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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3735号 判決 1977年6月27日

原告

加納恒男

外二五名

右原告ら訴訟代理人弁護士

斎藤浩二

外二名

被告

日本住宅公団

右代表者総裁

南部哲也

右訴訟代理人弁護士

大橋弘利

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  被告は、別紙物件目録記載の建物のうち、同目録の原告ら居住部分欄記載の各部分に対する被告の賃貸人としての権利義務を第三者に譲渡、引受させてはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一、原告らの請求原因

1  原告らは、昭和三四年頃より逐次被告から、別紙物件目録記載の建物(通称恵比寿第一市街地住宅。以下「本件公団住宅」という。)のうち、同目録の原告ら居住部分欄記載の各部分をそれぞれ賃借りしているものである。

2  ところで右建物は被告の所有に属するところ、被告は、昭和四六年六月上旬、突然原告らに対し、原告らの賃借部分の存する本件建物の三階以上を第三者に譲渡する方針である旨を通告し、右賃借部分につき、その所有権、従つてそれに伴う賃貸人の地位が譲渡されるおそれが生ずるに至つた。

しかし、本件賃貸借については、原告らの有する賃借権の特殊性等からして、被告は原告らに対し、原則としてその賃貸人たるの地位を譲渡すべからざる義務を負い、かつ本件についてはその例外を成す事情も存しないものである。以下、これを分説する。

3  原告らの権利の性質

(一) 一般賃借権

原告らは、被告から本件公団住宅を賃借りし、現に居住しているものであるから、原告らの居住権が、一般賃借権として借家法ないし民法の適用を受けるものであることは明らかである。

(二) 公団住宅居住権

(1) 被告が賃貸する公団住宅の居住者は、住宅に困窮し、かつ現に同居し、または同居しようとする親族がある者に限られている(日本住宅公団法施行規則(以下「施行規則」という。)一三条)から、居住者が長期不在により、賃借権の行使を継続する意思がないと認められるときは、契約を解除されるし、また、世帯構成が変わり、世帯向住宅に単身で居住するようになつたときは、単身向住宅に転居しなければならなくなるが、かかる事態は民間住宅の賃貸借にあつては通常考えられないことである。

(2) また、公団住宅の入居者は、新聞、ラジオなどで公募され、くじなどの公正な方法で決定される(施行規則一二条、一四条)から、賃貸人である被告には、賃借人を自由に選択する余地がなく、適格者であり、かつ、公正な方法で選ばれた者は、被告の意思如何にかかわらず、賃借人になることができる。

(3) さらに、公団住宅における家賃の算定方法は、一般の建物賃貸借において行われている、建物および敷地の現価を元本として、これに適正な期待利回りを乗じ、これに税金などの諸経費を加えて求める積算方式評価法をとらず、敷地価格を除いた建物の建造価格を元本とし、これを償却期間(七〇年)中利率年五分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に諸経費を加えて求める減価償却方式である(施行規則九条)。すなわち、被告は、収益を目的としていないので、その家賃は本質的に低廉であり、これは日本住宅公団法(以下「公団法」という。)その他の法令によつて保護された利益というべきである。

(4) 加えて、一般の賃貸住宅のうち、東京周辺では二、三か月分の家賃相当額を権利金として賃貸人が受領している例が圧倒的であるが、公団住宅の場合には、施行規則一一条により、権利金その他これに類する金品の受領が禁止されているので、被告は、共益費および敷金(三か月分の家賃相当額の範囲内)が受領できるにとどまる。これも公団法その他の法令によつて保護された利益というべきものである。

(5) 最後に、施行規則は法規命令であり、単なる行政規則ではないから、行政主体たる被告だけではなく、国民にも適用があることは法規命令自体の性質上、当然のことである(法規命令の両面拘束性)。それ故、原告ら賃借人と被告との賃貸借契約の条項は、右施行規則の枠内で、単に補充的な役割を示しているに過ぎず、右契約条項が施行規則に違反した場合、その違反の限度において効力を生じないものといわなければならない。

