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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4818号・昭50年(ワ)8394号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

1 原告は昭和四八年四月順天高校の副校長となり、同四九年四月以降五〇年四月一五日辞職するまで同校の校長であつたこと、被告立島は昭和四八年六月一日退任するまで同校の理事であつたこと、被告栗田及び同小杉はいずれも昭和四九年四月以降五〇年三月末退職するまで同校の教員であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

2 被告らが昭和五〇年四月一〇日頃、同四九年二月二一日に順天高校に転入学した東矢優美の母親東矢敏子から、優美の転入学に際し原告に対し領収書なしで二二万円を渡した旨の記載のある文書の交付を受け、これを同校渡辺理事長に提出したこと、同理事長がその頃原告に対し校長辞任を勧告し、次いで同校理事会においても原告の解任が決議され、原告が同月一五日同校を辞職したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、渡辺理事長の原告に対する前記辞任勧告及び同校理事会の解任決議は原告に対し業務上横領の嫌疑が存することを理由としてなされたこと、そして右嫌疑のうちの主たるものは、被告らから渡辺理事長が提出を受けた文書(右文書には二二万円を原告に領収書なしで渡したとの記載の外、入学金として領収書なしで七万円を、寄附金として領収書を受領して六万円をいずれも原告へ渡した旨の記載がある。以下「東矢メモ」という。)に記載された二二万円が学校経理上納入扱いとなつていないことによつて生じた横領嫌疑であり、その外にも同じく被告らからその頃渡辺理事長が提出を受けた吉田松蔵作成名義の文書(右文書には昭和四九年三月二六日、娘の吉田峰美の順天高校転入学に際し、原告に寄附金として六万円渡した旨の記載がある。)に記載された六万円が学校経理上納入扱いとなつていないことによつて生じた横領嫌疑も問題とされたことが認められ(なお、渡辺理事長は右二つの嫌疑の外にも原告には、昭和四九年五月一〇日の金子その江の順天高校転入学に際して、同人の母親から同校への寄附金として受領した二〇万円を横領した嫌疑も存すると考えていたことは、同理事長の証言(第一回、第二回)により認められるが、右嫌疑が同理事長から理事会の原告解任決議の場へ上程され、理事会において問題にされたことを認めるに足りる証拠はない。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 (東矢メモ作成の経緯等)

(一) <証拠>によると次の事実が認められる。

(1) 被告栗田及び同小杉は、昭和五〇年三月、当時順天高校校長の職にあつた原告から、早退欠勤等勤務成績が悪く教員不適格との理由で退職するよう申し渡されたが、同人らはこれに納得できず、原告に度々その撤回を求め、その都度拒否され、原告の態度に強い不満を持つており、原告が校長でいる限り自分らが在職することは無理と考え、第三者の協力を得て原告をその職から追放すべく画策し、同月二〇日頃同校の元理事被告立島宅を訪れ、原告の退職勧告が不当であることを被告立島に訴えると共にその頃前記原告の横領容疑について何ら合理的な証拠等を持ち合わせず又、その事実の存在について確信がなかつたにも拘らず、同校の教職員の間に、原告は生徒の転入学に際して父兄から受領した金員を着服しているとの風評が広まつており(当時かゝる風評が学校関係者間に広まつていたか疑わしい)、原告こそが校長不適格である旨述べた。被告立島はさきに同校に発生した学園紛争の際責任をとつて辞任した元理事で、在任中はもとより、退任後も渡辺幸子理事長に対し大きな発言権を有していたが、これを聞き、事実の存否は必らずしも明確ではないがこれを機に理事に復帰するのに利用しようと考え、翌日直ちに渡辺理事長に会い、被告栗田及び同小杉の処遇について真意を尋ね、更に原告には同校への生徒の転入学に際して父兄から同校に納入すべく受領した金員を着服している疑いがあり、これを調査する必要がある旨述べ、同校への転入学生の名簿を持参するように求めたところ、同理事長は教員の処遇については校長である原告に一任してある旨述べたが、転入学生の名簿については被告立島の求めに応じた。そして、その直後の同年三月二六日頃の深夜被告立島は渡辺理事長を同道して原告方を訪れ、原告が理事に就任する際にその期間を限定する約定があつたことを理由として原告に対し校長及び理事(原告は昭和四九年六月被告立島が理事を辞任した際その後任として順天高校理事となつていた。)を辞任するよう強く迫り、原告から拒否されたことがあるが、その際右横領の嫌疑を理由とはしていなかつた。

