東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2125号 判決 1982年1月25日
原告
広幡昭治
原告
森本和夫
原告
山崎季広
右三名訴訟代理人
藍谷邦雄
同
吉田健
同
中村巌
被告
国
右代表者法務大臣
坂田道太
右指定代理人
野崎弥純
外一名
被告
東京都
右代表者都知事
鈴木俊一
右指定代理人
石川道郎
外一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告広幡昭治及び同山崎季広に対し各金三六六〇円、同森本和夫に対し金三四六〇円を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二 当事者の主張
一 請求の原囚
1 当事者
原告らは、いずれも日雇港湾労働者であつて、東京都港区海岸三丁目に設置されている東京港労働公共職業安定所(以下「港職安」という。)に登録業種を沿岸荷役とする登録をするとともに日雇港湾労働者手帳(以下「労働者手帳」という。)の交付を受けた登録日雇港湾労働者(以下「登録労働者」という。)であつた。
被告国は、職業安定法八条に基づく職業紹介その他の事項を行わせるための公共職業安定所の一つとして前記港職安を設置し、被告国の公務員である同港職安所長は、日雇港湾労働者の登録を行うとともに登録労働者に労働者手帳を交付し、求職の申込みをした日雇港湾労働者、特に登録労働者に職業の紹介を行わせているもので、また東京都知事は被告東京都の公務員として職業安定法七条に基づき労働大臣の指揮監督を受け、東京都内に設けられた公共職業安定所の一つである右港職安の所長を指揮監督しているものである。
2 港職安所長の紹介拒否
(一) 昭和五〇年二月二五日の港職安に対する求人数は五〇名で、前日までに登録番号二一一〇番まで職業の紹介を受けており、原告広幡の登録番号は二一六三番であるから同原告まで五三名で、そのうち少なくとも三名以上は当日求職申込みのため港職安に出頭していなかつたのであるから、右紹介に当たつて全部につき後記輪番紹介方式による紹介を行つていれば原告広幡は紹介を受けることができたはずであるのに、港職安所長は後記選抜紹介方式を併用し、当日のうち二七名について右の方式による紹介を行つたため同原告は紹介を受けることができず、同原告の求職は拒否された。
(二) 同年二月二七日の港職安に対する求人数は約五〇名で、前日までに登録番号二一八一番まで紹介を受けており、原告森本の登録番号は二二一八番であるから、同原告まで三七名で、右紹介に当たつて全部につき輪番紹介を行つていれば同原告は紹介を受けることができたはずであるのに、港職安所長はうち一九名について選抜紹介による紹介を行つたため紹介を受けることができず、同原告の求職は拒否された。
(三) 同年三月三日の港職安に対する求人数は六十数名で、前日までに登録番号二〇九一番まで紹介を受けており、原告山崎の登録番号は二二〇五番であるから、同原告まで一一四名で、そのうち少なくとも六〇名は当日求職申込みのため港職安に出頭していなかつたのであるから、右紹介に当たつて全部につき輪番紹介を行つていれば原告山崎は紹介を受けることができたはずであるのに、港職安所長はこれを行わなかつたため紹介を受けることができず、同原告の求職は拒否された。
3 本件紹介拒否の違法性
原告らに対する前記紹介拒否はすべてにつき輪番紹介の方式によることなく、輪番紹介の方式とともに違法な選抜紹介方式を併用していることによるものである。
(一) 紹介制度の現状
(1) 港湾運送の事業者(以下「事業者」という。)は、登録労働者の求人をする場合には、原則として前日までに職種、貨物名、賃金、人数その他の労働条件を明示して港職安に申し込み、登録労働者は当日午前七時又は七時一〇分に港職安に労働者手帳を提出して職業紹介を受けることになつている。
(2) 右職業紹介の方法について港職安では輪番紹介方式(以下「輪番制」という。)と選抜紹介方式(以下「選抜制」という。)の二方式を併用している。輪番制は登録労働者の登録番号順に順次紹介を行うものであり、選抜制は港職安が一定の種類の作業につき予め特定の登録労働者を選抜しておいて右の種類の作業につき求人があつた場合、登録番号の順番に従わずに右の者らを優先的に紹介するものであるため、選抜対象者とそれ以外の者との間には就労の機会において著しい差異がある。
(二) 選抜制をとること自体の違法性