(6) 以上のとおり、被告が住宅困窮者のために賃貸住宅を建設し、その賃借人に対し、民間の借家権者に認められている以上の有利な利益を与え、そのために賃借人の資格、決定などについて公平をはかつているのは、いずれも公団法一条の趣旨を具体化したものにほかならない。そして、その具体的施策の結果、個々の住宅困窮者である賃借人が受ける利益は、憲法二五条一項の具体化された、法の保護に値する利益、すなわち権利であるということができ、それはいわば公団住宅居住権と呼ばれるべきものである。

4  被告の不作為義務

前項記載の公団住宅居住権を規定したものというべき公団法一条、三二条、施行規則九条ないし一五条の各条項は、「被告が賃貸する住宅」(施行規則九条)についてしか適用されない。従つて、被告がもし現に賃貸中の住宅の所有権を私人たる第三者に譲渡することにより、右住宅の賃貸人としての権利、義務を第三者に移転、引受けさせた場合には、右新賃貸人と賃借人との間には前記法条は適用されず、その結果右賃借人は従前享有していた公団住宅居住権による利益を不当に奪われることとなる。

このようなことは、たやすく認められるべきではなく、従つて公団住宅の賃貸借にあつては、特別の必要のあるときを除き、被告は自己の賃貸人としての地位(施行規則九条以下の義務を伴う。)を第三者に移転することはできないものというべきであり、右理由から、被告は公団住宅の賃貸人に対し、賃貸借契約上の債務として、特別の場合を除き、その賃貸人としての地位を第三者に移転してはならない不作為義務を負うものというべきである。

5  特別事情の不存在

(一) 上記のように、被告は、その賃貸人たる地位を譲渡できないのを原則とするが、例外として、一定の場合にはこれをなすことはできる。しかし、そのためには、右譲渡につき建設大臣の承認が必要であるのみならず、右承認は、「特別の必要があると認めるとき」に限つてこれが許されるのである(施行規則一五条一項)。しかして、この「特別の必要」とは、公団法一条の趣旨から推しても、施行規則九条ないし一五条で権利化された前叙のような公団住宅居住権が、譲渡によつても侵害されないか、または侵害されたとしてもそれが極めて軽微である場合にのみ認められるものというべきである。例えば、賃借人に対し、その居住部分を譲渡する場合などがその典型である。

ところで、本件については、建設大臣の昭和四四年一二月二〇月付の承認が存するのであるが、本件に関しては以下に述べるとおり、上記基準よりみた「特別の必要」は存しないから、右承認は無効であり、被告の不作為義務に消長は存しない。

(二) 被告は、前記のとおり、昭和四六年六月に至り、突然本件公団住宅の三階以上の居住者に対して、右三階以上の部分(以下「本件住宅部分」という。)を、同建物一、二階の商店、事務所用部分(以下「本件施設部分」という。)の所有者に譲渡する方針である旨通告し、その後右譲渡のための内部作業を行なつているのであるが、被告による右払下げの根拠は、被告が昭和三二年本件公団住宅の建設に着手した際、被告は、敷地の提供者(それは右施設部分の所有者でもある。)に対し、右住宅部分を、一〇年経過後に、敷地提供者の申入れがあれば譲渡すると約束したというにある。

しかしながら、被告と敷地提供者との間に、右のような約束があつたことを示す契約書、覚書その他の書面は全く存在せず、また、原告らの入居に際しても、被告は原告らに対し、右のような約束のあつたことを一切告知していない。原告らに対する被告の前記通告は、まさに突然なされたものである。

(三) 被告の本件公団住宅の譲渡により、原告らの法的利益ないし権利が侵害されるおそれのあることは、すでに賃貸住宅の譲渡すなわち払下げのあつた他の公団住宅の実例からも明らかである。

例えば、すでに払下げの行われた赤坂一丁目などでは、敷地提供者らが払下げを受けて賃貸人となるや否や、直ちに家賃の値上げを実施し、二年もたたないうちに家賃が五倍にもはね上り、また、高家賃にたえかねて退去した賃借人の住居跡は、直ちに事務所などに転用され、周囲の住宅環境は悪化する一方となつている。こうして従前の居住者は、次第に転居せざるを得ない状況に追いこまれているが、これは、公団住宅居住権を不当に奪われた住宅困窮者が、単なる借家権しか主張しえなくなつた場合の当然の結果なのである。

