していた田村光治が大声で警告を発し、さらに手で合図をしたのであるから、右ブームに吊り下げていた鋼材を直ちに当該ブームより外して下に降ろす操作をなし本件クレーン車にかかる鋼材の荷重をとり除くべきであつたのに、このような操作をとることなく、漫然右ブームを旋回して本件作業を継続したために本件クレーン車および荷重の重力が本件接続部分上に存する本件アウトリガーに加わる結果を招いたことが、本件事故発生の一要因である。
(二) 原告藤元の過失
(1) クレーン車のブームの作業半径内は当該ブームが倒れた場合の危険を想定して立入禁止場所とされていることはクレーン車の運転手およびクレーン車による作業に従事する者にとつて周知の事柄である。しかるに、原告藤元は別件クレーン車の運転手として本件鋼台組立作業に従事していた者であるからクレーン車による作業の危険性を充分知つていたにもかかわらず、何らの必要もないのに不用意に本件クレーン車の直近に、かつ、ブームの作業半径内に立ち入り、しかも足場の悪いところに位置していた過失がある。
(2) さらに原告藤元には田村の前記警告を聞いた後、池村に対してブームの旋回方向等について誤つた指示を与え、同人をして本件作業を継続させた過失がある。
3 原告藤元の損害の填補
本件事故により原告藤元は労災保険より昭和五二年二月支給分より同年一一月支給分まで合計金一三六万一八八三円の障害補償年金の給付を受けており、従つて昭和五三年以降も終生一年につき右金額の給付を受けることになるのであるから、これから中間利息を控除した現価を同原告の逸失利益に基づく損害額から控除すべきである。
そもそも後遺障害による逸失利益は、死亡の場合と異なつて本来なら多年にわたる定期金給付により賠償さるべきはずのものを便宜上現価に換算して一時金として算出しているものであるところ、逸失利益を定期金給付により賠償するものとするときは将来確実に給付される障害補償年金は毎年これから控除されるべきものであるから、これとの均衡上、将来給付さるべき右年金の現価を逸失利益の現価から控除しても何ら原告藤元に不利益を強いることにはならないし、むしろ衡平の理念に合致するものである。
さらに、原告藤元が右のように将来障害補償年金の給付を受けることが確実であるにもかかわらず、その現価が逸失利益の現価から控除されないとすれば、同原告は同一同質の損害について二重の填補を受ける結果となり、このようなことは衡平の理念にも違背するものである。
なお、被告はシヤトー小金井新築工事現場を事業場とし、被告が事業主として、労災保険法所定の労働保険関係を成立せしめ、被告が政府に保険料を支払つているものであり、原告藤元に支払われることが決定している障害補償年金も政府と被告との間の保険関係に基づいて給付されるものであるから本件事故はいわゆる第三者行為災害ではなく、通常の労働基準法所定の労働災害である。従つて被告は労災保険による給付がなされた場合にはその価額の限度で民法による損害賠償の責も免れることとなるのである。
四 被告の主張および抗弁に対する原告らの認否
1 同1の事実中、本件事故が基礎工事としての本件鋼台組立作業中に発生した点、原告藤元が原告会社の従業員で、かつ別件クレーン車の運転手であつた点は認め、その余の点は否認する。
本件鋼台の組立作業は被告の設計・監督・施工によるもので原告会社は被告の工事計画に基づき被告が右組立作業をする用等に供するため運転手付きでクレーン車を賃貸して被告現場責任者および被告下請業者の作業員の指示になる作業に従事していたにすぎないし、また別件クレーン車の運転手である原告藤元も全て右指示の下に機械的操作をなしていたにすぎないのであるから、原告らが本件鋼台の占有者であるということはできない。
2 同2について
(一) 同(一)につき
(1) 同(1)の事実中、池村が原告会社の従業員であり、かつ本件クレーン車の運転手である点は認め、その余の点は否認する。
元来、本件鋼台の重量に対する強度は当該鋼台の平面上どの部分においても安全性を充分備えるように設計施工されていなければならないし、実際にも荷を吊つて旋回する本件クレーン車の重力がかかり得るアウトリガーの全部を縦根太の上に設置するということは不可能であるし、このような設置方法をとつた場合、荷をおろす場所等作業の目的によつては却つて安全的確な運転をするのに支障ともなるのである。
(2) 同(2)の事実中、江崎が本件工事現場責任者であり、かつ被告の従業員である点は認め、江崎が被告主張の間に本件鋼台の熔接の確認をし、本件接続部分については本熔接にする予定であつたとの点は不知、その余の点は否認する。
(3) 同(3)の事実は否認する。
