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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8890号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一原告の母亡黒沢慶は、かねてから訴外鍋島家よりその所有にかかる本件土地を賃借し、同地上に本件建物を所有し、右建物のうち別紙図面<省略>赤斜線部分を被告松田に、別紙図面青斜線部分を満子及び被告和子にそれぞれ期間の定めなく賃貸していたものであるところ、黒沢慶は、昭和四四年八月一三日死亡し、唯一の相続人である原告が本件土地の賃借人兼本件建物の所有者・賃貸人としての権利義務を承継したこと、満子は、昭和五一年一〇月二〇日死亡し、同人の権利義務は被告和子、同隆春、同雅子が共同相続したこと、原告は、昭和四五年五月三一日ないし同年六月二日到達の書面で、右被告松田、同和子および満子に対し賃貸借契約解約の意思表示をしたことについては当事者間に争いがない。

二そこで、右争いない事実に、<証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。

1 本件土地は、国鉄山手線渋谷駅から西北方約七〇〇メートルの高台にあり、周辺は純然たる邸町の趣を呈し、閑静で樹木も多く、第一種住居専用地域、第一種高度地区の指定を受けている。

2 本件建物のうち、被告らが賃借している部分は大正一三年頃の建築にかかる木造建築物であり、その余の大部分は昭和四年頃の建築にかかる洋館であるところ、全体として未だ腐朽に近い老朽建物の域に達しているとはいいがたいが、木造部分の沈下、雨漏、洋館部分の雨漏等のため、昭和五〇年六月三〇日時点における評価額で金七六〇万円余を要する大修理が必要な状態にあり、本件建物を取りこわして近代的建築物を新築することと、右の大修理をすることとは経済的にみて殆んど変りがない状況である。

3 原告は、肩書住所地に約二〇〇坪の土地を有し、同地上にある建坪二〇坪足らずの平家建の木造建物に妻と共に居住しているが、周辺は商業地域であり、昭和五一年一一月の建築基準法の一部改正に基づく昭和五三年七月一四日公布同年一〇月一二日施行の「東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例」においても日影の規制対象区域外とされ、しかも、原告居住建物の南方から東方にかけて約四〇ないし八〇メートルの地点には、昭和四九年から右建物をとり囲むような形で「く」の字型の鉄骨鉄筋コンクリート造地下一階、地上一三階(一部一五階)建の約九〇〇室を擁する日本有数のビジネスマンシヨンの建築が開始され、昭和五一年春に完成したが、右ビジネスマンシヨンのみによる原告居住建物への日影状況に限つてみても冬至の時点において原告が日照の恩恵を享受できるのは午後のみという状況であり、加えて、右ビジネスマンシヨンに付設されたそれぞれ六〇ないし七〇台収容の屋内および屋外の各駐車場からは昼夜を分たず排気ガス、騒音が原告居住地に及び、このため原告は気管支炎に悩まされているが、右土地がいわゆる新宿副都心からそう遠くないところにあり、周辺地域の建物がすでに高層化傾向にあることに照せば、居住環境としては今後とも悪化の一途をたどるであろうことは推測に難くない。

4 原告は、大正七年生で、長年技術者として勤務していたが、昭和四九年六月定年退職し、職を失つたので、老後の生活の安定を図るため、本件土地上に共同住宅を建て、その一部を他へ賃貸して賃料収入をあげたいと考えており、しかも本件土地は原告が幼少年時代を過した土地であるため、ここで余生を送りたいとの強い希望を有している。

また、原告の次女孝子は既に結婚しているが、音楽大学を出ており、ピアノ教室を開いているものの、近隣に対する騒音問題に悩まされており、原告が本件土地上に建築予定の建物に防音装置を施し、教室を開きたいとの希望を有している。

さらに、原告は、現在デンマークに在住する長女光代を日本に呼びよせ、次女孝子らと共に本件土地上に建築予定の建物で一緒に暮したいとの希望を有している。

5 原告は、原告ら三家族の居住用および一部賃貸用として本件土地上に地上三階地下一階建の鉄骨造共同住宅(総延坪677.66平方メートル)を建築すべく、すでに昭和五〇年一二月に建築確認を受け、地主鍋島家の承諾も得ており、取引銀行との間に長女光代名義で建築資金の融資を受ける約束を取交している状況である。

6 他方、被告松田は、本件建物のうち別紙図面赤斜線部分を独身であつた昭和三四年ないし三五年頃に賃借し、単身居住していたが、その後、実母も同居するようになり、昭和三八年九月頃、結婚と同時に埼玉県草加市所在の日本住宅公団の賃貸アパートに転居し、現在、月額賃料八〇〇〇円で、六畳、四畳半、台所のあるいわゆる二DKの部屋に妻と三人の女児と共に居住しており、本件建物は、右転居後約二年間は被告松田の実母が居住して使用していたが、同人が佐賀市内にある被告松田所有建物に転居してからは、被告松田が帰宅が遅くなつた際に週に二回ないし四回宿泊しているほか、実母が上京した際の宿泊先として使用するなど、いわばセカンドハウスとして利用している。