(四) 被告が賃貸住宅を敷地提供者に譲渡することは、社会的公平の見地からも問題である。すなわち、本件についても、敷地提供者は、一、二階部分(施設部分)の譲渡を受け、右部分を店舗あるいは事務所として利用することにより高額の収益をあげており、また、三階以上の住宅部分についても地代を徴収していると共に、そのうちの十数戸について優先入居権(転貸も可能)を有しているから、すでに十分過ぎる程経済的に報われているのである。したがつて、このような敷地提供者に対し、さらに三階以上の本件建物を払下げることは、不当に敷地提供者を利するもので、社会的公平を欠くものといわなければならない。

(五) 原告らは、被告による前記払下げの通告以来、住居に対する将来の不安のため、夜も眼れない状態であり、八方手を尽くして反対運動を展開しているが、世論の動向も原告らを支持する方向にあり、このことは原告らの主張の正当なることを裏付けるものである。

(六) 以上(二)ないし(五)に述べた各事実から明らかなとおり、被告の予定している本件譲渡は、賃借人である原告らの前叙のような公団住宅居住権を著しく侵害し、かつ社会的にも不当なものであるというべく、そこには、被告の右譲渡を正当化するに足る「特別の必要」性は何ら存しないものである。

6  よつて、原告らは被告に対し、前記公団住宅居住権に基づいて被告の予定する本件譲渡の禁止を求めるべく、請求の趣旨記載の裁判を求めるものである。

二、請求原因に対する認否および被告の主張

1  第1項の事実は認める。

2  第2項のうち、前段の事実は認める。

3(一)  第3項(一)は認める。

(二)  同項(二)(1)のうち、原告ら主張のような施行規則の存することは認めるが、引用は正確でない。本件公団住宅についての原告らの見解は争う。原告らの主張する負担は、被告所有の公団住宅に居住するが故のものであり、賃借権そのものの内容ではないから、原告らの賃借権が一般の賃借権と質的に相違するわけではない。

(三)  同項(二)(2)のうち、原告ら主張のような施行規則の存することは認める(但し、引用は正確でない。)が、その余は争う。原告らの主張するように、賃借人の選考方法が通常一般の場合と異なつているとしても、それは賃貸借契約成立までの経過の特殊性を示すに過ぎず、賃貸借契約自体は、あくまでも被告の意思に基づいて締結され、また、その前提として、如何なる者が適格者であるかを決定するについては被告にも裁量権があるのである。

(四)  同項(二)(3)のうち、施行規則九条に原告ら主張の如き記載があることは認めるが、その余は不知。家賃の算定方法は契約内容そのものではなく、算定された家賃が原告らと被告との賃貸借契約の内容となるのであるから、本件公団住宅の家賃が、一般住宅の家賃と比較して安かつたとしても、それは原告ら、被告間でそのような内容の契約を締結したことの結果であり、原告らの特別な権利に基づくものではない。すなわち、本件公団住宅の場合も、法律的には、民法、借家法の適用があるに過ぎず、また、原告らとの賃貸借契約書中にも家賃変更の可能性が明示せられているのであるから、一般賃貸住宅と本質的な相違は認められない。

(五)  同項(二)(4)のうち、施行規則一一条に原告ら主張の如き記載のあることは認めるが、その余は不知。原告らと被告との賃貸借契約書中には権利金についての記載はないが、このことは、原告らの賃借権に質的相違を生ぜしめる事由とはなりえない。

(六)  同項(二)(5)の主張は争う。原告らの賃借権の性格を理解するには、本件賃貸借契約の内容を検討すれば十分であり、ことさら施行規則の性質を議論する必要はない。けだし、施行規則の内容は殆んど契約条項の中に含まれており、また、右規則の各条項は、被告の公共性あるいは公益性に由来する制約であつて、原告らが権利として主張しうべき事柄ではないからである。

