東京地方裁判所 昭和50年(ワ)5970号 判決 1977年10月26日
原告 山本実
右訴訟代理人弁護士 土橋修丈
被告 浜村亨
右訴訟代理人弁護士 斉藤英彦
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を昭和五二年一〇月一九日限り明渡し、かつ金六七万円および昭和五二年九月一日より右建物明渡済みまで一ヶ月金二万円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の、その余を原告の、各負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 主位的請求
(一) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を明渡し、かつ金六〇万円および昭和五〇年七月一日より右建物明渡済みまで一ヶ月金八万円の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および右(一)につき仮執行の宣言。
2 予備的請求
(一) 被告は、原告に対し、本件建物を昭和五二年一〇月一九日限り明渡し、かつ金六七万円および昭和五二年九月一日より右建物明渡済みまで一ヶ月金二万円の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および右(一)につき仮執行の宣言。
二 被告
(一) 原告の各請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 主位的請求の原因
(一) 原告は昭和四九年八月二九日訴外辻本和泰(以下「辻本」という)に対し金五〇〇万円を弁済期同年一〇月二八日と定めて貸与したところ、右貸付日に、右双方は、辻本が、右債務を担保するため辻本所有の本件建物に抵当権を設定し、かつ、右債務不履行の場合には右債務の弁済に代えて本件建物の所有権を原告に譲渡する旨の契約を締結し、右同日本件建物につき右抵当権設定登記がなされた。
(二) ところがその後、辻本は銀行取引停止処分を受けて倒産したので、昭和四九年一〇月二二日原告は辻本との間で、前記貸金債務の弁済に代えて本件建物の所有権を原告に譲渡する旨の合意をなし、同年同月二三日本件建物につき原告への所有権移転登記が経由された。そこで、じ来原告は本件建物を所有しているものである。
(三) ところが、被告は、昭和四九年一一月初めごろから本件建物を何らの権原なく不法に占有している。
(四) 本件建物の賃料は、一ヶ月金八万円が相当である。
(五) よって、原告は、被告に対し、本件建物の所有権に基き、本件建物を明渡し、かつ被告が本件建物の占有を開始した後である昭和四九年一一月一五日より昭和五〇年六月末日までの間の一ヶ月金八万円の割合による合計金六〇万円の本件建物の賃料相当損害金、および昭和五〇年七月一日より本件建物明渡済みまで一ヶ月金八万円の割合による右損害金をそれぞれ支払うことを求める。
2 予備的請求の原因
(一) 前記1の(一)記載の事実があった。
(二) ところが辻本は、訴外矢野孝(以下「矢野」という)に対し、第三者に本件建物を賃貸する代理権を授与したので、矢野は辻本を代理して、昭和四九年一〇月一八日、被告との間で、辻本が被告に本件建物を期間三ヶ年、賃料一ヶ月金二万円の約定で賃貸する旨の賃貸借契約を締結した。
(三) しかして、その後前記1の(二)記載の事実があって、原告は、昭和四九年一〇月二二日辻本から本件建物の所有権の移転を受け、同年同月二三日その旨の登記を了したので、これにより本件建物の賃貸人の地位を承継した。
(四) ところで、前記(二)記載の賃貸借契約は昭和五二年一〇月一八日の経過とともに期間が満了して終了するものであるが、右消滅後においても、被告が本件建物を原告に明渡さないことが予期できるものである。
(五) よって、原告は被告に対し、右賃貸借契約の終了による返還請求権に基づき、右期間満了日の翌日の昭和五二年一〇月一九日に本件建物を明渡し、かつ、昭和四九年一一月一五日より昭和五二年八月末日までの間の一ヶ月金二万円の割合による合計金六七万円の本件建物の賃料および昭和五二年九月一日より同年一〇月一八日までの一ヶ月金二万円の割合の右賃料ならびに同年同月一九日より本件建物明渡済みまで一ヶ月金二万円の割合による本件建物の賃料相当損害金をそれぞれ支払うことを求める。