被告松田は、昭和三三年に大学を卒業後いつたん他へ就職し、昭和三七年に広告代理会社に就職し、現在同社の部長職にあり、年収約五〇〇万円をあげている。

なお、原告の前示解約申入当時における別紙図面赤斜線部分についての賃料は一カ月金八三〇〇円であつた。

7 本件建物のうち、別紙図面青斜線部分は、昭和一〇年頃、被告和子らの父亡村田隆長が、当時の本件建物の所有者である原告の母亡黒沢慶から賃借し、隆長が昭和四三年六月一六日に死亡してからは、同人の妻であり、被告和子らの母である満子と被告和子が右賃借権を承継し、右両名で居住していたが、満子が昭和四三年頃から心筋梗塞に悩んだ末の昭和五一年一〇月二〇日に死亡したため、同人の有していた賃借権はその子である被告隆春、同雅子および同和子の三名が共同相続したが、隆春および雅子はそれぞれ独立して住居を確保しており、被告和子が単身居住使用しているものである。

満子と被告和子は、昭和二八年から婦人服と婦人用品の卸販売を業とする日浜商事株式会社を経営し、本件建物に本店を置き、満子の生前には同人が代表取締役となり、同人の死亡後は被告和子が代表取締役をしているものであるが、昭和五二年四月までは有楽町に店舗を構えていたが、その後経営不振などの理由により右店舗を廃止し、現在は被告和子において従業員一名を使い、記念品の販売をしているが、本件建物に商品を置いてはいない。

被告和子は、現在、日浜商事株式会社からの役員報酬として月額一〇万円の収入があるが、満子の医療費や右会社の経費を捻出するため九州に所有の不動産を順次売却し、現在所有不動産はないが、先祖が鍋島家の家老であつたことから書画、陶磁器、古文書、長持など容積にしてコンテナ二個分位の家財を有しているが、心臓肥大、低血圧の治療のため週二回位通院している。

被告隆春は、大田区内に賃貸アパートを借り、妻と子二名と共に居住しており、本件建物を使用する必要性は乏しい。

被告雅子は、杉並区内の持ち家に夫と共に居住しており、本件建物を使用する必要性は乏しい。

以上の各事実が認められ、<証拠判断略>。

右事実によれば、被告松田は、生活の本拠として他に公団住宅を確保しており、本件建物を専らいわゆるセカンドハウスとして使用しはじめて久しく、仮にこのような家屋が必要であるとしても、現下の建物の受給事情や同被告の資力等に照して、これを他の民間賃貸用建物等に求めることが困難な状況にあるとはいいがたいから、同被告の本件建物を継続使用する必要性は稀薄なものといわざるを得ない。また、被告隆春、同雅子については、それぞれ他に住居を確保し、本件建物を使用する必要性に乏しいことは前に見たとおりである。これに対し、被告和子については事情が少しく異なり、特に、当初の賃借人であつた村田隆長の配偶者であり、かつ心筋梗塞という重病に悩まされていた満子と同居していた間、すなわち満子の生前における本件建物使用の必要性が大きかつたことは容易に推測できるところであるし、同人の死亡後においても、他に所有不動産がなく、しかも健康にすぐれないことを考慮すると、本件建物を継続使用したいとする同被告の希望は理解しえないではない。しかしながら、同被告は、満子の死亡後は単身であり、その家財の量を考慮に容れても、今日の民間ないし公営住宅等の需給状況に照して、他への転居がそれほど困難とは認めがたいし、同被告がその程度の経済的負担能力に欠けるとも認めがたい。

他方、前認定のとおり、原告の現住居地は、日照被害等のため、すでに住環境として劣悪な条件下にあり、しかも、本件建物がすでに大修理を要する状態にあり、新たに近代的建築物に建替える場合と経済的に大差ないとすれば、これを機会に右建替えの途を選び、老後を子女と共に暮し、また、賃料収入をあげて老後の安定をはかりたいとする原告の考えには十分にうなずけるものがある。

そこで、右の事情のほか、前に認定した原被告双方の事情や、本件賃貸借がすでに相当の長期間に及んでいるなどの諸事情をあわせ考慮すれば、被告松田に対しては、本件解約の申入当時においてすでに原告の自己使用の必要性がはるかにまさつていたものとして正当事由が存したものと認めるのが相当であり、その余の被告らに対しては、満子の生存中においては未だ原告の自己使用の必要性がはるかにまさつていたものとは断定しがたいものがあるから、正当事由が存したものとはいえないが、同人の死亡後においては、原告の自己使用の必要性が被告らのそれに比してはるかにまさり、したがつて、正当事由を具備した状態に至つたものというべきである。

ところで、原告は、本訴において、明示的には前示解約の申入のみを主張しているが、本訴の提起、維持の経緯に照せば、右解約が認められないときはその後正当事由が具備した時点における解約の主張を黙示的に主張しているものと認められるところ、原告は本訴の維持により右被告らに対し不断に明渡の請求をしてきたものと認めるのが相当であるから、原告は、満子が死亡した昭和五一年一〇月二〇日右被告らに対し解約の意思表示をなし、しかも説示のとおり、右意思表示には正当事由があつたものというべきである。

そうだとすれば、借家法三条により、原告の解約の意思表示は、それぞれその後六カ月を経過した時、すなわち、被告松田に対しては遅くとも昭和四五年一二月二日頃に、また、その余の被告らに対しては昭和五二年四月二〇日にそれぞれ効力を生じ、各賃貸借契約が終了したものというべきである。

(石垣君雄)

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