(七)  同項(二)(6)のうち、被告が住宅困窮者のために賃貸住宅を建設していることは認めるが、その余の主張は争う。原告らと被告間には賃貸借契約が存在し、公団住宅を使用収益する場合の権利義務を定めているが、この内容は民法第二章第七節に定める賃貸借であり、ただ被告の公共性から、賃借人に対し若干の義務が附加せられているだけである。また、法律上賃借人の権利を強化し、賃借権に質的相違をもたらす法令の規定も存在しない。原告らは、公団住宅の賃借人に認められている家賃の割安感を法律上の権利もしくは利益と錯覚しているにすぎない。したがつて、公団住宅の賃借権と一般の賃借権とは質的相違があり、不可侵であるかの如き原告らの主張は誤りであり、到底承認できないものである。

4  第4項のうち、施行規則九条ないし一五条が被告の賃貸する住宅の管理等の基準を示したものであることは認めるが、公団法一条、三二条が「被告が賃貸する住宅」についてしか適用されないとの点は否認、その余の主張は争う。

5(一)  第5項(一)のうち、施行規則一五条一項に被告は特別の必要があると認めたときに公団住宅を譲渡できる旨、および右譲渡については建設大臣の承認を要する旨の規定があること、本件公団住宅の譲渡に関し原告ら主張の日時に建設大臣の承認が存することは認めるが、その余は争う。なお、右「特別の必要」の存否の認定主体は被告であり、ただこれにつき監督権者たる建設大臣の承認を要するにすぎない。

(二)  同項(二)の事実関係は認める(但し、本件公団住宅の敷地の提供者と本件施設部分の所有者とは必ずしも一致しない)。

被告は、昭和三二年本件公団住宅の建設に着手した際、敷地提供者との間に、被告は右住宅中の施設部分を敷地提供者に譲渡することとし、更に、右譲渡を受けた敷地提供者が、一〇年後、本件公団住宅中の住宅部分の譲受を希望したときは、被告はこれに応ずる旨確約した。そして本件については、右の申出があつたのであるから、被告としては右約束を履行すべき立場にあり、本件譲渡は、まさに前記規則の「特別の必要があると認めるとき」に該当するものである。

(三)  同項(三)については、原告ら主張の実例が存することは不知、原告らの主張は争う。

(四)  同項(四)のうち、本件公団住宅の一、二階部分の譲受人が、右の部分を店舗あるいは事務所として利用していること、被告が敷地所有者に地代を支払つていることは認めるが、敷地所有者が本件住宅部分中の十数戸の優先入居権を有することは否認し、原告らの主張は争う。

(五)  同項(五)の事実は不知ないし争う。

被告は本件公団住宅(その住宅部分)を譲渡するに際し、(1)右譲渡契約締結前、その旨を賃借人に通知するとともに、住宅変更等希望の有無を調査する、(2)他の賃貸住宅への住宅変更または分譲住宅の譲り受けを申し込む者には所定の手続を経て住宅の斡旋を行い、契約締結後三年以内に完了させる、(3)住宅の譲渡を理由に転居するときには所定の移転料を支払う、などの措置をとることを予定している。右の措置は、公団住宅の譲渡と必然的に関連するものではなく、また、譲渡が賃借人の権利に何らかの法律的変化をもたらすとの前提に立つものではないが、それぞれ事情の異なる賃借人の立場を考慮して行う対策であり、右措置を希望する者にとつては利益をもたらすものである。そして、本件については、前記譲渡予告の通知後、すでに本件公団住宅の賃借人のうち、九名がかような措置を希望し、内三名が被告の他の賃貸住宅に移転し、さらに他の三名が単なる明渡を完了した。また、被告は、右のような移転措置を希望しない賃借人に対しては、立退き等を要求するものではなく、賃借人が居住したままで本件公団住宅を譲受人に譲渡するのであるから、入居者らに将来何れの者と賃貸借契約を締結し、もしくは継続するかの選択の余地を与え、その立場に十分の配慮を示しているのである。