(1) 日雇港湾労働者は、主として従事することを希望する業務を特定して公共職業安定所に登録し、公共職業安定所は、右労働者が主として従事することを希望する業務に常時従事するために必要な能力を調査し、右能力を有しないときは登録を拒否し、登録後であつても同登録を取り消すことになつており、原告らを含む登録労働者は、このように一定の能力を有するものとして登録されることにより港湾労働力として確保されているのであるから、港湾労働者として職業の優先紹介を受ける地位にあるとともに右紹介を受けるべく職業安定所に出頭する義務を負つているものである。
(2) 港職安は、このような登録労働者が安定的に雇用されるよう職業安定法一ないし三条の公平の原則、機会均等の原則により登録労働者に対する職業紹介においては登録労働者を均等に取り扱うべき義務を負うものである。
特に、前記港職安が原告らの求職に対して職業紹介を拒否した当時(以下「本件当時」又は「本件当日」という。)、港職安に求職を希望していた労働者数が三七八名であるのに対し、港職安にされる求人数は、一日に二、三十名から数十名にすぎず、このように求人数に対して数倍ないし一〇倍の求職者がある場合には、港職安所長はなお一層各求職者が均等に就職できるよう配慮すべき義務を負うものである。
(3) もつとも、職業安定法一条及び一九条は求職者の能力に適合した職業を紹介すべきであると規定しているが、右は求職者各人にとつて不本意な職業、能力的に不適合な職種につくことによる経済的損失を考慮したものに他ならず、これらの規定はむしろ公共職業安定所が各人に不本意な職業の恣意的紹介をすることを防止しもつて均等待遇の実効化を目的としているのであるから、これらの規定が同法三条の均等待遇の原則を排除し、能力によつて紹介を差別し、能力がないとして紹介を拒否する根拠となるものではない。
(三) 選抜制の対象作業と違法性
港職安は、港湾労働の中には特別な技能、体力を必要とする特殊作業があり、それがため選抜制が必要であるとするもののようである。しかしながら
(1) 沿岸荷役の登録業種に含まれる港湾労働を対象貨物によつて分類すると、①鋼材、②雑貨(コンテナ、パン詰、カートン、紙、ドラム、木箱等)、③袋物、④バラ物、⑤スクラップ、⑥巻取(新聞紙)、⑦原木、⑧その他となる。
そのうち鋼材、原木その他の重量物及び袋物は、輪番対象者が通常取り扱つている貨物であつて特殊性がなく、その他の貨物について特殊性がないことは明らかである。
(2) 右港湾労働を作業内容によつて分類すると、①玉掛作業(パイプ、雑貨、巻取、鋼材、原木等)、②台付作業(水揚、パレット積)、はい付作業(庫内)、③かつぱき作業(バラ物)となる。
そのうち玉掛作業は資格を必要とするが、登録労働者で資格を取得していない者はおらず、原木、鋼材の長尺物についても試しづりで安全を確認し、特に危険度の高いものは常用労働者である玉掛責任者、デツキマンが確認しているのであるから、玉掛けの基本に従いさえすれば特殊性はない。台付作業、はい付作業は、沿岸荷役としては極めて一般的な作業であつて、これができない港湾労働者はいないといえるほどであり、かつぱき作業に特殊能力の不要なことは明らかである。なおウインチ作業については資格を必要とするが、同作業は現在沿岸荷役に含まれていない。
(3) 港湾労働としてはその他に冷凍や袋詰めの作業があるが、前者は輪番制対象者の中でも通常行われているものであつて特殊性がなく、後者は現在、常雇労働者だけが従事している。
(4) 横浜港においては東京港でいう原木、冷凍、鋼材長尺物、重量物が沿岸、船内の輪番制で紹介されており、また、東京港以外の五大港においては選抜制は実施されていない。
(四) 選抜制における選抜対象者の選定方法の違法性
(1) 選抜制の実質
港湾労働法(以下「港労法」という。)施行以前には、日届港湾労働者が就労するためには、当日早朝求人側の各事業者の荷役責任者が発行する「カク」というものを貰い、現場でこれを示して就労したもので、労働者が「カク」を貰うためには、事業者の荷役責任者すなわち手配師と懇意になるいわゆる顔付けをされることが必要であつた。
昭和四一年の港労法施行直後も港職安へ未登録のまま旧来の顔付けにより就労する日雇港湾労働者が多かつたが、その後一年余を経過して右登録が行き渡るようになると、旧来の事業者の世話役が求人連絡員と称し、港職安前で顔付けをしたうえ、顔付けをした登録労働者の労働者手帳を預り一括して港職安に提出することにより、輪番制によらないで就労するという実態であつた。
昭和四七年に港職安は紹介窓口を二つに区分して、輪番制のものと選抜制のものとを別々に紹介するようになり、また、選抜紹介を受けるには登録労働者自身が手帳を選抜窓口に提出しなければならない旨港職安の指導がなされたが、その後も本件当時に至るまで実態は変わらず、選抜窓口で紹介を受ける者は従来から世話役すなわち手配師の紹介で就労していた者であり、この選抜窓口で紹介を受けるためには当日又は前日までに手配師の紹介、了解を受けていることが必要であつて、そうでない者が選抜窓口で求職しても、港職安職員は手配師又は事業者に直接確認をとつたうえで紹介し、港職安独自で事前に選抜紹介の対象者を選定しこれに従つて選抜紹介をしていたことはなかつた。