被告主張の音は被告下請業者の作業員の合図により鋼材を吊るしたブームを旋回したため、本件クレーン車のアウトリガーに重量が加わつた結果、根太に異常をきたした段階で起きたものであつて、この音が聞こえて寸時の間に本件クレーン車は横転したのであるから、田村が警告を発し、手で合図をするなどという時間的余裕はあるはずがないのである。
(二) 同(二)につき
(1) 同(1)の事実中、原告藤元が別件クレーン車の運転手であつた点は認め、その余の点は否認する。
原告藤元は本件クレーン車付近に位置して池村に対して本件作業の合図をしていたのであるが、それは同人が本件作業をするのに同人からは本件鋼台下の荷を吊り降ろす地点が死角になり、その安全等を充分に確認できず、また同人に対して右鋼台下の状況をも充分に把握できる位置で的確な合図をする者がいなかつたからである。
(2) 同(2)の事実は否認する。
3 同3の事実中、本件事故により原告藤元が労災保険より昭和五二年二月支給分より同年一一月支給分まで合計金一三六万一八八三円の障害補償年金の給付を受けている点は認め、その余の点は争う。
労災保険による障害補償年金の給付は、その発生原因は不法行為に直接起因するものではないし、またその目的も被災労働者の生活保障を迅速に確保するためのものであり、民法上の加害者による損害の填補とは性格を異にするうえ、将来の支給分については支給額の変更その他蓋然的要素が強いのであつて、これを確実な填補として控除すべきではない。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
被告が東京都小金井市本町六丁目五番のマンシヨン「シヤトー小金井」建築工事を請負い、同所において基礎工事を施行していたこと、その際原告藤元は原告会社の従業員として別件クレーン車の運転業務に従事していたこと、池村が原告会社の従業員で本件クレーン車の運転手であつたこと、昭和四七年九月二日午前一一時五五分ころ本件工事現場の本件鋼台上において原告会社所有の本件クレーン車が横転したことは、いずれも当事者間に争いがない。
いずれも成立に争いがない甲第一号証、第一七号証、第二一号証、第二二号証、第二四号証、乙第四号証、証人池村安世の証言および原告藤元義雄の供述を総合すれば、池村は本件鋼台上において本件クレーン車の左斜め前方に駐車中のトラツクに積載されている鋼材(一本の長さは六ないし七メートル、重量は六〇〇ないし七〇〇キログラム)を六本ずつ同車のブームで吊り上げ、左旋回した後、同車の左斜め後方の本件鋼台下約四メートルの地上に吊り降ろす作業に従事し、その際原告藤元は別件クレーン車の運転手としての仕事が終了したことから右鋼台上において池村に対し右作業の合図をなしていたところ、右クレーン車が前示のように横転したため、同原告は当該クレーン車のブームを支えるシリンダー部分と右鋼台のH型鋼との間に右足首を挾まれ、右下腿切断の傷害を負い、それとともに本件クレーン車は右横転により損壊したことを認定することができる。
二 本件事故の発生原因
請求原因2(一)の事実については当事者間に争いがない。
さらに、成立に争いのない甲第一七ないし第二一号証、第二四号証、乙第三号証、証人田村光治、同大久保栄一郎の各証言を総合すれば、請求原因2(二)の事実(但し、本件接続部分について側面のあて板は左右ともあてないままにされていたこと。および本件横根太が並行する二本の縦根太の中間で接続されていたことは、当事者間に争いがない。)を認定でき、右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで、前掲証拠ならびに証人池村安世の証言および原告藤元義雄の供述を総合すれば、本件鋼台は本件工事現場において基礎工事として地下を掘削した際、右工事現場の外部から右基礎工事等に使用する材料等を搬入するための通路を確保する目的で構築されていたものであつて、右鋼台上の覆工板(一枚の重量は約二〇〇キログラム)が敷設された部分についてはクレーン車や鋼材等の重量物を積載したトラツクが頻繁に出入りし、前述のように本件クレーン車(自重一九・五トン)がトラツクから鋼材を六本ずつ(この重量約三・七トン)吊り降ろす作業をなすことが予定されていたことが認定できる。証人江崎卓身の証言中、右認定に反する証言部分は措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上の認定事実に徴すれば、鋼台の組立作業においては仮熔接の段階で覆工板を敷設することは通常行なわれており、本件接続部分が仮熔接であつたこと自体が瑕疵となるものではないとの被告の主張は、採用できないというべきである。
そして、本件鋼台は前記認定のような構造であるから土地の工作物であるというべきところ、前記説示したところよりすれば、右鋼台が本来予定されていた重量に対して通常備えるべき強度ないし安全性を欠いていたものであるところに瑕疵があり、本件事故が土地の工作物たる本件鋼台の設置保存に右瑕疵があつたことに起因して発生したものであることは明らかである。