以上のところから明らかなように、被告が本件公団住宅を譲受希望者に譲渡することには違法性がないばかりか、原告ら入居者の立場に対しても十分な配慮がなされているので、原告らに右譲渡を阻止する権利ないし利益は存しないものというべきである。

(六)同項(六)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告らの請求原因1および2前段の事実(原・被告間の賃貸借契約および被告の譲渡通告の事実)は、当事者間に争いがない。

二原告らは、被告に右譲渡の禁止を求める根拠として、公団住宅居住権なる観念を主張するので、まず、原告らの賃借権が、一般賃借権と異なるものであるか否かについて検討する。

被告は広義の公共企業体の一種としてその組織、運営等について法律による規制を受け、特定の者が被告の賃貸住宅に入居し、これを使用しうるためには、公団法その他関係法規の定める規準に合致し、かつ、その使用許可手続を履践しなければならない。すなわち、住宅に因窮している者であること等一定の入居資格ある者(施行規則一三条)が公募され(同一二条)、抽せんその他の公正な方法で選考され(同一四条)たうえ、さらに所要の手続を経て始めて賃貸住宅を使用することができる旨定められている。しかし、このような手続を経たうえで、被告と入居者らとの間に設定される賃貸住宅の使用関係は、本来権力の行使を本質としない一種の管理関係であり、その性質は私法上の賃貸借契約の域を出ないものというべきである。それは、関係法令がこれを否定すべきなんらの規定を有せず、公団法自体が民法四四条、五〇条、五四条の準用を定めている(公団法九条)点からも、また、相当額の賃料および敷金等の支払と賃貸住宅への入居、使用の承認とを相互の対価とする取引関係が右利用関係の実体をなしている点からも明らかである。そうすると、本件公団住宅の利用関係は、法律的には一般賃借権と別段異なるところはなく、右については借家法および民法が適用されるものといわなければならない。

原告らは、入居者の資格、募集方法、選考方法、および家賃の算定方法等についての公団法の諸規定に基づき、原告らが公団住宅居住権なる特別の権利を有する旨主張し、<証拠>によれば、公団住宅の賃貸借関係は、一般賃貸住宅の利用関係と異なつている面の存することが認められるが、右の差異は、主に利用関係の設定以前の段階に属し、利用関係そのものについてではないし、また、権利金等の受領禁止の規定も、被告自身の帯有する公益性に由来するものであり、利用関係の性質を特別なものと決定づけ、その結果原告らに一般賃借権とは異なつた、公団住宅居住権なる特別の権利を付与したものとは認められないから、右特別の権利関係から被告に一定の不作為義務が生ずるとする原告らの主張は、その前提を欠いて失当といわなければならない。

三しかしながら、被告は施行規則一五条一、二項により、その所有する賃貸住宅を他に譲渡するについては、特別の必要があるときにのみ(かつ建設大臣の承認を得て)これをなし得るものであるところ、原告らの本訴主張中には、仮に原告らの賃借権が本質的には一般賃借権と異ならないとしても、被告との賃貸借契約中には、右にいう「特別の必要」が実際には存しないのに被告が軽々しく賃貸住宅を譲渡しないとのことが債権債務化されており、被告はこれに基づき本件譲渡をなすべからざる不作為義務を負うとの主張をも包含すると認められるので、以下、本件における「特別の必要」性の有無について検討する。

被告が、昭和三二年本件公団住宅の建設に着手し、その完成後右のうち三階以上の部分をいわゆる賃貸用公団住宅として、原告らに賃貸して来たものであること、被告が本件公団住宅建設の当初、敷地の提供者に対し、一、二階の施設部分を譲渡し、更にこの譲受人に対し、右部分の譲渡より一〇年経過後に、本件住宅部分の譲り受けを希望すれば譲渡すると約束したこと(但し、書面は存在しない。)、被告は原告らの入居に際し右約束を告知しなかつたこと、その後被告は右約束に基づき、本件住宅部分を他に譲渡することとし、建設大臣はこれを昭和四四年一二月二〇日に承認したこと、以上は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、<証拠>によれば、左の各事実が認められる。