選抜制の実質はこのように旧来の事業者と日雇港湾労働者の顔付雇用という指名求人を追認維持するためにとられた方法であり、労働者の能力と職業との適合性を考慮したいわゆる適格紹介に反するものである。
(2) 選定資料の不存在
原告らは、登録に際し体力検定を受けたうえ分類された三業種のうち沿岸荷役につき登録をしているが、港職安では登録以後右体力検定以外に原告らの能力を判断すべき格別の処置をしておらず、従つて適格紹介のためと称する選抜紹介の対象者の選定はなんらの資料に基づかないでなされている。
(3) 選定基準の不当性
選抜対象者選定において港職安がとつている基準とするもののうち協調性、体力ということは基準になり得ない。協調性は輪番制においても同様に要求されるのであり、特に選抜紹介に当たつての基準とはならない。また、請取作業の組はきわめて閉鎖的であるから、その組の仲間意識に入れないということは協調性とは関係ない。体力については、沿岸荷役の中で特に体力で差の出るものはない。
(4) 選定の恣意性
原告らは、おそらくとも昭和五〇年二月までにいずれも玉掛けの資格を取得しており、他の職業に従事するについても何らの支障がないのに選抜対象者とされない。これは港職安が原告らの所属する東京港労働組合の組合活動をもつて作業能率低下と称し、原告らを排除するために右選抜制を利用しているにすぎず、また選抜制のもとでは予め適格者を選抜しているというが、その名簿が発表されたのは昭和五〇年七月が最初で、その選定が恣意的である。
4 被告らの責任
原告らに対し前記のとおり職業紹介を拒否した港職安所長は被告国の公権力の行使に当たる公務員で、その職務を行うについて故意に右違法行為をなしたものであり、東京都知事は、被告東京都の公権力の行使に当たる公務員で、港職安所長に対する指揮監督を怠つて右違法行為を看過し、それがため原告らに損害を被らせたものであるから、被告らは、各自、国家賠償法一条の規定に基づき原告らの被つた次の損害を賠償すべき義務がある。
5 原告らの損害
原告らは、本件当日紹介を得て就労したならば各五〇六〇円の賃金を得られたはずであつたのに前記職業紹介拒否により右賃金を得ることができなかつた。
6 結論
よつて原告らは被告らに対し、原告らの被つた右損害金各五〇六〇円から雇用調整手当として受領した原告広幡、同山崎につき各一四〇〇円、同森本につき一六〇〇円をそれぞれ控除した残額である原告広幡、同山崎に対し各三六六〇円、同森本に対し三四六〇円の各支払を求める。
二 請求の原因に対する被告らの認否<以下、事実省略>
理由
一原告らがいずれも日雇港湾労働者で、港職安に登録業種を沿岸荷役とする登録をするとともに、労働者手帳の交付を受けていた登録労働者であつたこと、被告国が港職安を設置し、同所長をして日雇港湾労働者の登録を行うとともに、労働者手帳を交付し、求職の申込みをした労働者に職業の紹介を行わせ、また東京都知事が被告東京都の公務員として港職安所長を指揮監督していることは、いずれも当事者間に争いがない。
二港職安では職業紹介の方法として輪番制と選抜制の二方式を併用しており、輪番制は登録労働者の登録番号順に順次紹介を行い、選抜制は港職安が一定の種類の作業につき予め特定の登録労働者を選抜しておいて、右の種類の作業につき求人があつた場合、登録番号の順番によることなく右の者らを優先的に紹介する方式であること、昭和五〇年二月二五日原告広幡が、また同月二七日原告森本がそれぞれ港職安に出頭し、職業の紹介を受けようとしたところ、いずれも紹介を受けることができなかつたことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告広幡の場合は港職安が当日の求人五二名中一一名については選抜制による紹介を行い、更に一六名については輪番によらず個別的に能力適合者を選抜して紹介を行つたため、輪番制の対象者として当日出頭した者のうち四九番目の順番に当たつていた同原告が紹介を受けることができず、原告森本の場合も当日の求人二四名中一九名については輪番によらず個別的に能力適合者を選抜して紹介を行つたため、輪番制の対象者として当日出頭した者のうちで八番目の順番に当たつていた同原告が紹介を受けることができなかつたもので、右の能力適合者の個別的選抜も前記選抜制に含まれるものであることが認められ(他に右認定を覆す証拠はない。)、そうだとするならば、原告広幡及び同森本は港職安がすべての求人につき輪番制によることなく、選抜制も併用したためそれぞれの日に紹介を受けることができなかつたと認めざるを得ない。
