東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)155号 判決 1977年12月27日
東京都新宿区新宿三丁目一一番五号
原告
折谷隆義
右訴訟代理人弁護士
関口保
東京都新宿区三栄町二四番地
被告
四谷税務署長
右指定代理人
藤村啓
同
室岡克忠
同
新保重信
同
中川和夫
同
牧憲郎
主文
1 被告が原告の昭和四四年分及び同四五年分所得税について昭和四七年一一月一五日付でした各更正及び過少申告加算税の各賦課決定の取消しを求める旨の訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 被告が原告の昭和四四年分及び同四五年分所得税の各更正及び過少申告加算税の各賦課決定に対する異議申立てについて昭和四八年四月一四日付でした各異議決定の取消しを求める旨の訴えは、昭和五〇年三月二五日取下げによつて終了した。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
1 (昭和四九年(行ウ)第一五五号事件)
被告が原告の昭和四四年分及び同四五年分所得税の各更正及び過少申告加算税の各賦課決定に対する異議申立てについて昭和四八年四月一四日付でした各異議決定をいずれも取り消す。
2 (昭和五〇年(行ウ)第二七号事件)
被告が原告の昭和四四年分及び同四五年分所得税について昭和四七年一一月一五日付でした各更正及び過少申告加算税の各賦課決定をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二、被告
1 本案前の申立て
本件各訴えをいずれも却下する。
2 本案についての申立て
原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二、原告の請求原因
一、原告の昭和四四年分及び同四五年分(以下「本件各年分」という。)所得税について原告がした各確定申告、これに対して被告がした各更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定(以下「本件各賦課決定」といい、本件各更正と合わせて「本件各更正等」という。)被告が原告の本件各更正等に対する異議申立てについてした各異議決定(以下「本件各異議決定」という。)並びに国税不服審判所長が原告の本件各更正等に対する昭和四八年五月一五日付審査請求についてした各審査裁決の経緯は、別表一記載のとおりである。
二、本件各異議決定の違法事由
本件各異議決定には、原告の異議申立ての理由に対応してその結論に到達した過程が明らかにされておらず、原処分を正当付け納税者を納得させるに足る理由の附記が何らされていないが、これは、国税通則法第八四条第四項、第五項に違反する。
三、本件各更正等(前記各審査裁決で維持された部分、以下同じ。)の違法事由
1 本件各異議決定には、同各異議決定で維持される本件各更正等を正当とする理由が明らかにされていないこと及び原告に対してした昭和四一年分ないし同四三年分の所得税に係る青色申告承認取消処分にも理由が付されていないことからして、本件各更正等は違法である。
2 被告がした原告の所得税についての調査は、昭和四五年一二月一七日設立され、原告がその代表取締役になつている有限会社緑寿司(以下「緑寿司」という。)が同社に対する更正に対してした異議申立手続においてされた不公正な調査に便乗して、原告に対する不当な威圧下に行なわれたものであるから違法であるところ、本件各更正等は、右違法な調査に基づいてされたものであるから違法である。
3 本件各更正には原告の所得金額を過大に認定した違法があり、これを前提とした本件各賦課決定も違法である。
四、よつて、原告は、本件各異議決定及び本件各更正等の取消しを求める。
第三、被告の答弁
一、本案前の主張
1 本件各異議決定の取消しの訴え(以下「本件第一の訴え」ともいう。)は、次に述べるとおり出訴期間を徒過した不適法なものであるから、却下されるべきである。