二 請求の原因に対する被告の認否
1 主位的請求の原因
(一) 主位的請求の原因(一)のうち、辻本が本件建物を所有していたことは認めるが、その余の事実は不知。
(二) 同(二)のうち、辻本が銀行取引停止処分を受けて倒産したことおよび昭和四九年一〇月二三日本件建物につき原告への所有権移転登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は不知。
(三) 同(三)のうち、被告が昭和四九年一一月初めごろから本件建物を占有していることは認めるが、その余は争う。なお、被告が本件建物の占有を開始した日は昭和四九年一〇月一八日である。
(四) 同(四)の事実は否認する。
2 予備的請求の原因
(一) 予備的請求の原因(一)については、前記二の1の(一)と同じである。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三) 同(三)のうち、昭和四九年一〇月二三日本件建物につき原告への所有権移転登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は不知。
(四) 同(四)は争う。
三 主位的請求に対する被告の抗弁
前記一の2の(二)記載の事実があって、被告は、昭和四九年一〇月一八日本件建物の引渡しを受けたので、じ来本件建物を占有できる正権原(賃借権)を有するものである。
四 抗弁に対する原告の認否
抗弁事実は全部否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 主位的請求につき
1 《証拠省略》によれば、主位的請求の原因(一)および(二)の各事実(但し、同(一)の貸金の弁済期の約定は貸付日から三ヶ月先の日)が認められ(但し、本件建物がもと辻本の所有であったこと、および昭和四九年一〇月二三日本件建物につき原告への所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争いがない)右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 そして、被告が昭和四九年一一月初めごろから本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。
3 そこで、被告主張の抗弁につき検討する。
《証拠省略》を総合すれば、訴外株式会社泰興建設(代表取締役は辻本)および辻本は、右両名が連帯債務者となって、昭和四九年九月二〇日、矢野から、金二五〇万円を、弁済期同年一〇月一九日、但し、借主が、銀行取引停止処分、若しくは銀行解約を受け、又は貸主に通知なく引越した場合等には右期限の利益を失う旨の約定で借受け(但し、一ヶ月の利息金一五万円と手数料五パーセントを天引)、その際、辻本は、右債務を担保するため、矢野に対し、本件建物を第三者に賃貸するとともに、賃貸人としての一切の権限を行使する代理権を授与し、矢野が賃借人から取立てた賃料を右貸金債権の弁済に充当することを承認したこと、ところがその後、右弁済期前に、右訴外会社は銀行取引停止処分を受けて倒産したばかりか、昭和四九年一〇月一七日辻本は矢野に通知なく本件建物から一時他に転居して矢野に対し行方をくらましたので、これらにより前記貸金の期限の利益を失ったこと、そこで、矢野は、辻本の代理人として、昭和四九年一〇月一八日、被告との間で、辻本が被告に本件建物を期間三ヶ年、賃料一ヶ月二万円の約定で賃貸する旨の賃貸借契約を締結し、同日本件建物を被告に引き渡したことが認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定事実によれば、被告は、昭和四九年一〇月一八日に、当時本件建物の所有者であった辻本(但し代理権を有する矢野が代理)から、本件建物を賃借して、その引渡しを受けたものであるから、前記一において判示のとおりその後辻本から本件建物の所有権の移転を受けた原告に対し右賃借権をもって対抗できるものといわなければならない。
そうすると、被告の抗弁は理由があり、被告の本件建物の前記占有が不法占有であることは認められない。
4 してみれば、その余の点につき判断を加えるまでもなく、原告の主位的請求は理由がない。
二 予備的請求につき