三 被告の責任
本件鋼台について被告が占有者であることは当事者間に争いがない。
ところで、被告は原告らも右鋼台の占有者である旨主張するのでこの点について検討する。
いずれも成立に争いのない甲第一八ないし第二二号証、第二五号証、乙第一号証、第二号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第六号証の一ないし三、証人池村安世、同石井規久男、同田村光治、同大久保栄一郎の各証言および原告藤元義雄の供述を総合すれば、本件鋼台は被告が設計監督して構築していたものであつて、右鋼台組立に使用するH型鋼および覆工板は被告が株式会社サイガから賃借したものであること、被告は右鋼台組立にあたり、H型鋼の熔接、切断等の鍛冶工事は三省興業に、鳶の仕事および覆工板の敷設作業は高橋組にそれぞれ下請させていたこと、原告会社は被告に対して本件工事現場における作業内容は全て被告の指示するところによるとの約定の下に一日あたりの稼働時間・賃料を定めてクレーン車二台を賃貸していたこと、その際原告会社はその従業員であるクレーン車の運転手も右工事現場に派遣することとされていたこと、そして原告会社から派遣された原告藤元、池村らは右工事現場において、被告現場責任者およびその下請業者作業員から作業内容を指示され、その指示の下にクレーン車を運転操作して、鋼材の吊り上げ、吊り降ろし等の作業に従事していたものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実に徴すれば、原告藤元および池村は全て被告の指示の下にクレーン車を運転操作する機械的労務に従事していたものにすぎないから、本件鋼台を事実上支配する関係にあつたものとはいえないし、右鋼台組立作業のうち鍛冶工事および覆工板の敷設作業は被告の監督の下に前記下請業者が行なつていたものである以上、右鋼台に存する前記瑕疵を修補して損害の発生を防止しうる関係にあつた者といえるものでないことは明らかであつて、被告の前記主張は失当というべきである。
そうすると、土地の工作物たる本件鋼台には前記説示のような設置保存についての瑕疵が存し、この瑕疵に起因して本件事故が発生した以上、右鋼台の占有者である被告は、民法七一七条一項本文により原告らに対し、これより生じた損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。
四 原告らの過失
(一) 原告会社の過失
前掲甲第二一号証、第二四号証、証人大久保栄一郎、同江崎卓身、同池村安世の各証言(但し、証人池村の証言中、後記措信しない部分を除く)を総合すると、本件クレーン車はその左右両側部に取り付けられている四個のアウトリガーによつて同車および荷重を支える仕組となつており、本件作業は前述のようにクレーン車の左斜め後方の本件鋼台下約四メートルの地上に鋼材の吊り降ろしをするものであつたから、この重量を最も大きく受けるのは左側後部の本件アウトリガーであること、ところで本件鋼台の縦根太はH型鋼の支柱上に接ぎ目のない一本のH型鋼を使用して設置されていたから、縦根太の真上部分は強大な重量にも耐えうる構造であつたこと、本件鋼台には覆工板が横根太の上に敷設されていたが、縦根太の設置されている位置はその両端が覆工板の外側にはみ出ている構造であつたから、右鋼台上においても容易に認識し得たこと、これに対し、本件鋼台の横根太は順次接続して設置されていたばかりでなく、必ずしも縦根太上に接続部分が置かれていたものではなかつたため、右のような横根太上の重量に対する強度は縦根太上のそれと比較して劣り、まして、横根太の接続部分上の重量に対する強度はこれよりもさらに劣るものと考えられること、そしてこのような構造であることは本件鋼台のうちまだ覆工板が敷設されていない部分の横根太の設置の仕方をみれば容易に認識しうるものであること、従つてこのような構造を有する鋼台上でクレーン車を稼働する場合、少なくとも最も強大な重量を受けることとなるアウトリガーについては、通常縦根太上に設置されていること、しかるに本件クレーン車の運転手として、その設置場所の基盤の耐力・強度等について最終的な安全確認義務を有する池村は本件アウトリガーを本件接続部分付近上に設置したこと、池村が右のような位置に本件クレーン車を設置したのは、当該クレーン車が本件作業をする場合、その吊り降ろし地点にできるだけ接近しておくことが右クレーン車の転倒の危険を防止する上で必要だつたからであること、しかして本件接続部分とその東方に設置されている縦根太との距離はそれほど離れていなかつたから、本件アウトリガーを右縦根太上に設置してもさほど右危険を高めるものともいえず、また右作業に支障を及ぼすものとはいえないこと、以上の事実が認定できる。証人池村安世の証言中および原告藤元義雄の供述中、右認定に反する証言ないし供述部分は、前掲証拠およびそれにより認定した事実に対比してにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