国税通則法第七五条第三項、第七六条第一号によれば、審査請求の対象となるのは、異議決定を経た後の原処分に限られるのであつて、異議決定自体は審査請求の対象にならないのであるから、異議決定に対する取消訴訟は、当該決定があつたことを知つた日から三か月以内に提起しなければならない(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)第一四条第一項)ところ、本件各異議決定は昭和四八年四月一四日付でされ、原告は、同年五月一五日付で審査請求をしているから、遅くとも同日までには本件各異議決定がされたことを知つたことが明らかであり、本件第一の訴えは、同日から三か月を経過した昭和四九年一一月一日に提起されたのであるから、出訴期間を徒過した不適法な訴えである。
2 本件各更正等の取消しの訴え(以下「本件第二の訴え」ともいう。)は次に述べるとおり出訴期間を徒過した不適法なものであるから、却下されるべきである。
右訴えは、行訴法第一九条、第二〇条により本件第一の訴えに併合して提起したものと解せられるが、右各条により訴えの追加的併合が認められるためには、従前の訴えが適法に提起されたものであることを前提とするものと解すべきであり、同法第二〇条後段に定める出訴期間の計算の特例は、裁決の取消しの訴えが適法に提起され、その後原処分の取消しの訴えが併合して提起された場合にのみ適用があるものと解すべきである。そして、本件第一の訴えが出訴期間を徒過した不適法なものであること前記1のとおりであるから、本件第二の訴えは、右に述べたとおり行訴法第一九条、第二〇条に定める併合要件を欠き、同法第二〇条後段に定める出訴期間の計算の特例も適用とならないところ、本件各更正等についての各審査裁決は、昭和四九年八月七日付でされ同月九日原告に送達されているから、本件第二の訴えは、同日から三か月以内に提起しなければならない。しかるに、本件第二の訴えは、これを徒過した昭和五〇年三月二五日に至つて提起されたものであるから、出訴期間を徒過した不適法な訴えである。
二、請求原因に対する認否
請求原因一の事実は認めるが、同二及び三の主張は争う。
三、被告の主張
1 請求原因三の2に対して
原告の所得税についての調査は、権限ある所得税担当の職員が実施したものであつて、仮に緑寿司に対する法人税調査と同時に行なわれたとしても、右は、個人営業から法人組織に営業型態を変更したことに伴う引継資産等の調査のために便宜採られた一時的措置に過ぎず、このことをもつて不当な威圧下に行なわれた調査とはいえず、本件各更正等が違法となるものではない。
2 推計の必要性
被告は、原告の本件各年分所得税について調査したところ、原告は売上金額、一般経費(福利厚生費、サービス品費を含む。)等の大部分について証拠資料の保存もなく、現金及び売掛金等の管理のほかは継続記録も全く行なわれていないので、その把握は推計計算によるほか方法がない。
3 推計方法とその合理性
原告の本件各年分の所得に係る売上金額、経費等は、緑寿司の昭和四五年一二月一七日から同四六年一〇月三一日までの事業年度(設立第一事業年度。以下「基準事業年度」ともいう。)の売上総利益率、経費率等を基に、把握し得た本件各年分の期首たな卸高、期中総仕入金額、期末たな卸高から推計計算するのが相当である。
その理由は、以下に述べるとおりである。
(一) 一般に推計課税における推計方法のうち、本人比率による推計方法は、個別類似性の観点からは最も妥当であるが、右方法による推計課税は、基準年度が推計課税年度に近接していると共に、基準年度の営業実態が把握され、これと推計課税年度の営業実態とが類似している場合に、推計の精緻性は最も高く、最も合理的な推計方法といえるのである。
そして、個人営業が法人組織に移行した場合でも個人営業当時とその営業内容に質的異動がないときには、右が妥当する。
右の観点から検討するに、緑寿司は、原告が個人営業から法人組織に変更したもので、その基準事業年度は本件各年分に最も近接し、その営業内容に質的異動がなく、しかも右基準事業年度の売上金額等の数額は、緑寿司の青色申告による帳簿書類に基づいて実額で計算され、その後被告所部職員の実地調査によつて実額で是正され、更に裁決庁の裁決を経て確定したもので、真実の営業実態を示していると認められるから、右基準事業年度の数額を基に本件各年分の所得金額を算出することには合理性が認められる。
