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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4671号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一被告会社が自転車の製造販売を主たる業務とする企業であること、被告会社が昭和四四年一〇月七日から九日までの三日間にわたり、同社の創立八〇周年記念事業として、全国の自転車販売の代理店を招き、八〇周年記念大会を開催したこと、その際、被告会社がA・B・C・D・G各製品を使用した自転車の新製品を展示し、昭和四四年一一月一四日から右新製品を製造販売したことは当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実と<証拠>によると、次の事実が認められる。

原告は、昭和二五年東京理科大学物理科へ入学し、同校卒業後、主としてカメラを主体とした研究開発に従事し、昭和三五年ごろからカルノ科学研究所を主宰し、富士写真フィルム株式会社、株式会社ヤシカ及び東京芝浦電気株式会社等の依頼を受け、光学機器等の商品開発を行う等し、これらの研究開発に基づく種々の工業所有権を取有している。

被告会社は、昭和四四年当時、その業績が悪化しており、営業面に力を入れていたが、昭和四四年一〇月七日より九日までの三日間、八〇周年記念大会の開催を予定し、そこで自転車の新製品発表会を実施して業績の回復をはかる必要があつた。

当時、被告会社の製品技術部は、高齢の取締役技術部長と二〇代中心の若手部員によつて構成され、その間に世代差に基づく溝が存在し、かつまた、商品開発も技術部において独自の創意工夫をこらすというよりは営業部門からの他社の好評製品の類似製品を商品化してほしい等の要望に応じ、技術部長において具体的な指示を行い、部員がその試作、図面化を行うという状態で、若手部員間に士気の低下がみられ、弱体化していた。

このため、被告会社の総務部次長であつた竹内惇は、その前年から被告会社の野球部のコーチを委嘱していた原告の製品開発、技術開発についての識見や若年層に対する指導教育への熱意等を高く評価していたので、原告を被告会社に受け入れて、技術開発の体制作りや新製品の開発への協力を要請しようと考え、同年春ころから原告を被告会社の役員に紹介し、原告も、その際、被告会社の製品につき提案を行う等するに至つた。この間、被告会社製品技術部での八〇周年記念大会向けの新製品の開発はインターナショナル工業デザイン株式会社にデザインを依頼していたものを除き、営業部門からの要請に基づく商品開発の構想が存在していたのみで、その試作等による具体化は同年八月に入つても行われていなかつた。そこで竹内は、同月下旬ころ、原告を顧問又は嘱託として採用すべきことを上申し、被告会社は、竹内の意見を受け入れ、同年八月二五日ころ、原告の製品技術の開発についての識見及び情報網の利用、直接的なアイデアの提供を受けることとし、原告に対し正式に技術開発への協力を要請し、原告もこれに応じてもよい旨回答し、同年九月一日から被告会社へ出社することとした。

原告は、同日、被告会社に出社して、その製品技術部室において、被告会社高島製品技術部長から堀井商品企画課長、同部員中西稔、同安斉勝、同野村忠雄、同斉藤良三、同山崎悌二を紹介され、同月六日までの間、堀井課長から八〇周年記念大会へ出品する自転車に関する商品構想の有無を聴取し、右課員らの性格や担当事務を観察し、工場内の機械設備等を見まわつて被告会社の新製品開発能力やその生産能力について検討した。その結果、原告は、八〇周年記念大会に発表すべき新製品について具体的な商品化の提案が必要であると判断し、同月八日、右製品技術部員に対し、スタンドキーロック、二本パイプのフレーム、トランシーバー付自転車、カセットレコーダーを組込んだ自転車、小児乗せ座台(A製品)、ツートンカラーのスポーツ車(B製品)、自転車用チェーンケース(C製品)及び自転車用荷カゴ(D製品)等について商品化の提案をした。右の提案は、口頭及び黒板への簡略な図示によつて行われ、詳細なものではなかつたが、自転車に関する技術者である部員達は、原告の説明から具体的な商品を充分思いうかべられる程度のものであり、部員との間で、意見の交換が行われた後、各担当者が原告により決められ、このうち、スタンドキーロックは時間的余裕のなさから次回以後検討することになり、この後堀井課長からより安価なチェーンケースをという要請を受けG製品が追加され、八〇周年記念大会前迄にA・B・C・D・G各製品を使用した試作品が完成した。右各製品の試作品化の過程において、原告は、ほゞ毎日出社し各担当部員らとの討論を通じて、各部員のアイデアを引き出し、これに自己の知識、経験に基づく助言を与えて方向付けを行い、部員の創意を生かす形で開発、デザインを行つた。