右認定事実に照らして考察すれば、池村には、本件鋼台の耐力・強度等についての安全の確認を尽くさず、本件アウトリガーを本件接続部分付近上に設置したことにつき重大な過失があり、池村の前述の地位ないし立場よりすると、これは結局原告会社の過失というべきである。
次に、被告は本件工事現場責任者であつた江崎が池村に対して本件作業を開始しないよう指示し云々と主張し、証人江崎卓身の証言中にはこれに副う証言部分があるが、同証言部分は前掲甲第二一号証および証人池村安世、同田村光治の各証言に照らし措信できず、他に右主張を認めるに足る証拠もないので、被告の前記主張はその余の点を判断するまでもなく失当というべきである。
被告はさらに「池村が本件クレーン車のブームでトラツクに積載された鋼材を吊るした際、コトンという音がし、かつ、池村に対して指示・合図を担当していた田村が大声で警告を発し、手で合図をしたにもかかわらず、池村は漫然右ブームを旋回して本件作業を継続した点に過失がある。」旨主張し、証人田村光治、同大久保栄一郎、同江崎卓身の各証言中には右主張に副うかのごとき各証言部分が存する。しかしながら、右各証言部分はいずれも、以下に説示するところによれば、にわかに借信できないし、他に右主張事実を肯認するに足る証拠は存しないので、右主張は採用できないものである。
即ち、証人田村光治の証言によれば、右田村が聞いた音とは、本件鋼台上に立つている同人の足の方から体に対して「ぷつん」というような響きが伝わつた感じのものであつて、このような音は覆工板や鉄筋に付着している熔接の残滓等が抜けたときにも生ずるようなものであり、そこで同人は右音の原因を確認するため、本件鋼台上の覆工板がまだ敷設されていない場所に移動して同鋼台の覆工板の下部をのぞいたところ、そこで始めて本件接続部分が外れかけていることが判明したことが認められる。また証人大久保栄一郎の証言によれば、音がした時点では右の音は何の音だかはつきりわからなかつたことが認められる。これらの情況に徴すると、仮に本件作業中に被告主張のような音がし、池村においてこれを耳にしたとしても、このことから直ちに本件作業を継続した池村に過失あるとは到底いえない筋合である。しかも証人田村光治の証言によれば、本件クレーン車の運転席にいた池村は田村に対して背を向ける恰好であつたから、同人の合図や動作は池村には認識できなかつたことが認められる。また証人江崎卓身の証言によれば、池村より田村の方により近接した場所において本件作業を見ていた江崎にも田村が大声を出していることがわかる程度でその内容ははつきりとは聞きとれなかつたことが認められる。さらに証人大久保栄一郎の証言によれば、田村が大声で警告を発するのとほとんど同時に本件クレーン車は横転したことが認められる。そこで、右各認定の諸点より考察すれば、仮に田村が前記警告等を発したとしても、運転席にいた池村が本件事故前に右警告や合図ないし動作を認識して本件作業を中断する時間的余裕があつたとは到底いえないものである。
(二) 原告藤元の過失
前掲甲第二一号証、第二二号証、第二四号証、乙第四号証、証人池村安世、同田村光治、同大久保栄一郎、同江崎卓身の各証言および原告藤元義雄の供述を総合すれば、次の事実が認められる。
即ち、クレーン車のブームの作業半径内は、当該ブームが倒れた場合の危険などを想定して立入禁止場所とされていること、このことは原告藤元も知悉していたにもかかわらず、同原告は右作業半径内に立ち入つていたこと、ところで池村が本件作業をなす場合、同人からは本件鋼台下の荷おろしをする地点は死角となり、その安全等を充分に確認できなかつたので、同人に対して右鋼台下の状況をも充分に把握できる者の的確な合図を必要としたこと、そして池村に対する合図は田村の担当とされており、通常は田村のみが池村に対して合図をなしうる者とされていたが、田村は本件クレーン車を操作する池村の背後方向に位置しており、同人からはその合図が見えにくい場所にいたこと、原告藤元からは田村の姿は本件クレーン車の蔭になつて見えず、他に池村に対して的確な合図をなしうる者がその場に居合わせなかつたことから、同原告は自らの作業を終了した同僚の運転手として池村に対する合図をする目的で、本件鋼台下の状況を充分に把握できる同鋼台上の北端付近に位置して、実際に池村に対して合図をなしていたこと、ところがこの位置は前記作業半径内の場所であつたため、本件クレーン車が突然横転したことにより同原告は本件事故に遭遇するに至つたものであること、そして右作業半径外でも本件鋼台下の状況を把握し、かつ池村に対して合図をなしうる位置がなかつたとはいえず、このような位置に同原告が位置していたならば、本件事故に遭遇しなかつたこと、以上の事実を認定することができる。右認定を覆するに足る証拠はない。