次に、原告山崎についてみると、同原告が昭和五〇年三月三日、職業紹介を受けるべく港職安に出頭したが、紹介を受けることができなかつたことは当事者間に争いがない。しかしながら、<証拠>によると、原告山崎の登録番号は二二〇五番で、前日までに紹介を受けたのは二九〇一番までであるから、同原告の当日における順番は一一四番目となるところ(同事実は当事者間に争いがない。)、当日紹介を受けるべく港職安に出頭した者は六四名で、それに対し当日の求人数は六三名であつたこと、従つて仮に求人全部につき輪番制による紹介を行つたとしても右原告まで順番が回らなかつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
そうだとするならば、原告山崎については紹介拒否と選抜制採用との間の因果関係はなく、同原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく、その理由がないものというべきである。
三そこで、以下原告広幡、同森本に対する関係で、港職安所長が職業紹介に当つて選抜制を併用したことの違法性の有無について検討する。
1 選抜制をとること自体の違法性の有無
職安法三条は、何人も職業紹介について差別的取扱いを受けることがない旨を規定するが、他方、同法一条は各人にその有する能力に適当な職業に就く機会を与えるべきことを、同法一九条は公共職業安定所が求職者に対してその能力に適合する職業を紹介すべきことを定めており、右各法条の関係が問題となるが、三条は、人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地、従前の職業、労働組合の組合員であること等を理由とする差別的取扱いを禁じているのであつて、その趣旨とするところは、差別的取扱いの絶対的禁止ではなく合理的理由によらない差別的取扱いの禁止にあると解され、求職者の能力による差別的取扱いは、求職者にとつても不可能、不適合な職業紹介を受けることがないということを意味するだけでなく、求人側である事業者にとつても支払うべき賃金に相応の労働力を確保できることとなり、ひいては、事業者が港職安に求人をし、それに応じて登録労働者が職業紹介を受けることができるという登録労働者の利益に結びつくのであるから、登録労働者の能力による差別的取扱いは合理的な理由があるものというべく、従つて求職者である登録労働者の能力による差別的取扱いは、職安法の許容するところであると解するのが相当である。
そして、港労法一九条、二四条は、公共職業安定所がする日雇港湾労働者の職業紹介については、労働大臣が中央職業安定審議会の意見をきいて定める基準によつて、これを行うよう定め、港湾労働者に対する職業紹介の基準については一応労働大臣の裁量に委ねられているものと解されるところ、<証拠>によれば、昭和四一年六月二四日付労働省労政局長・同職業安定局長の「港湾労働法の施行について」と題する通達、同日付労働省職業安定局長の「日雇港湾労働者の紹介関係業務の運営について」と題する通達は、港労法の規定に基づき日雇港湾労働者の職業紹介につき個人別輪番紹介制を原則とし、必要に応じ個人別選抜紹介制等を併用するよう定めており、この個人別選抜紹介とは、特別な技能又は体力を要する業務についての求人が申し込まれ、輪番紹介で対処できない場合において、公共職業安定所が求職者群の中から適格者を選定し、紹介する方式というものとされているのであつて、右各通達自体対象業務が特別な技能、体力を要するものである場合すなわち求職者の能力として特別なものが必要な場合には輪番制によらず選抜制を採ることも認めていることが明らかで、港職安における職業紹介の方法として選抜制を採ること自体が違法であると解することはできない。
2 選抜制の対象作業と違法性の有無
<証拠>によると、港職安としては本件当時原木類(ラワン、米丸太、その他の原木)、特殊鋼材(一二メートル以上の長尺物、八メートル以上の鉄板、重量物)、バイキ物(六〇キログラム以上の袋物)、冷凍(冷凍獣魚肉類、野菜類、マトン〔ただし庫内、艙内作業に限る〕を特殊貨物とし、その就労者及び一般貨物でも特に技能、体力を必要と認める作業の就労者は選抜制による取扱いをしており、右特殊貨物については東京港地区職業安定審議会及び港職安、業者、労働組合の各代表で構成する東京港港湾労働者需給委員会の審議を経たうえ決定されたもので、いずれも危険性が大きく高度の熟練と体力が必要であることによるものであることが認められ、証人広瀬昇、同高桑正明、同君島幸男の各証言及び原告森本和夫本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。