1  被告が本件公団住宅建設の当初、敷地の提供者に対し、一、二階の施設部分を譲渡し、更に右部分の譲渡より一〇年経過後に、本件住宅部分をも希望があれば譲渡すると約束したのは、一方、過密な大都会の再開発・整備と共に、住宅困窮者に対し便利な都会地住宅を提供するためには市街地を取得する必要が存するのに、他方、市街地は地価も高く、入手が容易ではないので、それを買収せずに、しかも権利金なしで土地を提供してもらう代りに、建物の施設部分を土地の提供者(敷地所有者および敷地借地権者の双方を指す。)に原則として一〇年ないし一五年間の割賦で譲渡し、更に右施設の譲受人に対し将来希望があれば住宅部分の所有権をも譲渡するとの約束をする必要性が存したこと、および、右昭和三二年当時は、一〇年経てば住宅難はほぼ解消するであろうという政治的な見通しがあつたこと、などの諸事情もしくは政策的配慮に基づくものであつたこと。

2  被告が原告らの入居に際し、右約束は告知しなかつたのは、当時、本件施設部分の譲受人が、住宅経営を経験したことがなかつたために、果して一〇年経過後に本件住宅部分を譲り受けるか否かが確定していなかつたこと、したがつて被告としても、そのように一〇年以上も先の不確定な事項を予め入居者に知らせる必要はないと判断したこと、また、たとえば神奈川県住宅供給公社等でも、右と同様の方式を採用していたこと、さらに、原告らと被告との賃貸借契約は、一般の賃貸借契約であるから、所有者が変わつても、賃借人に特別に不利になることはないと被告は考えていたこと、などの理由によるものであり、それには一応の根拠があると認められること。

3  被告は、施設部分の所有者に対する本件住宅部分の譲渡に当り、右譲渡後も三年間はその所有権を被告に留保し、その間家賃を従前のまま据え置く旨の条項を右譲渡契約書に入れるとともに、入居者が他の賃貸住宅への住宅変更や分譲住宅の譲り受けを希望すれば、それらを斡旋し、その際移転料(実費)を支払うなどの代替措置を講じていること(なお右の措置は、被告が利益を考えずに住宅政策を実施する機関であることに基づいてなされたものであり、本件公団住宅が一般の私人に譲渡されれば、入居者が不利益を受けるであろうことを被告において前提としているからではない。)、加えて、被告は、右譲渡契約締結前に、入居者らに対し、あらかじめ、公団住宅を土地提供者に譲渡することになるかも知れない旨の通知をなし、なお同通知書において、引き続き本件賃貸借契約を継続するか、他へ移転するか(この場合には、被告は前記のような代替措置を考慮している。)の選択の機会を与えていること。

以上の各事実が認められ、これを覆えすに足る証拠は存しない。

四思うに、公団住宅の賃借権は、公団住宅居住権といつた如き特殊の権利でないとはいえ、それが元来国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを究極の目的として住宅困窮者のために建設せられた住宅(公団法一条)の利用権であり、また賃借人は公団が永く賃貸人であることを信じ或いは期待して入居するのが通常であるから、公団賃貸住宅の譲渡が安易に行われるべきでないことはいうまでもない。

しかしながら、前判示の事実関係によれば、本件の場合、被告が敷地提供者に将来の譲渡を約したについては市街地公団住宅建設等のためやむを得ぬ事情が存したこと、被告が原告ら入居の際にこれを告げなかつたことに一理がない訳ではないこと、被告は本件譲渡に関し原告らのため種々の配慮をなしていること等の各事実が認められるのであつて、本件に特別事情なしとする原告ら主張の各事実を考慮に入れても、政治的行政的見地からはともかく、法律的見地からみると、本件譲渡については、その「特別の必要」が存する場合と解するのが相当であり、右譲渡をもつて原・被告間の賃貸借契約上の信義則に反するともいえない。

五以上の次第であるから、原告らの請求は理由なきものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(小谷卓男 飯田敏彦 矢崎博一)

原告目録<省略>

物件目録<省略>

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