右認定事実に徴すれば、原告藤元の行動には池村に対して合図をするという合理的な動機ないし目的があつたものとはいえ、漫然と前記作業半径内に位置したことについては慎重さを欠いた不注意があつたものというべきである。
次に、被告は原告藤元には田村の警告を聞いた後、池村に対して誤つた指示を与えた過失がある旨主張するが、同原告が田村の警告を聞いたことを認めるに足る証拠はないから、右主張はその余の点につき判断するまでもなく失当というべきである。
(三) 以上説示したとおり、原告らには本件事故発生についての過失があるから、原告らの右過失は同事故による原告らの損害を算定するにあたり斟酌されるべきであつて、本件事故発生に対する被告と原告会社の過失割合は六対四、被告と原告藤元の過失割合は八対二と認めるのが、それぞれ相当である。
五 原告らの損害
(一) 原告会社の損害
(1) 修理費
前記認定のように本件クレーン車は本件事故により損壊し、証人石井規久男の証言および同証言により成立を認めうる甲第八号証ないし第一一号証、第一二号証の一ないし六によると、原告会社は広和自動車株式会社に対し右クレーン車の修理を依頼し、その修理費用として金二四〇万六六三七円を要したこと、そのうち金二〇六万〇二三七円は自動車車両保険から広和自動車に対して支払われ、その差額金三四万六四〇〇円につき原告会社が広和自動車に対して支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで原告会社は右差額金額を損害として被告に対しその支払を求めているのであるが、前掲甲第一〇号証、第一一号証によると、右差額金額の内訳は、ブームその他機能部品の減価償却費として金一七万九〇〇〇円、タイヤ・ワイヤーケーブルの減価償却費として金四万二四〇〇円、スクラツプ回収金として金二万五〇〇〇円、保険の免責金額として金一〇万円となつておることが認められるところ、右減価償却費は、前記修理に伴い右部品が新品に取り換えられたことにより原告会社があらたに得た利益を金銭的に評価したものにもあたるといえるから、右減価償却費合計金二二万一四〇〇円については同原告の損害額から控除するのが相当である。被告は前記スクラツプ回収金も同じく右損害額から控除すべきであると主張するが、前掲甲第九号証、第一一号証および証人石井規久男の証言によると、原告会社は広和自動車よりスクラツプ自体の交付を受けていないのは勿論、前記修理費用からその代金分を減額されてもいないことが認められるから、被告の右主張は採用できない。そうすると、原告会社は、本件クレーン車の修理により、前記差額金三四万六四〇〇円から前記償却費相当額金二二万一四〇〇円を控除した残額である金一二万五〇〇〇円の損害を蒙つたものと認められる。
(2) 休車損害
成立に争いのない甲第二五号証、証人石井規久男の証言により成立を認めうる甲第一一号証、第二八号証の一ないし三および同証言によると、本件クレーン車は前記修理のため昭和四七年九月二日から同年一〇月二一日までの五〇日間原告会社において稼働することができなかつたこと、この当時、右クレーン車は一日あたり少なくとも八時間は稼働しており、その場合、平均水揚日額は金二万八〇〇〇円であつたこと、本件事故前である同年六月から八月までに原告会社がクレーン車の運転手に対して支払つた日当は一人あたり平均すると金四七三三円となること、本件クレーン車と同機種のクレーン車を稼働させた場合の一日あたりの燃料費は金一八〇〇円を下回らないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。ところで被告は本件クレーン車の休車損害を算定するについてはタイヤ等の車両維持費、オイル等の経費をも控除すべきであると主張するが、この具体的な数額を認むべき証拠はないから、被告の右主張は採用しえないところである。従つて、原告会社は本件クレーン車を前記期間中稼働できなかつたことにより、前記平均水揚日額金二万八〇〇〇円から、運転手に対する平均日当金四七三三円および一日あたりの燃料費金一八〇〇円を控除した、残額金二万一四六七円の五〇日分である金一〇七万三三五〇円の休車損害を、蒙つたものと認めるのが相当である。
(3) 右(1)、(2)の損害は合計金一一九万八三五〇円となるが、本件事故については原告会社にも前記のとおり過失があるのでこれを斟酌し、右損害のうち原告会社に賠償すべきものは金七一万九〇一〇円と定めるのが相当である。