(2) かくして被告立島の原告に対する辞任要求が効を奏さなかつたので、被告ら三名は、原告が校長の地位を利用して転入学生の順天高校に対する寄付金を着服横領している事実を、当該関係者に面接調査のうえ証拠書類を作成し、渡辺理事長に提出してこれを理由に原告の辞任を求める手段をとることにした。しかし当時被告らは原告が転入学生の誰れからいくらの金額を横領したのか明確な風評が流れていたわけでもなく、その事実の存否に確信はなかつたが、とりあえず渡辺理事長から提出を受けた転入学生の名簿や帳簿等から寄付金の少額な転入学生数名を適宜選び出した。昭和五〇年四月一二日被告ら三名は右のようにして選び出された転入学生東矢優美の父親東矢昭彦方を訪れ、妻の敏子に対し、同人と面識のあつた被告栗田が、原告が転入学生の父兄から受領した金員を横領した事件が一〇件以上もあつて困つている、ついては娘の東矢優美の順天高校への転入学に際しては原告に総額でいくら渡したか教えて欲しい旨述べた。東矢敏子は当時娘を無事転入させられたことと、娘の素行と動静についてのみ関心があつて、金銭的なことについては記憶が定かではなく、思い出される金額には大きな差があり不明確であつたが、被告栗田が当時寄附金は一口一〇万円ほどであつたなどと種々の示唆を与え、その結果最終的には原告に渡した金銭は、東矢メモ記載のとおり入学金七万円、寄附金六万円、その他二二万円の合計三五万円であつたことになつた。しかも、東矢敏子は、この東矢メモ作成についての被告らの意図も判らず、又原告を校長職から追放するための証拠書類としてその記載内容が極めて重大な価値を持つであろうとの認識は全くないため、被告栗田の話しを深く考えることなく漠然と副校長の同人が示唆することは正当であろうとの考えがあつて自己の記憶が不明確な点についても記憶に基づくかのように記載した。

右メモの記載内容は東矢敏子の記憶と被告栗田から与えられた示唆に従つたものとが折半されているかの如きもので原告に渡した金員を正しく記載したものとはいゝ難く甚だ曖昧で不確実なものであつた。

右東矢メモの作成に当り、被告らは予め記載内容を書面にしたものを持参して同一文章のを求めたり、威迫やあからさまな偽計を用いて東矢敏子を困惑させた事実はないが、同人の不明確な記憶を意識的に誘導するよう種々の示唆を与えておりその記載内容が多分に事実と合致せず被告らの意図する内容のものといえる。又右メモの書き方については被告小杉が東矢敏子に教え、保護者である東矢昭彦名で署名をさせた。

(3) 被告らは前記のようにして作成された東矢メモを渡辺理事長に原告の横領行為の証拠として交付し、右メモに記載された金員が真実学校会計に納入されているか否か調査した上、原告を適正に処分するように求めた。

(4) そして原告は、渡辺理事長から辞任勧告を受け、更に理事会においても解任決議を受け(この点は前2において認定のとおり。)、これらが無根の事実に基づくと考えたが、再度学園に紛争を起こさせることは好ましくないと考え、順天高校校長を辞任し、これにより原告が業務上横領をした故解職されたとの事実が生徒、学園関係者らに伝播した。

<証拠判断略>

(二) なお、被告らは、渡辺理事長の指示又は要請に基づき原告の生徒転入学に際して寄附金等の横領行為の有無を調査したのであり、東矢メモもその過程で入手したものである旨主張し、右主張に沿う被告ら各本人の供述部分が存するが、前認定のとおり昭和五〇年三月二〇日頃には原告に対する横領の嫌疑は、根拠のない単なる風評程度のものとして被告栗田及び同小杉の口から出たに過ぎず、又、渡辺理事長は被告立島からの連絡があるまでかゝる風評のあること自体を知らず原告を信頼していて、かかる薄弱な根拠に基づき現職の理事長が、反対の立場にある元理事及び校長から退職を申し渡された教員らに対し現職の校長の不正行為の調査を指示又は要請することは不自然であるばかりでなく、(一)掲記の各証拠によれば当時渡辺理事長は被告立島の経営する会社事務所に日参していたが、同人の言動に対しては恐怖を抱き、警察に相談に行つたこともあるなど、被告立島の要求は無下に断わりきれない状況にあつたことが認められることなどによれば、被告ら各本人の前記供述部分は容易に措信できず、他に右被告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