なお、昭和四四年九月から同年一一月一五日まで神田店が休業しているが、同店は、原告の営む同店、新宿店(本店)、赤坂店(支店)のうちで最も売上総利益率が低いから、同店の休業により売上総利益率は全店が営業している場合に比較し高くなるはずであり、全店営業していた基準事業年度の売上総利益率を昭和四四年分の推計課税の基礎とすることは、何ら原告に不利益をもたらすものではない。
(二) 原告の本件各年分以前の年分を基準年度に採用しなかつた理由
(1) 原告の昭和四一年分ないし同四三年分の所得金額は、右各年分の所得税の更正に係る審査裁決において同業者率に基づく推計課税によつて算出されたものであるから、実額による把握に比較すれば、必ずしも原告の営業の実態を明らかにしているとはいえない。
(2) 赤坂店は昭和四一年五月に、神田店は同四三年九月にそれぞれ開業したものであり、昭和四一年分ないし同四三年分と本件各年分とでは営業規模等も異なつている。
(3) 昭和四一年分ないし同四三年分の所得金額算定につき、裁決庁が採用した同業者率は、本件各年分の原告の営業規模等を考慮して選定された同業者による比率ではない。
(4) 基準事業年度の本人比率に昭和四一年分ないし同四三年分の同業者率を加味することは、二重の推計要素を持ち込むことになるうえ、右同業者率は原告の営業実態を必ずしも正確に把握したものとはいえないのであるから、推計の正確性を低下させる。
(三) 緑寿司の基準事業年度以降の事業年度を基準年度に採用しなかつた理由
(1) 営業実態の個別類似性の観点からは推計課税年度に最も近接する年度を基準年度とすべきで、設立第二及び第三事業年度を基準年度とすることは、この点からの精緻性を減殺することとなる。
(2) 設立第二事業年度においては、営業規模が最も大きく売上総利益率が高い新宿店(本店)が約四か月間その営業のほとんどを休業しているので、売上総利益率の低下等の特殊事情が認められる。また、同事業年度については法人税調査が実施されていないから、その売上総利益率が緑寿司の営業の実態を反映していると断ずることもできない。
(3) 設立第三事業年度の比率をも加味することは、後続する事業年度の比率を順次追加することになるのであつて、この方法によれば、時間の経過に伴い常に推計しようとする年分の所得金額が変動することとなり、妥当でない。更に、時間的経過により営業実態の質的変化等の内部的要因及び経済状況の変化等の外部的要因によりその比率に差異を生じているので、これを加味することは、推計の精緻性を欠くことになる。
4 原告の所得金額
原告の本件各年分の総所得金額及びその算出根拠は、別表二記載のほか次のとおりであり、本件各更正は、いずれも右各総所得金額の範囲内であるから適法である。
(一) 売上金額
基準事業年度の売上総利益率を求めると、次のとおり五一・一三パーセントとなる。
(期首たな卸高) (仕入金額) (期末たな卸高) (売上原価)
1,691,000円+68,277,418円-5,339,033円=64,629,385円
(売上金額) (売上原価) (売上総利益)
132,271,775円-64,629,385円=67,642,390円
(売上総利益) (売上金額) (売上総利益率)
67,642,390円÷132,271,775円=0.5113
(二) 売上原価
本件各年分の期中総仕入金額には売上原価を構成しない福利厚生費及びサービス品費が含まれており、かつ基準事業年度の仕入金額には右各経費が控除されていたので、本件各年分の売上原価の算出に当たり、福利厚生費及びサービス品費をそれぞれ後記のとおり推計算出して期中総仕入金額から控除した。
(三) 福利厚生費
福利厚生費は、従業員の食費であるので、基準事業年度の福利厚生費を基に従業員数から推計算出した。
基準事業年度の福利厚生費は三三六万三一七五円、同年度の従業員数は二月三六人、三月三七人、四月三五人、五月四〇人、六月ないし八月各三四人、九月三一人、一〇月三二人と判明したので、右合計人員数三一三人から基準事業年度(実質一〇・五か月)の延人員数を推計し、基準事業年度の一人当り福利厚生費を求めると、次のとおり九二一〇円となる。
(判明人員数) (判明月数) (延月数) (延人員数)
313人÷9×10.5=365.16人