(二) 原告藤元の損害
(1) 入院治療費
成立に争いがない甲第一号証、原告藤元義雄の供述により成立を認めうる甲第一四号証の二・四および同供述によれば、原告藤元は本件事故により昭和四七年九月二日から同年一一月二七日まで共立診療所に入院して治療を受け、その間入院治療費のうち労災保険より支給を受けなかつた分として金一三万八二〇〇円を出捐せざるを得なかつたことが認められる。
(2) 付添費
前掲甲第一号証、原告藤元義雄の供述により成立を認めうる甲第一三号証の一ないし五、第一四号証の一・三および同供述によると、原告藤元は前記入院期間中、終日、職業付添婦の付添看護を必要とし、その費用として金二三万三八三〇円を出捐したことが認められる。
(3) 入院雑費
前記入院期間八七日分につき、弁論の全趣旨によれば一日あたり金三〇〇円の割合で認めるのが相当であるので、合計金二万六一〇〇円を出捐したというべきである。
(4) 義足代
原告藤元義雄の供述および同供述により成立を認めうる甲第五ないし第七号証、第一六号証によると、原告藤元は本件事故で受けた傷害(後遺障害)のため義足を必要とし、その購入代金および修理代金として金七万三一〇〇円を出捐したことが認められる。
(5) 逸失利益
成立に争いのない甲第一号証、第二二号証、乙第五号証、原告藤元義雄の供述および弁論の全趣旨を総合すれば、原告藤元は本件事故当時、身体健全な満三七歳(昭和一〇年四月三〇日生)の男子であり、少なくとも満六七歳に近くなる昭和七六年一二月三一日までの間就労可能であること、前記後遺障害は労災保険では等級五級と認定されていることが認められ、同等級の労働能力喪失率は当裁判所に顕著である労働基準監督局長通牒昭和三二・七・二基発第五五一号の労働能力喪失率表によれば七九パーセントとされている。
ところで被告は後遺障害による逸失利益を算定するについて、右労働能力喪失率は一応の基準にすぎず、原告藤元には本件事故後、収入の具体的減少がないから右逸失利益は認められるべきではないと主張するのでこの点について検討する。
前掲甲第二二号証、原告藤元義雄の供述および弁論の全趣旨を総合すると、原告藤元は本件事故後も引続き原告会社に勤務し、同事故から一年経過後には通常の昇給率と考えられる割合で収入は上昇していることが窺われるが、他方、原告藤元は本件事故前に東京労働基準局長からクレーン運転免許を、東京都公安委員会より大型車の運転免許をそれぞれ取得していたにもかかわらず、本件事故後はクレーン車の運転手として勤務することは不可能となり、専ら事務職員として勤務せざるを得なくなつたこと、同事故後原告会社に勤務し前記収入を得ることができたのは原告会社の恩情的な取り計らいによるものであること、しかしその後原告会社も昭和五一年一一月に事実上倒産し、原告藤元は解雇され失職するに至つたこと、同原告にとつては転職するにしても前記後遺障害のある身では適当な事務職としての就職先を捜し出すのは困難であることも認められる。以上の事実関係の下では、同原告が本件事故後も原告会社に勤務し前記収入を得ていたことから直ちに昭和五二年一月一日以降も同程度の収入を挙げるものとは到底いえないことは明らかである。
以上のとおりであるから、当裁判所は前記労働能力喪失率表に従い、原告藤元は本件後遺障害により労働能力を七九パーセント喪失したものと認めるのが相当と考える。
次に原告藤元は昭和五二年一月一日以降の逸失利益について本件事故前に同原告が原告会社から得ていた平均賃金の年額と年間賞与額とを基礎にこれを算定すべきであると主張するが、前記認定のように原告藤元は昭和五一年一一月原告会社が事実上倒産したため解雇されており、従つて原告藤元は本件事故に遭遇しなかつたとしても右時期には転職を余儀なくされたものであるから、同原告の右主張は採用できないところである。
さらに同原告は逸失利益を算定するにあたり、昭和五一年以降昭和五三年まで毎年一〇パーセントの賃金増加を見込むべきであると主張するが、賃金増加のあることを認めるに足りる証拠はないから、右主張もまた採用しがたい。