そして、右認定事実のほか、前記のとおり港労法が、日雇港湾労働者の職業紹介については労働大臣が中央職業安定審議会の意見をきいて定める基準によつてすべきものと定めており、<証拠>によれば、労働省職業安定局の日雇港湾労働者職業紹介業務取扱要領が、原木、重量物の取扱い等特に技能、体力を要すると認められる作業については必要に応じ選抜紹介方式を併用するものとすると定めていることを併せ考えると、港職安が前記認定のような選抜紹介の取扱いをしていることは適法であり、これを違法視することはできないものというべきである。
なお、<証拠>によると、前記二月二五日には、①六〇キログラムの米、四〇キログラムのセメントの袋物作業、②ドラム・コンテナ詰作業、③袋物肥料(二五ないし四〇キログラム)の台付作業、④二八メートルの鋼材、⑤袋物食塩(三〇キログラム)の台付作業を、また二月二七日には⑥生ゴム(一一〇キログラム)の艀水揚げ作業、⑦ドラムコンテナ作業、⑧袋物肥料(二五ないし四〇キログラム)の台付作業、⑨袋物ソーダー灰(二五ないし四〇キログラム)の作業、⑩袋物食塩(三〇キログラム)の台付作業をそれぞれ選抜制ないし個別的能力適合者選抜の方法によつて紹介したことが認められるが、右①、④、⑥は前記の特殊貨物に属し、その余の作業も<証拠>によると、いずれも熟練ないし体力を要する作業であることが認められるから、これらを特殊貨物に準ずるものとして個別的に能力適合者を選抜した港職安の措置をもつて違法とすることはできない。
また、原告らは選抜制を併用しているのは東京港だけであると主張し、<証人の各証言>によると、厳格な意味の選抜制を採つているのは東京湾の場合だけであることが認められるが、一方右各証言によると、他港の場合も概ね職種を細分化し、職種ごとに適格者を選定してグループ化し、その範囲で輪番制をとつているもので、完全な意味の輪番制は採つておらず、しかも東京港の場合は他港に比し貨物の種類の面でも技術と体力の要求される原木、袋物及び冷凍ものが多いという特徴のあることが認められるから、右の点も港職安の取扱いが不当、違法なものとする根拠とはなり得ないというべきである。
3 選抜対象者の選定方法の違法性の有無
<証拠>によれば、労働省職業安定局の日雇港湾労働者職業紹介業務取扱要領によれば、選抜の方法については同示達の定める選抜要領を参考とし各港において決定するものとし、同選抜要領では登録労働者の把握及び選抜を容易にするため選抜票を作成するものとし、同選抜票は保有免許、資格の有無、経験年数、扱荷の状況、健康状態、その他の紹介上留意すべき事項などを内容とするよう定めているのにとどまり、港職安においては、右示達に基き事業者や労働組合の意見もきいたうえ、東京港日雇港湾労働者選抜要領を定め、性別、年令、登録業務、免許資格の有無、経験年数、扱荷の状況、出頭、就労状況、協調性、体力の持続性などを基準として選抜対象者を選定し、その名簿を作成していることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
もつとも、<証拠>によると、港職安は昭和五〇年七月まで右選抜対象者名簿を公開せず、しかも選抜紹介対象者の選定に当たりその作業への慣れを考慮にいれていたため、旧来の事業者による顔付け雇用の継続すなわち事業者による指名求人と実質的に類似する側面を有していた時期もあつたこと、選抜対象者とその他の者とでは就労の機会に差のあること、選抜対象者名簿が固定化していて輪番対象者から選抜対象者に移る機会が少ないことなどが認められ、港職安としても登録労働者に対して職業訓練を実施して技術と能力の向上を図り、また、登録後の登録労働者の能力及び作業状況について港職安自身が正確な把握をするなどによつて、輪番対象者から選抜対象者へ移り得る機会を多くするとともに選抜紹介の対象作業でもできるだけ輪番対象者を入れるなどしてできるだけ、就労機会の差をなくするよう努めるべきであり、それらの点において選抜制の運用面において全く問題がないわけではない。しかしながら、叙上認定の各事実関係からすると、右のような運用面における問題点が存在するからといつて本件選抜制が著しく不合理で違法なものと断ずることはできない。
以上のとおり、港職安が採つている選抜制が違法であるとはいえず、従つて原告広幡、同森本に対する本件紹介拒否も違法ということはできない。
四以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余について判断するまでもなくいずれも理由がないので、失当としてこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項の規定を適用して主文のとおり判決する。
(小川昭二郎 榎本恭博 佐賀義史)