(福利厚生費) (延人員数) (1人当たり福利厚生費)
3,363,175円÷365.16=9,210円
食料品の消費者物価指数は、基準事業年度を一〇〇とすると、昭和四四年八六・五〇、同四五年九四・三三となり、従業員の延人員数は、昭和四四年分四〇三・九人、同四五年分四一三・三人であるので、福利厚生費は、次のとおり昭和四四年分三二一万七七二九円、同四五年分三五九万〇六六四円となる。
(昭和44年分)
9,210円×(86.50÷100)×403.9=3,217,729円
(同45年分)
9,210円×(94.33÷100)×413.3=3,590,664円
(四) サービス品費
基準事業年度のサービス品費は、一一一万五六八〇円であるから、その売上金額一億三二二七万一七七五円に対する割合は、〇・八四パーセントとなる。これを基に昭和四四年分のサービス品費を求めると、別紙計算表のとおり八九万五〇六六円となる。
昭和四五年分のサービス品費も右と同様にして算出すると、一〇二万七九〇七円となる。
(五) その他の一般経費
基準事業年度における福利厚生費及びサービス品費を除くその他の一般経費は、一七七二万四七六二円であるから、その売上金額一億三二二七万一七七五円に対する割合は、一三・四〇パーセントとなる。これを基にその他の一般経費を求めると、昭和四四年分一四二七万八四四四円、同四五年分一六三九万七五七九円となる。
(六) 未払事業税
昭和四五年分未払事業税二五二万〇一七〇円は、次の(1)ないし(3)の合計額である。
(1) 昭和四四年一一月二九日付各更正により増加する昭和四一年分ないし同四三年分の事業所得金額に係る事業税の合計額一一五万四一八〇円(次の<1>ないし<3>の合計額)
<1> 昭和四一年分の事業所得金額に係る事業税
二四万九〇三〇円
(事業所得金額) (事業主控除) (税率) (申告分事業税)
(8,813,389円-270,000円)×0.05-178,120円=249,030円
<2> 昭和四二年分の事業所得金額に係る事業税
三九万一八〇〇円
(事業所得金額) (事業主控除) (税率) (申告分事業税)
(12,073,885円-270,000円)×0.05-198,350円=391,800円
<3> 昭和四三年分の事業所得金額に係る事業税
五一万三三五〇円
(事業所得金額) (事業主控除) (税率) (申告分事業税)
(14,474,176円-270,000円)×0.05-196,850円=513,350円
(2) 昭和四四年分確定申告に係る事業税二六万四三五〇円
(申告事業所得金額) (事業主控除) (税率)
(5,607,800円-320,000円)×0.05=264,350円
(3) 本件各更正により増加する本件各年分の事業所得金額に係る事業税の合計額一一〇万一六四〇円
<1> 昭和四四年分 三九万一六〇〇円
(事業所得金額) (事業主控除) (税率) (申告分事業税)
(13,439,331円-320,000円)×0.05-264,350円=391,600円
<2> 昭和四五年分 七一万〇〇四〇円
(事業所得金額) (事業主控除) (税率)
(15,271,239円-360,000円)×0.05÷1.05=710,040円
(七) 福利厚生費についての予備的主張
福利厚生費の額と給与額との間には相関関係が認められるところ、基準事業年度の福利厚生費三三六万三一七五円の給与額一九五四万五四七一円に対する割合は一七・二パーセントである。これと本件各年分の雇人費を基に福利厚生費を求めると、昭和四四年分二九五万二一六九円、同四五年分三二一万一〇七〇円となる。
5 本件各賦課決定について
原告は、本件各年分の所得税確定申告を過少に行なつていたので、国税通則法第六五条第一項の規定を適用して、本件各賦課決定をしたものである。
第四、被告の主張に対する原告の認否及び反論
一、被告の本案前の主張に対する反論