そこで、当裁判所としては、成立に争いのない甲第三三号証の統計(労働省統計調査部編昭和五〇年賃金構造基本統計調査報告、いわゆる賃金センサス)によると、前記昭和五二年に最も近い昭和五〇年度における、産業計企業規模計学歴計男子労働者のきまつて支給する現金給与額は月額金一五万〇二〇〇円であり、この年額に、年間賞与その他の特別給与額は金五六万八四〇〇円であることが認められるからこれを加算した金額金二三七万〇八〇〇円を年間収入額として、昭和五二年一月一日以降原告藤元が満六七歳に近くなる昭和七六年一二月三一日までの間の逸失利益を算定するのが相当であると考える。以上を基礎に同原告の逸失利益の現価を複式ホフマン式計算法により(本件のように将来の昇給を加味せず、また三六年に達しない期間の計算の場合には、ホフマン式計算法をとることによつて不合理を生ずる理由を見出しがたい。)年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、別表(四)のとおり金二五九一万〇九三八円(円未満切捨て、以下同じ)となる(なお、原告藤元は逸失利益に基づく損害につき、一部請求として金二〇〇〇万円の支払を求めているが、そもそも一部請求の場合に過失相殺および損益相殺をするにあたつてはまず損害の全額から過失割合による減額をし、これからさらに損益相殺をした残額が請求額を超えないときは右残額を認容すべきものであると解すべきであつて、本件において同原告の逸失利益に基づく損害につき後記のように過失相殺および損益相殺をした残額は前記一部請求額を下回ることは明らかである)。
(6) 右(1)ないし(5)の損害は合計金二六三八万二一六八円となるが、本件事故については原告藤元にも前記のとおり過失があるのでこれを斟酌し、右損害のうち同原告に賠償すべきものは金二一一〇万五七三四円と定めるのが相当である。
(7) 慰藉料
前記認定した原告藤元の過失、入院期間、後遺障害の内容、その他本件にあらわれた一切の事情に鑑みると、本件事故による同原告の精神的苦痛に対する慰藉料は、金四五〇万円をもつて相当と認める。
(8) よつて原告藤元の損害は右(6)、(7)の合計金二五六〇万五七三四円(但し、このうち過失相殺後の逸失利益に基づく損害額は計算上金二〇七二万八七五〇円)となる。
六 原告藤元の損害の填補
(一) 本件事故により原告藤元は労災保険より昭和五二年二月支給分より同年一一月支給分まで合計金一三六万一八八三円の障害補償年金の給付を受けたことは、当事者間に争いがない。
そして成立に争いのない乙第五号証、第七号証の一ないし五および弁論の全趣旨によると、被告は昭和四七年七月一日、シヤトー小金井新築工事を事業とし被告が事業主として労災保険法所定の労働保険関係を成立せしめ、被告が政府に保険料を支払つていたこと、原告藤元に対してこれまで支給され、かつ将来も支給されることが決定している障害補償年金は政府と被告との間の右保険関係に基づいで給付されるものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると被告は労働基準法八七条、同法施行規則四八条の二により、災害補償については原告藤元の使用者とみなされるものである。
ところで同法八四条二項は「使用者は、この法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。」と規定しており、保険制度の目的からすると、右規定は労災保険法の規定により保険給付がなされ、これにより使用者が災害補償の責を免れた場合にも適用さるべきこと明らかである。
(二) そこで、被告は労災保険による障害補償年金の将来の給付予定分について、その現価を原告藤元の本件損害額から控除すべきであると主張するので、この点について検討する。
そもそも労災保険の給付は、労災事故の発生について使用者に民法上の損害賠償責任がない場合でもなされるものであり、かつ被災労働者の生活保障的性格を有するものではあるが、他方において使用者としては民法上の損害賠償義務がある場合でも、この負担を軽減もしくは免れることを目的として労災保険に加入しているのであつて、この意味において使用者の補償責任的な性格を有していることもまた疑いを容れないところである。そして災害補償が被災労働者の労働能力喪失に対する損失填補的な機能を営むこともまた否定し得ないところであるから、同一の実体を有する同一権利者の損失填補を災害補償および民法上の損害賠償の名のもとに使用者に重複的に課するとするならば、結果的にみて不合理であり、かつ使用者にとつて酷であるから、この点を調整するのが前記労働基準法八四条二項の趣旨であると解すべきである。
そして、労働者の収入は本来賃金として毎月一回以上、一定の期日を定めて支給されるのが原則であるから、後遺障害による逸失利益も本来なら多年にわたる定期金給付により賠償さるべきはずのものであるにもかかわらず、現価に換算して一括して支払を受けることとされているのは法技術的なものにすぎないのであるから、労働者が逸失利益の賠償を年金の形式で受領することになつても当該労働者をして損害賠償債権の分割弁済を強いる不利益を蒙らせるものではないというべきであるし、このように逸失利益を定期金給付により賠償するものとするときは将来確実に給付される障害年金は毎年これから控除されるべきものであるから、これとの均衡上、将来給付される年金の現価を逸失利益の現価から控除しても何ら衡平の理念に反するものではないというべきである。