1 予備的請求の原因(一)ないし(三)の各事実が認められることは前記一の1ないし3において判示のとおりであり、右認定事実によれば、原告は、昭和四九年一〇月二二日辻本から代物弁済として本件建物の所有権の移転を受けて翌二三日本件建物につき原告への所有権移転登記が経由されたことにより、本件建物につき辻本と被告間に締結されていた賃貸借契約(期間三年、賃料一ヶ月当り二万円)の賃貸人の地位を承継したものといわなければならない。
2 ところで、前記判示したところによれば、原告の辻本に対する前記貸金債権を担保するため抵当権が設定されてその旨の登記が経由されるとともに、代物弁済予約がなされ、その後原告と辻本との間において右抵当権の被担保債権について本件建物を代物弁済する旨の合意がなされてその旨の所有権移転登記(但し、右代物弁済予約に基づく所有権移転請求権仮登記を本登記にしたものではない)が経由されたものであるところ、右抵当権設定登記後の右所有権移転登記前に被告は辻本から本件建物を期間三年の約定で賃借してその引渡しを受けたものであるが、叙上の経緯にかんがみると、実質的には、右代物弁済は右抵当権の実行であり、また原告は抵当権者として本件建物をその実行により競落したものと同視できるといわなければならない。そうすると、被告が本件建物を賃借して引渡しを受けたのが本件建物につき原告への所有権移転登記が経由された日よりも前であるとはいえ、右賃借引渡は右抵当権設定登記後であるから、この場合、被告は、原告に対し、民法三九五条の、短期賃貸借契約における賃借人としての権利しか主張できないものと解するを相当とする。しかして、抵当権の設定せられた不動産の利用と抵当権者の利益との調整を図ることを目的とする民法三九五条の趣旨にかんがみれば、抵当権の実行と同視できる代物弁済契約締結後においては、短期賃貸借契約は、借家法二条に基づき法定更新されず、その期間の満了により終了すると解するを相当とする。
3 そうすると、原告が承継した被告を賃借人とする本件建物の前記賃貸借契約はその約定期間三年の満了日である昭和五二年一〇月一八日の経過とともに終了するものといわなければならない。〔なお、仮に、本件の場合においても借家法二条一項の適用があると解されるとしても、本件記録によれば、原告は、昭和五〇年七月一五日本訴を提起して、訴状の送達、口頭弁論期日における準備書面の陳述等により、昭和五二年九月七日の本件口頭弁論終結時まで被告に対し本件建物の明渡しを求め続けていることが認められるところ、原告の被告に対する継続した右明渡請求は、一面、借家法二条一項に基づく更新拒絶の意思表示をも含むものと解され、原告は本訴において被告に対し更新拒絶の意思表示をなしたことをも主張しているものと認めることができる。しかして、前記1において判示の諸般の事情(原告のために抵当権設定登記がなされた本件建物を、被告は、辻本の債権者である矢野の代理で同人の辻本に対する債権の支払いを受ける手段として、この事情を知りながら(この点は前判示の事実から推認できる)特に期間を三年と限って短期賃貸借したものであることなど)を勘案すると、前記賃貸借契約の期間満了時において原告に右更新拒絶をなしうる正当事由があるものと認めることができるので、右賃貸借契約は借家法二条一項に基づき法定更新されないものといわなければならない。〕
4 以上判示したところによれば、被告は、原告に対し、本件口頭弁論終結後の昭和五二年一〇月一九日に本件建物を明渡し、かつ原告主張の昭和四九年一一月一五日より昭和五二年八月末日までの間の一ヶ月金二万円の割合による合計金六七万円の本件建物の賃料および昭和五二年九月一日より同年一〇月一八日までの一ヶ月金二万円の割合による右賃料ならびに同年同月一九日より本件建物明渡済みまで一ヶ月金二万円の割合による本件建物の賃料相当損害金をそれぞれ支払う義務があるものといわなければならない。そして、本訴の弁論の全趣旨によれば、被告が右期日に本件建物の明渡義務を履行しないことが予期できるので、原告が被告に対し、あらかじめ右将来の請求につき判決を求める利益を有することが認められる。
三 結び
よって、原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、原告の予備的請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、なお仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎末記)
<以下省略>