審査裁決が原処分の全部又は一部を取り消した場合は、その限度で異議決定の取消しを求める訴えはその利益を失うのであるから、本件の場合のごとく異議決定の理由附記の不備を理由として原処分の取消しを求める審査請求がされている場合には、その審査裁決の結果をまつて異議決定の取消しの訴えを提起することが適当であり、最高裁判所昭和四九年七月一九日判決があらわれるまでは、審査裁決がなければ異議決定の取消しの訴えは提起し得ないものと解せられ、慣例上も異議決定の取消の訴えは、すべて審査裁決を経た後に提起されていたのが実情である。そして、この場合の出訴期間は、審査裁決があつたことを知つた日から起算すべきであるから、本件第一の訴えは適法である。したがつて、右訴えに併合して提起された本件第二の訴えも適法である。
二、被告の主張に対する認否
1 被告の主張3の主張は争う。3の(三)の(2)の第二事業年度において新宿店(本店)が約四か月間休業したことは認めるが、完全に休業したものではない。
2 被告の主張4に対する認否
別表二のうち、本件各年分の期首たな卸高、期中総仕入金額、期末たな卸高、雑収入、昭和四四年分の各特別経費、昭和四五年分の未払事業税を除くその余の各特別経費、不動産所得金額、給与所得金額の各金額、(一)のうち、基準事業年度の期首たな卸高、仕入金額、期末たな卸高、売上金額の各金額、(二)のうち、本件各年分の期中総仕入金額には福利厚生費及びサービス品費が含まれていること、基準事業年度の仕入金額には右各経費が控除されていること、(三)のうち、福利厚生費が従業員の食費であること、基準事業年度の福利厚生費の金額、本件各年分の延人員数、(四)のうち、基準事業年度のサービス品費の金額及び売上金額、(五)のうち、基準事業年度のその他の一般経費の金額及び売上金額、(六)のうち、(3)の本件各年分の事業所得金額を除いたその余の事実、(七)のうち、基準事業年度の福利厚生費の額及び給与額はいずれも認め、その余の事実及び主張は争う。
3 被告の主張5は争う。
三、原告の反論
1 推計方法
本件各年分の売上総利益及び一般経費を算定するのに適用すべさ売上総利益率及び一般経費率は、基準事業年度(緑寿司の設立第一事業年度)のみではなく、原告の昭和四一年分ないし同四三年分及び緑寿司の設立第一ないし同四三年分及び緑寿司の設立第一ないし第三事業年度の売上金額、売上総利益及び一般経費の各合計額から算出すべきである。
(一) 原告の昭和四一年分ないし同四三年分の売上総利益率は、原告の右各年分の所得金額を算定するにつき裁決庁が原告の同業者の平均値により決定したもので、妥当なものである。
(二) 新宿店の売上総利益率が神田店のそれに比して高いとは一概にいえず、また新宿店の休業は全部休業でなく一部休業に過ぎないから、新宿店の休業はほとんど売上総利益率に影響はなく、設立第二事業年度を基準とすることを不相当とする理由はない。
(三) 時の経過により変化するのは売上金額、売上原価及びその他の諸経費であつて、売上総利益率は時の経過のみで変動するものではなく、むしろその時の仕入価格及び売上価格によるものである。したがつて、設立第三事業年度を基準とし得ないとする理由もない。
2 原告の所得金額
(一) 売上金額
緑寿司の設立第一事業年度の売上総利益率の算出に当たつては、被告主張の売上原価に接待交際費(当時人手不足により雇人護得のため、地方の学校長、雇用紹介者等を招き、懇談したり要請したりしたために要した接待費等)二五〇万円を加算すべきである。したがつて、設立第一事業年度の売上総利益は六五一四万二三九〇円となる。そして右を前提に原告の昭和四一年分ないし同四三年分及び緑寿司の設立第一ないし第三事業年度の平均売上総利益率を求めると、別表三記載のとおり四八・三二パーセントとなる。
本件各年分の売上原価算出のため期中総仕入金額から差し引くべき福利厚生費及びサービス品費は、本件各更正に当たり被告が推計した各金額、すなわち昭和四四年分福利厚生費四六三万一二六八円、同年分サービス品費九五万九三九八円、昭和四五年分福利厚生費四二六万一三六八円、同年分サービス品費一〇九万九七四〇円を相当とし、右各金額と被告主張の期首たな卸高、期中総仕入金額、期末たな卸高とから、原告主張の手法で売上原価を算出すると昭和四四年分五〇五九万五八三〇円、同四五年分五九〇五万九六八〇円となる。
右売上原価と右平均売上総利益率を基に売上金額を求めると、昭和四四年分九七九〇万二一四七円、同四五年分一億一四二七万九五六六円となる。
(二) 一般経費