また労災保険による障害補償年金は将来の支給分について支給額の変更等将来の蓋然的性質にかかわる面があることは否定できないが、労災保険法の一部を改正する法律(昭和四〇年法律第一三〇号)附則四一条によると、支給額の改定は労働省において作成する毎月勤労統計における全産業の労働者一人当たりの平均給与額を基準としてなされることとされており、本件においては前記説示のように逸失利益を統計(賃金センサス)によつて算定しているのであるから、仮に右年金について将来の支給分が減額される場合があつても、このことが直ちに労働者に対して不利益を強いるものとはいえないというべきである。
従つて、労災保険による障害補償年金の受給権と逸失利益についての民法上の損害賠償請求権とが重複することになる被災労働者の就労可能年数を限度として、右障害補償年金の将来の給付予定分についての現価も、被災労働者の逸失利益に基づく民法上の損害賠償請求権の現価額から控除すべきであると解すのが相当である。
(三) そこで、昭和五三年一月一日以降原告藤元が支給を受ける障害補償年金は前記昭和五二年度における支給額金一三六万一八八三円を基礎として、前記説示のように原告藤元が満六七歳に近くなる昭和七六年一二月三一日までの分を算定するのが相当であつて、これから複式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価を求めると、別表(五)のとおり金一七七六万九二二三円となる。
(四) 従つて、右金額と、昭和五二年度の受給額金一三六万一八八三円とを合計した金一九一三万一一〇六円を原告藤元の逸失利益に基づく前記損害額から控除すると、同原告の損害は金六四七万四六二八円となる。
七 弁護士費用
成立に争いのない甲第二六号証、第二七号証、証人石井規久男の証言および原告藤元義雄の供述を総合すると、原告らは被告が本件損害賠償債務の任意の弁済に応じなかつたため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、それぞれ報酬を支払う旨約したことが認められる。本件訴訟における事案の内容・審理の経過・認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用の賠償相当額は、原告会社につき金一〇万円、原告藤元につき金四〇万円と定めるのが相当である。
八 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し原告会社が第五項(一)(3)と前項の合計金八一万九〇一〇円、原告藤元が第六項(四)と前項の合計金六八七万四六二八円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四七年九月二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、担保を条件として仮執行を免脱せしめることは相当でなく、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原康志 山崎末記 土肥章大)
別表(一)
<省略>
別表(二)
(A) 各年度の推定収入額
昭和四八年度…一五三万四〇〇〇円×(一+〇・二〇五)=一八四万八四七〇円
同四九年度…一八四万八四七〇円×(一+〇・二七七)=二三六万〇四九六円
同五〇年度…二三六万〇四九六円×(一+〇・一六八)=二七五万七〇五九円
同五一年度…二七五万七〇五九円×(一+〇・一〇〇)=三〇三万二七六五円
同五二年度…三〇三万二七六五円×(一+〇・一〇〇)=三三三万六〇四一円
(B) 昭和五二年一月一日以降同年一二月三一日までの逸失利益
三三三万六〇四一円×〇・七九-一三六万一八八三円=一二七万三五八九円
別表(三)
三三三万六〇四一円×(一+〇・一〇〇)×〇・七九×一五・九四四=四六二二万一九六六円
別表(四)
まず、昭和四八年一月一日当時の現価を求めると
237万0800円×0.79×(29年目の新ホフマン係数17.629-4年目の新ホフマン係数3.564)=2634万2788円
次に、昭和四七年九月二日当時の現価(x)を求めると
x円×(1+0.05×4か月/12か月)=2634万2788円
よつて、x円=2634万2788円×60/61=2591万0938円
別表(五)
まず、昭和四八年一月一日当時の現価を求めると
136万1883円×(29年目の新ホフマン係数17.629-5年目の新ホフマン係数4.364)=1806万5377円
次に、昭和四七年九月二日当時の現価(y)を求めると
y円×(1+0.05×4か月/12か月)=1806万5377円
よつて、y円=1806万5377円×60/61=1776万9223円