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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2333号 判決 1977年10月24日

原告 後藤秀生

右訴訟代理人弁護士 庄司宏

被告 田中ミサヲ

右訴訟代理人弁護士 吉田豊

同 中川了滋

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録(一)、(二)記載の土地につき、東京法務局調布出張所昭和四八年六月七日受付第二二三九九号所有権移転登記の、同目録(三)記載の土地につき、同法務局同出張所昭和四八年六月七日受付第二二三九八号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の土地(以下それぞれ本件(一)、(二)、(三)の土地という。またこれらを本件土地と総称する。)を所有している。

2  被告は、本件土地につき、請求の趣旨記載の所有権移転登記をそれぞれ経由している。

3  よって原告は被告に対し、所有権に基づき本件(一)、(二)、(三)の土地につき、請求の趣旨記載の各登記の抹消登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

原告がかつて本件土地を所有していたこと及び請求原因第二項は認める。

三  抗弁

1  被告は原告に対し、昭和四四年二月から八月の間に、次のとおり二〇一〇万円の金員を貸し渡した。

貸渡期日    金額    弁済期日

二月二一日 五〇〇万円 六月二五日

四月一〇日 五〇〇万円 五月一〇日

五月二三日 一六〇万円 六月二九日

六月二〇日 一〇〇万円 七月二〇日

六月二五日 三〇〇万円 七月二五日

七月八日   三〇〇万円 七月二二日

八月二九日 一五〇万円 九月八日

2  右借入金二〇一〇万円のうち、金五〇万円につき、被告は原告から弁済を受けた。

3  昭和四五年二月三日ごろ、原告は被告との間で、右残債務一九六〇万円の貸金債権を担保するため、原告の所有する本件土地につき、抵当権設定契約を締結した。

4  被告は、東京地方裁判所八王子支部に、右抵当権に基づいて本件土地の競売を申し立て、昭和四七年八月二九日これを競落し、請求の趣旨記載の所有権移転登記を経由した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第一項については、原告が昭和四四年六月二〇日金一〇〇万円を借入れたことは認めるが、その余は否認する。すなわち、同年二月二一日、四月一〇日、五月二三日、六月二五日及び八月二九日の借入金は訴外株式会社アートプロモーションが、被告から借り受けたものである。また、七月八日の三〇〇万円は原告も訴外株式会社アートプロモーションも借り入れていない。

2  同第三項は否認する。

3  同第四項は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  原告がもと本件土地を所有していたこと及び請求原因二項の事実については当事者間に争いがない。

二  消費貸借について

被告が昭和四四年二月二一日から同年八月二九日までの間に、原告又は訴外株式会社アートプロモーションに対し、合計二〇一〇万円又は一七一〇万円を貸し付けたことは当事者間に争いがない。そして、その後昭和四五年二月三日までに五〇万円の返済のあったことは被告の自認するところであるから、被告の債権額は一九六〇万円又は一六六〇万円であったことになる(債権額が右のいずれであったかは本件の結論に影響を及ぼさないので、以下この債権を一九六〇万円の債権ということにする。)。

三  抵当権設定契約について

1  《証拠省略》によれば、被告は、前記一九六〇万円の債権の元本はもとより利息もほとんど支払ってもらえないばかりか、これについて確実な担保の提供も受けていなかった(この点については後に3項において認定する。昭和四五年二月の時点では本件土地について所有権移転請求権仮登記が付されていたが、先順位で訴外青木緑のために停止条件付抵当権設定仮登記が付されていた。)ので、原告に対し改めて担保の提供を要求することとし、本件抵当権の設定登記のされた昭和四五年二月三日の数日前、被告の長男の田中大丈夫と被告の亡夫の知合いであった阿部精一が原告が経営する会社の事務所を訪れ、原告と折衝した結果、原告は本件土地について前記青木緑のための抵当権設定仮登記を抹消し、右一九六〇万円の債権を担保するために本件土地に抵当権を設定することを承諾し、同年二月二日若しくは三日に当時原告が常に登記申請手続を依頼していた司法書士市川栄作の事務所に関係者が参集して右各登記手続をすることを約したこと、そこで同年二月二日若しくは三日に市川栄作の事務所に被告、田中大丈夫、阿部精一が出かけたところ、原告は顔を見せなかったが、本件一九六〇万円を借り受けるについて原告を被告に紹介した夏目喜次郎が青木緑の抵当権設定仮登記の抹消に必要な書類及び本件抵当権設定登記に必要な原告側の書類を持参したので、同月三日に市川司法書士の申請により青木緑の抵当権設定仮登記の抹消登記及び本件抵当権設定登記がされたことが認められる。

《証拠判断省略》なお原告本人も、本件抵当権設定登記手続のための原告名義の委任状の名下の印影が当時の原告の登録印鑑によるものであることは認めている。

2  また、《証拠省略》によれば、本件抵当権設定登記の後も原告から右登記につき何の異議も述べられなかったこと(《証拠判断省略》)、かえって昭和四五年七月一二日に田中大丈夫が原告及び夏目喜次郎と会った際、原告から本件土地の抵当権をやはり原告所有の東京都調布市小島町一〇三六番及び一〇三七番の土地に移しかえてもらいたい旨の申し入れがあったこと、この申し入れは被告側がこれを拒否し、支払いを猶予するかわりに右一〇三六番の土地を本件貸金債権の担保として追加することになったこと(原告は右土地についての昭和四五年七月一四日受付根抵当権設定登記は、多額の融資をしてくれた被告に対して原告が支払うことにした謝礼金を保証する趣旨のものであると供述しているけれども、右の証拠に照らし措信し得ない。)、さらには、昭和四六年一月二一日に原告が金七〇〇万円の返済を条件に本件(三)の土地についてのみ抵当権登記を抹消するよう被告に申し入れたことが認められ、以上の事実からも本件抵当権設定契約締結の事実を推認することができる。