原告の昭和四一年分ないし同四三年分及び緑寿司の設立第一ないし第三事業年度の平均一般経費率を求めると、別表三記載のとおり一六・二九パーセントとなる。
前記売上金額に右一般経費率を適用して一般経費を求めると、昭和四四年分一五九四万八二五九円、同四五年分一八六一万六一四一円となる。
(三) 特別経費昭和四五年分未払事業税は、昭和四一年分ないし同四三年分の各更正により増加した事業所得金額に係る事業税一一六万二九四〇円、同四四年分の事業所得金額に係る事業税五三万六八〇〇円及び同四五年分の事業所得金額に係る事業税六一万八三三〇円の合計額二三一万八〇七〇円である。
昭和四五年分のその余の特別経費及び同四四年分の特別経費は、被告主張額と同じである。
したがつて、特別経費は、昭和四四年分二二七〇万四五三七円、同四五年分二六三五万六〇八八円となる。
(四) 雑収入
雑収入は、被告主張額と同額で昭和四四年分二四二万三四〇〇円、同四五年分二四七万九八〇〇円である。
(五) 事業所得金額
したがつて、事業所得金額は、(一)の売上金額から前記売上原価、(二)の一般経費及び(三)の特別経費を減算し、(四)の雑収入を加算して求めると、昭和四四年分一一〇七万六九二一円、同四五年分一二七二万七四五七円となる。
第五、原告の反論に対する被告の認否
原告の反論1のうち、(一)の原告の昭和四一年分ないし同四三年分の売上総利益率は裁決庁が原告の同業者の平均値により決定したものであることは認める。
同2の(一)のうち、別表三記載の昭和四一年分ないし同四三年分の各売上総利益率は、右各年分の所得税の更正に係る審査裁決において裁決庁が採用したものとして認め、設立第一ないし第三事業年度の売上金額及び設立第二、第三事業年度の売上総利益の各金額は認める。原告主張の設立第一事業年度の接待交際費については、売上利益をもたらさないものであるから売上原価に含めるべきではなく(したがつて、同年度の売上総利益は六七六四万二三九〇円となる。)当時の特殊な事情の下に支出されたものであるから、基準事業年度の特別経費として控除すべき性質のものである。
第六、証拠関係
一、原告
1 甲第一、第二号証及び第三号証の一、二を提出
2 乙号各証の成立はすべて認める。
二、被告
1 乙第一号証の一ないし三、第二ないし第四号証の各一、二、第五号証、第六号証の一、二及び第七号証の一ないし九を提出
2 証人高橋恢の証言を援用
3 甲号各証の成立はすべて認める。
理由
一、本件各更正等の取消しの訴えの適否について
1 本件記録によれば、原告は昭和五〇年三月二五日「請求の趣旨並びに請求原因変更の申立」と題する書面を提出し、さきに提起した本件各異議決定の取消しを求める本件第一の訴えを本件各更正等の取消を求める本件第二の訴えに変更する旨を申し立てたことが認められ、右は、本件第二の訴えを行訴法第一九条第一項、第二〇条により本件第一の訴えに併合して提記し、これとともに本件第一の訴えを取り下げる趣旨と解せられる。
2 ところで、行訴法第一九条第一項による訴えの追加的併合提起が適法とされ、同法第二〇条後段に定める出訴期間の計算の特例の適用を受けるためには、旧訴が適法に提起されていることを要件とするものと解すべきであるので、まず本件第一の訴えの適否について検討する。
課税処分に対する異議申立てについて税務署長がした決定は、国税通則法第七五条第一項第一号に掲げる不服申立てに対してした処分として同法第七六条第一号にいう「前条の規定による不服申立てについてした処分」に該当するから、同条により、これに対しては更に審査請求等の不服申立てをすることができないこととされている。したがつて、課税処分に対する異議申立てについて税務署長がした決定の取消しを求める訴えについては、行訴法第一四条第四項の適用はなく、その出訴期間は、同条第一項第三項により異議申立てについての決定があつたことを知つた日又は決定の日から、これを起算すべきものである。この点について、原告は、異議決定の理由附記の不備を理由として課税処分の取消しを求める審査請求がされている場合には、異議決定の取消しの訴えの出訴期間は、審査裁決があつたことを知つた日から起算すべきであると主張するが、課税処分に対する審査請求は、異議決定を対象としてするものではないから、その手続において異議決定固有の瑕疵を争う余地はなく、右審査請求についての裁決により異議決定固有の瑕疵が是正される余地は全くないのであるから、右主張は明らかに失当である。