原告は、この間、同月一七日、安斉の案内で被告会社の特許・実用新案権の出願を担当していた大山弁理士のもとを訪ねて、それまでに原告がアイデアを提供して考案したフレームの構造等五件につき説明した(これらは、同年一〇月四日付又は一三日付で発明者又は考案者を原告単独もしくは原告と中西あるいは原告と安斉、出願人を被告会社として特許出願ないし実用新案登録出願がされた。)。

八〇周年記念大会は、同年一〇月七日から九日までの三日間開催され、A・B・C・D・G各製品を含む原告が関与した自転車その他の新製品等が展示されて好評を得、成功裡に終了し、その後、被告会社は、A・B・C・D・G各製品の商品化を進め、同年一一月一四日からこれを商品として製造販売するに至つた。

以上の事実が認められ、証人安斉勝、同野村忠雄、同堀井英昭、同竹内惇、同高島信治の各証言及び原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分はいずれも採用しない。

右認定の事実によれば、請求の原因において原告が第一次的に主張しているとおり、被告会社は、原告に対し、昭和四四年八月二五日、被告会社総務部次長竹内惇を通じ、八〇周年記念大会に展示する新製品の開発につき原告の自転車に関する考案、意匠の創作等の有償譲渡方の誘引をし、この誘引に基づき、原告は、自転車に関するその知識、経験に基づく具体的な商品化の提案をして、A・B・C・D・G各製品の試作品製作を指導し、もつて、被告会社に対し、A製品についての考案及び意匠、B・C・D及びG各製品の意匠として各具現した知的創作の成果(原告主張のノウ・ハウは、このような知的創作の成果を指すものと解される。)を客観的に相当な額の対価をもつて被告会社に譲渡する旨の申込をし、被告会社は同年一〇月七日から三日間の八〇周年記念大会においてA・B・C・D・G各製品を使用した自転車の新製品を展示し、同年一一月一四日からこれを商品として製造販売することによつて、原告の右申込に対し黙示の承諾をし、ここに右内容の譲渡契約が成立したと評価すべきものであり、これによつて、原告は客観的に相当な額の対価請求権を被告会社に対し取得したというべきである。

二そこで、抗弁1(消滅時効の援用)について判断する。

被告会社が株式会社として商人であることは自明であり、したがつて、原告の右対価請求権は商行為によつて生じた債権として商法第五二二条本文の規定により五年間これを行使しないときは時効により消滅すべきところ、右対価請求権は昭和四四年一一月一四日において発生し、発生と同時にこれを行使できたものであるから、本訴の提起に先立つ昭和四九年一一月一四日の経過をもつて五年の期間が満了し、もつて消滅時効が完成したものといわざるをえない。

被告会社が右消滅時効を援用した事実は本件訴訟上明らかな事実であるから、被告会社の抗弁1は理由がある。

三原告は、右譲渡契約の成立が認められないことを前提に、第二次的に契約締結上の過失(債務不履行)に基づく損害賠償あるいは不当利得金の請求を、第三次的に商法第五一二条の規定による報酬の請求をするが、前記認定のとおり、前記原告主張の内容の契約の成立が認められる以上、右各請求はいずれもその前提を欠き、理由がない。

(牧野利秋 野崎悦宏 清水篤)

目録

A製品 荷台兼用子供乗せ座台

内容は別紙の写真のとおり

B製品 自転車車体

内容は別紙の写真のとおり

C製品 チェーンケース

内容は別紙の写真のとおり

D製品 自転車用荷かご

内容は別紙の写真のとおり

G製品 チェーンケース

内容は別紙の図面のとおり

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