(三) そうすると、原告が東矢優美の順天高校転入学に際し、同人の保護者から受領したと東矢メモに記載された寄附金二二万円は、これが順天高校の経理上納入となつていなくとも、原告が受領した上着服横領したものとは到底認めることはできないといわざるを得ない。

4 (被告らの責任)

(一) 被告らはいずれも東矢メモの作成される過程に終始立会い、被告栗田はその作成過程において作成者の東矢敏子に直接種々の示唆を与え、他の二名もその作成に直接関与した者であるから、東矢メモが3(一)(2)において認定したとおりの経緯と方法により作成されたもので内容としては甚だ曖昧で偽造文書とは言えないものではあるが東矢優美の順天高校への転入学に際して同人の保護者が学校に納入すべく原告に渡した金員を正しく記載したものとはいえないことを当然に知つていたものというべきである。

(二) そして、被告らは東矢メモが前認定のようなものであるにも拘らず、東矢敏子の記憶に基づいた事実を証明する文書としてこれを渡辺理事長に原告の横領行為の証拠として提出すれば、原告に対して横領の嫌疑が生じると共に、原告が右メモに記載されている金員を東矢敏子から受領していないことあるいは既に学校会計に納入済であることを証明し、その嫌疑を払拭するのは原告にとつて甚だ困難であるので、渡辺理事長としても原告を校長から退職させるなどの処置をとらざるを得なくなり、かかる風評が順天高校の内外に広まり原告の名誉が毀損されるであろうことは当然予想し得たにも拘らず3(一)(3)において認定したとおり、右メモを渡辺理事長に原告の横領行為の証拠として交付し、右メモに記載された金員が真実学校会計に納入されているか否か調査した上、原告を適正に処分するよう求めた。

(三) 原告が東矢敏子から学校に納入すべく受領した金員を横領したとする証拠は東矢メモの外にはなく、又右メモをもつてしては原告が右金員を横領したものとは到底認められないことは前認定のとおりであるところ、他人に対し犯罪の嫌疑をかけ、これをその者に対して処分権を有する者等に申述する者は、右犯罪嫌疑をかけられた者がこれを払拭するのが甚だ困難であることを勘案すれば、右嫌疑が合理的なものであつて、これを認めるに足りる充分な証拠が存するか否かを慎重に検討した上でなすべきであつて、軽々にこれをなすことは許されないというべきであるから、前認定の被告らの行為は故意に偽造の文書を作成して虚構の事実を捏造したものとはいえないが、原告を校長の職から追放する目的で種々画策し内容的には証明価値の薄い東矢メモをその事実を知りながら充分な証拠であるかのように判断し、行使したのは軽卒の誹りを免れず、被告らは原告がかかる嫌疑を受けたことによつて被つた損害を賠償すべき義務がある。

(四) なお、被告らは抗弁として、原告は被告らに対する損害賠償請求権を放棄した旨主張する。しかしながら<証拠>によると、原告が昭和五〇年四月一五日順天高校を辞職する際、同校から退職金として五〇〇万円を受領したことは認められるものの、右金員の受領によつて原告が、順天高校の部外者である被告らに対し、前認定の不法行為による損害賠償請求権を放棄したことを認めるに足りる証拠はない。

よつて被告らの抗弁は理由がない。

5 (原告の損害)

(一) 原告に対する渡辺理事長の校長辞任勧告及び理事会の解任決議が、東矢メモの存在によつて生じた原告に対する横領の嫌疑を主たる理由としてなされたことは前認定のとおりであり、原告が右辞任勧告及び解任決議の行なわれた結果、その理由とするところはいずれも身に覚えのない無根の犯罪事実であり、そのまゝ辞任すれば教育者として致命的評価を受け再就職の途も閉ざされ将来極めて重大な事態を招来することは明らかであるが、自分がこれを争う時は学園の内紛となりさきに学園紛争から立ち直りつゝあつた同学園の評価を大きく損うおそれのあることからやむを得ず同校を辞職したことは<証拠>により認められるところであると共に、右横領の風評が順天高校の理事、理事長は勿論、教職員及びP・T・A役員等に知れわたつたことは証人佐久間勇造、同三好康隆及び同萩野芳雄の各証言により認められるから、これにより原告が教育者としての名誉を著しく毀損され、多大な精神的苦痛を被つたものと認められるところ、右精神的苦痛を慰藉するに足りる金員二〇〇万円をもつて相当とする。

(岡田潤 並木茂 高林龍)

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