東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8289号 判決 1977年6月06日
原告 八木一枝
原告 八木和子
右原告ら訴訟代理人弁護士 畠山国重
同 小林浩平
被告 株式会社 三和銀行
右代表者代表取締役 檜垣修
右訴訟代理人弁護士 大林清春
右訴訟復代理人弁護士 池田達郎
同 白河浩
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
《省略》
理由
一 原告らが被告との間に、それぞれ銀行取引契約を締結したこと、昭和四九年五月一日午前九時現在において原告一枝が総合口座(口座番号一〇一一九八)に普通預金として金一三六万一九一三円の原告和子が総合口座(口座番号四〇〇四一)に普通預金として金二〇七万二四一〇円、の各預金債権を有していたことは当事者間に争いがない。
二 被告は、原告らが右普通預金債権のうち原告一枝が金一三〇万円、原告和子が二〇七万二四一〇円の支払を求めるのに対し右はいずれも既に支払いずみで右金額に相当する各預金債権は消滅していると主張するのでこの点につき判断する。
1 《証拠省略》によれば、昭和四九年五月一日午前一一時四五分ころ被告の永福町支店の普通預金の窓口に原告和子名義の総合口座通帳(口座番号四〇〇四一)および氏名欄に「八木和子」請求金額欄に「¥二、一〇〇、〇〇〇」と記載しかつ「八木」なる印の押捺された預金払戻請求書を提出して右金額の払戻を請求するものがあったので、右窓口の担当者であった訴外長谷川は、通帳末尾に押捺された同原告の届出印鑑と右請求書に押捺された印影を照合した結果同一の印顆により顕出されたものと認められたので、右請求者を正当な預金払戻金の受領権者と判断して右請求者に金二一〇万円を支払ったこと、同日午後〇時一二分ごろ同じく被告の永福町支店の普通預金窓口に原告一枝名義の総合口座通帳(口座番号一〇一一九八)および氏名欄に「八木一枝」、請求金額欄に「¥一、三〇〇、〇〇〇」と記載し、かつ「八木」なる印の押捺された預金払戻請求書を提出して右金額の払戻を請求する者があったので、右窓口の担当者であった訴外樋口和江は前同様、通帳末尾に押捺された同原告の届出印鑑と右請求書に押捺された印影を照合した結果同一の印顆により顕出されたものと認められたので、右請求者を正当な預金払戻金の受領権者と判断して同人に金一三〇万円を支払ったことがそれぞれ認められる。
2 被告は右の各払戻請求は、いずれも原告和子、同一枝の使者によりなされたものであると主張するが、右の各払戻請求をなし金員の支払を受けた者が原告らの使者であると認めるに足る証拠はない。
3 被告は原告らと被告との間に結ばれた銀行取引契約には払戻請求書に使用された印鑑を届出印鑑と相当の注意をもって照合した結果相違ないものと認めて取扱ったうえは、それらの書類につき偽造・変造その他の事故があってもそのために生じた損害について被告は責任を負わない旨の約款が存在し、被告は右のとおりの手続を経て支払ったものであるから右の各支払は預金債務の弁済として効力を有すると主張する。
原告らと被告との間の銀行取引契約においてその払戻につき被告主張のとおりの約款が存することは当事者間に争いがない。
被告が、各払戻しにあたり原告らそれぞれの預金通帳の提出を受けると共に払戻請求書に使用された印影と提出された通帳末尾に押捺された届出印鑑と照合のうえその印影が同一であることを確認したうえで請求者の払戻に応じたことは前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、それぞれの払戻請求書に押捺された印影と各原告の届出の印影と一致するものであることが認められる。
もっとも、右免責約款においても、被告がその払戻にあたり請求者が預金者本人またはその使者もしくはその代理人など払戻金の正当な受領権者でないことを知り、或はこれを疑わしめるような特段の事情があって相当な注意義務を尽せばこれを知り得た場合にまで被告が免責されるものでないことはその約旨に照らし明らかであるところ、原告らは本件各払戻にあたり被告に過失が存すると主張するので、この点につき判断する。
《証拠省略》によると、原告らの本件預金払戻を行った被告の永福町支店では一日に平均五〇〇件ないし六〇〇件の普通預金の預入れ或いはその払戻請求があり、かつ女性名義の預金を男性が払戻請求に来る事例も少くないことが認められる。
このように、取扱う件数が多数で、しかも正当な払戻金の受領権者であるか否かを容易に判定し難い預金払戻手続の性質上前記免責約款がなされていると理解されるのであり、右趣旨からすると、単に女性名義の預金につき男性が払戻請求をなした(もっとも本件において、原告らの右預金につき払戻請求をなした者が男性であったと認めるべき証拠はない)との事実、預金残高の全額或は全額に近い金額の払戻請求がなされ、その額が一〇〇万円を超える程度の額であったなどの事実があったからといって、これをもって直ちに、払戻請求手続をなした者が払戻金の正当な受領権者でないと疑わしめるに足りる事実があるということはできない。
また《証拠省略》によれば、オンラインシステムの普及により預金手続をした店舗以外の店舗でも預金の払戻ができるようになりその際の印鑑照合の必要のためオンラインの申込がなされた口座の通帳の末尾には届出印が押捺されることおよびそのために預金通帳を手にした第三者が容易にその届出印を知ることができるようになりそのため預金通帳を手にした第三者により本人に無断で払戻請求をされる危険が増したことが認められ、これによって、通帳および届出印を保管する預金者に一層の保管上の注意が要求されることにはなるが、預金権利者またはその代理人以外の者が通帳と届出印を同時に手中にするということは通常稀というべきであるから、オンラインの場合であるからといって、払戻手続の際の被告の注意義務が特に加重されるべきものとは解せられない。とすれば、他に特段の事情がない本件においては、被告は一般の銀行預金払戻にあたり要請される程度の注意義務を尽せば足り、そして本件証拠を検討しても、他に右払戻請求をした者が、正当な払戻金受領権者でないことを疑わしめるに足りるような特段の事情があったものとは認められないから、前記認定のように預金通帳とともに提出された払戻請求書の印影と届出印鑑を照合して両者が同一であると認めたことから請求者が真の預金債権者またはその代理人であると信じた被告に過失があったものということはできない。
従って被告が昭和四九年五月一日、原告和子名義の総合口座につき払戻請求者になした金二一〇万円の支払および同日原告一枝名義の総合口座につき払戻請求者に対してなした金一三〇万円の支払はいずれも右の各預金債権(原告和子については貸越金二万七五九〇円を含む)の弁済として有効であり、各原告の右預金債権は同日右払戻によって消滅したものというべきである。
よってその余の点を判断するまでもなく右払戻にかかる預金債権の払戻を請求する原告らの請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川昭二郎 裁判官 川上正俊 市村陽典)