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東京地方裁判所 昭和50年(ヨ)7088号 決定 1976年3月02日

債権者 小林きゑい

<ほか二九名>

以上三〇名訴訟代理人弁護士 小坂嘉幸

債務者 藤田観光株式会社

右代表者代表取締役 小川栄一

債務者 株式会社竹中工務店

右代表者代表取締役 竹中宏平

右両名訴訟代理人弁護士 本林徹

同 飯田隆

同 久保利英明

同 古曳正夫

同 福田浩

同 内田晴康

主文

債権者らの本件申請をいずれも棄却する。

申請費用は債権者らの連帯負担とする。

理由

一  債権者らは「債務者らは別紙物件目録(一)記載の土地上に建設中の同目録(二)記載の建物のうち五階を越える部分の建築工事を中止し、これを続行してはならない」との決定および予備的に「債務者らは債権者らが債務者らに対して金三二〇〇万円を提供することと引換えに右建物のうち五階を越える部分の建築工事を中止し、これを続行してはならない」との決定を求めた。その申請の理由は要するにつぎのとおりである。すなわち、

債権者らは申請外ニチモプレハブ株式会社が熱海市春日町五一番一に建設した土地は分譲マンション熱海第一ビラの一階から五階までの各部屋を購入したものであるが、債務者藤田観光株式会社は右熱海第一ビラの真南に別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)を所有し、ここに鉄筋コンクリート一〇階建の分譲マンションを建設する計画を立て、債務者株式会社竹中工務店東京支店に工事を請負わせ、昭和五一年一二月末ごろに別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を完成する予定である。債権者らは医師、歯科医師、公認会計士、会社経営者、宗教家など、いずれも社会の第一線で活躍しているものであるが右熱海第一ビラを購入した動機は、この建物からの眺望がすばらしく、遠く、大島、初島を望み、近くは熱海城と熱海の海、伊豆の山々を目の前に出来、夜は熱海市街の夜景が星をちりばめた様に美しいからに他ならず、債権者らはこの眺めに接することにより、会社生活における肉体的、精神的疲労を回復し、明日への活力を蓄えることができ、それぞれ家族、従業員等の別荘や仕事場等に利用し、将来は隠居所として居住することを予定しているのが大半である。しかるに、本件土地上に本件建物が建築されると、右の眺望が著しく阻害されるばかりでなく、一階に居住する債権者らは午前九時前後の日照も奪われることになる。そこで、右の眺望および日照を確保するために本件建物の五階を越える部分の建築禁止を求め、かりにこれがそのまま認められない場合には、債権者らが債務者らに対して金三二〇〇万円を提供するのと引換えに右と同旨の決定を求める。

というのである。

二  本件疏明資料によると債権者ら主張の熱海第一ビラは昭和四九年一一月ごろ完成、発売された鉄骨造陸屋根一一階建のマンションで、南側棟、東側棟、北側棟に分かれているが、債権者らのうち南側棟の一階ないし五階の各室の購入者であること、本件建物は右熱海第一ビラのほぼ真南に建築中であり、これが完成すると、債権者らの居室から熱海湾の向かって左側部分および大島、初島方向に対する視界がさえぎられることが認められる。そして、眺望は快適な生活環境を保持し豊かな精神生活を送るうえで好ましいものであり、その故に人の経済的利益にも結びつくことを考えると、一般論としては全く法的保護に値しないと言いきることはできない。しかしながら眺望は日照、通風と異り人の生活に欠くことのできないものとは言えず、債権者らの職業ないし社会的地位にてらして本件の眺望を確保することによって何らかの経済的利益をはかるものでないことが明らかであり、しかも他人の所有権の行使を制限してまでも保持された眺望のもとで生活することが果して精神的に豊かといえるかどうかも甚だ疑問である。

また本件疏明資料によると本件土地と熱海第一ビラの敷地との間には県道と市道が通っており、本件建物と熱海第一ビラとの水平距離は最短部で約三四メートル、最長部で約四五メートルあり、右両建物の地盤面の高底差は一七・六三メートルあるために、完成後の本件建物が熱海第一ビラの地盤面上に出る高さは約一三メートルにすぎない。そして、冬至の有効日照時間において、本件建物は熱海第一ビラの一階一〇五号室(債権者中沢広子方居室)の一部に午前九時すぎのわずか約三〇分間影を落とすのみであることが認められる。

そうしてみると、他に特段の事情の認められない本件においては眺望日照阻害を理由とする債権者らの主張は根拠を欠くといわざるをえず、保証をたてさせて疏明に代えることも相当でない。また、債権者らが予備的に提供するとしている金額が、債務者らの経済的損失に見合うかどうかを問うまでもなく、そもそも債権者らと債務者らとの間には、金銭の支払によって債務者らの権利行使を制限する契約その他の法律関係が認められないのであるから、債権者らの予備的申立もまた理由がない。

よって、債権者らの本件申立をいずれも棄却することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 水沼宏)

<以下省略>

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