3  ところで、《証拠省略》によれば、原告が昭和四四年七月に田中大丈夫のために原告所有の東京都調布市小島町一〇四一番の土地について所有権移転請求権仮登記を、同年八月にこれを抹消して被告のために原告所有の同町一〇三五番の土地について停止条件付抵当権設定仮登記(債務者は株式会社首都ビジョン、債権額は二〇〇〇万円である。)を、同年九月にこれを抹消して被告のために本件土地について停止条件付根抵当権設定仮登記(債務者は株式会社首都ビジョン、元本極度額は二〇〇〇万円である。)を、さらに同年一一月にこれを抹消して被告のために同土地について所有権移転請求権仮登記をそれぞれ行なった事実が認められる。

原告は右の登記に関し、七月の所有権移転請求権仮登記は一〇四一番の土地からの砂利採取を目的とする売買予約を原因とするものであって、それ以外の各登記は本件貸付と別個の訴外株式会社首都ビジョン(代表取締役は原告)に対する二〇〇〇万円の貸金債権を担保するためのものであり、結局、本件貸金債権については不動産の担保はなかった旨供述しているけれども、本件一九六〇万円の債務の弁済もいっこうにはかどっていないのに原告の個人会社であった(この事実は原告本人尋問の結果から認められる。)株式会社首都ビジョンに二〇〇〇万円もの多額の融資を行なうとの話が出るとは考えられないし、また、被告が本件の一九六〇万円を原告らに貸し付けながら何らの不動産担保も有しないというのも不自然である。さらに《証拠省略》によれば、原告が右一〇四一番の土地から一〇三五番の土地に担保となる土地を差し替えたことがうかがわれるから、結局、右の一連の登記は本件一九六〇万円の債権の担保のためになされたものと認めることができる。右の点に関する原告の供述は措信し難く、むしろ《証拠省略》によれば、先に認めたように原告は担保を順次差し替えてきたけれども、結局その最後に行なわれた昭和四四年一一月一日付所有権移転請求権仮登記による担保も訴外青木緑を権利者とする先順位の同日付停止条件付抵当権設定仮登記が存在し不十分なものであったため、右青木のための仮登記を抹消したうえで新たに本件土地につき抵当権設定契約を締結し本登記を行なったものと認めるのが相当と考えられる。

4  以上述べたところにより、昭和四五年二月三日の数日前ごろ原、被告間において、前記金一九六〇万円の貸付債権担保のため本件土地につき抵当権設定契約が締結されたことは明白である。

四  競落の効力について

1  被告が本件抵当権の実行として本件土地の競売を申し立て昭和四七年八月二九日に右土地を競落し、これに基づき請求の趣旨記載の所有権移転登記を経由したことについては当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によれば、被告が昭和四四年一月二〇日付消費貸借に基づく原告に対する金一九六〇万円の貸金債権を被担保債権として本件抵当権設定契約が締結されたとして、これを原因として右競売の申し立てをしたことが認められる。

2  ところで、競売においてはその手続上の瑕疵は競落許可決定の確定により治癒され、これにより競落の効果は覆されないが、競売の基礎である抵当権の不存在又は消滅といった実体上の瑕疵がある場合には、たとえ競落許可決定が確定しても実体法上所有権移転の効力を生ずることはなく、その後もなお競落の効果を争うことができると解されるところ、仮に本件貸金の債務者が株式会社アートプロモーションであったとすれば、本件競売においては、その申立内容が抵当権によって担保される貸金債権の発生期日のみならずその借主の点において事実とくいちがっていることになるので、右の解釈に基づいて以下本件競落の効力について検討することとする。

3  このような場合には、確かに競売申立のとおりの被担保債権は存在しないということもできるけれども、発生期日や借主が異なるにせよ抵当権者である被告が貸金債権を有し、その債権を担保するために競落土地所有者であった原告の意思に基づいて抵当権が設定されている以上、実体上の瑕疵は存在しなかったとみるべきであり、本件の場合はむしろ競売申立において申立の内容が実体に沿うものでなかったという手続上の瑕疵が存在したに過ぎず、競落許可決定とともに右の瑕疵も治癒されたと考えるべきである。

とくに、本件消費貸借においては、法的には原告と株式会社アートプロモーションとは一応別個のものであるとはいうものの、原告本人尋問の結果によれば右会社は原告が代表取締役をしている原告の個人会社ともいうべき存在であったことが認められ、両者は実質的には同一であって明確に区別し難い状況にあったことが推認できるのであるから、そのような状況における競売申立の不正確な記載を理由として競売の効力を否定することは信義則の見地からも到底是認することができない。

4  よって、本件競売申立において抵当権の被担保債権の発生期日及び借主が事実と異なっていたとしても、右の瑕疵は競落許可決定の確定により治癒され、本件競落の効力はもはや争うことができないものということができる。

五  結論

よって原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎秀一)

<以下省略>

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