本件についてこれをみるに、本件各異議決定が昭和四八年四月一四日付でされ、原告が同年五月一五日付で右各異議決定を経た後の本件各更正等に対する審査請求をしたことは当事者間に争いがないから、原告は遅くとも同日までには本件各異議決定があつたことを知つたものと認められ、他方本件第一の訴えが昭和四九年一一月一日に提起されたことは本件記録上明らかである。
そうすると、右訴えは、出訴期間を徒過したのちに提起された不適法なものというべきである。
3 そうすると、本件第二の訴えの提起は、行訴法第一九条第一項による併合提起としては、不適法といわねばならない。
4 そして、右のように行訴法第一九条第一項による併合提起としては不適法な場合には、これを別個独立の新訴の提起として取り扱い、その適否を検討するのが相当であるので、本件においても本件第二の訴えが昭和五〇年三月二五日に別個独立の新訴として提起されたものとして、それが出訴期間内に提起されたか否かを検討すると、原告の本件各更正等に対する審査請求についての各審査裁決が昭和四九年八月七日付でされたことは当事者間に争いがなく、同年一一月一日提出の本件第一の訴えに係る訴状には右各審査裁決がされた旨の記述があることが本件記録上明らかであるから、原告は遅くとも同日までには右各審査裁決があつたことを知つたものと認められ、本件第二の訴えは、出訴期間を徒過したのちに提起された不適法なものというべきである。
なお、本件記録によれば、本件第一の訴えに係る訴状には「原告は異議決定固有の瑕疵を原因とし右決定処分の取消を求むる」との記載があり、前示「請求の趣旨並びに請求原因変更の申立」と題する書面の提出に至るまでは、原告は本件各更正等の違法を何ら主張していないことが明らかであるから、本件第一の訴えを実質的に本件各更正等の取消しを求めたものであるとし、その提起時に本件各更正等の取消しを求める訴えが提起されたものと解し、これを適法とする余地も全くないものといわねばならない。
二、本件各異議決定の取消しの訴えについて
原告提出の前示「請求の趣旨並びに請求原因変更の申立」と題する書面は、本件各異議決定の取消しの訴えを取り下げる趣旨を含む書面であること前示のとおりであるところ、被告が主位的に右訴えを却下する旨の判決を求めたことは本件記録上明らかであり、このような場合には、被告の同意がなくても原告は有効に訴えの取下げをし得るから、原告が右書面を提出した昭和五〇年三月二五日をもつて右訴えは取下げによつて終了したものというべきである。
三、よつて、本件各更正等の取消しの訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文第一、第二項のとおり判決するとともに、本件各異議決定の取消しの訴えにつき、その取下げによる終了を明らかにすべく、主文第三項のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三好達 裁判官 菅原晴郎 裁判官 成瀬正己)
別表一
1 昭和四四年分
<省略>
2 昭和四五年分
<省略>
別表二
<省略>
<省略>
別表三
<省略>
平均売上総利益率 339,334,784÷702,181,024=0.4832
平均一般経費率 114,356,590÷702,181,024=0.1629
別紙
計算表
(1) 昭和44年分の売上金額をx円とすると、サービス品費はx×0.0084円となる。
(2) 売上原価は、
(期首たな卸高) (期中総仕入金額) (福利厚生費) (サービス品費) (期末たな卸高)
1,861,396円+{56,769,100円-(3,217,729円+x×0.0084円)}-2,444,000円=52,968,767円-x×0.0084円
となる。
(3) 売上総利益率は51.13%であるので、次の算式が成り立つ。
(売上金額-売上原価=売上総利益) (売上金額)(売上総利益率)
{x-(52,968,767-x×0.0084)}÷x=0.5113
∴x=106,555,556
(4) よつて、サービス品費は、106,555,556円×0.0084=895,066円となる。